ジャギィ編

 スペインはタケノコやキノコを採取し人間に売って生計を立てているような、獣人族の中でもごく標準的なアイルーだった。決して豊かな暮らしとは言えないが、何に追われるでもないのんびりとした生活に不満も不自由もない。村で同じようにして暮らしているアイルーたちと、それなりに幸せな日々を送っていた。
 そんなごく平凡なアイルーのスペインが、新米ハンターであるロマーノのオトモになったのには理由がある。何せロマーノときたらハンターのくせにどうにも頼りない。ガンナーとしての腕前はハンターという職を選ぶだけあってスペインも認めるところであるが、一方で大型モンスターに追いかけられるとパニックに陥って逃げ回り無駄にスタミナを消費したり、アイテムの補充を忘れてクエストに出かけたりする迂闊なところがあった。このままで過酷なハンター生活を送れるのだろうか、スペインでなくても心配になるだろう。

(まあ、ロマーノのことが気になるんは弱いってだけとちゃうけど)

 そして、そちらの理由のほうが大きな割合を占めている。
 
 
 
 ロマーノと出会ったのは今からひと月ほど前の、月のよく見える夜だった。その日、スペインはタケノコ採りに出かけていたのだが、採取に夢中になりすぎて気が付けばとっぷり日が暮れてしまった。そこは人家のない砂漠である。太陽が沈んでしまえば、あたりは真っ暗やみに包まれて夜空には微かな月の光のみ。モンスターに出くわしてしまう可能性もあり、アイルー村へは戻れそうになかった。そこで、朝まで採取場所のそばにある洞穴で休息を取ることにしたのだった。
 あまり気付いていなかったが、スペインはすっかりへとへとだった。今日はよう働いなーと自身を労い、茶のまだら模様の毛皮を体の前で掻き集めると、冷たい岩肌の上に猫のように丸まる。ひと息つくと途端に労働の疲れに襲われた。
 まぶたを閉じただけであっという間に訪れた睡魔に身を委ね、さあ眠りに就こうと目を瞑ったその時だ。身を横たえた洞穴の壁伝いに外からの振動が響き伝わってきた。異変にぴょこぴょこと動く三角の耳をピンと立て、外へと繋がる唯一の出口をじっと睨み付ける。
 静寂の夜の空気が張りつめている。耳鳴りがするような洞穴の中で聞こえてきたのは、特徴的なキィキィという高い鳴き声。

(……ジャギィか?)

 すばしっこい彼らは人間の気配がするだけで騒ぎ立て、煽り、集団で取り囲んで攻撃する。夜中とは言え、突然、騒ぎ出すことも珍しいことではない。
 おそらくハンターが傍でも通ったのだろう。やれやれ、と緊張して全身が強張ったのを解し身じろぎをする。ジャギィなどは小型のモンスターである。ハンターともあれば易々と倒してみせるだろう。
 しかし、すぐに収まると思った騒々しい鳴き声は、スペインの予想に反してなかなか静まる気配がなかった。それどころかその鳴き声はどんどん高くけたたましいものになっている。どうやらひどく興奮しているようだ。ひっきりなしにあの不快な鳴き声が聞こえてくる。モンスターが騒ぐ夜というものはあるが、これはただごとではない。一度は眠ろうとしたスペインだったが、何か異変が起きているのではないかと警戒しながら起き上がった。
 様子を見に入り口まで出て外を見渡すと草原が広がっている。視界が開けて遠くまで見渡せるが、ちょうどスペインのいる洞穴近くの大きな岩にジャギィが群がっているのを見留めた。昼間、タケノコを採っていた辺りである。

「や、やめろ! 近寄るな!」

 人間の声だ。

(……なんか様子おかしない?)

