たぶん本当は何でも良い

 ぬるり、と自身を引き抜く度に縁が捲れ上がる。どれぐらいそうしていただろう。長い時間、責められ続けたせいで腫れぼったく色づいている。本来の機能には不似合いの赤い色がまぶたの裏に焼き付いて離れない。
 ごく、と喉をが鳴った。煮立った頭の中が湧いた感想しか思い浮かばない。
「あっ、っは……ロマ、ここ、すごいこと、ン……っ、なってんでッ」
「んっ……ぅ、っふ…ぁ、……ふっ、ぅ」
 けれどロマーノは抱えた枕に顔を押し付けて、すすり泣くような喘ぎ声を漏らすだけだった。あれはスペインがいつも使っている枕。それに吸われてくぐもった、苦痛すら滲ませる官能の声が耳に届く。
「ひぅ、ぁっ、あ……! は、ァん ぅ、ふぁ」
 時々、息継ぎをするみたいに顔を上げるのがいじらしくて、可愛くて、なのにどういうわけだか手加減ができなくなる。
「……ッ!!」
 それで結局、力任せに二度三度と強く腰を突き入れた。ひ、ひ、と喉を引きつらせて背筋をしならせたロマーノが声もなく頂きに達する気配がする。抑え込んだ体がぶるぶると震え、スペインのペニスを絞り取るみたいに胎内が脈動し収縮する。
「っく、ぅ……ぁ、」
 その動きが精を求めているみたいに感じて、頭の中の神経が焼き切れそうなほど興奮した。ぞわぞわと下腹部に這い上がってくる悦楽がスペインを獣欲の渦に叩き落とす。既に限界まで張り詰めていたペニスを本能のままに解放すればさぞかし気持ち良いだろう。ましてやそれをロマーノの中で弾けさせる快楽はよく知っている。
 ふー、ふー、と獣じみた荒い吐息を撒き散らす。限界が射程圏内に入っている。ちらつく最高の瞬間。そのギリギリ一歩手前、まるで崖っぷちにつま先立ちで踏ん張るように奥歯を食いしばった。まぶたをきつく閉じて己の呼吸に集中すると、無理やりに引き伸ばされた快感が身体中を駆け巡り、指先にまでピリピリとする刺激を伝えてくる。
「……っは、ぁっ! っぐ、ぁ」
 アドレナリンだかエンドルフィンだかの脳内麻薬が蛇口を壊して制御不能で噴き出す水のように湧いて頭蓋骨の裏に沁み渡っていく。体が勝手に痙攣する。腰が小刻みに震えて、スペイン自身をさらなる性感の高みへと追い詰めようとしている。
 気持ち良い、気持ち良い、気持ち良い……ッ!
 それしか考えられないまま、湧き上がってくるリズムで無意識に体を揺すった。それが偶然にもロマーノの悦いところに当たっているらしく、ロマーノが切羽詰まった声で泣きじゃくる。
「ぁ、うぅっ、あ、ぁ、も……出なッ……あァん」
 強すぎる快感に巻かれてベッドヘッドのほうへと逃げようとする体を引きずり込む。腰を掴んでシーツに押し付け、腰を打ち据えた。そのままひたすらに苛み続ければ、やがて体を引きつらせながら射精することなく極まる。
「ひ、ぅ……ッ、あ……っん」
 ぶるぶると弛緩する身体。だらりと投げ出された手足も、枕に顔を押し付けるしかない首も、どこにも力が入っていないのに、スペインに掴まれた腰だけが高く上げられていて卑猥だ。
 いやらしい。
 腹の奥底から煮立つような熱に唇を舐める。

