SSS

サンタクロース

2020.12.25

「あ、ロマ……起きてもうた、やんな? あー……わはは、えーと、そう、せやねん。実は親分サンタさんの手伝いをしとってな? ロマのプレゼント担当やねん。ずっとサンタさんの正体突き止める! って張り切っとったのに今まで黙っとってごめんなあ。でもこれでわかったと思うけどサンタさんは家に不法侵入しとったわけとちゃうねんで。やって親分が自分から手伝いを買って出とったからな! せやから警察に突き出すのはやめたってな。ごめんついでに白状するとやっぱ家が貧乏な時はあんまプレゼントにお金かけられへんくてな。忙しくて用意できへんかったこともあるし、イマイチなプレゼントもあったと思うわ。でもロマーノはお金より手を抜いた時のほうがケチつけとったよな。いつもよう見抜くなあって感心しとったんやで。ほんでな、今年のプレゼントもあんまお金かけられへんくて……戦争で親分また貧乏になってもうたから、こんなものしかないんやけど、その代わり数だけはたくさん持ってきてん! じゃーん! 見てや、この袋! 全部ロマへのプレゼントやで! 時間だけはあったから毎日コツコツ用意しとってん。お菓子に絵本に、ほんで手袋。オーストリアは寒いからな。トマトのぼんぼりもつけてもろてんで!」

「スペイン……。どうやってここに来たんだよ……オーストリアに見つかったらどうするつもりだ」
 シーツをぎゅっと握りしめ、外の見張りやオーストリアたちに気づかれないようにと潜めた声が低く掠れる。彼のもとを離れてから一段と声変わりが進んでだいぶ大人のものになっていた。けれどスペインはそんな変化にも嬉しそうに笑って「声、どんどん低くなってくるな」と言うものだからロマーノの顔はますます強張ってしまう。
「茶化すなよ」
「ん、心配してくれてありがとうなあ。でも見つかった時のことは考えてへんかったから、どうするもこうするもなるようにしかならんな」
「お前……! 一回それでめちゃくちゃ怒られたんだろ! 何でこんな無茶したんだよっ」
「やって今日はクリスマスやから」
 だから何が何でもロマーノのもとへ来なければいけなかったのだとスペインは言う。
「俺がロマのプレゼント担当やもん。せやのに何もせぇへんかったら、今年はロマーノんとこにサンタさん来ぉへんやろ? そんなんはあかんから、せやから来た」
 スペインの背後にある窓から月明かりが差し込み彼の輪郭をやわらかく照らす。事もなげに言うがスペインのコートはツギハギだらけで、裾をどこかに引っかけた跡があった。肩は濡れている。夜露か、もしかすると道中雪に降られたのかもしれない。薄暗い室内ではわかりづらかったが、心なしか顔色も悪く見える。
 体を起こして手を伸ばした。
「馬鹿やろうめ」
 プレゼント袋を担いでいるほうとは反対の手を取る。ひんやりとした手は冷たすぎておよそ体温を感じられない。それを両手で包んで引き寄せれば、たたらを踏んだスペインが前かがみになる。近づいた瞳と視線を合わせてたっぷり瞬き三回分、呼吸を合わせてみても彼の気持ちを真に理解できる日は来ない。彼がロマーノの想いをわかることがないのと同じ、ふたりがそれぞれの存在である以上は抗えない真理だ。
「ロマ……?」
「……俺、とっくにサンタの正体のこと知ってたんだぞ」
 目を見開く男の首の後ろへ腕を回してしがみつく。そのまま冷たい唇にふれるだけのキスをすればいつもうるさいスペインもさすがに黙った。
「毎年クリスマスの朝だけはお前のほうが早起きしてて、まるで自分がプレゼントもらったみたいにソワソワしてやがるからすぐわかっちまった」
「……そ、うやったんか」
 だからその実プレゼントにかかっているお金や手間のことなど気づいていなかった。ただロマーノの反応に一喜一憂するスペインがおかしくて、優越感をくすぐってきて、それから少しばかり照れくさかっただけ。毎年毎年それを何より楽しみにしていたのだ。
「だからたぶんお前の言う通り、俺のサンタ担当はスペインに違いねぇんだろうな」
 ロマーノの喜ぶ顔を期待して待っているスペインが何よりも———。
 けれどまさか本人にそれを言うわけにはいかないので、「今年のプレゼントもっとよく見せろよ」と催促する。スペインは一瞬ぽかんとした顔を見せたが、すぐに破顔してプレゼント袋を開いて見せた。
「¡Feliz Navidad!」

うっかり永久就職する話

2019.01.18

 ロヴィーノ・ヴァルガス、大学3回生。多くの学生たちがそうであるように就職活動真っただ中だ。
 どこでも聞くようなありふれた話。名前だけは有名なマンモス大学の経済学部に進学し、学生の浅はかな考えで就職に有利と噂のあるゼミを取った。同じ研究室に通う同級生には高い志を持つ学生もいたが、残念ながらロヴィーノにやりたいことがあるわけではない。
 学生時代に打ち込んだもの、特になし。インターンもボランティア活動もしていない。したい理由がなかったからだ。
 もちろん優秀な学生でもない。ただ最低限の単位を取れるだけの課題をこなし、流されるままに3回生になったから就職活動をはじめた。それだけ。
 そんな具合だったから、さすがにここにきて少し行き詰まっていた。

