ゴム

 風呂上がりにスペインの寝室で寛いでいた時のことだった。素肌にシャツを一枚羽織っただけの無防備な姿で雑誌を読んでいたら、サイドテーブルの引き出しを漁っていたスペインが素っ頓狂な声を上げた。

「ああ! 一個しか残ってへんやん!」

 一体何事かと顔を上げればこれまた風呂上がりのパンツ一丁、ほとんど裸に近い格好で呆然と立ち尽くすスペインと目が合った。いつも精力的な光を宿している丸い瞳は情けなく垂れ下がり、ロマーノを見つめる眼差しは縋るようなものだ。

「ロマーノぉ……どないしよ」

 そう言ったスペインの右手には空き箱、左手には未開封のコンドームがひとつ。それで状況を察したロマーノは、ああ、とため息をついた。

「むしろよく使い切ってなかったよな」

 ひとつだけ残しておくほうが器用だろうと呆れてみせれば、せやかて、と唇を尖らせる。

「こないだふたりとも寝落ちしたやん。片付ける時にゴムもローションも残りなんて気にせんと仕舞ってもうたんや」
「ああ、あん時か……」

 言われて前回、スペインの屋敷を訪れた時のことを思い出す。あの日はとにかくふたりとも余裕がなくて、玄関先で顔を合わせるなり挨拶もそこそこに寝室へと直行した。ロマーノの仕事が忙しくて休日にすれ違うことが続いていたから、少し焦っていたのかもしれない。ロマーノは何かに追い立てられるようにスペインを求めたし、スペインもまたロマーノの体を掻き抱いて離さなかった。互いに溺れるようなセックスは一度や二度、肌を重ねたぐらいでは足りなくて。まだ足りない、もっと欲しいと行為に耽った。体力が尽きれば休憩を挟み、その度にコンドームを付け替えた。そうまでしてでも体を繋げたいと望んでいた。
 ただでさえスペインのセックスは執拗なところがあって、インターバルの間もロマーノの体をまさぐることをやめない。あの日も散々に追い詰められて、ただされるがままに揺さぶられるだけだった。だから最後の方はほとんど記憶も残っていない。スペインだって正気が残っていたかは怪しいのだ。実際、ふたりが翌朝目を覚ましたのはぐちゃぐちゃのシーツの上だった。
 シャワーも浴びずに寝落ちしたから、体は汗や体液でベタベタだったし、互いの肌にはところどころに白く固まったものがこびりついていた。どうにか筋肉痛で悲鳴をあげる体に鞭打って前夜の後始末をしたのだが、そんな散々な有様で細かなことまで気にかけることなどできるはずもなく。ロマーノだってスペインが用意してくれていたコンドームがどれだけ残っていたかなど、全く覚えていないのだ。
 スペインが言っているのはそのことだろう。確かにあのペースでは一晩で一箱全部使いきっていたとしても何ら不思議ではなかった。

「いくらなんでも一回でそんなに使うなんて思わへんやろ」
「まああんだけヤりゃあな」

 性欲と体力の底なし加減に呆れてため息をつきつつ、ロマーノの寝室に置いているコンドームも一度どれぐらい残っているのかを見ておこうと思った。最近、彼がイタリアへと訪れることがなかったので気にしていなかったが、案外ロマーノのほうもスペインのことを笑えないかもしれない。

「ったく、放っておけばガツガツガツガツ。テメーには限度ってもんがねぇのかよ」
「久しぶりやってんもん。止まるわけないやん。それにロマやって楽しんどったやろ?」

 開き直るなよ、と言いかけてやめておいた。無理やり望まぬ行為を強いられたわけでもないし、ロマーノだってスペインのことを求めた結果があの夜だったのだから文句を言う必要もないだろう。まあな、と投げやりに頷いて、スペインとは反対側へと寝返りを打つ。

「あーでもどないしよ。最近忙しくて買い出しに行くの忘れとったわ」

 スペインがベッドに乗り上げたのか、マットレスが沈み込んで体が少し傾いた。肩越しに振り返ると、犬が待てでもするかのようにシーツの上で両手をついているのが目に入った。

「なあ、ロマーノ。ゴム持って」
「ねぇよ」
「やんなあ。はー……もう店閉まってもうたかな」

 しゅんとしたスペインの言葉につられてヘッドボードに置いている目覚まし時計に視線をやる。すでに短針が頂上近いところまで上っていて、深夜と呼んでも差し支えのない時間だった。街の中心地ですら店が開いているかどうか微妙なところなのに、ましてやスペインの屋敷がある郊外のこのあたりではバル以外にやっている店などないだろう。

「つうか今から買いに行く気か?」
「……俺が行くやん」
「そういう問題じゃねぇよ。わざわざヤるためにゴム買いに走るなんてだっせぇし萎えるだろ」
「そらそうやけどぉ。せっかくロマがうちに来てんのにヤらへんって選択肢はないやん」
「ないことはねぇだろ……」
「ないわ! ロマーノが来るって言うてきた時からずっと楽しみにしとったんやで!」

 すかさず身を乗り出してロマーノの顔を覗き込んでくる。寝室の橙色の照明が遮られて顔が少し翳り、彫りの深い顔立ちが際立った。キラキラとしたみどりの瞳が眩しくて目を細めながら腕を持ち上げる。

「フン、お前はヤり目的で俺を家に誘ったのかよ」

 彼の高い鼻を摘んで顔をしかめる。ふが、と情けない声を上げてスペインは首を傾げた。

「そんなつれんこと言わんとってや……わかっているやろ?」
「……何のことだよ」

 わざと揶揄して空気を変えたかったのに空気を読まないで迫ってくるから性質が悪い。一体どこまで本気でやっているのかはわからないが、本人に読む気がないものを察しろと言うのは土台無理な話かもしれない。

「いつだって俺はロマーノのことを愛したいだけやで。責任やったらいくらでも取るし、覚悟なんかとっくに決まっとるし……。それでも大人しく約束守ってんのに、そんな体だけみたいな言い方せんとってよ」

 口調はあくまで甘ったるく子どもを宥めるような優しいものだったが、ロマーノの喉はひくりと鳴った。この状況で甘やかしてくるスペインなんていうのはろくなことがないのだ。

「だめだ……何度も言ってんだろ」
「もちろん無理強いはせえへんよ。でもほんまはゴムなんかいらんって言わせたいんやで?」
「スペイン……」

 低い声で名前を呼ぶことで咎めると肩をすくめてみせる。おどけた仕草だが、彼の考えていることを思えばろくなものではなかった。
 スペインは本当に言わせられるのだ。その気になればロマーノに、自分の思い通りのことをいくらでも。彼の言うように、ゴムなんていらないから早く、とそういう言葉を引き出すのだってとても簡単なことである。本気でスペインから迫られれば、自分はコロッと陥落するのだろうから。だからこそやすやすとそういう関係を許すわけにはいかない。ロマーノが自分で考えて自分で感じたものがなければ、恋愛なんて脆い感情はすぐに腐ってしまう。
 ギロリ、と睨みつける。スペインは大げさに肩を落として見せた。

「わかっているって。ロマーノが嫌なことはせぇへん」
「当たり前だろ」
「でも……俺やって男やで。昔ほどは頼りないかもしれへんけど、惚れた相手ひとり幸せにできへんほど甲斐性なしとはちゃうねんからな」
「そういう問題じゃねぇって言ってんだろ。俺は女の子じゃねぇんだぞ!」
「せやけど」

 チラリと逸らされた視線がロマーノの下腹部に注がれているのに気がついて、思わずカッとなった。まるで女扱いでもされているかのような過保護さにも腹が立ったが、何よりも、この状況で人を茶化すようなスペインのふざけた態度に一番怒りが込み上げてくる。

「てめぇ……言っておくけどな! 俺は別に無理に入れなくたって良かったんだ! それをお前が、どうしてもって何度もしつこく頼んでくるから……っ!」
「わーごめんな! 親分が悪かった! せやからそんなに怒鳴らんとって」