 ああ、いや、そうじゃない。ちゃうねん……。

 興奮しすぎて視界の端がチカチカする。それなのに視線はロマーノの体から引き剥がせなくて、眼球は乾燥していた。

 だから、そうとちゃうくて……。

 頭の中が茹っておかしくなっている。けれどいい加減冷静にならなければならない。ロマーノのことを考えれば、そろそろ潮時だ。スペインの心臓が全力疾走直後のように脈打って、胸をドンドンとノックしている。熱い血が全身に回る。興奮しすぎてわけがわからない。落ち着け。
 一体、もう何時間こんな行為に及んでいるのだろう。スペインですら自身が擦れすぎてむず痒くなってきている。挿れっぱなしで揺すぶられ続けたロマーノのほうはとっくに限界を超えているのかもしれない。
 ベッドが悲鳴を上げている。ひとり暮らしには広すぎるクイーンサイズのベッドは広々としていて、これだけ激しく動いても落ちる心配はないが、シーツはしっちゃかめっちゃかのぐちゃぐちゃだ。上掛けはいつの間にかどこかにいっている。たぶん最中に蹴り落とした。脱いだ衣服なんて今頃床で皺くちゃになっている。
 少し動きを止めたことで落ち着きを取り戻したのか、ロマーノが肩で息をしている。話す気力はないらしい。少しでも元気があればやりすぎだと文句が飛び出していてもおかしくない場面だった。
 目の前でなだらかな丘を作るロマーノの背骨。そのラインに沿って汗が滑り落ちていく。深く考えずに汗の跡を指でなぞれば、
「ぁ、うンん、も、だめ……だめ、ぁ」
 惰性のように震えて、普段からは考えられないような甘ったるい声で制止をかける。
 ああでも、そんな声、逆効果や。
 到底、言葉通りには聞こえない。むしろ誘われている気がして喉が鳴る。連動して正直な部分が脈打った。
「ぁア、っや……ぁ、も、なんっで……っ」
 いよいよロマーノが泣きだした。子どもみたいにぐすぐすと鼻を鳴らしながら、いやいやと首を横に振っているくせに、そこはスペインにつられたみたいに収縮して、身勝手な欲望を抱きしめて離さない。
「っは、ロマ……あかんって、そんな締め付けて」
「しめ、てな……ぁ、ア、んっぬい、ぬいて……あ!」
「無理やろ……っは、ぁ」
 身勝手なセックスに付き合わせていた。いい加減やめなくちゃいけない。そうだとわかっているのに、また腰が動きだす。
 ロマーノの下腹部に手を回すと、彼のそれは萎えたまま硬くなる気配もなかった。無理もない。勃起をするには筋力がいる。長く硬度を保ち続けてはいられないはずだ。
 スペインだってそろそろ萎えても良さそうなものだった。いっそ体力が尽きて意識を手放してしまえば行為をやめれるはずだ。裏を返せば、そんなきっかけでもなければ終わりが見えない。
 乾いた唇を舐めながら再び彼の腰を掴み直すと、期待に震えたロマーノがか細い声で鳴いた。

 ○

 ロマーノとの関係について願ったことはそう多くはない。スペインにとってあの子はどうこうしたいと言うよりも、そばで成長を見守り庇護したい対象だったのだ。ひねくれていて可愛げがなく不器用で何に対しても全力で空回り喜怒哀楽がはっきりしていて自分に素直なロマーノは見ていて飽きず、彼の一挙手一投足を追いかけるのに夢中だった。それに彼を脅かすものから守るのに忙しくて、余計なことを考えている余裕などない。
 数百年と続いたその関係性はとても緩やかに、昼下がりに微睡む夢のような緩慢さで変わっていって、ふとした拍子にロマーノがスペインの下を離れていったが、それをさみしく思えど彼のことをどうこうしようという気はなかった。
 いや、本当に。あの時は全く、これっぽっちも下心などなかったのだ。
 確かに一緒に暮らせないことは悲しかったし、知らないところで大人になっていくロマーノの背中には焦燥を感じた。けれど、どんなに苦しくて狂いそうな夜を迎えても、それでもなお彼のことが何よりも大切だったから、遠くから健やかであることをただ祈っているだけで満足だった。ロマーノにとって自分を庇護し保護者のように見守ってきた元親分など、ひとり立ちした後は適切な距離を保つべき相手だろうとも確かに納得していたのに。
 それはロマーノが互いの関係性を『恋人』と名付け、再び距離が近づいた後も変わらなかったはずだ。束縛をしたり何かを奪ったりすような気は一切なかった。恋愛にそこまで執着したことがなかったから、わりと自信もあった。