「あー働きたくねぇ……。つうか就活したくねぇな」

 それが最近のロヴィーノの口癖だ。ベッドでごろりと寝返りを打って、スマホの画面に視線を落とす。先日参加した説明会のフォローアップメールが届いていたが、さっぱり頭に入ってこない。
 合同説明会に自己分析、OB・OG訪問、エントリーシートを量産して書類選考……多忙な日々の中でありもしない志望動機を捻り出すことに疲れ、愚痴をこぼすことが増えた。

「ロヴィ、ここんとこそればっかやな」

 この部屋の主のアントーニョがパソコンから顔を上げて苦笑した。そこに非難がましい色が含まれているように感じられて、むすっと唇を尖らせる。

「しょうがねぇだろ、就活しかしてねぇんだから。それ以外の話題なんてねぇよ」
「うんうん、でも気分転換も大事やで! せやから、な? 次のオフは俺とデートせぇへん?」

 ヘラッと笑いながらテーマパークのチケットを見せられて、思わず目を細めた。男同士なのにデートなんて何言ってんだ、と突っ込む気も失せる。
 今日は平日だがアントーニョは自宅で仕事をしている。仕事だと言っているわりに、突然ふらりとやって来たロヴィーノを家に上げて喋りながらパソコンを見ているのだからのん気なものだ。
 再びスマホに視線を移し、何となく画面をスクロールする。

「はあ……良いよなあ、お前は。気楽でさ」

 10歳も年上の男を捕まえて言うようなことでもないが、余裕のなさも手伝って思わず口にしてしまう。
 隣の家に住むアントーニョは、昔からデートに行こうだのロヴィーノ愛しているだのとふざけたことばかり言ってくる。常時ヘラヘラしているような男なのでロヴィーノもまともに取り合っていないが、これでも学生の時に友人たち3人と起業した会社をそこそこの規模にまで成長させた経営者だ。この自由な勤務態度も、だからこそ許されているのである。

「気楽ちゃうよー俺も悩みとかいっぱいあるで! 経営者は孤独やからなあ」
「髭とじゃがいも兄がいんだろが」
「そりゃああいつらは頼りになるけど、それでもやっぱ相談できへんこともあるよ」

 実際、ロヴィーノだってアントーニョが気楽に会社をやっているわけではないことは知っている。
 信じていた部下が会社の金を使い込み逃亡、多額の負債を抱えて倒産直前まで追い込まれていたこともあった。取引先は蜘蛛の子を散らすようになくなり、評判はガタ落ち。その時期のアントーニョはまさに貧乏のどん底で、150円で一週間過ごすために特売品のスパゲッティを買ってきてソースもかけずに食べるような生活をしていた。そのあまりの貧乏ぶりはさすがのロヴィーノでも同情して、家にあったふりかけを差し出すほどの哀れさだった。アントーニョもそれに対して、意外にのりたまがいける! と喜ぶようなポジティブな男でもあるのだが。
 経営が軌道に乗るまでは寝る間も惜しんで誰よりも働いていた。当時高校生だったロヴィーノは弱音をこぼすアントーニョのことを情けない甲斐性なしだと言っていたが、同じことができるかと問われればまずできないと答えるだろう。そんな辛い思いをしてまで成し遂げたいこともない。

(この年になると、特に……)

 経済学部という学部のせいか同級生でも起業を志している者はいる。しかし学生のうちから会社を興した生徒はロヴィーノの学年からは出なさそうだ。現実を知れば知るほど、それがどれだけ難しいことかもわかってくる。失敗を恐れていてはできないこととはいえ、ロヴィーノにはやろうとすら思えない。

「……なあ、なんで起業だったんだ?」

 ふと気になって聞いてみた。別に彼の意見が就職活動の参考になるとは思ってはいない。純粋な興味だった。

「んー? なんでかって……儲かりそうやと思ったからやで!」

 しかし意外な返答に頬が引きつる。そこまで明け透けに言われるとかえっていやらしさも感じないが、しかしそれでもあまりに利己的過ぎはしないだろうか。社会のために、という奉仕精神だけで企業経営を始めたわけではないのもわかるが、想像以上にあれすぎた。

「フランシスがそういうの詳しくてな、ギルが法学で俺が経営学やったから起業でけるんちゃうん! って思って。あの頃はプチバブルで学生起業が流行っとったんよ」

 そんなノリで志望動機を書いても、とても先の選考には進めなさそうだ。

「そ、そうか……」
「せやでーなんや、ロヴィーノも経営に興味あるん?」
「いや、ねぇよ」
「そんな即答せんでも。まあ向いてなさそうやけど」
「言われなくても知ってら」