 癇癪を起こして声を荒げて振り返る。慌てたスペインが両手を挙げて降参のポーズを取った。子ども相手にするような態度でロマーノの機嫌を取っているつもりなのだろうか。

「別にロマのこと女の子扱いしたんとちゃうで」
「……」
「ほんまに、ちゃんとわかっとるよ。ロマが病気になったら困るし、初めてした時からの約束やんな」

 まるでわかっていない。ロマーノが言っているのはそういうことじゃないのに。頭に血が上りすぎてクラクラする。少し冷静になろうと、すうっと息を大きく吸い込んだ。
 結局、お前が病気になったら困るからだよ、とは言えないままだ。もうずっとこの調子だった。理解されないのも腹立たしいが、本音を言うのだって癪だ。言った上でスペインから、そんなんロマーノが気にすることちゃうで、とヘラヘラ流されたらきっともっと腹が立つ。それを気にするかどうかはロマーノが決めることでスペインが口出しできるものでもないのに、スペインはいつだってそうだった。傲慢で、身勝手だ。ロマーノが何を感じているかはおざなりで、お前は俺のかっちょええとこだけ見とったらええねん、と真剣に取り合ってもくれない。だからロマーノは気づかいを表に出すことをやめたのだ。どうせ伝わらないなら言わなくたって同じなのだし、きっとそれが最良だった。それすらもスペインは気づいていないのだろうけれど。

「……ったく、お前と話していたら疲れるぞ、このやろー」

 プイッと顔を背けると視線をそらす瞬間、スペインががっかりしたような表情を浮かべたのが見えた気がしたが、確かめるつもりもなかったので真相はわからない。どちらにしてもロマーノが知らなくて良いことだ。

「うんうん、ごめんなあ。疲れさせてもうた分、しっかり奉仕するから堪忍したって」
「……は?」

 身を引いて枕に体重を預けたロマーノへと覆いかぶさるように、スペインが枕の脇へと肘を突く。思いがけない言葉にロマーノは目を見開いてどういうことかと思考を巡らせようとするが、その間も不埒な指先がロマーノのむき出しの腿や膝頭をくすぐりだしたので、慌てて胸板に手を置いて押し返そうとする。しかし鼻先がふれ合いそうなほどの至近距離では上手く力が入らなくて、僅かに体を捩ることしかできなかった。

「ちょ……待てって! お前……ゴムないんだよな?」

 まさかコンドームもつけずにやる気なのかと眉をひそめるが、スペインが爽やかな笑顔を浮かべて人差し指と中指に挟んだパッケージを見せてきた。

「正確にはあとひとつあるで!」
「ぐぅ……」
「そんな顔せんとってよ。大丈夫やで! ロマーノの言うことを無視して無理やりになんかせぇへん。でもせっかく会えたんやし……な?」

 てっきり今日はないものだと思っていただけに慌てるが、見上げた彼の眼差しには口調ほどの余裕がなく、代わりに今すぐロマーノのことがほしいのだと訴えていた。そんな即物的に求め合わなくたってロマーノはしばらくスペインに滞在すると言っているのに、明日にしようと妥協しないところがスペインらしい。
 言い合っている間にセックスをする雰囲気ではなくなっているが、きっとすぐにその気にさせられるのだろう。その自信があるからこそ、強引にできるのだとも言える。

「俺はどんな時でもロマがほしいんよ……」

 耳元に寄せられた唇が低い声で甘い言葉を紡ぐ。意図して発せられた声は色を帯びていて、居た堪れなさに視線をさまよわせる。顔を背けようとすると追いかけられて顔を覗き込まれた。それにぞわりと腰がわななくのを感じたが、敢えて強気な態度を崩さずに、そうみたいだな、と笑ってやった。スペインは苦笑しながら右手の指と指を絡め取る。そうしてそのままぐいーっと頭上へと持ち上げた。空いているほうの手で内腿を撫でられて思わず、ぴく、と体が強張った。きっとロマーノの反応は指先を通じて目の前の男にも伝わっただろう。何となくスペインの顔を見れなくてまぶたを伏せた。

「はあ……ロマ、熱い」

 そう言って唇に吹きかけられたスペインの吐息も熱い。それを指摘しようと口を開くが、そのままぴったりと口付けられて言葉を紡ぐことはできなかった。ちゅ、ちゅ、と音を立てて吸い付かれて、はじめは少し乾いていた互いの唇が徐々に湿り気を帯びていく。スペインの分厚い唇が心地良くて、顔を傾けて口づけを深くする。ロマーノのキスに応えるような反応に気を良くしたのか、スペインの手つきも大胆になってきて、腰のあたりを撫でてきた。薄いシャツ越しにふれられた手のひらの温度に目まいがしそうだ。

「んぅ……」

 口のまわりをチロチロと舐められる。犬のような仕草で先を促すスペインに少しおかしくなって笑った。その拍子に喉が開いて空気が漏れる。淫らに響く喘ぎ声。ロマーノの手を握りしめるスペインの指に力がこもる。実際、彼が犬のように従順ではないことはロマーノが一番よく知っている。ベッドの上では日頃の穏やかさはなりを潜め、獣じみた欲をむき出しにしてロマーノへと迫るのだ。
 今夜もそうだった。顎を掴まれて少し強引に口を開かされる。スペインの舌が差し入れられて、油断していた舌を引きずり出される。薄眼を開くと目の前にはスペインの瞳。微笑みの形に細められた目は普段のにこやかさとは違って、どこか酷薄さすら感じられた。だが、彼の胸中に渦巻くものはそんな冷ややかなものではないだろう。肌の表面を灼くような温度を視線に乗せて、ロマーノの口内を暴いていく。舌先を突かれ歯列をなぞり、ぬるりと上顎を舐められる。時折、喉奥のほうまで入ってきてひやりとするが、ギリギリのところでやめるから咳き込むほどの事態には至らなかった。ただ薄っすらと目尻に涙が浮かんで、視界がぼやけてくる。

「ん……はっ、あ」

 背筋をぞくぞくとしたものが這い上がってきて、悪寒に似た感覚に身震いが抑えられない。それすらも体をぴったりと密着させたスペインには伝わっているのだろう。二の腕を宥めるようにさすられて、びくびくと腰を跳ねさせた。握りしめた右手が汗ばんできたが、構っていられない。酸欠一歩手前まで唇を貪り合って、戯れにふれてくるスペインの指先に翻弄されるので精いっぱいだ。

「ぅ……はっ、あ……ん、ぅ」
「っはあ……ロマーノ……」

 あたたかな手のひらに両頬を包み込まれて、ふにゃりと力が抜けていく。シーツが擦れる音がする。少し熱いぐらいの体温に、幼い頃はよく彼にそうやって寝かしつけられていたことを思い出した。幼い頃の優しい記憶が蘇り、うっとりと眼を細める。するとスペインの太い眉が寄せられて困ったように下げられる。いつもならばセックスの真っ最中、繋がっている時に見せてくる表情だ。おそらくあまり余裕がない時の顔。

「ベッドの中でそんな可愛え顔せんとってやあ」
「俺が可愛さに溢れているのは昔からだ。今更だぞ、ちくしょー」
「せやなあ。けど、その顔はあかんって」

 告げられた言葉がすぐには理解できなくて、きょとんとした。そんなにおかしな顔をしているつもりはなかったから、首を傾げて意図を問う。

「何言って……と言うか俺がどんな顔してるってんだよ」

 そんな咎められるような表情をしているつもりはない。キスの余韻で瞳には涙を溜めたままだったが、スペインのことを上目遣いで睨みつけてムスッと頬を膨らませた。するとスペインが、せやからぁ、と言い出すので、ますますわけがわからなくて眉間の皺を深くする。

「……はあ、まあええわ。ロマーノにはわからんでも」
「あん?」
「結局、俺はお前には敵わへんなあ……」

 もごもごと口の中で呟いて、ロマーノの髪の毛を一束掬い上げる。それを言うならロマーノのほうがスペインに振り回されているのだと言ってやりたかったが、先ほど自分もスペインには伝わらなくても良いかと本音を打ち明けずに諦めたことを思い出して、むぅと押し黙った。全くもって腑に落ちなかったが、スペインにもいくら言ってもロマーノにはわかってもらえないと感じていることがあるのだろうか。そうだとしても、決して自分が分からず屋なわけではない。スペインの伝え方が悪いに決まっている。と、ロマーノは思う。

「惚れたほうが負けって言うけど、負けているほうが幸せやねんからむしろ最強やんな。お前相手やったらいくらでも負かしてほしいわ」

 言いながらロマーノの髪を指に巻きつけて、毛の表面の感触を楽しむように撫でては解く。頭を撫でられたり、そうやって髪にふれられたりするのは嫌いじゃなかった。無意識に手のひらへと擦り寄せる。猫のような仕草にも、スペインは心得たように応えてくれた。ロマーノの耳にかかる毛を優しく梳きながら、髪の中に手を差し込まれてそうっと掻き混ぜられる。くすぐったさに首をすくめた。その間もスペインの手はロマーノの頭のてっぺんへと向かっていって、優しく撫でてくる。あやされるようなその仕草が子どもの頃から好きだった。