 これは神に誓って、本当に、あの時は心底そう思っていたのだ。

 けれど今までは上手くやれていた。セックスだってロマーノの気持ちを尊重し、優しく丁寧に接してきた、つもりだ。
 ロマーノだってそう言っていた。
「意外だ」
「へ? 何が?」
「何って言うか、その……お前もっと即物的な感じかと思ったのに、全然そんなことないだろ」
「即物的?」
 一体何の話かと首を傾げると、ロマーノが言いにくそうに口ごもる。彼がこういう反応をする時は、何か思っていることがあるのだ。恥ずかしいのか、スペインが聞いてくれないと思っているのかは知らないが、根気良く待っているとそのうち打ち明けてくれる。
 なるべく言いやすいように笑顔で、ん? と促す。すると俯いたロマーノがちらちらと上目遣いで見上げてきた。
「だからー……あれ、あれだよ……エッチの、時……」
 思いがけない言葉に目を丸くする。恥ずかしがり屋の彼がスペインとの行為について、具体的な話題を持ち出してくると思っていなかった。
「即物的なエッチしそうってこと?」
「だっ、だって! 自分で情熱的とか言っているし……!」
「いやいや! ちゃうって! それはそういう意味とちゃうくて!」
 だいたい名乗りを上げるのに、俺はスケベやって宣言せぇへんやろ!!
「そ、そうなんだろうけど! でも、あ、ああいうのって……気持ちのまま強引に……ガバっととか、あるのかなって」
「は?! 強引なんはあかんよ!」
「えっそ、そうなのか?!」
「当たり前やん! ちゃんとロマもしたいって思うことを一緒にせんと!」
 だいたい情熱的と身勝手は別物だ。むしろ情熱があるからこそ、心の通った関係性を大切にしたいと思っている。
「ふうん……」
 なのに、なぜかロマーノがつまらなそうな声を上げている。明らかに納得していないし、ちょっと怒っているようにも見える。
「理性を手放して本能のまま……とか、そういう気にはならねぇの?」
「えー……ううん」
 もしかすると何か誤解されているのかもしれない。
 それは、よくあることだった。どういうわけだか、誰彼構わず食い散らかしていそうだとか、恋愛ごとに不誠実で散々遊び尽くしていそうだとか、そういった噂はこれまでにもあったし、性に奔放というステレオタイプのイメージはしょっちゅう押し付けられている。
 だがしかし、積極的に周囲をがっかりさせるつもりはないが、嘘を是とするわけにもいかない。
「俺、あんまスケベなことに夢中になったり、そればっかりみたいなのがわからへんねんなあ」
 もちろんスケベなことは好きだ。気持ち良いことも、肌の触れ合いも楽しい。けれど、それに何もかもを支配されて生活が乱れたり、夜な夜な夢中になったりするのはいまいちピンとこない。
「よく衝動的にヤってもうたとか言うけど、そんなわけないって思ってまうし」
「そうなのか?」
「うん、AVとかで見てても非現実的すぎのはちょっと引いてまうって言うか」
 ロマーノが、へぇ意外ー。みたいな顔をしている。でもやっぱりちょっと怒っているような顔だ。その場しのぎの出まかせを言っているように思われているのだろうか。
「せやからロマーノにもずっと優しくしてきたつもりやねんけど……」
「あーまあ、それは。確かに優しい……よな」
 その点については一番最初の時から手を抜いていない。そう伝えれば、「だからこわかったけど、しても良いと思ったんだぞ」なんて可愛いことを言ってくれた。

 ロマーノとの初めてのセックスは長いながいキスから始まった。触れ合わせるだけの柔らかな口づけを散々楽しんで、啄んで、唇同士を押し付け合い、たっぷり味わうキスだ。もうこれだけで本懐を遂げたような気になって、別に何もできなくたって良いとさえ思ったが、そのうちロマーノが焦れたのか腰を捩ってスペインの唇を躱し、シャツの中に指を入れてきた。それで服を脱がせ合って、またキスをして、時々偶然を装って脇腹や太ももといった際どいところをくすぐり合いもした。
 裸になると成長したロマーノの身体に妙な感慨がこみ上げてきて、何だかもう堪らない気持ちになってシーツに横たえた。意外なことにロマーノはベッドの上では大人しくて、顔を真っ赤にして泣きそうな顔で「好きにしろ」なんて魅力的な台詞を口にする。そのいじましさを目の当たりにすれば強引なことなどできようはずもない。必ずや大切にしよう、絶対に傷つけないという気になる。
 誘われるようにロマーノのつま先に唇を這わせ、指のひとつひとつにキスをする。踵を掴んで膝を曲げさせて、足の甲、親指の爪、人差し指の腹、中指、薬指、小指。信じられないことにロマーノは足の先まできれいな形をしている。彫刻のお手本のようなアーチはきっと黄金比だ。踝も、キュッと細くなった足首も整いすぎて驚く。そのまま足の指をしゃぶると、さすがにギョッとしたロマーノから制止がかかる。
「きっ、汚いからやめろよっ!」
 いやいやこれはロマーノを大切にするという誓いの儀式みたいなものだ。だから大丈夫と伝えたのに、彼はとにかく嫌がったのでそれ以上しつこくはしなかった。そう嫌がることはしない。それがロマーノを大切にするということだ。
 だから二回目以降もずっと、ロマーノとセックスをする時は必ず足にキスをしている。彼が嫌がる前にやめるけれど、儀礼的なものにしては些か熱心に全ての指に唇を触れさせてきた。それこそが彼を尊重して行為に挑むという、スペインなりの誓いのようなものだったのだ。