 ついにスマホを放り投げて、明るい液晶を見ていたせいで乾いた目を閉じた。腕をまぶたに当てて部屋の明かりを遮れば途端に訪れる眠気。使わない頭を酷使し過ぎて最近はずっと眠い。
 ぼんやりとまどろみながら、ほとんど無意識で言葉を紡ぐ。

「あーマジで就職活動やめたい」
「さっきも言ってたやん」
「んー……」
「ロヴィーノ? 寝るんやったら家に戻りや」
「ん……良いじゃねぇか。アントーニョの家にいるって出て来たんだから、心配ねぇよ」
「家族の心配じゃなくて……俺の部屋で寝るのはあかんって前から言ってるやろ」

 アントーニョの少し低めの声が心地良い。普段のふざけたものとは違い声量が落とされた話し方は年相応に聞こえた。穏やかで落ち着いている。何だかんだと言っても、やっぱり年上なんだな。
 いつもそうだったら良いのに。そのほうがかっこ良く見えるぜ。そんなことを口にしたかしていないかもわからないで、つらつらと取り留めなく考える。

「ほら、ロヴィーノ……頼むから。エントリーシート、書かなあかんのやろ」
「もう書きたくない」
「書きたくなくてもええから、お願いやから帰ってや」

 スケジュールを頭に浮かべると、それだけで嫌気が差した。今週だけであと何枚、と考えれば憂鬱にもなる。このまま何もかも投げ出したい。

「はー……もうおまえのとこに、就職させろよ……。てめーの世話係でも雑用でも、何でもするぜ?」

 本気混じりの軽口を叩く。彼を困らせる気はなかった。

「……それ、ほんまにええの?」
「おー……」
「ロヴィ、途中で嫌やって言わへん?」
「言わねぇよ」

 ああ、でも。眠いのもあって、ずっと抱えていた不安を素直に吐露する。

「……っつっても、できることねぇかもだけど」

 自分が仕事ができるとは思えない。残念ながら要領は悪いほうだ。働きだしたら失望されることのほうが多い気がする。
 そう言えば元気付けているつもりか、アントーニョが気にせんでええ、と力強く言いきった。

「ゆっくり覚えてくれたらええよ。そんな難しいことちゃうし」
「おう、……努力するわ」
「俺もちゃんと教えたるし、最初は失敗したってええし。せやから」

 ああ、本当にこんな緩いノリで内定が出れば良いのに。いつになく真剣にこんな茶番に付き合ってくれるアントーニョに、はは、と笑いが込み上げてくる。しかしさすがに経営者をやっているだけあって言葉には力があるな、と他人ごとのように思った。本当にロヴィーノでも何とかなりそうな気にさせてくれる。
 けれどいつまでも現実逃避を続けたって何の解決にもならないのはわかっていた。冗談だよ、と打ち消すつもりで上半身を起こした。
 しかしその前にアントーニョが動く。

「ロヴィーノが来てくれるんやったら大歓迎やわ! むっちゃ嬉しい! 絶対大事にするな!」

 両手を握りしめられて口をぽかんと開く。

「…………は?」

 感動に打ち震えているアントーニョはロヴィーノの戸惑いにも気付かずはしゃぐ。

「俺のとこに永久就職してくれるんやろ? 大丈夫、お前を養うだけの稼ぎはあるで! せやから家事だけしっかり覚えてな。いやーまさかロヴィーノが俺の気持ちに応えてくれる日がくるなんて夢みたいやなぁ……ああ想い続けとったら叶うもんやね。フランシス達の言うとおり、やっぱ俺が好きってわかってて家まで遊びに来るの望みがあったからなん?」

 おまえの愛しているって、そういう意味だったのか。そんなこと今はじめて知ったのに、家に遊びに来ることを深く考えていたわけもない。

「こんなに好きって言っても全然取り合ってくれへんかったから俺はてっきり脈がないもんやとばかり思っとたんやで。ああ、でも今はそんなんどうでもええわ。嬉しい……俺がロヴィーノ好きになったんが会社立て直してた頃やから5年、いやもう6年か? 長かったなぁ……ちょっと泣けてきた」

 見ればアントーニョが顔を真っ赤にして目を潤ませている。ぐしゃぐしゃにしわを寄せて涙ぐむ姿は、仕事でどんな辛いことがあっても一度もロヴィーノには見せなかった表情だ。その全身で嬉しい幸せだと喜ぶ姿に、いやそれは誤解だ、とは言い出しにくくなってしまった。
 アントーニョが笑う。ロヴィーノは顔を青ざめさせることしかできなかった。

「結婚式は盛大にしよな! ああもう、誰呼ぶか悩んでまうわぁ!」

 その後のアントーニョの行動は早かった。ロヴィーノがどう本当のことを切り出そうと悩んでいる暇なんてなかった。翌日には近所中にロヴィーノと婚約したことが知られ渡っていたのだ。顔しか知らない人にまで祝福されて、あっけに取られた。
 フランシスから電話がかかってきた時に、ようやく事態の重さを察した。うかうかしていると逃げられなくなると背筋が凍ったが既に時は遅い。

