片恋ペイン

Q. 好きな人にアプローチしても全然意識してもらえません。恋愛相談だってされちゃいます。どうすればこの気持が伝わりますか?

A. 特に控えめな日本人に多いのですが、自分ではアプローチしているつもりでも、他の人から見ると実はそれほどでもなかったりするものです。好きだと気づかれたら恥ずかしいだとか、迷惑がられるかもとか、そんなことをいちいち考えてはいませんか? ましてや恋愛相談もできるほど親密な相手では、ちょっとボディータッチを増やしてみたりバラくわえてデートに誘ったりかっちょええところをアピールしたぐらいでは、なかなか意識してもらえません。こっちは特別中の特別、お前以外の誰にそこまでカッコつけるんや! と決死の覚悟でアピールしててもまあそんなもんです。だから、もしかしたらあの人に気づいてもらえるかも……なんて甘い期待をしてはいけません。考えてもみてください。人と人は所詮他人、言葉にしていないことは伝わりません。俺もよく鈍感だ空気読めないだと言われるけど、そんなん言われてもエスパーじゃないんだから察するなんてできへんやんなあ。だいたいなあ、あれがプロポーズやなんて思わへんやん……三食ひるねパスタなんていつものことやん……あれってほんまにそういうことやったんかな。それやったらもっかいやり直させてほしいわ……あーでももう俺のことどうでも良いんかな。最近妙にそっけないし、愛想つかされてもうたんかも……え? 相談? えーと何の話やったっけ? ああ、そうそう。つまりアプローチは直球ストレートが一番です。はっきり好きと言うぐらいじゃないと伝わりません。ちなみに俺は何度も好きやと言っているし、かわええーかっこええー守ったりたいーと言いまくっているけど全然気づいてくれへんで。何百年も一緒にいてもカッコいいところなんて見たこともないらしいわーあんなにアピールしてきたのになあ。それどころか、こないだなんか観光客の女の子たちを家に連れて来て、闘牛見せろって言い出してなあ……ははっ親分のほうがぶるんぶるんぶおーやんなあ。ちゅーかあいつ俺のこと何やと思っているんやろ。〓〓〓〓にとっての俺って何なん? なあなあ、何なん? 〓〓〓〓! 俺のことどう思っているん?!
 
 
 
「まーた今回も荒れてるねぇ、アントーニョ・ヘルナンデス・カリエドの情熱! 恋愛指南室。……お前が指南される側だろ」
「何か言った?」
「いや別に何も。なあ、これって編集されてるんだよね?」
「後半八割以上はカットされてんなあ」

 ここからさらに続く八割。考えただけでぞっとする。

「まあね、俺から言わせればそもそもお前に依頼する編集もどうかって話さ。なーにが情熱的な恋愛の達人だよ。生まれてこの方ロマーノにしか恋したことないのに。しかも実ったこともないくせに」
「何やねん、わざわざ塩を塗り込まんでもええやんか」
「塩じゃないよ、事実だよ。ジ・ジ・ツ」

 うぐ、と黙り込んだスペインを見やって手にしていたページを捲った。表紙をひっくり返すと可愛らしいモデルの女の子と『Good Priceのマストバイアイテム50』だの『Happyガール!うきうきクリマスホリデイ』だの『女の子の欲しいを叶える欲張りメイク』だのといったキャッチコピーが所狭しと並んでいる。どことなく毒のある配色はウィンターシーズンを謳うには合っていない気もするが、慣れるとこの無秩序さこそ可愛いように見えてくるから不思議なものだ。

「今月も派手だねぇ」

 モデルが着ている服は色も柄も落ち着いているのに、誌面いっぱいに何でも詰め込んで色を溢れさせたがるところは相変わらずだ。自国にはこういった雑誌はない。ついでに言えばスペインにもない。この雑誌が発行されている、遠い東の島国ではよくあることらしいが。
 彼らには彼らのセンスがあるし、そういった文化だと聞いている。それが悪いとは思わないが、しかし敢えて助言させてもらうとすれば。

「やっぱ日本には英語じゃなくフランス語を教えるべきだったと思うんだよね、お兄さんは」

 ここに英語が並ぶ事実すら苦々しい。何かと各地への影響力を誇る似非紳士の高笑いが聞こえてくるようだ。

「そんなん、『うきうきクリマスホリデイ』が『恋と欲望のバカンス』に変わるだけやろ」
「良いじゃん、恋と欲望のバカンス! 最高! お兄さんもスペインの家なんかで燻ってないで、マヨルカ島にでも行って羽を伸ばしたーい!」
「あーはいはい。マヨルカ島なあ……」

