嗚々、儘ならない

 きっかけはすごく些細なことだ。

「お前はMだろ、ドMだ。ヘンタイ」
「俺、Mちゃうよー」

 スペインの自宅でだらだらと酒を飲み、テレビを見ながら下らない話をしていた。へらっとした返答に笑って、スペインが用意した今年の一番だという白ワインと、手作りのタパスをつまんだ。俺の機嫌をとるには、美味い酒に美味いつまみがあれば充分だ。
 リビングにある三人掛けのゆったりしたソファは革張りで、やや古い型のものだ。何十年と見慣れたそれに体を預け、お気に入りのクッションに凭れかかる。半分寝そべる体勢で喋る、その気を張らない感じが心地良い。

「こう見えても親分、ドSやでー。たぶん」
「たぶんかよ。大体、お前のどこにS要素があるんだか」
「ありまくりや!いじられるよりいじる側やからな!」

 いじられるのもおいしいんだろ、と言って声を上げて笑う。どうやら今日は、随分とタガが外れているようだ。何となく自覚をしながら、けれどおかしくて仕方がなくて、そうして楽しい。そういう二人しかいないし、誰に聞かせるでもない他愛のない会話を楽しんでいた時だった。
 段々と話が逸れるに従い、互いの性癖の話になっていたのはなぜだったか。

「俺はそういうのあんまり興味ねーな。普通が一番だろ」

 酒が入って男同士となれば、下らないことで騒ぐか、それしかないとは言え、俺には特別語るべきマニアックな性癖はない。好きな女性のタイプであるとか、何フェチだとか、そういうのなら興味もあるのだけれど。

「えーそうなん?誰やってSかMの要素があるんやで」
「痛いの嫌いだし……、セックスの時に苛めて喜ぶ性癖はねぇよ」
「じゃあ、ロマはきっとMやね!」

 爽やかな顔をしてさらりと言うスペインの良い笑顔を、思い切り顔を顰めて睨みつけた。

「興味ねーっつったろうが」

 本当に自分の性癖、と呼べるほどのものを自覚したことがない。スペインは何かと変わったことが好きみたいだが、今まで至って普通のセックスしかしたことがないし、世間で言われるような、ちょっと変わったプレイじみた願望もない。

「わからへんでー。今までやったことないから気づいてないだけちゃうん?」
「SMなんか興味ねぇもん。大体俺がMになったら、MMカップルになるだろうが」
「それは大丈夫!」

 へらっと笑う。あ、嫌な予感。

「俺はドSやから、ちゃんと満足させてあげれるでー」

 任せて!という彼に、一体何を任せればいいんだと頭を抱えた。
そうだ、スペインはろくでもないヘンタイだった。人の良さそうな笑顔に人当たりの良い物腰。普段はそういう差し障りの無い人柄で評価を得ているのに、時々どうしようもない。

(ていうか、アホだよな)

「はいはい、俺は今でも充分満足ってか、これ以上どうこうっていうのには興味ねぇんだよ」
「えー……」

 むう、と不満を描いた顔をしたスペインを適当にあしらってグラスに口を付けた。甘く香る口当たりの良いそれは、いつもつい飲み過ぎてしまう。
 話を終わらせようとしたのに、スペインはロマーノーと情けない声で名前を呼んできて、顔を上げさせる。なんだ、と言う前に唇にふれるだけのキスを落とされた。
 スペインが上目遣いで伺うように、でも、と呟いた。でも、興味あらへん?

「まあ、なんだ。俺は痛いの嫌いなんだよ」
「俺も痛くするのはあんま興味あらへんなあ」
「じゃあ、SでもMでもないんじゃねぇの?」

 意地悪く問えば、いやあ、そういうのじゃなくって精神的なのが好きやから、とわけのわからないことを言い出した。

「じゃあ、どういうのだよ」
「えーと、例えば……縛ったり?とか」

 さっと反射的にスペインから離れた。
 こいつは何を言っているのだろう。信じられないとスペインを見上げた。その反応を見て、ようやく不味かったと気付いたのか、慌てた様子で、いやちゃうねんと何やらフォローを入れ始める。

「ちょっと手を動けんようにするとか、目隠ししてみるとか、そんぐらいの話やで?」
「ねーよ!」

 一蹴して、自分は付き合わないぞという態度をとってやる。いくら恋人でも、いくら好きな相手でも。できることとできないことがあるんだ。

「いやいや、案外試してみたら楽しいかもしれんやん」

 ソファの上に膝立ちになったスペインが、顔を赤くして早口で捲し立てる。俺やって初めはないなー思ってたけど、とか、みんな大げさに捉えすぎやねん、そんな縛り上げて蝋燭でどうとかするとかそんなんとちゃうで、とか。
 長い言い訳を聞いていると、不意にある疑問に思い至った。