「……ッ! あっ、ちょ……待って、スペイン……! あン!」

 しかし穏やかなひとときは唐突に終わりを告げる。全身を駆け巡る強い刺激に目の覚めるような快感を味わった。スペインがロマーノのくるんを摘んだのだ。

「ひぅ……ぁ、ァ……ッ!」

 激しい衝撃を流しきれなくて思わず目を見開く。咄嗟に体を仰け反らせて逃れようとするが、なぜだか傷ついたような顔をしたスペインに抱きすくめられて余計に追い詰められた。

「ロマ……逃げんとって」
「ち、ちが……ァっ! ん、むぅ」

 弾けたように距離を取ろうとするロマーノに拒絶されたと勘違いしたのか、スペインが縋るようにキスをしてくる。そうじゃない、と否定したかったが、その前に唇を塞がれて身動きが取れない。それに先ほどのキスで体に力が入らなくなっていたらしく、思うようには突き放せなかった。

「ん……ぅ、ぁ、スペ……ン…………ふ、ぁ……っ!!」

 ロマーノにとってその鈍感さはいっそ恐ろしいぐらいだったが、スペインは未だにロマーノのくるんが性感帯であることに気がついていない。おかげで過去にも何度か事故のようにふれられてはひどい目に遭ってきた。ロマーノがそれをいじられることを快く思っていないことは薄々わかっているらしく普段は遠慮をしているみたいだが、今日は髪を撫でられて心地良さそうにうっとりするロマーノに、さわってはいけないところだということが抜け落ちてしまったのだろう。
 ロマーノのくるんがスペインが手遊びするのにちょうど良い形をしているのもまた問題だった。くるくると指に巻きつけられては、親指と人指し指で挟むように伸ばされて、他の髪に撫でつけるような仕草で撫でられる。無遠慮にいじられるのに、ロマーノの呼吸が自然と乱れていく。
 こんなことならば性感帯であることを言っておけば良かったのかもしれない。しかし持ち前の鈍感を発揮され、ここが気持ちええんやろ? などといじられては堪ったものじゃないし、伝えて良いものなのかは難しいところだ。くるんはそんなありがた迷惑なサービス精神で奉仕されて良いものではない。
 しかし今回に関しては黙っていたことが仇になった。スペインの指にふれられる度に、気持ち良さのあまりに目の前に星が散った。

「ふ……ァ、あ……ッ! んぅ……も、だめ……ぇ」

 あまりのことに首を横に振って刺激から逃れようとする。その拍子に押し付け合っていた唇が離れたが、すぐに追いかけられて捕まった。少し荒々しいキスだった。ロマーノの目尻からはいよいよ涙がこぼれ落ちて、ぽたり、と音を立ててシーツに落ちていった。普段ならすぐに、泣かんとってー! と慰めてくれるスペインも、こういう時ばかりは容赦がなかった。おおかたロマーノがキスだけで感じているとでも思っているのだろう。ぼやけた視界にロマーノを落としてしまおうとする焦燥と、泣くほど気持ち良いのかと期待しているのがない交ぜになった瞳が映る。

「ぁ……っ!」

 くるんを掴んでいた手が一瞬離れた。安堵したのも束の間、そのまま髪をくしゃくしゃと掻き混ぜられて、雷に打たれたような快感が下半身に走る。そうして宥めるように優しく撫でられ、毛先の一本一本を解くように梳かれる。ロマーノは気が遠くなるような感覚に陥った。受け止めることも散らすこともできない強烈な気持ち良さに抗うこともできなかった。

「ふ……ァ、んぅ……ッ! く、ぅ……あ、ァあ!」

 興奮を募らせた体の内側では熱が迸り暴れ回っている。これだけで達してしまうのではないかと心配になるほどだ。断続的にじくじくと襲いくる快楽の波は、ロマーノの理性を奪い去りなり振り構っていられなくさせてしまう。どんどん呼吸が荒くなっていく。スペインのほうも先ほどから吐く息が熱い。互いに興奮しているのがわかる。浅い呼吸が切羽詰まっていく。
 脚をもぞりと動かして、すっかり熱のこもった下半身を宥めようとする。衣が擦れ合うような音が響く。
 不意に首の後ろを手の甲でふれられて、驚きに声を上げた。その拍子に唾液が流れ込んできて今度こそえづきそうになる。しかしスペインが暴れる体を全身で押さえ込むように抱きしめてくるせいで腕の拘束を振りほどけない。

「ん……っくぅ、は……」

 こんな時ばかり的確にロマーノのことをいやらしいほうへと導くスペインが、僅かに残った理性を崩していく。息継ぎの度に甘い吐息が漏れて、ん、と鼻にかかったような声など、まるで媚びているみたいだ。しかし舌の表面のざらざらとした部分をこすられて性感を煽られて、そんなことには構ってられない。体の内側には猛った熱が暴れるように駆け巡り、どうにかなってしまいそうだった。
 すっかり体の力が抜けきったロマーノは、ぐったりとその身をスペインへと委ねた。がくん、と体重をかければ、危うげなく抱き止められる。

「はー、はー……あ、はあ、……ぅう」

 ようやく唇を離されて肩で息をついた。同時にくるんを解放される。代わりに両腕の手首をシーツへと縫い止められて、ベッドに磔にされた標本のような心地に陥った。
 仰向けに寝転がされるても脱力しきったロマーノは正面を向いてなどいられず、頬をシーツへと押しつけた。体の中心が熱く火照り、神経がじんじんと騒いでいた。荒く息をつきながら呼吸を整えていると、生理的に浮かんだ涙がポロポロとこぼれ落ちる。

「っは……、そんな気持ちええの?」

 そう言って顔を覗き込んでくるスペインは、情熱の国を自称するだけあってギラついた眼差しを隠しもしなかった。激しい衝動を押し込めた熱っぽい瞳でロマーノのことを食い入るように見つめ、反応を探ってくる。

「嬉しそうに……はっ、しやがって……ッ」
「ロマーノが気持ち良さそうなんが親分いっちゃん嬉しいねん」

 悪態をついたところでこうも弱々しいと効果もないだろうが、わかっていても何もかも思い通りになってやるのは面白くない。スペインは相変わらずの緊張感のないへらりとした笑みを浮かべている。一体どこまで本気で、どこからがわざとなのか。考えるだけ無駄だと探ることは早々に放棄した。それに今はそれどころじゃない。
 ようやく堕ちきったロマーノにスペインが感じたのは安堵か、それとも衝動か。ロマーノを抱きしめていた腕が緩められて、背中をまさぐられた。くるんへの刺激とキスで十分に熱を煽られていた体は、たったそれだけの愛撫で反射的に強張ってしまう。そんなロマーノの反応を正しく受け取った手は、明確な意図をもってシャツの中へと潜り込まされた

「っは、あ……スペイ、ン……」

 いやらしい手つきで腰を撫でられて体が跳ねた。腰骨をくすぐるようにふれられるのがもどかしくて、震える体を上下に揺する。行為の最中にもっととねだるような淫らな動きだったが、もう羞恥心になど構っていられない。
 頬にキスを落とされて、シャツをまくし上げられた。熱がこもったシャツの中から急に外気に晒されて鳥肌が立つ。ぞわぞわと腹から胸元のあたりを撫で上げていくようなざわめきに、思いきり伸び上がって堪えようとする。つま先まで真っすぐ伸ばされて、踵がシーツに皺を作った。
 薄く色づいたそれは先ほどからの刺激やキスの興奮で既に芯を持っていて固く尖っていた。

「ここ……めっちゃ立っとるよ」
「ぁ……ちが、寒ぃから……っ」
「寒いから縮こまってもうてんの?」

 指先で弾かれて思わず飛び上がった。視線をやると、スペインの人差し指の下で芯を持った自分の乳首がコリコリと苛まれている。尖った先を慈しむように撫でられて、少し痛みを感じるぐらいの強さで押しつぶされる。かと思えば羽でふれるみたいに、ふれるかふれないかの際どいところでくすぐっていくから、翻弄されたロマーノの胸元は性感帯へと変えられてしまった。先ほどくるんを弄られた時から燻っている体内の熱がぶり返して目の前が白く霞んだ。