 耳障りなジャギィの鳴き声の中、怯えるような声も聞こえたし、事実、目を凝らして見ればジャギィの群れの中心に人間がいるのがわかった。背中をぴったりと岩へ引っ付け、体を強ばらせている。どうやら逃げ場を失ってしまったらしい。
 袖のない濃い色のドウギに裾のゆったりしたハカマ、腰に巻き付けた鮮やかな文様の入ったオビ。そして何より、夜目にもわかるほど簡素で古びた武器ではあったが、その背に背負う大きなボウガンはハンターの持つものだ。教われている人間はどうやらハンターらしい。
 スペインの背丈と同じぐらいの、モンスターの中では小型に分類される鳥骨類たちは足を使って跳ね回りハンターの周りを旋回している。上下に跳ねる度に、その隙間からくるんと渦巻いて跳ねる髪の毛束が見えた。

「やめ……っ! やぁッ!」
「!?」

 ジャギィが何か煙のようなものを吐いた。拒絶の声を上げた人間は避けることすらできず真正面からそれを受け、苦しみ喘ぐように前に屈んで身を捩らせている。闇に紛れて何を吐き出したのか、色もはっきりとは見えなかったが紫色の霧ように見えた。襲われている人間は既にその霧を何度か受けていたのだろうか。

「もう、やだぁ……っ!」

 嗚咽混じりの声を上げて泣きじゃりだした。

(な……、なんでジャギィが?)

 フロギィが毒霧を吐くことは有名だが、ジャギィにそのような特性があることなど知らない。しかし、確かに暗闇で見え辛いが、このあたりまでフロギィがやって来るわけもないし、あの色と柄は間違いなくジャギィだ。
 もしや突然変異で生まれた新種か。
 緊張が走り息を潜めた。ジャギィの囃し立てるようなキィキィという鳴き声と、人間の鼻にかかった声が耳につく。はあはあと呼吸を荒げ、時折「んぅ……っ!」と息を呑む音がして、体をくねらせて悶える姿が目に入った。
 人間にはもう闘う気力など残っていないのに、集団で取り囲んで執拗に嬲るのをやめない。ジャギィたちの跳ね回る動きは緩められず、むしろ一層激しくなっているようだった。

(こいつら、趣味悪いねんなあ……)

 ハンターが倒れたならば、アイルーたちがやって来てベースキャンプまで運んでやることになるだろう。スペインたち獣人族はそういった仕事も請け負っている。代金はハンターが請け負ったクエストの報酬から支払われる仕組みだ。
 しかし、そのアイルー隊が到着するまで地面に伏た人間の体を、いつまでも突つき回しているジャギィの姿を見たことが何度もある。このジャギィたちもそういった輩なのだろう。力づくで引き離されるまでは、その手を緩められることはない。
 力なく項垂れているハンターを見てさすがに哀れに思った。
 一方的に嬲られる姿を見ているとかわいそうだと思うし同情もする。だが、スペインは彼のオトモでもない。クエスト中の人間に手出しをすることはできないし、手助けしてやる道理もなかった。そうして、何もできずに呆然と眺めている間にもハンターは武器を取る力も失ったのか、体の脇に腕を下ろしてぐったりしている。

(えぇっ……!?)

 状況を把握しようと、洞穴から抜け出し茂みに隠れて様子を伺うスペインの目に、ジャギィが人間の服を噛みちぎる様が目に入った。確かに彼らは凶暴ではあるが、そこまでの顎の力があるとは思っていなかったので、ただただ目を見開いて目の前で起こっているできごとに驚く。彼の服は旅装束のように軽装であったが、それでもモンスターたち相手に渡り歩くための防具でもある。それらが、ビリビリに裂かれ、ただの布きれになっていく様を見て唖然とするしかなかった。

「やだっやだ、やめろッ……!」

 人間のほうも、中に着ているものまで引きちぎろうとするジャギィの頭を必死で抑えているようだが、気を取られている間に反対側から別のジャギィに突つかれて「ひぅ……!」と声を上げさせられている。ジャギィが飛びかかって口で突つく度にびくびくと肩が跳ねるようだ。
 苦しそうな切羽詰まった声から察するに、そろそろ倒れそうなのかもしれない。それならば、いっそ早く倒れてしまえと念じてしまう。

(……お金、もってなさそうやけど)

 アイルーたちがやって来る前にジャギィを追い払って、肌蹴た服を整えてやるぐらいはしてやっても良い。それほど大柄ではなさそうなので、何ならスペインが運んでやっても。
 しかし、彼の抵抗はすっかり弱まりって、ただだらりと岩に体を預けているだけの状態にまで追い詰められているのに、泣きじゃくっている声はやむどころか、むしろ高くなっているようだった。

