サマナシャララ

 肌に纏わりつくような熱帯夜。蒸し風呂状態の寝室には、申し訳程度に稼働している冷房の作動音とシーツの擦れる音だけが響いている。じっとしていても体力が奪われていくような暑さに、ロマーノはうんざりと眉をひそめた。
 こうも暑いと指一本動かすのも億劫だ。当然、セックスなんてしたくないと思うのだが、シーツの中に潜り込んだ拍子にスペインの逞しい腕に捕まってベッドへと組み敷かれてしまった。

「……って、おい。何してんだ」

 天井を背に覆いかぶさるスペインを睨みつける。しかし彼は気にするそぶりも見せずに、へらりと笑った。

「明日休みなんやろ?」
「……お前まさかこの暑さでヤる気か?」
「暑い時は思いっきり汗かいたほうがええねん」
「ねぇよ。だるいし動きたくねぇ……」

 つれないロマーノの言葉にめげないスペインはやけにキリッとした顔を作る。

「ロマーノ、愛してんで」
「お前なあ。とりあえずそれ言っておけば良いって思ってんだろ……って、んむぅ」

 軽薄な愛の言葉に呆れて文句を言ってやろうと思ったが、唇を塞がれて黙らざるを得なくなる。ちゅう、と音を立てて吸い付いていったかと思えば、またすぐに重ね合わせてくる分厚い唇に軽く歯を立てた。至近距離にあったみどりの瞳が楽しそうに弧を描き笑みを深める。嫌な予感がして身を捩った。しかし上から押さえつけられるように覆い被さられているせいで、ほとんど身じろぎもできない。

「んっ……ぅ、ふぁ は」

 首の後ろを支えられ、下から上へぐいぐいと唇を押し付けられたせいで顎が仰け反った。反射的に唇が開く。その隙間に舌をねじ込まれ、あっという間に舌を絡め取られた。

「っふ、っく……はあ、ふ ん……」

 強引に上を向かされる無理のある姿勢が少し息苦しくて思わずあえいだ。それが唇に吸い付かれる度に立てられるリップ音や、唾液の絡み合う濡れた音と重なり合っていやらしく聞こえる。しかしロマーノのそんな甘ったるい吐息ごと吞み込むように深く口付けられて息ができなくなった。ぼんやりと霞がかっていく意識の中で、舌と舌を絡ませ合い、口内のやわらかな部分を擦り合わせるとスペインとのキスがいかに気持ち良いかを思い出してしまう。冷静な思考は薄らいで、彼に蹂躙され暴かれる快感のことばかりが頭を巡る。

「……んぅ、ふ ぅ、ぁ……っはぅ」

 鼻で呼吸する暇もないぐらい激しいキスに翻弄される。そうこうしている内にスペインの不埒な指先がロマーノを侵略していくのだ。首の後ろにあった手のひらが頚椎の骨が出張ったところを撫でていく。いつもは髪で隠れるところを直接触れられるのが怖いような気持ち良いような何とも言えない感じがして、ぞくぞくと悪寒と似た何かか背筋を賭けていく。体が戦慄くのを止められずに、思わずロマーノはぶるぶると身震いした。それに気を良くしたのはスペインで、喉奥でくつりと笑ってもう片方の手をシャツの中に差し込んでくる。スペインの手は熱かった。シャツの内側にあるロマーノの肌と同じか、もしかするとそれ以上に熱いかもしれない。その手が不穏な仕草で脇腹をまさぐってくる。ぴく、咄嗟に体が強張る。それは不快や恐怖からではなかった。ロマーノは間違いなくスペインの次の動きに期待している。

「んぅ……ふ、ぁ……っく、ん、んン」

 唾液が喉に流れ込んでくる。必死になって飲み込もうとするが呼吸が上手くできないせいで咳き込みそうだ。生理的に涙が込み上げてくる。息苦しくて目が回る。それでも何とか咳き込むのを堪えて全て飲み干せば、スペインが嬉しそうに笑った。おそらく彼がロマーノの口内に送り込んできたのだろう。