「縮こまっているわりにはぷっくりしてんなあ」

 ふふ、と笑うのがからかわれているように感じられて、居たたまれなさに目を瞑った。視界を閉ざせば余計にふれられる感覚に集中してしまい、感覚は一層鋭敏になった。

「ぁ、ん……ぅ、も……ッ! はぅ……ンぁ」

 俯いてため息をつけば、自分の吐息が胸にかかってそれにすら感じてしまう。それに耐えられなくなって顔を背ければ、晒された首筋に吸い付かれて一層刺激を増やされた。神経が尖がってしまったかのように些細な接触にすら大げさに感じ入る。ふれられてもいない下腹部が疼いて仕方がない。

「も、や……やだぁ」

 子どもじみた泣き言を漏らすが、スペインは呼吸を荒くするばかりで。耳たぶをくすぐる彼の吐息が熱くておかしくなりそうだ。

「大丈夫やで……ロマ、可愛えよ」

 そう言って体を跳ねさせ悶えるロマーノを宥めるように唇を寄せてくる。昔から変わらないやさしい声音、しかしその手つきは慈しむようなものからはかけ離れていて卑猥に満ちていた。ロマーノの膝がわななく。胸先の尖りを抓ったり爪を立てたりと苛んでくるので、じくじくとした痛みと似たような快感が広がっていった。
 ピンと立ち上がった胸元を指先で弾かれた時には、悲鳴じみた嬌声を上げてしまった。

「ひぁ……ッ! あぁ、ん……やだ、ぁ、スペイ、ンっ」
「気持ちええ?」
「違っ……ぁ! あぅ、あ……は、んぁ……ッ! ひぅ、あァああ!」
「いっぱい感じてくれてるん? ほんま、お前はええ子やな」

 まるで子どもにかけるような言葉だったが、その声は低く甘い。それが耳から犯されるような気がして思わず首を竦めた。唇が耳たぶに寄せられる。ちゅ、と音を立てて甘噛みまでされて、うっとりと快感に身を委ねていく。
 胸の頂きに薄く色づくその部分を親指と中指で挟んで尖らせられて、ぷっくりと主張する先端をコリコリと人指し指の腹で責められる。たまに少し強めに爪を立てられても、もうこの頃にはロマーノの神経は痛みすら気持ち良いと感じるようになっていたから、もっと弄ってくれとばかりに胸先を突き出してしまう。体を上下に揺すれば、スペインがほうっとため息をついた。

「はあ、ほんま……めっちゃえろいわ」

 くりくりと弄ばれた乳首が熱を持ち、赤く腫れ上がる。それを労わるように撫でられて、甘美な感覚に支配される。
 スペインが誰がこんな風にしたんやろなぁ、と他人事のように呟いた。そんなものは愚問だ。ロマーノの体を知っているのは、後にも先にもスペインただひとりしかいないと言うのに。
 やがて胸全体を撫でまわすように手のひらを広げたスペインが、円を描くように撫で回していく。それは忙しなく肋骨や腋にふれ、鎖骨のあたりを優しく愛撫する。ロマーノはもう自分が何を言っているのかがわからなくなっていた。ただうわ言のように気持ち良いとうめいて、吐息とともにあえぎ声を漏らす。スペインの手は顎先から輪郭をたどり、頬を撫でていく。そのままこめかみをくすぐりながら両耳へとたどり着いた。耳たぶにふれられる。熱い、と呟いたスペインの指のほうが熱く感じられた。耳を塞がれて、自分の脈が頭の中で響いた。それはごうごう、とうるさいぐらいだった。

「ロマーノ……何も考えられへんぐらい俺に夢中になって」

 スペインの腕がロマーノの腰を掻き抱く。体を浮かすように抱きかかえられ、軽々と腰を軽く持ち上げられてしまうと、その力強さに泣きそうになる。どんなに子どもじみた仕草をしたってスペインは立派な成人男性の体躯を持っていて、ロマーノのことなど力づくでどうにでもできてしまうのだ。太い二の腕や大きな手のひらはここ欧州の国たちの中でも取り分け逞しく、その腕に抱かれていると自分との体格差を嫌でも実感させられる。

「ふ……ぅ、ん……」

 不意にわき腹をくすぐられて身じろいだ。しかしそれを許さないとでも言うかのように、スペインの脚がロマーノの膝を割って差し入れられ、腰を押し付けられる。その行き着く先を考えてしまい、期待から頭に熱が集まってしまう。至近距離にあったみどりの瞳へと視線を向けると、スペインが心得たとでも言うように腰を抱き寄せてきた。そうじゃない、と言いかけて、それではどうしてほしいのかもわからなくなった。

「あっ……!」

 下腹部に押し当てられた彼の股間は、既に熱を持っていて僅かに硬くなっている。それはロマーノも同様で行為への期待感から確実に体は高まっていたのだが、キスに夢中になっている間に緩やかに変化していった自分の体のことには、何かと鈍感になりがちだ。むしろふれさせられた相手の変化のほうがよくわかるというもので。
 スペインが興奮している。その事実を目の当たりにして、嬉しいと感じている自分に羞恥が込み上げてくる。胸がドキドキと高鳴り、鼓動が早くなるのがわかった。今さら初めでも何でもないのに。ましてや初心な乙女でもあるまいし、勃起しかけた性器の存在を主張されて顔を赤くするなんてどうかしている。何よりも自分の反応が恥ずかしかった。

「そろそろこっちも触ったらんとな」

 堪らず内腿をもじもじとさせながら体をくねらせていると、スペインの手が膝頭へふれてきた。汗ばんだ手のひらに内腿をまさぐられて期待感でどうにかなってしまいそうだ。
 両膝を掴んだスペインの手によって脚を大きく開かされる。無防備な姿勢を取らされるのにはさすがに抵抗があって身を捩った。上半身を捻ることしかできなくて、肝心なところは隠せなかった。

「はっ……ぁ」

 どちらからともなく吐き出された熱い呼吸は、湿度の高い空間へと溶けていく。思考の大半はいやらしいほうに向いていて、先ほどから口にはできないようなことばかり考えていた。今頭の中を読まれたら死ぬな、なんて、妙に冷静なことを思いながら。
 ぐずぐずになっているであろう下腹が空気に晒され冷たく湿った感覚がある。それでようやくロマーノは自らの性器がすっかり濡れそぼっていることを知った。ふれられてもいないのに期待して震える自身の浅ましさを自覚して、じわじわと頬に熱が集まってくる。恥ずかしいのに、なぜか先端からとろとろと粘性の液体が染み出してくる。それを自覚して視線が泳ぐ。その間もスペインは何も言わなかった。無言のまま、ただじっと見つめられるのが余計に恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだ。

「も、スペイン……っ」

 名を呼べば媚びたようなものになって、膝をすり合わせて快感を散らそうとする。大きく開かせたまま固定したスペインの手がそれを許さなかった。
 早くふれてほしくてスペインを見上げれば、彼もまたロマーノのことを見下ろしていた。じっとこちらを見つめるみどりの瞳は熱っぽく潤んでいて、情欲に揺れている。誘いかけるように目を細めて、ゆっくりと瞬きをする。意図が伝わったかはわからないが彼が、ごくり、と喉を鳴らしたので少なくとも何か感じるものはあったはずだ。
 しかしスペインの指先は意地悪にも、ロマーノの固く勃ち上がった性器を弾いて苛んだ。

「ひぃっ……ぁ、……ッ」

 瞬間伝わった痺れるような快感に息を呑む。そのまま弱いところをぐりぐりと弄られて頭を振った。

「———ッ!」

 むき出しになった敏感な先端に爪を立てられ首を竦める。思わず両手で口もとを覆うが、指の隙間から漏れる自分の吐息はひどく切羽詰まっていて、その興奮を彼に知らせるだけだった。

「くっ……ぅ、ふ……、ぅ」

 スペインの手の中に収まった性器の赤く充血した様が卑猥で、それに絡まる彼の硬い指先を目で追いかけてしまう。やけにゆったりと、ロマーノの熱を煽るかのように動かされる手のひら。つつ、とくすぐるように括れた部分をなぞられたかと思えば張ったそれを強めに押されて、びくんと肩が跳ねた。スペインの喉奥がくつりと鳴らされたので眉をひそめる。揃えられた指先が裏筋をなぞっていって、焦らすかのように根元まで下ろされる。
 不意に、手中に収められた性器が強めに握られて体を引きつらせてしまう。