「ひぃあ……あっあぁ! んぅ、や ぁ!」

 ジャギィのされるがままに体を明け渡し、ただ喘ぐ姿に思わず身を乗り出して凝視する。本来なら痛々しい姿のはずなのに、その声が妙に艶めかしく聞こえる。

(な、なんやろ……)

 口の中がからからに渇ききっていたので無理やり唾液を出そうと唾を飲み込む。喉を鳴らす音が響き渡るようだった。

「ゃ っだ、やだ!」

 幼い拒絶の声にかっと頭に血が上り舌打ちを打った。こめかみがどくどくと脈打っていて頭が痛むのに、その光景から視線を逸らせない。
 そっと様子を窺い見るために近づいてきた時の慎重さなど忘れて、無造作に足を一歩踏み出すが、かさりと草葉が音を立てても誰もこちらのことなど見もしない。ジャギィたちも興奮しきっているのか、周りのことなど気にしていないようだ。
 身を隠すこともなく大胆に群れの傍まで歩いて行く。地面を蹴れば一足で飛びかかれそうなところまで寄って行っても、まだ誰もスペインの存在に気付いていない。

「ひっくぅ……はっん、あ! それ、だめぇ!」

 ジャギィがその人間の履いているハカマを噛んで引っ張った。それで我に返ったのか、されるがままになっていた人間が再び手足をばたつかせて静止させようとする。
 そこまで来ていよいよスペインは目の前の光景を疑った。だって、これはまるで。

「なんっで、お前ら俺なんか襲うんだよ……!」

 そう、ジャギィは人間の侵入に反発して攻撃しているわけではなかった。

(発情してんのか……)

 あるいは弄んでいるのか。
 引き裂かれただの布きれに成り下がった服の切れ端に顔を突っ込み、剥き出しになった首筋や乳首、へそを突つき回し、その度に人間の肩が大げさなほどに跳ねて善がるのを喜んでいるようだ。
 一体、何を間違えてそんなことになってしまったのか。ハンターがジャギィから性行を求められている。

「もっ、それ、や らぁ……!」

 暴れる人間の動きを封じるためか、またあの霧を吹きかけた。すると全身をびくびくと痙攣させ抵抗がやんだ。神経を麻痺させる成分が含まれているのだろうか。

(催淫効果……って言われても信じるわ)

 それぐらい彼は淫らに感じているようだった。涙目で宙をぼんやりと見つめ、力なく首を横に振っている。すすり泣いているように聞こえた泣き声は、快楽から自然と上がる嬌声だった。

「や、んぅ……後で、覚えてろよッ!」

 涙が零れ落ちた。あれほど嫌がっていたハカマもあっさり引き下ろされ、中からしっかりと反応し立ち上がったものが現れた。だらだらと先走りの液が零れていて、既に何度か達したと言われても疑わない。空気に晒されたことで羞恥が湧いたのか腿を擦り合わせて身じろいだが、すっかり上を向いて起き上がった性器がそんなもので隠れるわけもなかった。
 その姿に一層、興奮したらしいジャギィは雄叫びのような鳴き声を上げて、岩にもたれかかってほとんど横向きに身を倒していた人間の背へとのしかかった。

「ぅ……ッ! あ、あぁ!? た、……たすけてくれ!」

 体に覆いかぶさられ岩に押し付けられた人間が、反転させる間にスペインのことに気が付いたのか、一度目を大きく開き呆然とした表情になったが、それから状況を認識したのか無理やり体を捩って振り返り懇願のように助けを求めてきた。
 それで漸くジャギィの群れもスペインを振り返った。鋭い黄色の目ばかりが夜の中、ぎらぎらと光っている。

「い、いやあ……うるさくて寝られへんなあって見に来たら、まさかこんなことになってるとは……」

 しどろもどろに言い訳を述べながら、さてはてどうしたものか、と思案するそぶりを見せると人間が強い視線をスペインへと寄越す。

(あ、きれい……)