 それが、一体どうしてこんなことに。

「や、やだ……スペイン、やめ……っ、う、あァ……っ!」
 やだやだと首を横に振るロマーノの肩を掴み、身体が上へと逃げないように固定する。その態勢で腰を前後に、中を掻き混ぜるように揺らせばかなり深いところまで入った。さっきからひっきりなしに漏れているカウパー液でぬかるんだ中は、スペインが揺さぶる毎にじゅぶ、ぐじゅ、とえげつない音を立てた。
「! ひッ、ぎ……んうッ、…はっ、あっ、あァ」
 今の突きは鋭く抉った。ロマーノから上がった声は苦しそうで余裕がない。そこを狙いすましたみたいに、さらに追い詰めるように何度も打ち付けてしまう。
「ぅああッ あ、ああァア……っ」
 今日は駄目だ。全然駄目。こんなの、スペインだって知らなかった。こんな衝動的で強引で、自分勝手に己とロマーノの快楽だけを貪り、延々と夜を引き伸ばすような自分がいたなんて、初めて知った。こめかみに青筋を立てながらギリギリと歯を食いしばって腰を振り立てている。絶対に正気になったら後悔する。馬鹿みたいに獣じみた自分を殴り倒したく鳴るはずだ。わかっていてもやめられない。これが、衝動。かつて味わったことのない衝撃が鉄錆のように口内に広がっていく。

