縛られたいの!

 ロマーノの両手首を纏めてベッドにくくり付けた。じろりと睨みつけられるが、目尻を赤く染め羞恥に眉を下げた顔で凄まれてもこわいはずがない。むしろ不安に揺れそうになる瞳を必死で隠して気丈に振る舞う向こうっ気の強さが可愛らしく映り、うっそりと目を細めて笑った。
 ベッドの上で衣服を全て剥ぎ取られ、全裸でバンザイをさせたままの体勢で固定されたロマーノは、身を捩って少しでもスペインの視線から逃れようとしている。そういう態度が男の嗜虐心を煽るのだと気づいていないのだ。抵抗にもならない抵抗は攻略し陥落させる愉悦を増幅させるだけだった。
 ふつふつと込み上げてくる興奮を隠しもせず、いささか手荒な仕草で腿の裏を掴む。さすがに焦ったロマーノが声を上げる。

「なっ何……やだ、離せって!」
「口ばっかり。ほんまは期待しているくせに」
「……っ!」

 そのまま両脚を開脚させるように押し上げる。腰が浮くほどに脚を折り曲げると、あまり自由のきかない体勢が不安になったのか彼のつま先がもぞもぞと動いた。

「ほら、ロマーノの勃ってきたで。何もしてへんのに、見られて興奮した?」

 首をもたげるロマーノの性器が、スペインの不躾な視線に晒される。隠すもののないそれを意識すると余計に熱が集中した。もはやごまかしがきかないほどに成長したそれに、スペインが喜色の声を上げる。一層羞恥を感じたロマーノは咄嗟に顔を背けた。

「……つ、ッ」

 ロマーノを縛る縄が一層きつく締まった。思わず顔をしかめると、スペインの指先が手首を労るように伸ばされる。

「ああ、暴れたらあかんよ。動いたらきつくなるように縛っとるから」
「……人のこと荒縄で縛るたぁイイ趣味してんじゃねぇか」
「この状況でようそんな強気に出られるなあ。擦れて痛いやろうに」

 そうさせているのはスペインだと言うのに他人事のように呟いて、両脚も縄で縛っていく。まずは右脚。膝上に縄を通してベッドヘッドの柵にくくり付ける。脚に縄が食い込んで血を止めないよう、縛り目を噛ましておく。このあたりは船で大海に出ていた時の経験だ。簡単には解けない縛り方も知っているし、それを手早く行う技術も身につけていた。左脚もどうようにすれば開脚させたまま固定される。

「へんたい……っ」

 ロマーノの罵る声は弱々しく、説得力に欠けていた。何せ彼のペニスはスペインが縛り上げている間に興奮していたのか、先走りを溢れさせるほどに成長している。滴り落ちたそれがシーツを濡らしているせいで、一部分だけ色を変えているのが卑猥だ。

「どっちが。ここ、ひくついてんで」
「…………」
「もうほしいんちゃうん?」
「ぅ、あ……ぁ」

 粘つく透明な液体を指に絡ませて、奥の窄まりに塗りつけた。それだけで快感を知るそこは物欲しげにひくつき、スペインの指を誘い込むように収縮してみせる。ロマーノにもそれは自覚できたのだろう。彼はまつ毛を震わせてぎゅうっと目をつむった。
 スペインは人の悪い笑みを浮かべながら、指を中に潜り込ませていく。まずは中指。指一本ならば大した抵抗もなく収まる。ロマーノの体が期待にわなないたのを合図に中をかき混ぜるとベッドが軋んだ。彼のつま先が宙を蹴り、縄が締まったのだろう。ロマーノは苦悶に眉をひそめるが、その性器が萎える気配はない。むしろスペインの指をきゅうきゅうと締め付けてきて、彼の興奮を伝えてきた。
 さらに指を増やして中を押し広げていると、切羽詰まった声で呼ばれた。

「〜〜〜っ、スペイ、ン!」
「何? どうかしたん?」

 もどかしげに身を捩ったせいで胸を突き出す体勢になる。そこもまだふれてもないのに、先端は赤く色づき突起は尖っていた。

「ああ、こっち?」
「んぁああ……ッ! ち、ちが……ン、ァ……!」

 乳首をぎゅうっと摘み上げると、涙をはらはらと流しながら悶える。もどかしげに眉根を寄せて何かに耐えるロマーノの表情が艶かしくて、背筋がぞくぞくする。
 スペイン自身、呼吸が荒くなり熱を帯びていることを自覚しながら、さらにロマーノを追い詰めるように指を動かす。