 人間の顔のことなどはよくわからないが、その造形に心を奪われた。
 涙で濡れた瞳が月明かりの中でべっ甲のように透き通っている。その視線がキリリと意思を取り戻した。ぐずぐずの泣き顔なのに形の整った眉が吊り上がっているせいで気の強さを感じさせられて、それがまた挑発的に見えた。荒い呼吸を繰り返し半開きになった唇はしっとりと濡れている。鼻の頭から頬から目元まで夜目にも赤くなっていることがわかった。

「た、頼む……! 助けてくれッ!」
「そうしたいのはやまやまなんやけど、俺も言うてもモンスターやし」

 早口で言い募ってくるのを、のらりくらりと交わして困ったよなあなどと他人事のように返す。

「何言って……! お前、アイルーか……」
「せやでーやから、混ぜてもろてもええかななんて」
「……! な、なんでもするからッ! んぅ たのむ!」
「なんでも?」

 首を傾げて訊ねると必死になって首を縦に振る。言葉を発するのも苦しいらしい。
 無意識の内に自然と上がっているのだろう、鼻にかかった甘い声が漏れて聞こえるのが扇情的だ。スペインを睨み付けるように見上げてきたかと思えば、次の瞬間には眉根を寄せて何かに耐えるように目を瞑るのもなかなかに煽られる。

「……せやなあ、報酬あるんやったら助けたるよ」

 値踏みするようなスペインの無遠慮な視線からも逃れるでなく、しっかり受け止めて真っ直ぐに見返してくる。
 なるほど、これは興奮するかもしれない。

「……後悔せんといてや」

 ニヤリ、笑ってやったら少し怯んだように肩が跳ねる。それでもハンターは自らの言葉を撤回することはなかった。
 人間は見間違いようのないほどはっきりと頷いた。スペインに、助けを求めたのだ。

「ほな、ジャギィ倒したら言うこと聞いてもらうで!」

 言うが早いか、背中に腕を回して思いきり伸び上がり、ネコアックスを振り回す。それで一気に人間へと群がるジャギィを薙ぎ払った。腕には覚えがある。スペインの得手は、すばしっこい彼らを相手にするには大振りすぎる武器だ。多少骨は折れるが、小型のモンスターを倒すことぐらいできるだろう。
 スペインの急襲で吹き飛ばされたジャギィ達は一瞬、怯んだようだったが、素早く起き上がり間合いを取ってスペインを取り囲んだ。

「そんぐらいの距離、余裕で届くねんで!」

 握っていた柄を倒し横に払う。やる前から勝敗は目に見えていた。
 
 
 
「倒したったでー」

 足を使って引っかき回された分、少々手間取ったが、傷ひとつ付けられずに群れを殲滅した。と言えば格好の良い話だが、ジャギィなど、たいていのハンターたちにとってはモンスターとして数に数えているかどうかの小物である。新米とは言え、彼が襲われていたほうが稀有なことなのだ。

「大丈夫か?」

 蹲ってぐったりとしているところへ顔を覗き込んで声をかける。乱された衣服だけは無理やりに整えたのか、下はちゃんと履いていたし剥き出しになっていた胸元は少しばかり残った布を掻き寄せて隠している。

「わ、わりぃ」
「ええんよーもらうもんもろたら。しかし苦しそうやなあ」
「なん か……へん、な霧、吹っかけられて」
「あれのせいなん?」

 こくこくと頷く。

「やっぱ催淫効果とかあったんかなあ」

 ジャギィの生体には明日の天気よりも興味がないので今まで知らなかったが、そういった生態なのだろうか。知ったところで今後役に立つとも思えないので、「災難やったね」と適当に相槌を打った。人間のほうは初クエストで一体なんでこんな目に、とぶつぶつ文句を言っている。

「まあ、俺としては好都合やけど」

 相手に聞こえるかどうかわからないぐらいの小さな声で呟いて、自分で自分を抱き締めるように腕を抱えているその人間の手首を取りキスをした。途端、「ひぃっ」と怯えのような声が上がる。