『婚約おめでとう! ついにアントーニョの愛を受け入れたんだねぇ、みんな祝福しているよ』
「は、はあ? みんなって誰だよっ」
『あいつが知っているやつ全員じゃねぇか? 一斉送信で婚約したってメールがきたぜ』

 ロヴィーノの家族は、突然の婚約について驚くことも反対することもなかった。むしろアントーニョとは既に付き合っているものだと思っていたらしく、おめでとう、とだけ言われて呆然とする。
 仮に元々付き合っていたとしても自然に受け入れ過ぎではないか、と思わなくもない。それをロヴィーノが突っ込めば、フェリシアーノからは

「これを逃したら兄ちゃんが気を許せて、さらに兄ちゃんを貰ってくれる人なんてなかなか現れないよ!」

 と熱弁されてしまった。悲しいことに返す言葉がなかった。
 外堀を固められて逃げ場を失ったロヴィーノの背中を押したのは、意外にも大学のゼミの教授だった。若く見える東洋人のその男は、うっかり男と婚約してしまったロヴィーノに、呆れるほどあっさりこう言った。

「付き合ってみれば良いじゃないですか。それでわかるものもあるかもしれませんよ」
「ねぇよ! それでやっぱりダメだったらどうすんだよっ」
「どうって……破棄すれば良いんですよ」
「そんな、かんたんに」
「愛し合う恋人同士だって、いざ結婚を目の前に破談するなんて普通にあり得る話です」
「……そ、そうかもだけど」
「それに想いを寄せられていること自体、嫌というわけでもなさそうですし」
「…………」
「一回付き合ってみて、それから考えてみてはどうですか?」

 黒い穏やかな瞳に見つめられ、はあっとため息をつく。どうせやりたいことがあったわけでもない。就職活動をしながらアントーニョと付き合うことはできるのだ。
 アントーニョと恋人になる時に決めた約束は二つだ。ロヴィーノの気持ちがはっきりするまで先には進まないこと、絶対に二人の未来を不幸なものにしないこと。そのためには結婚は少し先延ばしになるのだが、アントーニョは朗らかに、しかし力強く誓った。

「当たり前やん! 絶対に幸せにするで!」

 そうして彼が有言実行、本当にロヴィーノを幸せにするようなありふれた話が続くのだ。

愛に違いはない

2016.11.19

 俺はなあ、スペイン。お前のことなんか数百年一緒にいて一度もかっこ良いと思ったことがねぇんだ。だってお前なんか情けねぇし、すぐに親分ヅラしてきやがるし、時々ほんっとにうざくて面倒くさくてしょうがねぇ。ちっとは落ち着けよ、ちくしょーめ。……でも、それでも……その、お前にかっこ良くいてほしいとか、守ってくれ……だとか、そんなことは一度だって思ったことねぇぞ、俺は……お前はそのままで良いんだよ。何百年一緒にいると思ってんだよ。お前、別にかっこ良くなくたって良いんだって…………それでもそばにいるんだって、それぐらい、わかれよ……このやろー……。

 言葉少ない彼にしては珍しく、一息で言われた言葉だった。その声はひどく不安定で、少し掠れていた。昔から尊大に振る舞うくせに自己評価の低い子どもだった。こわいんだろう。いつだって拒絶される不安や恐怖がちらついて、素直な感情を伝えることもできない不器用なロマーノのことだ。真っすぐに見つめ返せば、瞳が揺れて不自然に視線を逸らされる。
 瞬きをひとつ、静まり返った室内に互いの呼吸の音がやけに大きく響いた気がした。時が止まってしまったかのような長い一瞬だった。

「ロマーノ?」

 絞り出した声は我ながら白々しいほどに飄々としていて、全くもっていつも通りのものだった。

「ははは、どうしたん急に。相変わらずつれんなあ。今回はアメリカに邪魔されてもうたけど、今度こそ俺のかっこええとこ見せたるよ! せやからそんなしょげんとって」
「…………」
「親分のかっこええとこは、かけっこだけちゃうからなあ。料理対決やったらええ勝負すると思うねんーあ、でもそしたらロマーノも強いやんな。今度は一緒に一番目指そうやあ」

 ロマーノは少し俯いた後、すぐにいつもどおりの顔で口元をひん曲げてみせた。皮肉げに頬を引きつらせながら、腕を組む。

「面倒くせぇしやなこった。ベッラにチヤホヤされるような感じのやつじゃねぇとやる気出ねぇよ」
「えーほんまにロマは女の子のことばっかやなあ」

 へらへらと笑って話を流せば、ロマーノの眼差しに憂いが宿る。その何もかも諦めたような瞳にもどかしさを感じたが、それをさせているのは他でもない自分だった。
 彼の言葉は嬉しかった。上司に何を言われても手放せなかった子だ。憎いわけがない。それどころか、俺はこの子に対して、もっと適切ではない感情を抱いている。こんな俺じゃ、ロマーノが寄せてくれる絶大な信頼や穏やかな愛情に応えられない。俺には……この子を幸せにできないのかもしれない。
 俺はずるくて最低な奴だから、ロマーノが一生懸命に伝えてくれた愛に平然と否定する言葉を吐く。そのくせ突き放すこともできなくて、俺の弱さが傷つけているとわかっていてもそばにいたいと彼を引き止める。