「んァ、あ……ッ!」

 そのまま数度、手を上下に動かされればロマーノの腰は自然と揺らいだ。ようやく与えられた直接的な刺激に目の前が真っ白になる。面白いぐらいに大げさな反応を見せるロマーノにスペインがふっと笑って、勃起してもなお余る皮を引っ張った。そのからかうようなそぶりにすら熱がせり上がってくるのだから堪ったものじゃない。

「可愛えなあ」

 ガキの頃から変われへんねんな、と呟いて、皮ごと上下に扱かれる。自分でする時よりも少し乱暴なやりようには恐怖すら感じた。突然与えられた容赦のない刺激に情けなく視線をやって許しを乞うが、スペインにそれは通用しそうになかった。

「あ、も、もう……スペイ、ン……ぅ! あ、あァあ、ンぁ……っ!」

 じゅくじゅくと濡れた音が立つ。それが自分のものだと認識することで、より敏感になってしまう。

「だめ、あ……ッ! も、そんな……あ、あっイっちゃう……んぁ!」
「ちょ待って! それはまだ、もうちょっと待って!」

 スペインが慌てたように手を止めロマーノの顔を覗き込んできた。昇り詰めかけていた感覚が一瞬で遠のいて、なんで、と弱々しく訴えた。

「ぁ、うぅ……や、すぺ、……ンぅ」

 体内を暴れ回る熱に侵されて心臓に急き立てられるまま、恨みがましい視線をやった。それにスペインも苦笑しながらロマーノの髪を梳いてくれる。優しい仕草だったが、そんな些細な刺激にすら感じてしまい反応してしまう体が憎い。あ、あ、と短い声を上げていると、彼はいよいよ困ったような顔を見せた。

「はあ、可愛え……。せやけど今日は一回しかできへんからな。もーちょっとだけ……」

 ここにきて中途半端に止められては堪ったものではない。すっかり理性を失って羞恥も何もかなぐり捨てていたロマーノは、いっそ自分の手で解放してやろうと自身に手を伸ばそうとするが、それに気づいたスペインが両手を掴んでシーツに押し付けてしまった。首を横に振って藻がくが、いつになく彼のほうも興奮しているようで手加減一切なしの力で抑え込まれてしまう。そのままぎゅっと力をこめられて、ロマーノも抵抗してみせた。どうにか身を起こそうとするが、散々焦らされたせいで腰が抜けているのかすぐにベッドに逆戻りしてしまう。ぼすん、と音を立ててシーツに沈み込むロマーノに、スペインが苦笑を浮かべながら大丈夫かと聞いてくる。眉を下げて困ったような顔をしているくせに、決して押さえつける力を緩めてくれないのが彼らしい。

「はっ……や! あっ、ああ! ん、ぅ……あ…、なんで……っ!」
「もうちょいロマーノの可愛え顔、見せて」

 言いながら、ロマーノの固く主張する屹立に緩くふれてくる。

「あ……ぅ、あ……ンぅ」

 勝手に漏れる声を抑えようと口元に手の甲を押し付けた。くぐもった声がかえって卑猥な気もするが、もはやロマーノには冷静な思考などできなかった。
 はあはあ、と荒い息を繰り返しながら、一体何が面白いのかロマーノを見つめるスペインの眼差しは真剣で、たちまちロマーノはどうすれば良いのかわからなくなる。どんな表情をすれば良いのだろう。どうにかおかしな顔をしないよう表情筋に力をこめるが、すぐにだらしなく緩んで勝手に変な顔をしてしまう。

「も……や、いやぁ……」

 ぐすぐすと鼻を鳴らして首を横に振る。恥ずかしいし気持ち良いし、スペインの目にこんな自分がどういう風に映っているのかもわからない。幼い子どものように嫌だいやだと駄々を捏ねると、スペインが息を詰めた。

「もう、お前はほんまに……」

 言葉の先はなかった。彼はそのままロマーノの首筋に顔を埋めてしまう。ちゅ、ちゅ、と音を立てて、やわらかな皮膚に吸い付かれる。時折、鋭い痛みが走るから跡をつけられたのだろう。動脈のすぐ上にふれられる感覚に、生理的にぞくぞくとしてロマーノは唇をきゅっと噛み締めた。
 不意にロマーノの体の奥まったところに、ぷつり、と硬いものがふれた。スペインの爪先だ。短いそれが窄まりを解すように、ぐにぐにと動かされる。

「ひっ……ぁ、あ……ぁン、ぅ」
「すご……なあロマーノわかる? こんなとこまでぬるぬるやで」
「う、うるさ……ァ」

 先走って溢れた精液が足の間を伝っていったのか、ぬちゃり、と粘ついた音がした。それもこれも全部スペインのせいだ。彼があまりに焦らすから、ロマーノの体はぐずぐずに蕩かされてしまったのだ。ふう、ふう、と肩で息をつく。その間もスペインの指の侵略は止まらない。
 指の第一関節が埋められたぐらいだろうか。さすがにロマーノの先走りだけでは穴の中を完全に湿らせることはできなかったらしい。少し引っかかりを感じるようになった。それでもしつこくぐにぐにと動かされて、摩擦からピリッと痛みが走る。

「う……あ、うぅ……」

 耐えられないほどではないが気持ち良くもない。多少の不快感もあって色気のないうめき声を漏らす。こんな状態が続けば、煽られるだけ煽られた熱も冷めきってしまいそうだ。
 しかしスペインもそれ以上は深追いせずにあっさり引き下がり、ロマーノから体を離した。野生的に勘の良い男だから、このまま強引にやっても無意味だと悟ったのだろう。代わりにサイドボードへと手を伸ばす。
 スペインが手にしたのはローションのボトルだった。コンドームと一緒にベッドのそばの引き出しに仕舞われていたものだ。幸い、こちらはまだ残りが十分にあったらしく、スペインは蓋を開けて中身を指へと絡めている。慣れた手つきでローションを取ると、再びロマーノへと向き直った。

「ちょぉ待ってな。すぐ良くしたるから」

 上から見下ろすように宣言されて、下腹がキュンと震える。手をこすり合わせて、ぬちゃ、と濡れた音を立てながら見せつけるようにローションを伸ばす。指と指の間、糸を引くような透明な液体。その仕草に否が応でも胸が高鳴って、思わずごくりと喉を鳴らした。
 スペインが態勢を変えて再び覆いかぶさってきた。同時に先ほど少しいじられた穴の縁をぐるりと撫でられる。指先で突かれて、指で温められたローションが揉み込まれる。ロマーノの先走りと混ざり合い、いやらしくも粘着質な音がした。そのまま入れられると思っていたが、スペインはすぐにはロマーノの中へと指を突っ込むような真似はしなかった。ただマッサージでもするかのようにやわやわと揉まれて、入念に濡らされる。
 何度かローションを継ぎ足しながらしばらくそうされているうちに、性急にされるわけではないとわかった体が弛緩する。そんなつもりはなかったが、さっきの摩擦がもたらした違和感から緊張していたらしい。肩の力が抜けて、シーツに体重を預けていく。布が擦れる音がした。

「ロマ、キスしよ」

 返事をする前に唇を塞がれて舌を捻じ込まれる。歯列をなぞり内頬を舐めていくスペインの舌。つくづく器用な男だ。いつもそうやってロマーノ自身も知らなかった敏感な箇所を探り当てていくのだ。ざらついた舌の表面で上顎を舐められると、ん、と甘く短い吐息を漏らしてしまう。
 口づけに気を取られている間に指が一本、体内へと入ってきた。優しい手つきで肉をかき分け解すように挿入されて、むしろもどかしさを感じるぐらいだった。そう自覚した途端、いつもセックスの時に感じる身も世もなくあえいで感じてしまう快感を思い出し、後ろの穴をひくつかせてしまう。スペインの指も締め付けたから、ロマーノの体の反応はしっかり伝わっただろう。キスをしたままスペインが喉を鳴らした。