「っふ、っはあ……あかん、むっちゃ気持ちええ」

 ようやく唇を解放される。激しく重ね合わせていたせいか、離れてもじくじくと熱を持っているようだ。実際ロマーノの唇は赤く熟れたようになっていて、スペインの劣情を煽っている。
 とろんと濡れた琥珀の瞳は興奮から金色を帯び、大人になってシャープになった頬には子どもの頃のような朱が差していて、あどけなさと妖艶さを醸していた。

「ロマーノに触っているだけでぞくぞくする……」
「っはあ、はあ……は、んぅ」

 言いながら腰を押し付けられる。下腹部にスペインの猛ったものを擦り付けられて身を捩った。彼は構わず軽く身体を揺さぶってくる。それがセックスを思い起こさせて体がカァっと熱くなる。
 酸素を取り込もうと息を吸い込む度に鼻にかかった吐息が漏れる。スペインの指先が目尻に伸びてきた。優しく触れられて眼を細める。まるでじゃれる猫のような仕草だ。

「……セックスの時にな、相手の唾液を飲むのって媚薬効果があるらしいで」
「んぅ……あ、変なとこさわんな……ァ」
「興奮してめっちゃ気持ち良くなるんやって……」

 耳に唇を寄せられて、ほとんど吐息のような抑えた声で囁かれる。普段は馬鹿みたいに気の抜けたことばかり言うくせに、こんな時ばかり甘ったるい声で耳を犯すなんてずるい。彼の手はゆっくりとロマーノの体をまさぐっていく。ひどく緩慢な動きで首を撫でていく左手と、それよりもさらに緩やかに脇腹をくすぐる右手。暑くて嫌になるのに、スペインに触れられたところが熱を持っているみたいに気持ち良くてどうにかなってしまいそうだ。
 スペインの動きがあまりにも遅いから、次に触れられるところを意識しすぎて鋭敏になる。肌の下に張り巡らされた神経がチクチクとロマーノの理性を急き立てているようだ。っは、っは、と短くなっていく呼吸。心臓が全力疾走した直後のように走っている。

「っひぁ ン!」

 時計の針が進む速度よりも時間をかけて肌を暴いていく指先が、ことさら弱い胸のあたりに差し掛かって、びくん、と身体が跳ね上がった。過敏な反応にロマーノ自身が驚きに目を見開く。

「ロマも気持ちええ?」

 スペインはロマーノの顔からはひとときも目を逸らさずに、慎重に探る指先を進めていく。触れるか触れないかの際どいラインでもぞもぞと動かされると、何か生き物が肌を這っているかのような気になって全身がぶるりと戦慄く。そんな過剰なロマーノの反応を逐一確認しながら先を進めようとするスペインの愛撫はとにかく執拗で、じわじわとロマーノの理性を削り取っていった。

「んぅっ……は ン、ぅあっ、あ」

 そろり、そろりと胸を撫でていくくせに、一番感じる部分は避けられているのか触れてはこない。それに気づいた瞬間、ぞくぞく、と腰から快感が這い上がってきた。決してひどくされているわけでも、好き勝手に暴かれているわけでもない。嫌なら簡単に振り払えるような緩やかな愛撫をされているだけなのに、妙に被虐的な思考に染まってしまう。それがじくじくと腰のあたりに熱を集めてロマーノの性感を煽っていくのだ。
 乳輪の周りをくるりと撫でられて、ぞわぞわと総毛立つ。その拍子に胸の先が尖り硬く勃ち上がってしまったが、スペインの指先はやはり主張するそれに触れてはこない。時折、シャツの布が擦れて思いがけない快感を生んだ。今やロマーノはそんな些細な刺激にすら快感を拾ってしまうほど敏感になっていたのだ。ひっきりなしにうわ言のような嬌声が上がる。

「あッ、あァ……ん、ぅ も、スペイ……っは、ぅ」

 暑い、熱い。意識が朦朧とする。額から吹き出た汗が顔の輪郭を伝い顎先まで滴り落ちていったが、いちいち構っていられない。視界が狭くなっていく。ぐるぐると体内に溜まっていた熱が下腹部に集まってロマーノを苛んだ。