「ぅ、あッ……あ、ァ、ンん……っふ、ぅ」
「もう欲しいんちゃうん?」
「っふ、ぅ……ぅ」

 浅いところまで指を引き抜き、もったいぶった刺激を与えれば恨みがましい視線を向けられる。しかし直接言葉でねだるよう仕向けるスペインに素直に従うのはまだ抵抗があるのか、ロマーノは唇を一文字に引き結んだ。この期に及んで強情な態度に焦れて、胸を弄る指先に力をこめすぎてしまった。

「ひっ……ァ、あぁ……ッ!」
「なあ欲しい?」

 胎内に埋めている指の存在を意識させるように動かすと、スペインに舌を見せつけるように乾いた唇を舐めてみせた。

「……ッ、した、いのは……っ、お前のほうだろ、スペイン」

 にやりと口端を釣り上げて笑う不穏な笑みにわかりやすく煽られて、スペインは自分の下腹部に血が集まるのを感じた。窮屈なジーパンを押し上げる自身は興奮しすぎて痛いぐらいだ。一体なぜこんなにも魅力的な彼を目の前に、ずっと我慢を続けているのかわからないぐらいに、そこは腫れ上がっていた。

「お前なあ、この状況で何言うてんの」
「はっ、物欲しそうな顔してるぜ」
「まあ俺の、こんなになってもうてるし」
「あっ……! 押し付けてくんなって、こんの、遅漏野郎ッ」

 性急に下衣を寛げると、パンパンに張りつめたそれを取り出してしとどに濡れそぼった窄まりに宛てがう。背中を丸めて顔を覗き込んだ。至近距離で睨むように見つめ合った瞳が熱に溶けている。

「その親分の自慢の遅漏が早漏になってまいそうやねん。せやけどロマはまだ全然余裕そうやね。せやったらちょっと無理しても平気やんな?」
「ひっ、ぅあ……っ! ちょ、あ、まっ……あァああ―――ッ!」

 そのままぐっと腰を押し込んで一気に貫く。慣らしていたおかげで中は程良くぬかるんでいて、ほとんど無理なく挿入を果たせた。中は想像していた通りの熱さだ。包み込むようにスペインの性器を迎え入れた内壁が、搾り取る動きでうごめくのが気持ち良くて目まいがする。

「はっ……あ、っく……ぅ」

 不安定な体勢ながらロマーノの腰がゆらゆらと揺れる。その度にベッドヘッドに固定された縄が軋むので、だいぶきつく締まっているのではないだろうか。しかしロマーノは痛がるどころか、その拘束にさえ興奮しているかのように中を締め付けてきた。
 痛いのは嫌いだと言っていたくせに、とんだ被虐嗜好だ。スペインは自分の下で思う様、昂ぶりを見せるロマーノをもっと激しく攻め立てたくて、衝動的に腰を強く掴んだ。

「ひっ、あ……ッ?! ぁ、あ……ンぅ、あっ、はァ、そこ、あ……ャっだ、ぁあ」

 そのままロマーノが動かないように固定すると、自身を奥深くまで挿し込んではギリギリまで腰を引く。角度的に悦いところに当たるのか、ロマーノは目を見開いて喘いだ。それがさらにスペインの理性を削り取り、一層攻め立てが激しくなる。

「ぁあ、ぅ……やだぁ ! あ、や……ァ! きもち、い……や!」
「ロマーノっ、ロマ……ッ、はあ、お前を今気持ち良くしてんのが誰かわかるか?」

 子どものようにいやいやと泣きじゃくるロマーノの耳元に唇を寄せて熱い息を吹き込む。ロマーノは必死になって頷いてみせるが言葉が上手く出てこないようだった。それを戒めるように腰を引く。浅いところで小刻みに抽送を繰り返しながら、同じ質問をもう一度した。

「ロマーノを気持ち良くしてんのは誰?」
「っは……ァ、スペイ、スペイン……ッ」
「せやで。お前をこんなに良くできんのは俺だけやから、忘れたらあかんで」
「うんッ、はあ、ァ、ぅう……スペインだけ……ッ!」

 だからお願い。

「も、っはあ……ほしっ、スペインっ! もっと、お願い」

 体の自由もきかず泣きはらしながらもスペインを求めてくる姿に、ようやく破壊的な衝動が満たされた気がした。もちろん、この程度で収めるつもりは全くないのだが。
 せっかく縛り上げたのだし、気の向くままにこの体を貪ってやりたい。悪い思考が頭を過る。