 ○

 今夜の始めにいつも通りスペインの手がロマーノの足首を捕まえると、珍しくロマーノが抵抗したのがきっかけだった。
「ぁ……、やめろよ。きたない……っ」
「ロマーノの身体やのに? まさか」
 くすくすと笑いながらそのままするりするりと這い上がらせた手のひらを、ふくらはぎ、膝、その裏側と腿を確かめるように触れさせていった。不埒な指先が、つつつ、と悪戯を仕掛ける都度、ロマーノから鼻にかかった吐息が漏れて煽られる。
「んっ……ぅ、」
 ロマーノの声が弱々しく響いた。思わず喉に上った拒絶の言葉を呑み込んだのだろう。抑えるような声も良かった。
「ロマーノ、口開けて」
 別段、強い口調でもなかったが、たったのそれだけでロマーノの体は羞恥に震える。視線すら上げられないにも関わらず、しばらくじっと様子を窺っていると口だけはスペインの言うことを聞こうとして口端がむずむずと動いた。そうして焦れったいほどの時間をかけてようやく薄っすらと開かれた唇が、はく、と何かを求めた。
「ぅ、っく……ぅ、っは……ぁン、ぅ」
 唇を押し付けて口を塞ぐ。それでも開きっぱなしのまま閉じられないせいで、ぬるりと侵させた舌からは逃れられず、押し返そうとしたのだろうか、突き出された舌をあっさりと絡め取って、音を立てて吸いついた。ぴちゃぴちゃと唾液の立てる水音がいやらしい空気の密度をさらに濃いものにして、ロマーノの指先がスペインに縋った。
 スペインの舌はロマーノの性感帯をよく知っていた。上顎の裏を舐れば体をくねらせ、舌の根を押さえては溢れ出た唾液を啜る。代わりにスペインの唾液を飲ませてもみた。
 両手で彼の頬を押さえたまま、不意にスペインの顔が少しだけ離れた。
「……っふ、ぅ ロマ、目ぇ開けて」
 唇を舐めてやると、びくりと肩が跳ねた。別にこわがっていたわけではないだろう。脅迫したわけじゃない。けれどロマーノの体がスペインの言う通りに動く。恐る恐る開くロマーノのまぶた。スペインは楽しそうな笑みの中に隠しようのない情欲をぎらつかせていて、その嵐のような熱でもってロマーノの肌を舐めていく。
「……ッ、ん、ぅ……」
「ん……、そのまま。目ぇ逸らさんとってな」
 よくよく言い聞かせる間も、お互い目を開いたままだった。スペインは自らの舌をすぼめて先を尖らせ、ロマーノの開いた口へとねじ込んではすぐに引き抜く。何度かそうやって抜き差しを繰り返す様を間近で見ていた。
 まるで軟体動物のように広がったり縮こまったりをしながら口内を出入りしているそれから目が逸らせない。ぐちゅ、と唾液が立てる音が、セックスの時の抽送するそれに似ていたのも興奮の材料になっていたと思う。そのうちにロマーノも自分の舌を突き出してきた。それで、まるでそうすることが自然なように口の外で舌と舌を絡め合わせてやった。互いの目の前でまぐわうように絡み合う舌は、これからの行為を彷彿とさせる動きを見せつけ合っている。鼻先で行われている奔放な行為は思うままに卑猥なものになっていった。
 どれぐらいそうやって絡み合っていたのだろうか。スペインの手がロマーノの腰を引き寄せ、ロマーノはスペインの首に縋り付いた。
「ふっぅ……ん、んっ……ふ」
 塞いだ口の中でロマーノが喘ぐのを聞きながら、手のひらを徐々にうごかしていく。互いに興奮していた。汗でしっとりとしたロマーノの肌を弄りだす。腰から脇腹へ上り、背中へ。ふー、ふー、と鼻だけでどうにか繰り返される呼吸が荒くなっていく。
 スペインの指先が背骨にたどり着く。そのまま、つつつとなぞった、その刹那。
「……ッ!! んっ、ァ……ッ!」
 びくん、とロマーノの体が跳ね上がり、背が弓なりにしなる。腰が浮き、胸を突き出すような態勢だ。それを見て思わず唇を離し、呆然と彼の姿を見やる。
「んっ、あ……っ」
 まるで名残惜しんでいるかのような声。ロマーノは自身の口から出た甘ったるい声に羞恥を覚えたようだった。視線が絡み合う。ごく、と呑み込んだ唾液は己のものだっただろうか。両肘をロマーノの体の外側に突いて上体を倒した。その軌道がどこに向かうのかを、ロマーノの視線がずっと追いかけてくる。
「ふっ、ふっ……っは、っふ」
 まずはロマーノの胸、その先端の尖ったものに吸いつく。たぶん、やけにゆっくりとした動作になった。心臓がドキドキと速くなっていく。その鼓動が皮膚を叩く様も見える。ロマーノが期待している。
「ーーーっ! っあァ!」
 ようやくスペインの唇が薄く色づいた胸の先へとたどり着いた時、ロマーノは絶叫を上げていた。ぬるりとした口内へと迎え入れられた膚の表面は神経が張り巡らされていて必要以上に敏感になっているようだ。ねっとりと舌を這わせれば髪を振り乱し、むしゃぶりつくように吸い付けば腰を跳ねさせる。
 スペインの両手はロマーノの膚を弄っている。関節とリンパ節。それがロマーノの弱いところだ。触れたところからチリチリと熱が生まれているみたいだ。その熱を堪えれば、行き場のなくなった熱がぞわぞわと背筋を震わせて、思わず舌打ちをした。ロマーノが体をくねらせながら身悶えている。それが、いやもうその前から理性はなかった。ただやっぱりいつも以上に興奮しすぎた始まりだったのだ。そこからはスペインの一方的な蹂躙、搾取。ロマーノはただひたすら泣き喘ぐばかりだ。
 それを好きにして良い合図と取ったわけじゃない。そうではないのだけれど、どうしても抑えられなかった。早々と挿入して、それからはひたすら彼の弱いところばかりを責め抜いている。