「あったりまえだろ。俺を誰だと思ってやがる! 南イタリアだぞ、このやろー」
「せやなあ、けど、親分はベッラちゃうのにそばにいてくれるんやなあ。嬉しいわ。……せやから、なあ、これからもずっと一緒におったってな」

 あの子の美しい瞳には、今どんな醜い俺が映っているのだろう。ロマーノがこちらをじっと見つめてくるのはわ気づいていたが、ついに確かめることができなくて、そっと瞳を逸した。

 スペインが何を考えているのかなんて全然、これっぽちもわかんねぇ。何百年と一緒にいるからやらかしそうなことはだいたい予想がつくようになってきたけど、相変わらず突飛でワケわかんなくて面倒くせぇスペインの思考回路だけはいまいち読めないままだ。というか読もうとするほうがバカバカしくて、とっくに努力を放棄している。考えてもわからねぇことはハナからやらない主義だ。
 なんつーか、みんなゴチャゴチャ考えずぎなんだよな。シンプルにやりたいこと、やりたくはねぇこと、面白いこと。それだけわかっていたら十分なのに、答えの出ないようなややこしいことを考えて袋小路に迷い込んでいる。いちいちうるせぇんだよ、ちくしょーもっと普通にしていりゃ良いだろ。

「これからもずっと一緒におったってな」

 そう言って不自然に視線を逸したスペインの、あいつらしくもない不安そうな表情に眉をひそめた。この話の流れで、なんでそうなるんだ?
 俺はただ、お前はお前のままで良いぞ、って言いたかっただけなのに、相変わらずちっとも伝わらないしそれどころか勝手に落ち込んでいやがる。だいたい、俺のかっこええとこ見せたる! って言っているけど見せたいのはお前だろ。誰もそんなこと頼んだ覚えがねぇよ。ずっと一緒にいる、っていうのもそうだ。俺が嫌がってもうざがっても、……それこそ上司に怒鳴りつけられても、ずっとそばにいたがったのはスペインじゃねぇか。何で急にしおらしくなって、俺にお願いしてんだよ。

「…………」

 考えていたら腹が立ってきて何か言ってやりたくなったが、どうせさっきみたいに流されるだけだってわかっていたからやる気も失せる。なんつーか、ほんとうに、面倒くせぇ奴。

「仕方ねぇなあ……一緒にいてやるからせいぜい俺に感謝しやがれ、ちくしょーめ」

 ふん、と鼻を鳴らすと勢い良く顔を上げられる。思いのほか間近にあった顔を真正面から見つめるはめになって、びっくりして少し固まってしまった。そのまま三秒間、お互い黙り込んでいたら不意にスペインが泣きそうな顔をした。

「うん……おおきに。お前のこと、幸せにできるよう……頑張るから」

 何考えているんだか、大げさな言葉に呆れてため息をついた。どうせろくなことじゃねぇな。だいたい、お前なあ。

「うるせーお前が俺の幸せを決めてんじゃねぇよ」

 目を丸くして驚いているスペインはやっぱり馬鹿だ。俺には理解のできねぇ思考回路で何やらグダグダ考えていたんだろうけど、そんなことにすら思い至らない。
 本当に馬鹿なヤツ。
 俺はお前がどんなヤツでも、何を考えていても、構わないんだよ。幸せするって? 馬鹿だな、今でも十分幸せだ。