「暑くてどうにかなってまいそ……」

 スペインが、はあ、と腹の底から込み上げてきたような息を吐き出して、手の甲で首まで流れてきた汗を振り払った。右手は相変わらずロマーノの胸のあたりをいじったまま、彼に覆い被さっていた身体を起こす。彼もまた大粒の汗を滴らせていて、湿った前髪が額に張り付いている。汗のせいだろうか。互いの体臭が濃くなった気がする。むせるほど濃密な空気にスペインの匂いが充満しているようで、余計にロマーノの情欲を駆り立てた。
 未だ乳首を焦らし続けている手とは反対の手で太股に触れられた。外側から滑らかに滑らされた手のひらが、脚と脚の間に埋められる。やわらかな肌の感触を楽しむように、むにむにと指を動かされてくすぐったさから身を捩った。スペインはロマーノの二の腕や太股の内側に触れるのが好きなようだ。あまり日にも当たらないし外気に触れることもないからか、確かに他と比べて肌のキメが細かくやわらかい気がする。だからと言ってロマーノはスペインのそこに触れたいとはあまり思わないが。
 ロマーノはスペインの引き締まった背中や、どっしりと骨格の良い腰のあたりが好きだった。どうやったって洗いざらしで何の手入れもしていない男の肌では、ツヤツヤでふわふわとしている女の子には敵わない。けれど、スペインの背中を抱きしめている時のような安心感や、男としての憧憬も女の子にはないものだ。
 不意にスペインに抱きつきたくなって、気だるいままに見上げれば、ギラギラと余裕のない瞳のまま微笑みかけられた。違う、そうじゃない。今は離れるんじゃなくて抱きしめてほしいのに、スペインは気障ったらしい仕草でロマーノの右手を持ち上げて、指先にそっとキスをしてきた。

「ロマ、目がとろんとしてるで。めっちゃえろい顔で俺のこと見てる……可愛えな。顔も真っ赤でトマトみたいや」

 これが彼の口説き文句なら逆効果だ。肝心なところで決まらない奴、と呆れてしまいたいのに、指が際どいところに触れてくるせいで開きかけた口からは言葉にならないあえぎ声ばかりが漏れる。それをどう取ったのか、スペインは、セクシーやで、かっこええな、などと囁いてくる。びく、びく、と震える身体は決して彼の言葉に反応しているわけではないのに、シャツを押し上げる胸の突起も、先走りでベタベタに濡れた性器もスペインから愛されることに愉悦を覚えているみたいだ。

「あ、ァ……っふぁ、あ……んぅ、やっ あッ」

 素肌にシャツを羽織っただけだったから、下には下着も何も身に着けていない。すっかり勃ち上がったものがシャツの裾を濡らして布が色を変えている。いつもは皮に隠れている性器の敏感な部分が、直接シャツに擦れると強い刺激になった。限界まで張り詰めた性器の裏筋が外気に晒されるが、力が抜けきってだらりとベッドに横たわっているだけのロマーノにはシャツを引っ張って自身を覆い隠すこともできなかった。
 スペインの手が膝やら脹ら脛を撫でていって、踵までたどり着いたら今度は逆に上に登ってくる。足の付け根をぐりぐりと解された時には身体の中心から込み上げてくるような寒気のようなものに全身を震わせてしまった。
 いつもなら物足りないようなもどかしい愛撫なのに、今夜に限ってはいつまでも受けていられるような感覚に陥る。あるいは意識が不明瞭でわけがわからなくなっているとも言えた。このまま茹でガエルように延々とスペインに愛され続けて死んでしまうのだろうか。そんな非現実的な錯覚すら覚える。
 今にもはち切れそうなロマーノの性器は先端からだらだらと白濁混じりの透明な液体を零し続けている。時折、身体が跳ねた拍子に思わず漏れてしまったかのような精液が、ぴゅく、と吐き出される。スペインの腹にもかかっているはずなのだが、彼は嫌な顔を見せるどころか蕩けるような笑顔を浮かべて、ますますロマーノの身体を昂ぶらせることに熱中した。

「はっ……あ、ぁ、ぅあ……あっ、あァ」

 ロマーノはもはや唾液が口端を伝って口の周りを汚すことも構わずに、虚ろな目でスペインの愛撫を受けている。ただ彼から与えられるままに快感を受け、感じるままに忠実な反応を返すだけだ。