 興味のなさそうな顔で真面目ぶっているが、彼だって状況が変わればいそいそとロマーノを誘ってバカンスに出かけているに違いない。何せこの雑誌に恋愛相談コーナーを持っているのはスペイン本人なのだから。
 読者からの恋愛相談に情熱的なラテン系代表のスペイン人が答えるというそのコーナーは、ステレオタイプな企画のように見えるが実際は答えているうちに想いの丈が爆発していく『アントーニョ』の有り様が面白いのだと言われている。恋愛において百戦錬磨だろうラテン男の意外な一途さが好評を得ているのだと聞いたが、当の本人を知っている身としては複雑なものだ。

 何と言うのか、あまりに居た堪れなくて。

 アントーニョ・ヘルナンデス・カリエドことスペインの想い人が誰かを知っているからだろう。その相手のこともよくよく知っている。その恋愛模様を客観的に面白がるには彼らとの付き合いが長すぎた。
 答えているほうとしてもどうなのだろう。改めて己の恋の不毛さを突きつけられて心折れそうになることはないのだろうか。

「お前の片想いってもう何年?」
「……そこに書いてあるやろ」
「あ、そうか。年じゃ利かないんだよな。百年単位だから。じゃあ聞き直すけど何世紀だっけ?」
「…………」

 これがまた当事者には全く伝わっていないのだから報われない。見ていて呆れるほどだ。

「人の恋愛相談になんか乗ってる場合じゃないのにね」
「別に相談に乗っているわけちゃうもん。編集しているやつが、こういう話があるんですーって言うてきて、コーヒー飲みながらだらだら俺と話した内容を勝手に雑誌に載せているだけやで」
「ああ、なるほど。だからだんだん熱が入ってくるのか」

 だとすれば、この男を雑誌の担当編集者に紹介したのは日本なのだろうか。
 いいやそれはちょっとおかしい。確かに子どものような見た目とは裏腹に食えない国ではあるが、そこまで悪趣味なことをする男ではないし、何よりスペインの深淵を全く知らないわけでもないようだった。それをわざわざ突き回すような企画を立てるなど、些か過干渉な気もする。
 今度会った時にでも聞いてみるとかとため息をついて、持っていた雑誌をマガジンラックに立てておいた。毎月送られてくるらしく、スペインの家には似合わないカラフルで賑やかな表紙が何冊か挟まっていた。定期的に処分しているのか去年のものは見当たらないが、送られてきた端から捨てているわけでもないのだろう。

「ロマーノは知っているの?」
「何を」
「お前が日本の雑誌で恋愛相談コーナーを持ってること」

 これだけ雑誌が置いてあれば不審がって聞いてきそうなものだが、知っているにしては赤裸々なことを書いている。読めばすぐにスペインの気持ちもバレそうなものだ。しかし彼は意外な返答を寄越してきた。

「さあなあ、俺からは言ってへんけど」
「え、なんで?」
「なんでも何も絶対言われへんやろ! 笑われて馬鹿にされるわー」
「……俺たちに笑われるのは良いのかよ」

 まあ良いけど。

「でも送られてきた本はいつもそのへんに置いているじゃん。よく変に思われないね。いくらロマーノが元親分そっくりの鈍感だからって、さすがに日本の女性向け雑誌があったら何か聞かれない?」
「あ、いや、それは」

 言ってスペインがあたふたと立ち上がりマガジンラックの前に立ちはだかる。不自然に逸らされた視線、その先を見やって、ああ、と頷いた。

「あの子が来る時は隠してんのか」

 彼らしくもない意外なマメさだ。そのロマーノにかける情熱の、ほんの一欠片でも良いから他のことにも向けてほしい。ドイツの苦労が偲ばれる。

「隠しているわけちゃうよ! ただちょっと書斎に片付けているだけや」
「ははあ、なるほど」
「まあでも口止めしているわけちゃうから俺以外の誰かから聞いて知っているかもしれへんけど」
「それはないでしょ。ロマーノがお前以外とそんな話するとは思えないし」

 フランスとは顔すら合わせてくれない。ちなみにそれはプロイセンやイギリスも同様で、ドイツに至っては呪詛を吐かれるらしい。スペイン以外の男に良い顔を見せないのだ、あの子は。

「このこと知っている奴でお前以外とはまともに話さないじゃん」

 今のところ『アントーニョ・ヘルナンデス・カリエドの情熱! 恋愛指南室』のことを知っているのは限られた者だけらしい。その中でロマーノが話をしそうな相手は彼の弟ぐらいしかいないが、イタリアは随分前に静観を宣言しているので、わざわざこの話を通しているとは思えない。
 ところが優越感を見せても良いようなフランスの言葉にもスペインは苦い顔をしてみせた。

「さあどうやろね」

 彼らしくもない皮肉げな仕草で肩を竦めて、面白くなさそうに片頬を上げた。何だか、あまり良くない傾向だ。表情に余裕がない。

「日本とは仲良えから知っているんかも。お茶友達なんやって。俺のおらんところで楽しそうにしとったわ」

 これまた随分らしくない物言いだ。いい加減そろそろ重症なのかもしれない。

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