思い出すのは煙草の煙と後悔

2016.06.27

 最近ではめっきり吸っている姿を見かけることがなくなったが、スペインは愛煙家だった。特に俺とベッドを共にするような関係になったあたりから世間で紙巻き煙草が出まわりだしたのもあって、わりと気軽に吸うようになっていたと思う。
 まず目覚めの一服から始まって、内職や書類を片付ける間も銜え煙草でプカプカ吹かしまくり、飯の後にももう一服。下手をすればベッドにまで持ち込んでいるような、とにかくひどいヘビースモーカーっぷりだった。そのくせ俺には匂いが移るから吸うななんてむちゃくちゃなことを言って、一本も吸わせてはくれないようなひどい男なんだ、あいつは。あの頃の俺は一日中スペインのそばにいたから、吸ってなくても煙草の匂いなんてとっくに体に染み付いていて消せなかったと思うが、あんまりにも嫌がるもんだから結局俺がそれを吸うことはなかった。今となってはそんな健気な真似、いくらあいつのことを好きだからって絶対にするべきじゃなかったって思うんだけどさ。
 スペインからはいつも葉巻とは違う、安っぽくて目に沁みるようなヤニの匂いがしていた。紙の焦げる匂いと鼻につくタールの悪臭、それに混じって漂う甘ったるい香り。それがスペインの匂いだった。俺があいつにベッドへと引き入れられて、はじめて朝まで抱き合って過ごした日に散々嗅いだ匂いだ。
 あの頃のスペインは一緒に寝ると、俺よりも早くから起きていることが多かった。俺が行為に慣れてなくて、そういう時はなかなか起きれなかったというのもある。それで夢うつつの狭間をうとうととさまよっていると、遠くでマッチを擦る音がする。しばらくして不健康そうなあの煙に包まれ、慣れ親しんだスペインのタバコの匂いがあたりに漂った。薄目を開けてとなりをうかがう。俺があいつの右腕を枕代わりにしているせいか、スペインは右腕を投げ出してベッドに寝そべったまま煙草を吹かしていた。そういう時のスペインは、やけに神妙な眼差しで天井を睨みつけていた。思わず声をかけるのを躊躇って何も言えなくなるほどに真剣な面持ちで。あ、起きたん? 俺に気づいたスペインが何でもないような顔で笑いかけてくる。何かあったのか、なんて聞けない俺は、腹が減ったぞこのやろー、といつも通りの憎まれ口を叩く。スペインは、ちょお待ってなあ、これが吸い終わったら用意するわ、と微笑んで俺の頭を撫でくり回す。お前また煙草吸っているのかよ、呆れてみせれば、やって口さみしいんやもんロマーノが塞いでくれるん? なんて軽口を叩かれて。ばーか何言ってんだよ俺は朝メシが食いたいんだぞ、せやったら俺が晴れやかに起き出せるように手伝ってくれてもええやん、やなこったお前は飴でもしゃぶってろ、ひどいわー。ばかみたいに平和な朝だった。それがずっと続くと思っていたんだ。
 あの頃の俺はひどく世間知らずで、スペインが世界の全てだった。あいつに与えられた上等な服を着て、あの狭すぎる二国だけの世界で、あいつに養われて生きていくことに何の疑問もなかった。……いや、きっと今からだって、もしスペインがあの頃と同じように俺とふたりきりでやっていこうと言い出したなら、俺はやっぱり何の疑問も抱かずに従うんだろう。俺はとても怠惰で、打算的なくせに愚かだから、未だにスペインに全てを委ねて貢がれていることの何が悪かったのかをわかっていない。わかっていないから俺たちは恋人になったんだと思う。俺が何もわかっていないから、スペインはあの頃ヘビースモーカーのように煙草を吸っていた。
 
 
 
「お前またあのマッチョじゃがいものとこに行ってたんじゃねぇだろうな!」
「ヴェ?! に、兄ちゃん! おはよ……」
「おはようじゃねぇよ! もう昼メシの時間だぞ、このやろー!」

 こっそりと帰ってきたつもりなのだろう。馬鹿弟が足音を立てないように忍び足でキッチンへと寄ってきた。たぶんこれから昼メシのパスタを作るつもりでソースを温めていたから、その匂いにつられてきたんだ。こういうところが馬鹿なんだ。

「ちくしょー! お前のせいで家の中がじゃがいも臭くなるだろうが!」

 最近、ドイツと仲良くしたいらしい俺の馬鹿でへたれな弟は、しょっちゅうあの野郎の家まで遊びに行っている。俺としてはドイツ人なんて絶対に嫌だしお断りだって言うのに、この馬鹿は俺の意向も無視して勝手なことばっかしてやがる。

「そんなことないよ! ドイツは綺麗好きだし、臭くなんかないもん!」
「あん? あんなムキムキマッチョが汗臭くないわけねぇだろ!」
「ちゃんと毎日シャワーも浴びてるし、いつも石鹸の良い匂いがするよ!」
「フン、どうだか! だいたい俺はあいつの……」

 売り言葉に買い言葉で言い合っている最中に、ふっとどこからともなくあの煙草の匂いがしたような気がした。ヴェネチアーノは煙草を吸わないし、俺だって喫煙の習慣はないからこの家でその匂いを感じたのははじめてのことだった。思わず目を見開いてあたりを見回すが、家の中には俺と馬鹿弟以外の人の気配はしない。

「兄ちゃん?」

 突然黙った俺にヴェネチアーノが首を傾げる。確かに煙草の匂いがしたのに、今はもう全然そのかけらも掴めない。

「……おい、ドイツのヤローは煙草は吸うのかよ」

 どうかそうであってくれと、半ば祈るような気持ちで訊ねる。ヴェネチアーノは怪訝そうな顔をしながら、俺の質問を否定した。

「ヴェ? 吸わないよーあいつは健康志向だもん」
「…………」

 ああ、俺は未だに囚われているのか。唐突に胸をせり上がってくる郷愁が、どうしようもない感傷を引き連れて過去の記憶を色あせたものに変えていく。それは思い出となって、俺にとってはやけに輝かしい出来事だったかのように錯覚させるんだ。