「んぁ……ふぅ」

 内壁を擦りながら中を押し広げるように動かされて、胎内が脈動する。気持ち良さの前に、ただスペインに支配されているという感覚に悦を感じていた。合わせた唇も、半端に煽られて放置されている性器も、本来は性感帯でもないのに真っ赤に熟れた胸の先も何もかも。スペインのためにあるかのようで。
 唾液を飲まされる。ひどく甘く感じられて、むしろもっと欲しいと舌の根を突ついた。ぺろぺろと舐めている間に、スペインの指がもう一本、体内へと潜り込まされる。じゅくじゅくと音を立てながら抜き差しされても痛みはなかった。多少強引にしてもロマーノが痛がる様子がないのを確認したスペインが、確信を持って内壁をぐるりとなぞる。

「んぁっあァああ……っ!? ぁあ、……んぅ!」

 スペインによって開拓されたロマーノの性感の束が集まる場所。一番気持ち良くなれるところを刺激されて、押し出されるように性器の先端からびゅくびゅくと精液が飛び出した。

「っはぁ……ぅ、はー……ァ」
「……イってもうたん?」
「あ、ごめ……なさ、ァ、ああ、っはぁ……ンぅ! そん、な……ッ! しちゃ、だめっ、あっ」

 ロマーノはまだ性感の頂点へと登り詰めたばかりだというのに、スペインの指は同じところを擦るのをやめない。すっかり知られてしまった前立腺を撫でられ揉まれる度に、ひどい、やだ、と泣きながら、必死でやめてくれと懇願した。強すぎる快感がロマーノを被虐へと突き落とし、ただスペインにされるがままに快楽の波に呑まれることしかできなくさせた。

「あかんよ。まだダメって言うたやん」

 ごめんなさい許して、と何に対して謝っているのかもわからずに口にして、両腕で目元を隠す。それをロマーノに埋めているのとは反対の手で押しのけて顔を覗き込んできたスペインが、燃えるような激しい眼差しを向けてきた。彼も興奮で理性がなくなっているのか、早口で捲し立てるように告げてくる。

「せやからもっと感じてや」
「あっ……! あ、ぁン! はぅ……かんじてるぅ……ッ! スペイ、ン……! スペインでっ、いっぱい……あァ!」
「そうそう、ええ子。いっぱい感じてや。ご褒美もあげるからな」
「あぅ……ッ! あ、あっ……あ、また……らめっ、きちゃ……ぁ! あぅ」

 腿が小刻みに痙攣し、ガクガクと腰が震える。二本の指でしこりを挟まれて押しつぶされ、わけがわからなくなる。目の前が真っ白になって今スペインがどんな顔をしているかもわからなかった。それをこわがる必要はなかった。密着したところは汗でしっとりと濡れていたし、何よりスペインの体は熱くて彼の興奮を容易に知れた。足に押し付けられた股間は固く張り詰めていて、ロマーノよりも切羽詰まっているのではないだろうか。
 体中の血液が下半身に集中する。逆に手足の先からは血の気が引いて冷たく感じられた。熱いのか寒いのかもわからない。ぎゅうっと凝縮されたような気持ち良さに神経が研ぎ澄まされて、一気に膨れ上がる。もうだめだと思った瞬間、それは弾けた。

「う、ぁ……あ、ぁ……んっ!」

 じわじわと痺れが広がっていって、ようやく気持ち良いと感じられるぐらいの強さの刺激が全身に広がっていく。脱力したロマーノの体はくたりとシーツに横たわった。性器からはこぽこぽと透明な先走りが溢れ続けている。射精を伴わずに極めたのだ。

「はっ、ぁ……はー、はあ……」

 衝撃から抜けきれずにぼんやりと宙を見つめる。いつの間にか体内からはスペインの指が抜かれ、彼に抱きしめられていた。あらゆる感覚が快感に呑まれていたから音も聞こえなかったし、すぐそばにいるスペインの匂いもわからなかった。ただ呆然と彼に与えられた快楽に揺蕩うだけだ。それは宇宙を旅するのと似ている。
 このまま何も考えられずにスペインのことだけを感じられたら良いのに。与えられる愛に溺れて馬鹿になった思考は、そんなあり得ないことを考えだす。

「ロマーノ……よう頑張ったなぁ」

 体を抱きかかえられ背をシーツから浮かされた。ぽんぽん、と後頭部を撫でられて、ようやく一息つけた。

「あ……? あ、俺、今……」

 ぱちぱちと目を瞬かせてスペインを見つめ返す。彼の方はだいぶ切羽詰まった表情をしていたが、それをどうにか押さえ込んで笑顔を見せてくれた。

「中イきしたんやろ。すごい指に絡んできとって、キュウキュウ締め付けてきとったから」
「なっ……! お、お前のせいだろ! 俺はだめって言ったのに……っ」
「うん、せやから。俺のせいやから、もう入れさせて……? 俺のこともあんだけ締め上げたってよ」

 スペインのほうはまだ一度も出していない。そろそろ限界なのだろうか。ぎらついた眼がロマーノのことを食らおうとしている。

***

 下着を脱ぎ捨ててコンドームを身につけたスペインがようやくロマーノへと向き直る。十分に解された孔に漸く猛った性器を擦り付けられた時には、期待感から射精してしまいそうになった。どうにか堪えたものの身震いをしてしまう。
 いよいよだ。
 薄目を開いて見上げたスペインはじっと下を見つめていた。その眼差しが真剣すぎてこわいぐらいだった。
 コンドームの上からさらにローションを塗りたくったスペインの先端は、何の抵抗もなくするっと入ってしまうんじゃないかと思った。それはロマーノの錯覚だったのだけれど。
 あまりにスペインが何も言わないから不安になって名前を呼んだ。

「スペイ、ン……?」

 彼は返事こそしなかったが視線を返してくれた。顔は下を向いたまま、目線だけ動かされてドキっとする。いつもの好奇心に満ちた大きな瞳とは印象があまりに違ったせいだ。スペインが大きく深呼吸をした。

「……入れるで」

 それは宣言だった。ゆっくりと押し当てられた性器が体内へと侵食してくる。同時に皮膚が引きつるような痛みを覚えて歯を食いしばった。

「くッ、あ……っ」

 スペインの低いうめき声が鋭く響く。ほとんど無理やりねじ込まれた熱は凶器のようで、ぎちぎちと内側を広げられる痛みと圧迫感に思わずまぶたを閉じた。

「はっ……ぅ、あ」

 苦しさに喘ぎながら彼の背にしがみつくと、強引に押し進められていた挿入が止まった。ぶわっと汗が噴出する。密着した体は熱い。チリチリと皮膚が引きつる痛みに耐えながら薄目を開けば、眉根を寄せてひどく苦しそうな顔をしたスペインが間近に見えた。
 おそらく彼の性器は半分も入っていないだろう。きつい締め付けも挿入に逆らってうごめく内壁も、快感どころか苦痛しか与えていないはずだ。それに先端を入れただけのところで止まるというのはスペインにとっても相当辛いはず。実際に彼は切羽詰まった表情を見せていた。
 どれだけ行為を重ねても、未だこの身はスペインを受け入れることに慣れない。あんなに丹念に慣らされたにも関わらず、いつも挿入には苦痛を伴った。それは拒絶されるスペイン側にも少なからず痛みを与えているはずで。

「ロマー、ノ」

 短く息を切らしながら名を呼ばれて顔を上げる。ひどく切羽詰まった声だった。

「はっ……、ごめんな……痛い?」
「ぁ……くっ、ちょっと待っ、て……はっ、ぅ」

 わかったと頷きながらも腰をじりじりと押し付けられる。それが彼の焦燥感を表しているかのようで、ロマーノまでせつなくなってしまった。

「……ごめ、ぁ……あ、うぅ……はぁ」

 前戯で散々弄られたせいで緩くなった涙腺は、すぐに涙をあふれさせてしまう。情緒不安定になっているのだろう。どうしてこんなに愛しているのに上手く受け入れられないのだろうと悲しくなってきた。

「はは……謝る必要なんて、ないんやで。……はあ、ロマはまだ若いからなあ」

 それが一体どう関係あるのだろう。ぐちゃぐちゃになった思考では言われたことの意味もあまり理解できなくて、ただ泣きじゃくることしかできなかった。辛さを一片も見せずに情けない顔で笑われると、胸がかきむしられそうになる。だってその若さに毎度痛めつけられて、どうして嬉しそうなのだろう。
 スペインの手のひらがロマーノの腰を撫でていった。とても熱い。熱があるのではないかと思うほどだ。肌の感触を確かめるかのように緩やかに滑らされたそれは、じっとりと汗ばみ湿っている。