「ロマ……ロマーノ、愛してんで」

 ようやく満足したらしいスペインが口付けてきた。ちゅう、と音を立ててすぐ離れていったが、直後に尻の狭間に違和感を覚えてロマーノの身体がぎゅうっと縮こまる。

「あっ……ぅ」
「こっちまでビショビショやな。ローションいらんかも」

 気持ち良かった? と瞳を覗き込まれて眉根を寄せる。それが何かを堪えるかのような艶かしい表情になっていることにロマーノ本人は気づかない。スペインは剣呑な眼差しのままニコニコと笑っていた。こんな時でもロマーノを甘やかす存在であろうとするのは、もはや彼のアイデンティティにまでなっているのだろう。しかし実際には、穏やかな笑顔には似つかわしくないギラついた視線が一層ロマーノの不安を駆り立てていて、一体、自分はこれからどうやって抱かれてしまうのだろうと揺さぶられているのだ。
 どくん、と心臓が大きく跳ねたのと同時に、性器も脈打って先走りを漏らした。ぬめりの帯びた体液がロマーノの下半身を濡らしていく。
 スペインの指先は孔をほぐすように優しく揉み込んできた。ぐにぐにと動く人差し指と中指が、時折するりと中に入り込みそうになって素っ頓狂な声を上げてしまう。その度に、大丈夫やで、とあやすような声音で宥められて意識が飛んでしまいそうだ。心臓がずっと高鳴りっぱなしで苦しい。呼吸だって上手くできないのに、そうやって甘やかされると身体が条件反射のように彼のことを求めて、されることの全てを受け入れようとする。
 全てをスペインに身を委ねてしまうまで、そう時間はかからなかった。身体から強張りをほどいたロマーノに気づいたのか、スペインは何度か浅いところを指でいじくっては抜き差しを繰り返している。

「っくぅ、あ……はっ、あ、ァあン ぁ」

 腰が打ち震えて砕けたように全身から力が抜けていく。自然と括約筋も良い具合に弛緩して受け入れる準備は整った。

「ん、指入れるで」

 宣言の後、ひどく慎重に指が侵入してくる。多少の違和感はあったが痛みや圧迫感は感じられなかった。はー、と大きく息をついたロマーノを見つめながら、スペインがうかがうように体内をノックしてくる。

「ひぁ、あ……あ、それもどかし……ッ」
「もうちょい待ってな。すぐに天国見せたるから」
「ぅ、ン……ッ! くぁ、……くっそ……あ、あァ、」

 悪態をつこうとしても、込み上げてくる感覚に呑まれて言葉がろくに紡げない。悔しさから眉をひそめつつ、シーツを握りしめた。スペインは内側からロマーノの体を開こうと指を動かしている。次第に彼の思惑通りに自分の体内が押し広げられていく。

「ロマーノん中、むっちゃ熱いわ」

 指がさらに増やされる。二本目は一本目の時よりは些か性急に入ってきた。二本揃えて抜き差しを繰り返す間に、中が十分に濡らされて滑りを帯びていく。おかげで動かしやすくなったのか、抽送する仕草もだんだんと大きなものになってくる。

「あぅ、あ……っ、あ、あ……っはぅ」
「…………」

 スペインはひどく真剣な顔でロマーノの反応をうかがっていた。普段は空気を読む気すらないくせに、こういう時ばかりは穴が空きそうなほど見つめてくる。自分が理性を飛ばしてあえいでいる姿を見られるなんて恥ずかしいし、何となく居た堪れないような気もする。何度か文句を言ったことがあるが、ロマーノが本気で気持ち良くなってるって実感できる瞬間が最高に気持ちええねん! と反論されてうやむやになった。その理屈で言えば今も身を捩り快感にあえぎ悶えるロマーノの姿を見て、スペインも快感を得ているのだろうか。