「フン、つまんねぇ奴……」

 弱々しい声では説得力なんて何もない。実際ヴェネチアーノが、兄ちゃん……? と不安そうな顔をしている。その俺よりも爺ちゃんの色に近いアンバーの瞳にはひどく情けない南イタリアの姿が映っている。
 スペインとはほとんど連絡を取れていない。それどころじゃないと言うのもわかっていたが、意図的に避けられているような気もした。ドイツとはそれなりに接触しているようだが、弟づてに聞いた話ですら、もっともらしいことを言ってのらりくらりとはぐらかされているような印象だ。この現在の世界情勢に関わる気がないんだろう。
 会えない時間が積み上がっていく。それは普段は何てことのないように思えるのに、ふとした瞬間、強い衝動でもって俺をがんじがらめに絡めとっていく。

「……でもそうだな、煙草を吸っているような奴と付き合ってもろくなもんじゃねぇよ」

 スペインと暮らしている時はあいつが嫌がったから煙草を吸わなかったが、アメリカの家にいた時に一度だけ煙草を口にしたことがある。マッチを擦って火をつけて、肺に煙を吸い込むその瞬間、ふわりと香った煙草の匂いで泣きそうになった。スペインが吸っていたものと同じではなかったけど、紙の焦げる匂いとタールの悪臭、煙草特有の目に沁みるような煙が慣れ親しんだものと似ていたから、忘れられなくなった。結局、俺が煙草を吸ったのはその一度きり。そしてたぶん二度と吸うことはない。

「匂いがする度に思い出しちまうからな」

 それは何もスペインへの健気な恋心によってしないのではない。

カーニバル

2016.02.16

 ソファに沈み込み、背もたれに肘をかけた態勢でグラスに口をつけた。赤いサングリアが注がれたそれは、アルコールの甘美な匂いがしていた。家主は「ワインはちょお待って」と言ってキッチンへと引っ込んでしまった。おそらくタパスを作っているのだろう。時折カチャカチャという食器がぶつかる物音がする。
 つけっぱなしになっていたテレビからは娯楽映画が流れていた。わざわざ映画館まで観に行くことはないだろうと思っていた外国のものだ。美しい景色、中毒性の高いジャンキーな音楽、売り出し中の若い俳優と女優が華麗なファッションを身に纏い、わかりやすく洒落た家を舞台に繰り広げられる恋愛模様。上の空で眺めていた程度だったが、国籍の違う四人の男女が旅先のアンダルシアで出会い一夏を過ごす、というストーリーなんだろうとわかった。それぐらいのわかりやすいものだった。

「お待たせー遅なってもうたな」

 間延びした声がかかって顎を上げた。ソファの背もたれから身を乗り出したスペインが、ロマーノの肩越しにテーブルへと皿を並べだした。
 ミニトマトとモッツァレラチーズを鉄串に刺したピンチョスとオリーブの酢漬け、きのこと豚肉の胡椒炒めにチョリソのワイン煮込み。小さな皿に盛られた料理が、ローテーブルを埋め尽くしていく。簡単なものばかりとは言え、今の間だけで作るには種類が多すぎる。きっとロマーノが来ると聞いた時から下ごしらえをして用意していたのだろう。ありがたいが、そこまでしくれなくて良かったのにとも思った。どうせ最後にはわけがわからなくなってざこ寝になるのだから、適当につまめるものなら何でも良いのだ。しかしこれはスペインがやりたくてやっていることなので、ロマーノには口出しも手出しもできない。酒の席で凝ったことをするのが好きなのだ、こいつらは。ら、の中には彼の悪名名高い友人達が含まれている。いつもふざけたことばかりしている連中だが、何だかんだと客をもてなしたり騒いだりするのが好きなのだ。

「あ、この映画。面白いん?」
「知らね。つけっぱなしになってたぞ」
「ふうん……俺これあかんわ」
「そうなのか?」

 珍しく投げやりな言い方で吐き捨てるように映画への感想を述べたスペインは、再びキッチンに引っ込む。その背中に視線をやると、今度は皿とワインボトルを持って戻ってきた。クリームコロッケ、小イカのフリッターにハモンセラーノだ。彼は今夜どれだけ食べるつもりなのだろう。どれも小さいとはいえ一度にそれだけの皿を持ってくる器用さには感心した。ロマーノとて料理の腕には自信があったが、給仕のほうはさっぱりだからだ。スペインとは器用な男である。少なくともロマーノよりはずっと。

「あーやってもた。コルク抜きどっかやってもうた」
「はっ! どうせ泥酔してなくしたんだろ」

 ロマーノの横に勢い良く腰を下ろしながら、手の中でワインボトルを弄ぶ。左右の手のひらで横に振りながら、参ったわー、などとさほど参ってない様子で言っているのでどうするのだろうかと様子を見ていたら、やがてコルクに歯を立てて力任せに引き抜きだした。キュポン、と音を立てて、これまた器用にボトルの口から抜けたコルク。