「スペい、……スペイ、ンぅ……!」

 ロマーノのことを大丈夫かと気遣うやわらかなみどりの瞳が、確かにぎらついたのを見た。燃え上がる欲の色は濃緑。彼に抱かれるようになって初めて知ったことのひとつだ。

「ロマ……逃げんとって」

 無意識のうちに逃げを打っていたらしい。身を捩る体を抱き込んだスペインが縋るように囁く。

「お願いやから俺からは逃げんとって」

 情けない声だった。らしくもなく弱気で、そのくせ両腕はロマーノのことを逃すまいとがっちり抱き込んでくる。その仕草はお気に入りのおもちゃを取られまいと必死な子どものようだったが、スペインは子どもよりももっと切実だった。だから必死で追い縋るのだろうか。
 そう認識した瞬間ふっと体の強張りが解けて、全身から力が抜けいった。縋られて気が緩むなんて妙な話だが、スペインに余裕がなくなるとロマーノは寛容になるのだ。それは何もセックスの時だけではないけれど、ふたりの関係はそういう風にできていた。

「はっ……情け、ねー……な」

 笑みを浮かべるが、ひどく弱々しいものになってしまった。それでも無理やり腕を持ち上げてスペインの頭を抱え込む。するとスペインの頭が少し下にずれた。鎖骨のあたりに額を預けられて、汗で濡れた彼の硬い髪がちくちくと顎にふれた。その感覚すら心地良かった。まるで子どもみたいだ。自分よりも大きな子ども。普段なら絶対に思わないが、彼を甘やかしたくなる。
 良い具合に力が抜けたのが良かったのか、ギチギチとスペインの性器を締め付けていたところが少し緩んだようだった。しかしスペインは腰を押し付けたままだったから、思わぬタイミングでずるりと奥まで入り込んでくる。

「……ッ!?」
「ひ……ぁっ!」

 スペインが喉奥で声を咬み殺す。不意打ちで内側を擦られて、ひくついた胎内が脈動しスペインへと絡みつく。ぴったりとその性器の形に押し広げられた自分の穴が、彼をいかに締め付けているかを知らされて達してしまいそうになった。スペインが獣じみた低い唸り声を上げる。彼が射精する前によく聞かされる声だ。じりじりと灼けつく欲に煽られながら、互いに極める寸前で我慢比べをしているような心地だった。

「はぅ、あ……ッ、も、らめ……ぇ」

 舌足らずに限界を訴える。するとスペインが強引に腰を押し進めてきた。

「い……ッ、つ……!」
「くっぁ、……ごめ……ッ、はっ」

 謝罪を口にしながらも一気に押し込まれて、体の中心を電流が走り抜けたようだった。あまりに強い衝撃に全身の血液が沸騰しているかのような錯覚に陥る。ぞくぞくとした刺激に支配されて、痛いのか気持ち良いのかもわからなくなった。とにかく姿勢を保ってられなくて、自然と背が丸まってしまう。抱え込んでいたスペインの頭をさらに強く抱きしめると、行儀の悪い彼の唇はロマーノの乳首を挟み込もうとする。ここにきてさらに与えられるものを増やされて、正気でいられるはずがなかった。

「ひっ、ぅあ……ぁああ、あっんぅ……———ッ!」

 全身に熱いものが迸り視界がチカチカと明滅する。いよいよ理性を手放した瞬間、堰き止められていた快楽が逆流しているかのような強烈な感覚に襲われた。一瞬意識が遠のく。長らく耐えていた性器が弾けて、先端から白濁の液がトロトロと溢れ出したのだ。
 今までに経験したことのないような絶頂感だった。ロマーノは虚ろな目でシーツに頬を押し付けぼんやりとしていた。びくびくと震える体はなかなか収まらず、自分の身に何が起きているのか認識できないでいた。
 スペインは鋭く舌打ちを打つと、いきなり激しく腰を打ち付けてきた。

「あ、だめ……ッ、そん、な……ぁ! はげしく、しな……っでぇ!」
「も……あかん……っ、ロマーノ……!」

 体を掻き抱くスペインの腕の力に加減がない。ギリギリと締め上げるかのような力強さで抱きすくめられ、全身で圧しかかられる。押しつぶされそうになりながらも、どうにか胸を開いて呼吸を楽にしようとする。そうでなければ、こんな全力疾走中の心臓がもたない。スペインの胸もどくどくと激しく脈打っていて、皮膚越しにロマーノへと脈動を伝えてくる。ほとんど隙間なく抱き合っているせいで自由に動くことができない。そのせいかスペインの律動もむちゃくちゃなもので、内臓を引きずり出されるような強引さがあった。

「あぅ……ァ、あっ……は、ン」

 首筋に噛み付かれて、チリ、とした痛みが走る。しかしこうなってはもはや痛みすら気持ち良くて、動脈の上に歯を立てられることへの鳥肌が立つような感覚も快感だった。
 スペインの汗に濡れた髪が頬にふれた。見やれば彼のうなじに汗が滴っている。一層強くなったスペインの体臭に包まれてうっとりとした。それはロマーノにとっては媚薬のように脳を痺れさせ、より開放的にさせてくれるのだ。

「俺っ、もうもたん……ぅ、はぁ……っ」
「ぅえ……ぁ、ああ! な、なんて……、あっ!」

 息も絶え絶えに訴えたスペインの言葉が認識できなくて、目の前の体に縋り付く。大きな背中に抱きついてぎゅっと力をこめると、スペインの体が弛緩するのがわかった。

「あかん、イく……っ」 

 一際強く突き入れられて、内壁をごりごりと抉られる。腹の中を無理やり暴かれるような強引さ。そのままスペインの腕が締め上げてくるから、酸欠で目の前がくらくらする。
 やがてスペインの性器がびくびくと脈打った。それに反応してロマーノの胎内もうごめいて、ぴくぴくと締め付けてしまう。惰性のようにゆるゆると動いていたスペインの腰が、一度大きくグラインドしてようやく居場所を見つけたのか収まった。しばらくそうしていても、なかなか波は引いていかないのか、ロマーノの内壁をノックするかのように性器が反応をし続ける。

「はっ……、はぁ……はぁ、はあ。……ごめ、重いな」

 きつく抱きしめていた腕の力を緩められ、ロマーノのことを労わるように上半身を起こした。そうしてこめかみをちょいちょいと指先でくすぐると、唇を合わせられる。ちゅ、と音を立てて吸い付いたが、しかしスペインはすぐには離れていかなかった。
 最初は戯れのようにふれ合っていただけのキスが、徐々に濃厚なものになっていくのに焦りを覚えた。まだ熱が抜けきらないうちに交わす口づけは、心地良さを通り越して強すぎる刺激をもたらすからだ。
 無意識のうちに体が逃げを打つが、スペインに両腕を取られシーツに縫い止められる。それでもスペインに押さえつけられたままずり下がろうとした。するとロマーノの顎が自然と上を向いた。気道が狭くなったせいか息がし辛くなって、それなのに酸素を取り込もうと仰け反ってしまうからロマーノの余裕はますます奪われる。視界が白く染まっていく。

「ふぁ……ァ、も、ダメ……だって!」

 スペインの瞳にまだ燻り続けている熱を見て、これ以上は体力がついていかないと体を押し返す。それに今日は一回しかできないはずだ。この熱に巻かれて約束を反故にされては堪らないと必死になって拒んだ。

「……ロマーノ」
「ダメだって言ってんだろ!」

 それでも諦め悪く体を寄せるスペインに顔を背けて抵抗する。しばらくは往生際悪く粘っていた彼だったが、取り付くシマもないロマーノの態度に悟ったのだろう。ようやくロマーノを解放した。そうしてロマーノの足元にあぐらをかいて、コンドームを外す。前に射精した後、つけっぱなしにしているとかゆくなってくるのだと文句を言っていたから、なるべく早めに始末したいのだろう。慣れた手つきでコンドームの口を結び、中に溜まった白濁の液体を見せてくる。

「ロマーノ! 見て見て!」
「……んだよ」
「俺のんむっちゃ濃いで! しかも大量や!」

 がっくりと脱力しそうになる。先ほどのまでの大人びた気づかいや獣のような激しさは何だったのだろう。何をガキみたいなこと言ってんだよ、と悪態をついて、ごろりと寝返りを打った。