「はっ、も……スペい、あ……っくぅ、あァ あ、ん! 来いっ、よ、んぅ」

 堪らない気持ちになってスペインに縋った。射精する時とは違う切ないような快感の波に巻かれて、感じたことのない気持ち良さに全身を震わせる。ひっきりなしに体の中を暴れ回っているその感覚は、確実にスペインを求めていた。快感を与えるだけで満足、与えられているだけで気持ちが良い。それは確かに事実なのだけれど、もっと深いところで繋がり合って互いの熱を貪り合いたくなったのだ。
 浮かされたようにスペインを見つめる。彼も目を細めて指を引き抜いた。

「ロマーノ……」
「はっ、はあ……早く、来いっつってんだ、ろ……」
「……うん、わかった。せやけど、ちょっと……ロマーノ、目ぇつむってて」
「はあ?」

 ここにきて何を言っているのかと怪訝に顔をしかめる。もうロマーノはすっかり理性なんてなくなっていて、ギラギラと目の前にある快楽のことしか考えられない状態だった。だからこそ余計に苛ついて、真っ正直にそれを表情に出してしまう。
 スペインが情けなく眉を下げて笑った。

「ロマーノの目、見ているだけでイってまいそうなぐらい気持ちええねん。……せやから、あの、入れる最中に出してもうたらあかんから……」

 よくよく見ればスペインも鼻の頭から額、耳たぶどころか首まで真っ赤にしている。相当、興奮しきっているのだろう。何だかおかしくなって、ロマーノは思わず笑ってしまった。

「も、ロマ……笑わんとってやぁ」
「悪かったよ」

 クスクスと笑い続けていたら拗ねた声を上げられる。それには素直に謝罪をして、目を瞑ればよいのか? と聞いたらなぜかシャツを捲り上げられた。

「脱がすの忘れとった……」

 ここにきても決まらない奴だ。苦笑しながらシャツから腕を抜いて脱ぎ捨ててやる。潔いロマーノの態度にスペインがドギマギとしだしたが、何でそんな反応をされるのかわからないロマーノは小首を傾げた。

「あ、えーと……ほな目を瞑って」

 いよいよ吹き出しそうになったので、ぎゅっとまぶたを閉じてやる。光が遮断されて目の前が真っ暗だ。しばらくそのまま大人しくしていたら、スペインが身体を起こす気配があった。それからまた少しの間、動く気配もなかったがようやく意を決したのか、ロマーノ、と名を呼ばれて背中に腕を回された。

「……ん、スペイン……」

 そのままきつく抱きしめられる。はあ、と自身を落ち着けるためだろう。ため息が近くで聞こえた。

「入れるで。ゆっくり、やるから……」

 言葉の通りロマーノの首筋に顔を埋めたスペインが、おそろしいほど時間をかけてゆっくりと挿入してきた。

「ふ、っはあ……ン、ぅ」

 ふと、この体勢ならそもそも目を瞑る必要はなかったのではないか、と思ったが、ロマーノのほうも挿入の衝撃をやり過ごすのに意識を集中させていたから自分が目を開けているのか閉じているのかをあまり認識していなくて、その内そんな些細なことはどうでも良くなっていった。
 少し入れては抜いて、また入れては抜いてと何度も繰り返しながらようやく根元まで収まった時には、体内にスペインが挿入されている状態が馴染みすぎて違和感を全く感じなかった。一切の痛みも内臓を押し上げられるような圧迫感もない。まるで初めからそうであることが自然なことのように、いやむしろ今までふたりが互いに別々でいたことのほうがおかしなことであったかのように体の中で彼の脈動を感じる。

「はあっ、も、どないしよ……ロマん中、めっちゃ気持ちええ……っ」

 まるでロマーノに聞かせるつもりのないひとり言のようにスペインがぼやく。その声はロマーノの肩口に吸い込まれて、くぐもったものになった。熱く湿った吐息が肩にかかる。その熱に浮かされて意味のなさない声を上げた。

「あ、ぅ……あっ、ぁ、んぅ」
「っはあ、ロマ……ロマーノ……ッ」

 深いところに留まるスペインの性器がどく、どく、と脈打つ度に体の内側が収縮して、彼をきゅうと締め上げるのが自分でもわかった。自分でも絞り出させようとしているみたいだと思う。ロマーノの括約筋が弛緩に合わせて、スペインから鼻にかかった吐息が漏れる。彼のほうにもだいぶ余裕がないようだ。じっとしていても蕩けてしまいそうなぐらい暑くて、熱い。その熱がどうしようもなく気持ち良い。