「ええよ、ロマーノが好きなだけあげる。せやからもっと可愛え姿見せたってな」
 
 意地の悪い顔で笑うスペインの思惑をロマーノがどれだけ気づけているかはわからないが、彼は涙をこぼしながらも嬉しそうに微笑んでスペインの名を呼んだ。
 
 
 
 
 
 という夢を見たんだ。
 ベッドの上で上半身を起こしたスペインは自分の手のひらを額に押し当て呆然とした。窓から差し込む朝の陽射しが眩しい休日。時計を見やれば起床には早い時間だった。
 夢で良かったと安心するべきなのか、なんだ夢だったのかと残念がるべきだったのかが判別つかずに唸ってしまう。それにしてもやけに濃厚な夢だ。

「……せやけど俺そんな願望あったん?」

 恋人のロマーノとのセックスで、そんなSMじみた行為を強いたことは一度もなかった。プレイの一環として軽く拘束したことはあるが、それはあくまでも戯れでしかない。痕として残らないよう柔らかい素材のリボンで、自力で解けるような緩いものだった。
 あんな荒縄でギチギチに縛り上げて辱めることなんて望んだこともなかったはずなのに、夢から覚めたスペインの体は熱を孕んでいて生理現象では説明のできないぐらい下半身が反応を示している。
 それとも無意識下に欲があったのだろうか。
 確かにロマーノはへたれで泣き虫なわりに強情っ張りで、常々泣かしたくなるとは思っていたが……。いや違うんです、それは単に気持ち良くして自分に夢中になっているロマーノの泣いている姿も見てみたいというだけで、本気で悲しませたり傷つけたり、ましてや辱めたりする気はなかったんですほんまに断じて。

「せやけど夢って、フロイト的に言えば願望……」

 サァっと青ざめそうになる。夢の中のロマーノは縛られても強気な姿勢を崩さず、むしろスペインを煽っていたが実際にあんなことをしようものなら泣かれて嫌われるのが目に見えている。最悪、もう別れる顔も見たくないと怯えられるかもしれない。
 例え潜在意識でのことだとしても、スペインにそんな性癖があるなんて思われたら堪らない。

「いやいや、実際に俺の性癖はそんなんちゃうし……それに夢は夢やで」

 今までだって散々おかしな夢は見てきたではないか。きっと日中の様々な記憶が変に結びついてしまって、カオスな夢になっただけのことだ。いちいち願望だの潜在意識だのと思って振り回されていてはキリがない。

「せや、これは夢や」

 だからスペインは自分の夢をなかったことにした。
 
 
 
 一方、ロマーノも同じ夢を見ていた。

「ヴォアアアア……ど、どうしたら良いんだよ、ちくしょー……」

 いつも情けない顔でへらへら笑っていてロマーノにはとことん甘いスペインが、ロマーノの手足を縛り上げて攻め立ててきた。いつもよりもサディスティックなスペインがにやりと笑うのにぞくぞくしたなんて、きっと本人には一生言えないだろう。そう、性質の悪いことにロマーノは夢の中のスペインにときめいていたのだ。

「か、かっこよかった」

 強引なスペインはロマーノがいくらもう無理だと泣いて訴えても放してはくれず、執拗に追い詰めてきた。快感と混乱でわけがわからなくなり、昂ぶりすぎて意識を飛ばしても無理やり起こされて気持ち良くされる。自分には被虐嗜好なんてなかったはずなのに、それに興奮したのは事実だ。

「……荒縄はさすがに痛いかな」

 あまり痛くない紐なら……スペインは器用だし変なところで知識も豊富だから、意外と何とかできそうな気もする。
 いやいや、そもそも夢のように縛ってくれなんて頼んで泣かれたりしないだろうか。ロマーノが変な性癖に目覚めた! 俺のせいなん? ごめんなあロマーノ〜〜!! なんて泣きつかれたら恥ずかしさで死ねる。
 セックスのプレイで拘束されることもあるが、せいぜい柔らかいリボンでゆるく結ばれる程度だ。あれがスペインの限界だとしたら、やはりSM趣味なんてないのだろう。

「でも、ちょっとぐらいなら……ちぎぎ」

 しかし夢で見たあれを諦めるには惜しい。何とかしてスペインをその気にはさせられないかとロマーノは頭を悩ませるのだった。

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