「ったく、てめぇはムードってもんがねぇのかよ」

 ポコポコと頭を沸騰させながら、背中で怒りを見せつける。今日は本当に散々だった。わけがわからなくなるほど気持ち良くされるのは良いが、あんまり好き勝手にされるのもいかがなものか。おかげでロマーノはすっかり疲れきっていて、もう指一本動かす気力も残っていない。
 しかしロマーノが満足しているからと言ってスペインも同じだとは限らない。ましてや今夜はロマーノのほうは何度も達したが、スペインは一回だけしか吐き出していないのだ。
 背後から不穏なセリフが聞こえる。

「あー……でもせっかくやからもっと味わおうと思ったんに一気にヤってもうたな」

 その声にギョッとして肩越しに振り返る。スペインは怒られた大型犬のようにしゅんとしていた。

「はあ?! それは、お前があんな……! 俺はいやだって言ったのに激しくするからだろ!」
「ごめんってぇ……やってトコロテンするロマーノ可愛かってんもん」
「と、トコロ……テン……って」

 その言葉が何を意味するのかは知っている。まさに今日のロマーノの状態だろう。焦らされて煽られて、しかも挿入の前にドライオーガズムまで極めさせられたせいでロマーノの体が暴走していたのだ。だからと言って入れられただけで達してしまったのは初めての経験だった。
 顔を真っ赤にさせて口をパクパクと開閉させていると、スペインの手が肩を撫でてくる。

「んぅ……ぁ、だめだめ! だめぇ……って……も、今日はさわんな……ん、ふぅ」

 肩から鎖骨にかけて撫でられて、首筋をくすぐられる。ツツツ、と爪の先でくすぐられると、もどかしさに腰がわなないた。まだ先ほどの熱が体内に残っている。煽られれば簡単に火がついてしまいそうで、自分自身の欲の底知れなさにこわくなってきた。
 そのままうつ伏せにされて腰を抱えられる。嫌な予感がした。

「ロマーノ……ごめんなあ」
「ふぇ?!」

 脚を閉じさせられる。低く呟いたスペインの声はのっぺらとしていて、全然悪いと思っているようには聞こえなかった。むしろ一切の感情も見えなかった。おそるおそる振り仰げば、目をギラギラとさせて、食い入るようにロマーノの腎部を見つめている。

「あ、何して……ぁ!」
「ほんま、すごい気持ち良かったから……。ごめん……あかん、全然足りひんわ」
「ダメだって……、ゴムがないと、やだ……!」

 ロマーノの尻は本来、性器ではないのだ。そんなところに生のまま突っ込むなんて正気の沙汰じゃない。お前が病気になったらどうするんだ! 頭の中には言ってやりたい言葉で溢れ返っていたが、実際に音になることはなかった。その前にスペインが脚の間に、ずるり、と自身の性器を差し入れたからだ。

「あァ! な、なに……?!」

 腿の間にぬるりとした熱の塊が入ってくる感覚に、ぞわぞわと腰へ震えが這い上がってくる。ぴったりとくっつけられた脚の間には隙間がなくて、肉が押し広げられている。その狭間に埋めているのだ。それも一度射精して、すっかり濡れそぼったスペインの性器を。

「はぁ……やっば、これほんまに入れてるみたいや……」

 肉に包まれる感覚が実際の挿入と似ていて気持ち良い。そううっとりと呟いたスペインが腰を引いていく。半分ほど抜いたところでまた押し入れられた。と、その拍子にロマーノの双袋が先端で突かれて思いがけない快感をもたらした。ひぁ、と喉の奥で短く悲鳴を上げるが、体内に埋めている時とは違い傷つける心配がないせいか、スペインの動きにも遠慮がない。何度か繰り返しているうちに、腰の動きが速くなっていく。

「やめ、ぇ……スペイ、ン……ぅ! これやぁ……っ、あ、あぁあ」
「大丈夫やで……ロマ、はあ。絶対、入れへんから」
「ちがっ……ぁ、あ……んぅ……ふぁ!」
「あかん……これむっちゃ気持ちええ……!」

 それならいっそ入れてくれと思わず口走りそうになって、必死で歯を食い縛る。先ほどの強烈な快感とは打って変わって正気を保っていられるだけの緩やかな刺激に羞恥が込み上げてきた。客観的に今の自分が取らされている態勢を想像したら堪らなくなって、思わず膝に力が入り内側へと寄せてしまう。もぞり、と内腿を動かすと、間に挟まれたスペインの性器を思いがけず刺激したようだった。

「はっ、ロマーノ……!」

 耳元で聞こえた低い声に、懲りもしない体は一層熱を帯びる。これではまるで生殺しだと泣きそうになりながらシーツを握りしめて、ひたすら背後から突かれる衝撃に耐えていた。

***

 翌日ロマーノが目を覚ましたのは、正午を過ぎてからだった。夢を見ていた記憶もないほど熟睡していたらしく、気が付いたら窓の外が明るくなっていたのだ。寝ぼけ眼をこすりながら上半身を起こすが、泣きすぎて頭が痛いし、何となくまぶたも腫れぼったいような気がする。これでは前回の逢瀬の二の舞だと頭を抱えたくなったが、あの時とは違ってベッドは整えられ、ロマーノの体も綺麗に拭われている。誰がやったのかなんて考えなくてもわかるが、その間全く目を覚ますこともなかった自分に舌打ちをした。

「……ちくしょー」

 階下からは洗濯機を回す音が聞こえてくる。外は良い天気だ。絶好の洗濯日和だろう。

「あ、ロマーノ。起きたん?」

 不意に扉が開いてスペインが顔を覗かせた。その表情には昨夜の名残りは見えず、すっかりいつも通りのようだった。憎たらしいぐらいの爽やかな笑顔で、何か食える? と訊ねてくるのに苦々しい視線を向けた。

「……食う」
「朝メシっちゅうか、もう昼過ぎやけどな。パスタでもええ?」
「おう」

 起き抜けに重い、なんて言葉はロマーノの辞書にはない。食べられるものなら有り難くいただく方針だ。そう頷けばスペインが目を細めて、ほな用意してくるわー、と左手をひらひらとかざした。
 昨夜あれだけ動いたのにピンピンしている様子の彼に、はあ、とため息が漏れた。やはり日頃の運動量の差なのだろか。ロマーノだって畑仕事や庭の手入れをしているから、全く何もしていないわけではないはずなのに。
 ベッドの上でひとり、ちぎ、と悔しがっていると、再び部屋の扉が開いた。

「あ、そうそう。ちゃあんとゴム買ってきたから! メシ食ったらいっぱいセックスしような」
「はあ?!」
「今朝買ってきてん」

 言いながらスペインが指をさすので、サイドテーブルのほうを見やった。ベッド横のサイドテーブルは七十年代から使っている年代物で、ところどころに傷が入っている。しかし縁のあった家具職人が作ったもののようで、現在に至るまで家主によって手入れされ、何度か修理をしながらも大事に使われてきた。そんな思い入れがあるらしい家具の上に、これみよがしにローションとコンドームが並べられている。ロマーノが思わず目を見張るのも仕方のないことだった。

「な、え……つーか、おまえ、一体何時から起きてんだよ!」
「十時ぐらいかなぁ! 何か落ち着かんくて何度も目ぇ覚めてもうて」

 だからと言って朝から買いに走る必要はないだろう。ロマーノが起きてから一緒に行ったって良いぐらいで。
 しかも並べられた箱は一つではなかった。徳用の大きな箱を六箱も重ねて、さらに一箱は開封されていてわざわざ中身を表に出してきている。ロマーノに見せつけるかのように並べられた連なった個包装のそれからはプレッシャーを感じてしまう。昨夜儘ならなかった分、今日は……ということなのだろうか。

「……ばっかじゃねぇの」
「そんなんわかってるやろ?」

 すかさず返ってきた言葉に、ああそうだったな、お前はそういう奴だったよ、と呆れた。ストレートな嫌みのつもりだったが、わざとか何なのか、おおきにー、と能天気な返事が返ってきてさらに毒気を抜かれる。しかしまあ……。

 まあ、良いか。スペインだしな。

 自然とそんな気になって、一度大きく伸びをしたロマーノはのろのろとベッドから降りた。それをスペインが幸せそうに見つめるので、細かなことがどうでも良くなってくる。彼の締まりのない笑顔にはそういう効果があるのだ。

「とにかくメシだ、メシ! トマトのっけたやつにしろよ!」
「りょーかい」

 畳んであった下着を履いて寝室を出る。そうしてスペインとふたり連れ立って、キッチンへと向かった。

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