「あかん……っ、も、イってまいそ……っく、ぁ」

 低い声が甘く掠れて、ロマーノの鼓膜を震わせる。ぞわぞわ、と背筋を這い上がってくる快感が脳髄を揺さぶって、わけがわからなくなっていく。

「はっ、イけば良いじゃねぇか」

 ロマーノの声も人のことを言えないぐらい掠れていた。するとスペインがぎゅうっとロマーノの身体を抱きしめてくる。決して離さないとでも言うかのような彼の腕の強さに、なぜだか泣きそうになる。気持ち良くて、愛しくて、切ない。ぐるぐると目の回るような熱と、わけのわからない感情に翻弄されて感情的になってしまう。

「も、イけよ……ぅ、あ」
「……ぅ、あ! あ、っはあ……せやけど、もうちょいこうしてたいねん」

 少しだけ身体を起こしたスペインがロマーノの頬を両手で包み込む。その拍子に挿入されている性器がズレて、内壁を擦った。些細なその刺激ですら今は強烈すぎて、ん、と短く息を切る。左目のまぶたがぴくぴくと痙攣したみたいに勝手に動いた。

「……ぅ、あ……ッ」
「ロマん中むっちゃ気持ちええから……ずっとこうしてたい……」
「スペイン……」

 すぐ至近距離に迫るスペインの瞳の中に、自分の姿が映っている。彼の目の中のロマーノは金色の瞳をしていて、妖艶な狼のようにシーツの海を漂っていた。その姿が他人のようで思わず瞳の奥を覗き込む。
 ひゅう、と息を呑む音が聞こえた。スペインの身体が強張ったような気がする。それがどうしてだかを考えるよりも前に身体が動く。離れようとする彼の首に腕を回して、自分のそばへと引き寄せた。

「〜〜〜っ! ぅ、あ……ッ!」

 その途端、体内にある彼の性器が、びくびく、と続け様に脈打つ。スペインは悶絶するように手をシーツに突いて、声にならない声を上げた。次いで、じわり、濡れた感覚があった。

「ひぁ?!」

 何事だろうと咄嗟に事態を呑めなくて素っ頓狂な声を上げる。するとスペインが慌てて身体を起こしてきた。

「も、イってもうたかと、思った……!」
「俺はお前がイったのかと……」
「ちゃ、ちゃうで! まだやで!!」

 てっきりロマーノは彼が射精したものだと思っていたが、そうではなかったらしい。確かにいつもよりも体内を濡らしていく液体の量が少ない気がした。

「俺はまだイってへんからな! まだロマーノのこと気持ち良くしたるから!」

 こういう時、スペインは面倒だ。自身でロマーノの性感帯を突いてあえがせることにこだわりすぎているのだ。ロマーノとしてはそんなの、どっちでも良いのにと思わなくもない。別に性器を擦り合うのだってとても気持ち良いし、ロマーノのほうが主導権を握って彼を受け入れることだってある。とはいえ騎乗位なら、結局スペインの性器で気持ち良くなっているから同じことなのだろうか。
 はあ、とため息をつく。

「じゃあ、早く動いてくれよ」
「う、ちょっとすぐには……」

 射精の衝動をやり過ごした直後で動くのを躊躇っているのだろう。らしくもなく歯切れの悪いスペインの耳に唇を寄せた。わざと声を低める。腹の底から脅しをかけるつもりで

「良いから……ゆっくりでも良いから、早く来いって」

 スペインの喉が鳴った。

***

「っふ、ぁ、あ……っ」
「は、っくぅ……ロマ、ぁ」

 スペインは本当にゆっくり時間をかけて性器を引き抜き、また時間をかけて押し込んでくる。そのせいで濡れた音がやたらとあたりに響いた。薄目を開けて下のほうを見やると、スペインの腹筋が動くのがわかった。ゆっくりとした動きのせいで、腰がうねり抜き差ししていく様が克明に伝わってくる。それが艶めかしく見えて視覚的に興奮した。