「やったことあんのか?」
「え?!あ、いや、ないよ!」

 さっきの必死な勢いからでは、あまり信用できず、ふうんと疑いの目を向けてやった。

「いやいや、ほんまに全然ないよ!ロマと付き合ってからはロマ一筋じやし!」
「別に、俺は女の子に普通に声かけるけどな」
「えー、そんなんありえんわあ」
「まあ、縛ったりしたことはねぇけど」
「いや、それは、俺もないで!」

 ふーん、へー。そう。お前も初めはないと思ってたんなら、何がきっかけだったんだよと。
 目を細めて、スペインを見上げれば、うっと詰まったような態度で力なく首を横に振った。別にいいんだけど。別にいいのに、何となく面白くなくて、ソファから這い出た。ぶすっとした顔をしているんだろうけど、酒で自制があまりきかなくて表情まで気を遣えない。
 カツカツと部屋を横切ってクローゼットを開け、ジャケットの胸ポケットに差したスカーフを取り出し、またソファへと戻った。柔らかく薄い布をぴんと張ると、まあまあの長さがある。

「ロマ?」
「うっせー」

 それっきり何も言わずじっとしているのをいいことに、でたらめにスペインの手首に巻きつけていく。ぐるぐる巻きにしてきゅっと布の端を結んで終えた。

「こんな感じか?」

 手加減なしできつく縛ったから、もしかすると解けないかもしれない。適当にやったとは言え、あんまりなぐらい不恰好に膨れ上がって仕上がったそれを、ぽんぽんと叩いた。

「ほら、こういうのが好きなんだろ」
「えー、親分されるよりしたいわあ」
「ワガママ言うな」

 きっと睨んで忌々しい手首に視線をやった。スペインはぶつくさ文句を言っている。不自由そうな手元を不満そうに動かそうとしているのを見れば、意趣返ししてやったようで、多少は気分がいい。
 まあ、でもなんだ。こいつに甲斐性がないと思われるようでは困る。たいていワガママを聞くのはスペインで、出会って数百年、俺は年中何でも言うこと聞きやがれなわけで、そういう趣味の奴に誘われたらころっと絆されるのかもしれない。だいたい恋愛で上手くいかない原因の半分はセックスの不一致だし。
 そうやってすごく複雑な気分でもって、その手を観察していると別にスペインの手が使えないぐらい、いいかなという気になってくる。たまに俺主導でやりたい時だってあるけど、いつだって絶対にスペインは譲らないし……、このままセックスに持ち込んでも悪くはないかもな。
 さっきのもやもやも晴れて丁度良いかもしれない。

「そうだな、俺はこのままやってもいいぜ」
「えー」

 困るわあ、解いたってー、と緩く言ってくるので却下して、ソファの上でシャツのボタンを外し始める。

「え、ほんまにこのままするん?!」
「したいんだろ」
「エッチはしたいけど、それはあかーん!」

 ボタンを3つ外すまではふわふわと笑っていたのに、黙々と進めようとする俺に危機感をもったのか、スペインが手を動かし始めた。手首を何度か回し、左右に引っ張ろうとする。

「な!お前、それ高いんだぞ!」
「大丈夫、破らへんで」

 そう言って笑うと、腕を前後に動かして手首を捻る。その様子を何となく眺めてしまったが、気が付くとスカーフは緩んでいてスペインが手首から抜いていた。あっという間に、縛ったはずの手が解放されて、俺は呆気にとられるしかない。

「なんだそれ!」
「ゆるゆるやん、全然あかんなあ」
「はあ?っていうか今の何だよ」
「ああいう巻き方したら、簡単に解けてまうで」

 そう言ってスペインが、からかうように笑った。あっさり挑発された俺は、カチンときて、じゃあどうしたらいいんだよ、という謎の売り言葉に買い言葉。やめとけばいいのに、スペインの掌に乗ろうとする。本当、やめときゃ良かったのに。
 んー?と曖昧な声を発しながら、スペインは俺の両腕を掴むとスカーフを巻いていった。ピンと伸ばした布の半分のところで腕に被せて、下から手首の間を通す。そうしてくるくるっとまるで造花でも作るみたいに器用に巻きつけて端をきゅっと結んだ。
 綺麗に巻かれたそれは、俺が結んだものより綺麗に仕上がっている。ぐっとむかついた俺は、スペインがやったみたいに腕を動かそうとして、……全く動かなかい。