「お、おおおお前も変なことする気か?!」
「変なこととちゃうよ! 本能に則した生殖行為やで」
「俺とお前じゃ何も生まれねぇよ!」
「まあまあ、細かいことはええやん」

 ハンターは威勢が良いわりに、軽く肩を押しただけであっさり押し倒せた。その拍子で布が捲れて胸元が晒される。どこも出血しているようすはないが、相当弄られたのか赤くなっていた。特に乳首は痛々しいぐらいに腫れていて行為の執拗さが窺える。

「痛そうやなあ」
「んァああッ! はっ、てっめ、ン、……そう思うならっ摘まむな!」

 きゅっと摘まみ上げると芯が硬く主張していた。人間とセックスをするなど初めてのことだから勝手はわからないが、きっとこの敏感さが普通というわけではないだろう。

「なあ、俺の報酬これでええわ」

 ぎゅっと摘まむ指に力を込めると、人間はほとんど悲鳴のような嬌声を上げて首を左右に振った。「あかん?」と追い討ちをかけるようにもう片方も摘まむ。

「い、いたぃ……、いった ァ!」
「痛くなかったらええ?」
「ぅ、あンぅ」

 強く瞼を閉じて何かに耐えるように眉を顰めている。ふるふると小刻みに震えていると、あのくるんと飛び出た癖毛も揺れてスペインの目の前で誘ってくる。

「あァああっ! そ、それはやめろ!」

 ぱくっと口で捉えると切羽詰まった悲鳴が上がる。痙攣したようにビクビクと体を跳ねさせ空気を切る音が聞こえてきそうなほど激しく首を横に振っている。今までにもなかった尋常ではない反応に慌てて顔を上げる。

「あ、あかんかった? ごめんな」

 心惹かれるままに行動して、まさかそのような反応が返ってくるとは思っていなかった。驚いて髪束を離す。そんなに悪いことだったのだろうか。首を傾げて問うたが、ハンターはただ喘ぐばかりで明確な答えは返ってこない。

「自分も苦しいんやろ? なあ、ヤらして」

 お互いに悪い話ではないと提案する。人間のほうは少しばかり躊躇っているようだったが、押しかかったスペインが胸元や足に手のひらを滑らせても拒絶をするどころか、何かを期待したように喉を鳴らす。
 やはり苦しいのだろう。熱に浮かされた瞳でスペインをじっと見つめると、首を縦に振り

「も、それでッいから、早くいきたい……ンぅ!」

 言って自らハカマに手をかけずり下げた。
 先ほど見た性器が、同じ姿のまま勢い良く飛び出す。考えてみれば、ジャギィに襲われている時から良いようにされ続けたそれは、スペインがジャギィを倒している間も何も処理していないのなら、けっこう長い間、放ったらかしになっているだろう。

「もしかしてまだ……?」
「ぁあン、ぅ はっン!」

 スペインの声はもう聞こえていないのか、自ら手を伸ばして握り込み愛撫を与え始めた。どれだけその状態で我慢していたのかは知らないが、べたべたに先走りの液で濡れた性器はゆるゆると上下に擦るだけで濡れた音を立てる。何もない静かな草原ではその音がやけに響き渡るように聞こえた。自分で自分を追い詰めながら、過ぎる快感が辛いのだろう。涙をぽろぽろと零して泣きじゃくっている。
 そんな姿に煽られて、スペインも自然と呼吸が荒くなっていく。衝動のままにその手のひらごと性器を掴んで、容赦なく手の動きを早め扱いた。

「ぅあアあああンっ! いやっいやあ!!」

 激しく髪を振り乱すが、拒絶するでもなくスペインに重ねられるまま、自らの手を動かしている。

「はは、すごいな……」

 先ほどの霧のせいとはわかっているが、泣きながら乱れるその姿に意味もなく笑いが込み上げた。けれど、スペインが何を言っても彼は聞こえていない。何度も体を跳ねさせ眼を瞑り、快楽に身を委ねている。

「一緒させてもらおかな」

 スペインが手を離してもやめることなく、自ら手を動かしている。それはあまりに淫靡で目に余る。
 荒っぽくズボンを脱いでスペイン自身の性器を取り出した。人のことを言えないぐらい吠立し、天へ向かってそそり立っている。右手を添えるとどくどくと脈打っているのがわかった。そんな自分の反応に思わず苦笑し、人間の腿を掴んで持ち上げる。両足を揃えさせ固定する。