「っは、ふぅ……ン、すぺ、ン……あっ、あァ」

 ゴリゴリと内側を擦っていく彼の切っ先が、ロマーノの性感の束が集まるしこりを擦り押し上げていって奥のほうにある性感帯を侵略していく。チラついた絶頂の気配に身体を縮こまらせて耐えながら腹に力をこめると、スペインの根本を締め付けた。

「っは、あ……あ、ンん」

 彼はそのまま再びゆっくりと自身を抜いていく。入れられる時とは逆の方向になることで、スペインのものの張った膨らみが捲れながら内壁を擦り上げていった。もっときつく締め付けたくて体の内側に力を込める。スペインの性器を引き絞るように圧力をかければ、彼はついに獣じみたうなり声を上げて悶えだした。

「あ、っく……気持ち、ええ……っ」

 今度は奥に性器を押し込められる。極力、身体から力を抜いて、彼を受け入れやすくしようと努める。ガツガツと腰を打ち付けられている時はそれどころじゃなくて力の加減などできないが、今なら動きにゆとりがある分、ロマーノのほうも調整がしやすい。実際、思惑通りにスペインも快感を得ているようだ。こっそりとほくそ笑んで、彼の動きに合わせてタイミングを見計らう。そうすることでロマーノも気持ち良かった。好き勝手にされているだけではないという優越感めいた感情もあったのかもしれない。

「っはあ……ぁ、気持ちい……あっ、あ」

 達してしまいそうで、あと一歩射精には至らない。少し激しく突いただけで呆気なく終わってしまいそうな状態だ。それなのにそのギリギリの快感を引き伸ばして、互いの身体を貪ることに執心していた。ロマーノの性器からはひっきりなしに精液の混じった先走りが溢れだしていたし、スペインだって何度も息を詰める場面があった。何よりロマーノの体内はこれだけ時間をかけているのに、ずっと濡れたままだ。彼のほうも相当、先走りを漏れさせているのだろう。

「は、ンぅ、あっ、あ……ッ! あ、スペイ、んぅ」

 わざと締め付けた意趣返しだろうか。スペインが浅いところで小刻みに抜き差しを繰り返していく。ぴったりと彼の形に沿うように広げられた入り口や、限界まで膨れ上がっているのに射精を我慢しているせいで敏感な前立腺を責め立てられるとひとたまりもなかった。そのわりにさっきまで埋められていた奥は物足りなくて、切なさに腹の奥がきゅうっと震える。

「あ …あ、ぁ……も、やっ! やら……ァ……っ」

 わけがわからなくなって首を横に振る。髪がシーツに当たる音がしたが、それも湿ったものだった。スペインもロマーノもシャワーを浴びてきてそのままかのように濡れていたから当然だ。寝室の暑さだけが理由ではない。
 頭の中が茹だっていく。もはや、どうしてここまで射精を我慢をしているのかもわからない。

「スペイ、ン……あ、スペイ……ッ、っはあ、あァ」
「ロマ……っ、俺、も……あかん……!」

 愛しい恋人からの懇願に、必死になって頷いた。わかっている、俺もだ、そう言いたいのに言葉が出てこない。

「俺……っ、あ、おれ……ぁ、ンぅ! すぺい、……すぺ……っ、ぅ、あ ァ!」

 がばりと覆いかぶさってきたスペインがロマーノの身体をきつく抱きしめた。腕を回されて背中が少し浮く。振り落とされないようにロマーノもスペインの方にしがみついた。互いに理性は何もなかった。
 荒い呼吸を聞かせ合いながら、高みを目指していく。ずっと我慢してきたせいで、すぐには身体が解放されることはなかった。じわり、じわり、と侵食するかのように精液が染み出してくる。

「うっ、あ……あっ、あァ……っはぅ」

 目を見開いて背を仰け反らせる。ガクガクと身体が震えた。そんなロマーノ身体をスペインが掻き抱く。
 ひどくゆっくりと押し上げられたかと思ったら、ついに決壊したかのように勢い良く精液が飛び出した。それは短く、何度かに分けてぴゅく、ぴゅく、と吐き出されていく。ひどく長い絶頂感に、ロマーノははくはくと口を開閉させながら身体をわななかせる。声が喉の奥に詰まって出てこない。