「……ン、っぎ……ぁ、あァっ! っふ、ぁ……っ」
 身をくねらせようとするのを、後ろから強く抱き込んで身動きを取れなくしている。そのせいでロマーノは腰を捩る形になり、角度の変わったペニスが胎内の襞を強く抉った。それに苦痛を訴えるように喘いで、シーツに爪を立てている。無駄な抵抗だ。可愛い、愛しい。なぜその感情がこんなにも暴力的な性欲につながっているのかわからないが、それを考える余裕はなかった。
「ぅ、っく……ぅ、っは……ぁン、ぅ ぁーーーっ!」
 しつこく追い立て続けていると、次第にロマーノが呼吸を忘れたみたいに静かになる瞬間があった。
 一瞬スイッチを切ったみたいに静止したロマーノはぎゅうっとつま先を強張らせ、スペインのペニスを搾り取るみたいに全身に力を入れる。思いがけない圧にスペインも唸らされた。やがてガクガクと震えだして、それも止まらなくなる。指先までピンと伸ばしてベッドの上でぐぐうっと伸び上がると、一瞬だけ体の震えが収まる瞬間があった。はっと息を詰める。ようやくペニスへの刺激が収まったのかと思ったのだ。
「……ッ?! っぐ、ぁ……っ!」
 しかしそれは一瞬で、ロマーノの身体は再び痙攣のように激しく揺れ始める。それに連動するかのように胎内も忙しなく収縮し、ついには止まらなくなった。渦巻くようなその締め付けに思わず声が漏れるが、不意打ちのように打ち寄せてくる快楽の波を受け止めきれず頭の中は真っ白だ。
「あーーー……っ、あっ、ン……あぁ」
 意味もなく声を上げているだけのロマーノに、なぜか右も左も分からないほどに興奮していて、彼に触れているところが全部気持ち良い。睾丸がきゅうっと持ち上がるのを感じた。せり上がってくる悪寒にも似た射精の気配は、何度もせき止められ、引き伸ばされた分だけ薄く長く尾を引いて、スペインを蝕んだ。
 思わず我を忘れて腰を振り立てた。
「っは、ぁ……あ、ロマ……っ、ろまぁ……っ!」
 下品なまでに自身の快感を追い上げた律動だった。ロマーノの身体は脱力しきっていて、もはやスペインのされるがままだ。
 ああでも、この子が可愛いくてどうにかしてやりたい。むちゃくちゃになったこの夜を忘れられそうにない。
「はっ、ぁ……っは、はあ……あかん! こんなん、ちゃう……こんなん、セックスちゃう…っ!」
 断末魔のように叫んでも、じわじわとせり上がってくる性感には敵わなくて。この時ばかりはもう堪えられなかった。遂に弾けた限界が開放の心地良さを連れてくる。ぐぅっと喉の奥で唸ると、ロマーノの胎内がやわやわとペニスを愛撫してきた。それで今度こそそれに逆らわず、中へと吐精したのだった。
 
 
 
 
 