「うへえ……」

 すごいけど、素直に両手放しで称賛できない。そもそもその技術を身につけた経緯を思えば、彼のこれまでの酒の席がどういったものだったか想像できて、あまりのむさ苦しさにうんざりとしたのだ。
 スペインはワインを二人分のグラスに注いだ。二つ並べられたワイングラスの内、一方をロマーノの前へと置く。テーブルをグラスが叩く涼やかな音がした。そうしてそのまま流れるような仕草で、自分で置いた皿からオリーブを摘んで口に放り込んだ。親指をペロリと舐めて、うまい、と言う。あまり行儀が良いとは言えないが、ロマーノも人のことは言えないので黙っておく。マナーだ何だというのはここぞという時だけで結構だった。

「あ、この子や。この女の子。スペイン人って設定なんやけどな」
「ああ、なるほど」

 道理で一人だけ訛った英語を使うと思った。あまりのわざとらしさに、ロマーノですら首をかしげるほどだった。

「この子が自由奔放な性格で、ほんまもう……彼女おる男にも関係なく迫るし、同性でも良いみたいでめっちゃ引っかき回すねん」
「ぶはっ、マジかよ」
「アメリカが作る映画に出てくるスペイン人っていっつもそうや。ええ加減なやつばっか」

 ぼやくスペインには悪いが、ロマーノは思わず吹き出しそうになった。スペインは眉間にシワを寄せて唇を尖らせている。親の眉毛が見てみたいわ、などと文句を言いながら、不愉快であることを隠そうともしない表情を作り拗ねて見せるのがまたおかしくて、声を立てないようにこっそりと笑った。

「あいつ、俺のことどういう目で見てるんやろ。いっつもそんな役ばっかやで。じゃなかったら、嫌味なケチか陽気なアホ」
「あんま外れてねぇぞ」
「どんなやねん」

 あまり類似性のない極端な印象だったが、それもまたスペインらしい。それにロマーノだってスペインに対して少なからずそういった印象を抱いていた。

「お前も性別問わずっぽいじゃねぇか」
「どんなイメージやねん! お前この数百年、俺の何を見てきたんや」
「実際気にしねぇだろ?」
「……俺が一度でもそういう意味で遊んでんの、見たことあるか?」

 ジトリと細めた目で見られて、思案を巡らせる。
 確かに、いかにも奔放そうなスペインが淫蕩に耽るような姿を見たことはなかった。しかしそれはロマーノが彼にとって家族のようなものだからではないだろうか。それにスペインの元で暮らしていた時のロマーノは幼い子どもだった。

「俺はお前にどんな武勇伝があっても気にしねぇぞ。そりゃあちょっとは面白くねぇけど……」

 もしも彼に派手な経歴があったならスペインばかりモテてずるいと思うだろう。しかしそれとこれは別なのだ。
 普段なら男の恋愛遍歴なんて聞いたって何が楽しいのかと思っていた。しかし一度膨らんだ好奇心は収まりそうもなかった。ロマーノの前では親分然としていて、穏やかな笑みを崩さないスペインが一体どんな恋をするのか、気になりだしたら止まらなくなったのだ。
 すぐ隣に座るスペインへとしなだれかかる。彼が持つグラスの足に指をかけて、下から顔を覗き込んだ。

「な、ちょ……ロマーノ?!」
「なあ、スペイン」

 狼狽えるスペインに小首を傾げて甘えた声を出す。すると彼は顔を真っ赤にして仰け反った。あからさまに動揺してみせるのが面白くて、つい調子に乗ってしまった。

「あーもう! お前はほんまに……」
「で? 俺の宗主国様はどんな武勇伝をもっているんだ?」

 ニヤリ、笑ってみせる。スペインが、うー、と唸りながらグラスをテーブルに置いた。はあ、とため息をつく。ロマーノのワガママを聞いてくれる時の仕草だ。ロマーノは勝利を確信した。
 映画のメインテーマなのか、ゆったりとしたピアノ曲が聞こえてきた。物語はいよいよ佳境のようで、男女が絡み合う艶っぽいシーンが続いている。ベッドが軋む音とシーツが擦れる音が、いやに耳についた。

「ロマーノは、俺の恋愛遍歴なんか知って気持ち悪くないん?」
「別に? 気にしねぇよ」

 肉親であるヴェネチアーノとは一緒にナンパに繰り出すほどだ。ロマーノは相手が家族であれ、恋愛に関してオープンな性格だった。それこそがラテンの血なのかもしれないが、一方同じラテンの流れを汲んでいるはずのスペインがロマーノにはそれをひた隠しにしているので、あまり関係ないのかもしれない。

「そっか……気にせぇへんのか」

 ぼそり、呟いた言葉が上手く聞き取れなくて、え、と聞き返す。しかし不意にスペインに手首を掴まれて、言葉を続けることができなくなった。あ、と思った時にはぐるりと視界が回った。

「ほな教えたろか? 俺がこの数百年、誰を愛してきたか」

 目の前には天井を背にしたスペインが、いつもと変わらない穏やかなみどりの瞳を向けてきていた。

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