「っくぅ、あ……イく……ッ!」

 不定期に跳ね上がるロマーノの身体が勝手にスペインのことを締め付けたのだろう。彼もまたロマーノに続くように達した。一気に吹き上がるかのような精液が、体の内側に打ち付けられていく。熱く迸る彼の情欲に、さらにロマーノの身体は反応し快感へと変換してしまう。

「っひぅ……あっ、あァ、あ……」

 視界が真っ白になってチカチカと明滅する。音が遠ざかり、下腹部へと一気に熱が集まってくる。その感覚が全身から血の気が引いていくのと似ていた。指先が冷たくなっていく。
 だらり、身体をスペインに投げ出してだらしなく口を開きっぱなしのロマーノ。時折、思い出したかのように身体が跳ねなければ、眠っているかのように静かだった。強すぎる快感を処理しきれず意識を遮断したのだ。ロマーノのそんな変化に気づかないで、スペインも半分意識を飛ばしたまま無意識に腰を揺らしていた。全てを出し切るようにロマーノを揺さぶって、精液を体内に擦り付けていく。
 ただでさえ刺激を受け止めきれなかったのに、さらに動かれてしまってはロマーノには耐えきれない。

「っは、あ……ぅ、あァ……」

 惰性のようにあえぐと、そのままロマーノは眠るように意識を失った。

***

 次に目を覚ますと部屋の中が涼しくなっていた。

「……あれ」
「あ、ロマーノ! 起きた?」

 どうやらロマーノはベッドに寝かされているようだった。覗き込んできたスペインは裸のままで、首に白いタオルを下げている。事態が呑み込みきれずぼんやりと眠る前のことを思い出そうとする。すると、スペインがロマーノの背中を支えながら、上半身だけでも起こすように促してきた。

「はい、水。自分で飲めるか?」
「え? あ、ああ」

 差し出されたコップを受け取って注がれた水を見つめる。言われてみれば喉が渇いている気がする。一口口につけると身体が水分を欲していることを思い出し、一気に飲み干してしまった。

「いやーほんま危うく天国へ行ってまうとこやったなあ」

 スペインは飲み終わったコップを取り上げながら言った。

「冷房の設定温度、間違えとったみたいやわ。どうりで暑いなって思った!」

 おかげで熱中症になるとこやったね、と片目を瞑って笑う。その言葉に蒸し風呂のような暑い部屋の中でセックスに及び、熱に浮かされて最後には意識が途絶えたことを思い出した。

「……って、ほんとに死ぬかと思ったじゃねぇか、ちくしょーめ! しかも俺は動きたくねぇって言ったのに……!」
「いやロマはほとんど動いてへんやん」
「ヴァッファンクーロ! 何か言ったかこのやろー!」
「それに煽ったんはロマーノやで! 俺は早く終わらせるつもりやったのに、あんなに長なったのもロマのせいで……」

 この期に及んでロマーノせいだと言い出したスペインをギロリと睨みつける。さすがの彼にも失言だということはわかったのか、慌てて口を噤んだ。

「俺はもう今日は絶対動かねぇぞ! メシも買い物も、全部お前がやれよ!」
「それいつものことやん……」
「あん?」
「もちろん、ロマーノのお世話は俺が責任持ってやらせてもらいますわ」

 軽口を叩きながらスペインが立ち上がった。彼も昨夜は相当な運動量だったはずなのに、軽い身のこなしに感心する。するとロマーノの視線に気づいたのか振り向いて、何? 見とれてもうた? などと言い出すので、呆れて顔をしかめた。

「ねぇよ……」
「んーほんま俺の恋人はつれんなあ」

 そう言いながらもステップでも踏みだしそうだ。今日のスペインは機嫌が良いらしい。
 ロマーノもそんな彼の姿を見ていたら、まあ良いかという気になってくる。気持ち良かったのは事実だし。

「とりあえず朝メシ。美味いコーヒーも淹れろよ」

 尊大な態度にも、しゃあないなあ、と笑ってスペインが朝の支度をはじめた。

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