「きつい?」
「だ い、じょっぶ」

 ぴったりと揃えた腿の間に性器を挿し込み、ぐいっと倒して人間の体を折り曲げる。根元まで押し込むと彼の性器にふれ合う。濡れているせいで滑らかに侵入していくのが、何とも言えない感覚を伝えてくる。
 彼の性器に右手を添え、スペインが腰を動かすタイミングに合わせて一緒に扱いてやった。まっすぐに伸びた脚に挟まれる心地良さと彼の熱に浮かされて、脳の中心がじんわりと痺れる。そのまま腰を揺らせば、まるで本当に彼と繋がっているみたいだ。

「ぅんっ! きもちっ、あァ」
「んっ、俺も」
「はッンぅ、あぁあ! も、もっと ン、早く!」

 ひっきりなしに上がる喘ぎ声の合間、求められるままに腰の動きを早くする。きもちいきもちい、と、ただそれだけをうわ言のように繰り返され、目の前が真っ白になっていく。
 興奮と激情の区別もつかなくなって、無言で貪るようにキスをした。激しい動きのせいで、がつがつと唇に当たるばかりになったが、それでも求めることをやめられない。

「はっ、あン、い、いっくぅ……いく! あぁああ!」
「……っ、く!」

 口付けを避けそれだけを叫ぶと、一際高い声で泣き、脚が小刻みに痙攣し背を弓なりにしならせて達した。虚ろな目で宙を見つめ射精の余韻に浸る彼の顔を見ていたスペインも、程なくして後を追った。
 
 
 
 
 
 その後、人間は意識を失った。刺激が強すぎたのだろう。慌てたのはスペインで、このままクエストリタイアとなってアイルー隊に踏み込まれては敵わない。急いで彼の身なりを整えたが衣服はどうにもならないので、ベースキャンプまで背負って歩くことになった。
 そのまま放っておくこともできず村まで連れ帰ったは良いが村人たちへの説明が面倒だったので、勝手にオトモであると名乗った。クエストに見合わない凶暴な大型モンスターに鉢合ってしまい、命からがら逃げ出してきたと言えば誰も疑わなかった。
 人間、つまりロマーノは、その後、三日三晩眠り込んだ。ショックや疲労から発熱していると医者は言った。その間も付きっきりで看病したのはスペインで、村の者からは「たいそうな主人愛の良いオトモアイルーだ」と噂されていた、らしい。らしいと言うのもそれを知ったのはロマーノが元気になってからのことで、スペインが直接聞いたわけではない。
 元気になったロマーノはスペインが勝手にオトモになっていることに憤慨し、しかも村人からの評判が良いことが許せないと言っていたのだが、のらりくらりと交わして

「てか、オトモおったほうが都合ええやん。ロマーノはボウガン使ってるんやろ? 俺、近接やから相性ええと思うねんなあ。今までご主人おったことないから初ご主人やし。俺けっこうお買い得やと思うでー何より強いし」

 と説得すれば、渋々納得してくれた。が、そうやって簡単に言いくるめられるところもまた、スペインとしては心配の種である。

(まあ、これは……一目惚れやんなあ)

 報酬だなんだと言って彼の弱みにつけ込んだ形になったが、そもそもどうして彼とそんなことをしたいと思ったのかと問えばそうとしか言えない。
 彼が寝込んでいる時の、このまま目覚めないのではないかと心配で仕方なかった気持ちや報酬などなくとも何かをしてやりたいと思ったこと、側にいる時に感じる甘やかな動悸や、もっと言えば独り占めしたい感情全てが雄弁に物語っている。

(ロマーノはわかってへんやろうけど)

 スペインはアイルーで、モンスターで、何より男であるから、ロマーノにとってはこれっぽちもそういう対象ではないのだろうけれど。
 ずっと一緒にいれば、まあその内チャンスが訪れるだろう。それまでスペインはロマーノの良き相棒でオトモでいることを決めたのだった。

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