「……ん、ぁ……」
「あ、あー……ロマ、起きた……?」
 全然睡眠が足りていないのに無理やり起こされた時みたいに頭がガンガンする。 開きかけたまぶたを閉じようとして、視界の端をひらひらと手のひらが翻った。渋々、もう一度目を開こうとして薄目を開けると、珍しく居心地の悪そうなスペインが覗き込んできていた。
「……」
「…………おはよ」
「んー……?」
 おっかなびっくり、話しかけて良いか躊躇いながら声をかけてきている。みたいな態度のスペインが、視線をうろうろと彷徨わせながら何度もロマーノを見て、結局俯いてしまった。
 これは貴重な反応だ。普段なら盛大にからかってバカにして、ゲラゲラ声を上げて笑ってやったところなのだが、あいにくとロマーノは指先ひとつ動かせない有様だった。
 むしろそれが原因で目が覚めたようなものだ。横向きに丸まった体は寝返りさえ自力では打てないのか同じ姿勢のまま硬直していたらしく、腕は痺れているし肩が痛い。ついでに言えば喉はヒリヒリしていて、口の中はカラカラだ。自ら望んだこととは言え、思わず遠い目をしてしまう。
 スペインのこと舐めてたなあ……。
「……みず」
「へ! あ、ああ! ごめん、ちょお待って!」
 ガバっと顔を上げたスペインがバタバタと部屋を出て行く。しばらくして階下から水を出す音が聞こえてきた。よほど慌てているのか、うわ! と焦る声が上がったが、どうしたのかと気にかける余裕などない。今はくすりとも笑えば腹筋に響いて泣きを見そうだ。
 そのうちスペインが戻ってきた。「てかロマーノ、体起こせる?」
 少し考えて首を横に振る。自力では無理だ。そう伝えたつもりだったが、口元にストローを押し付けられた。
「そのままでええから……シーツにこぼしてもええし、ゆっくり飲み」
 コップはスペインが持っててくれるらしい。破格の待遇だ。これが彼の罪悪感からきているのだと思うとなけなしの良心が痛むが、どのみち意地を張る元気もなかった。ありがたくスペインの甘やかしを享受する。
 ちゅうちゅうと水を吸って口の中を潤す。ちょっとずつ飲み込んでいけばひりつく喉も少しはマシになった。
 はあ、と息をついてストローから口を離す。スペインの手が遠ざかった。
「……ごめんな」
 ぽつり、謝罪が降ってくる。
「あんなに酷くして。俺、ほんまに自分があんなになると思ってなかったから、自分でもショックなんやけど……実際酷い目に遭ったロマは堪ったもんちゃうと思うし」
 ごめん、と繰り返されていよいよロマーノの罪悪感は頂点に達した。
「恋人同士でも望まへんセックスはレイプと同じやから。ロマは怒ってええねんで」
「……ちげぇ……」
「うん……あれは俺の間違いや」
「だから、そうじゃねぇ! ……って、痛……!」
 勢い余って体を起こそうとしてベッドに突っ伏した。ぐああ、と意味もなく唸りながら悶ていると、慌てて駆け寄ってきたスペインが楽な姿勢になるようにロマーノの体を抱えてくれる。そのまま慎重に身をよじりながら寝返りを打ち、仰向けに寝かせてもらう。肩の痛みが楽になった。
「あ、ああいうの……俺、その……こーふんするって……」
 言うか、ともごもご消え入りそうな声で口にするが、当然鈍感なスペインがそれで汲み取ってくれるわけもなく、へ? と間の抜けた声が返ってきた。
 そういうところが、ムカつく。
 スペインの鈍感さは元々知っている。肝心な時に拍子抜けする返しをしてくるところを好ましく思っていたのは最初の内だけで、最近は面倒くさいしいろいろ考えたり感情を動かしたりしている自分のことが馬鹿みたいに思ってきた。
「だーかーらー! 俺はお前に! 強引にヤられんのが興奮するっつってんだよ、ヴァッファンクーロ!」
「な、ななな、何言うてるんロマーノ! あかんって……そ、そんな……っ!」
「うるっせ、金玉ついてねぇのかテメェちくしょー!」
「ひやああ!」
 元気があれば胸ぐらを掴んで揺さぶるぐらいのことはしていたと思う。今は体の自由が効かないので怒鳴るだけで済んでいる。けれどスペインのほうはそれどころじゃないらしく、ロマーノの言葉だけで顔を真っ赤にして目を白黒させている。
「だいたい今までも俺がちょっとダメとか嫌とか言っただけで、あっごめんロマ! 嫌なことしてもうたな、よしよし、親分がついとるから安心しぃやあ! ……って、あれは一体何のプレイだよ!」
「も、もうやめたってぇ……っ」
 ずっと物足りないと思っていたどころか、むしろそういう変態なのかとスペインの性癖を疑っていたぐらいなのだ。昨夜は何のスイッチが入ったのか妙にロマーノの拒絶に乗ってきてくれて、ようやく念願叶っての理想のセックスだったのに、それを申し訳ない悪かった許してくれと断罪を求められては、ロマーノの嗜好がおかしいみたいではないか。
「いや! せやけどロマのそれも十分変わった性癖やと思、」
「……お、お前もノリノリだっただろうがぁ!」
「ぎゃふん!」
 お互い顔を真っ赤にして、共倒れも良いところだ。一体何だこれは。恥ずかしくてしょうがない。
 頭が沸騰しそうになりながらのろのろと腕を上げて枕を引き寄せる。それで顔を隠すと、スペインが「あっ」と焦った声を上げた。
「……んだよ」
「い、いや、何も……何もないで」
 それからしばらく何か言いたそうにしていたが、結局諦めたのか、はああ、とため息をついてロマーノの手元にタオルを置いた。
「一応、起きる前に体は拭いたけど気持ち悪いとこあったらこれで」
「……ん」
「これからご飯作るけど、食える?」
「うん」
 即答したのがおかしかったのか、ふふ、と笑う。その声がいつもの調子を取り戻しているのに少しだけホッとして枕をぎゅうっと抱きしめた。カバーからスペインの匂いがする。こっちは彼の枕だったか。
「じゃあベッドまで持ってくるわ。ええ子で待っとってな」
「おう、パスタが良い。トマト乗っけったやつ」
「りょうかいー」
 しばらくして寝室の扉が開く音。スペインが出て行って部屋が静かになる。今は何時だろうとぼんやり考えながら、階下の音に耳を澄ませてまぶたを閉じる。

PAGE TOP

close