「なかなか、ええ感じやーん」
「おっかしーぞ、これ。さっきお前どうやって解いたんだ?」

 俺がスカーフに気を取られ、何とかさっきスペインがやったみたいに解こうと格闘している間に、うーん解けへんと思うでー、と言いながらのしかかってくる。

「って、おい」

 ボタンに手をかけてきた不埒な手を睨みつける。

「先にこれ解けよ」
「ええー、このままやろうやー」
「やだ!」
「ええやん、ちょっとぐらい」

 にやっと悪い笑顔を浮かべて見下ろしてくる。影になったせいか、いつもより陰影をくっきりとした顔立ちが、男っぽい表情に見せる。スペインがいつもと違うスペインみたいで、もう一度、嫌だと言ったのに、その声は思ったより音にならなくて、その抗議の声は弱々しく響いた。

「かわえーなあ」

 纏められた手でスペインの胸を押すが、びくともしない。ガチの体力勝負となったら俺はたいていの国に負けてしまう上に、スペインはどちらかと言えば重量級だから、俺とスペインどっちが強いかなんて言うまでもない。それを気遣ってか子どもの頃からの癖なのか、普段は俺も遠慮無く小突き合いみたいなことをするのだけれど、いつも手加減してくれているから力の差なんて意識しなくても良い。そんな日常の中にいると、たまに本気出されれば、今みたいにびびるしかない。

「震えてんで、俺のこと怖いん?」
「んなわけあるか!やめろよ!外せ離せどけ!」
「そんなん言われても、素直にわかったーて聞けるわけないやん」

 そう言いながら顔を近づけられると、強い酒の匂いがした。酒くさいと眉を顰めても、ロマもやん、と笑われるだけだった。何とか空気を変えたくて、わざと声を上げたり空元気で頑張っているのに、ちょっと大人しくしといて、と手首をぐいーと頭の上で抑えつけられてしまえば、簡単に抵抗は封じられた。
 いよいよ、これはやばい。
 焦って暴れようとする俺にスペインが体ごと押し付けてきて、背筋がひやりと粟立つ。股に奴の膝が、押さえつけるように体重をかけてきて、右手で手首を、左手で肩を抑えられる。慌てて文句を言おうと口を開けば、言葉が出る前に唇で塞がれた。
 開きかけの口の中に舌が入り込んでくる。上顎を舐める舌のざらっとした感触に、ぞわぞわとした柔らかい羽根が素肌を上滑りしたせいで、喉の奥が鳴った。
 寝転がらされて、無理やり上を向かされれば、息が苦しくなって思わず呻き声が漏れる。色気も何もない苦しさだけの声だ。助けを求めるつもりで目を開いたら、間近にあったスペインの緑の瞳とかち合って、それが意地悪く笑うのが見えた。俺が苦しがっているのを、むしろ喜んでいるみたいな。
 こいつ、さいてーだ。
 言葉に出せない分を視線で訴えようとして睨み上げると、目をすっと細められた。舌をやけにやわやわと撫でられて、殺しきれない悲鳴が上がる。飲み込みきれない唾液が喉奥に絡まり苦しくて、助けを求めて藻掻いた舌に悪戯に触れられた。この体勢だと一方的に流れこんでくるばかりだ。

「……っう、ふ」

 隙を見て空気を取り込もうと、唾液を飲み干そうと唇を離そうとするのだけど、その度にむしろ興奮したスペインが唇を押し付けてくる。下腹部に擦り付けられた奴の股間を蹴り上げたくて力を入れるも、体重をかける力を増やされただけだった。
 舌の付け根をちろちろ舐められ、舌先を押し付けるように絡められる。段々とぼんやりしてきた頭では、これが気持ち良いのかどうかさえわからなくなって、けれど下唇にやわく歯を立てられると、腰に寒気と紙一重の快感が走った。
 その圧倒的にスペインが有利で、俺が翻弄されるだけの状態が続いてくると、なぜだかその事実を認識する程に脳髄が焼き切れそうな衝撃が走る。
 肌にかかるスペインの呼吸が荒い。いつになく欲情しているようだった。

「はっ、あぁ……」

 俺の体から力が抜けていくのに合わせるように、肩を抑えつけるのをやめた手が、シャツの中に侵入してくる。弱い力で滑らされるのを、いつもよりも鋭く尖った肌の神経が拾った。ぴりぴりと伝わってくるスペインの厚い掌が、脇腹を撫でて胸へと上り、肩を撫でた。
 瞬間、ぞわりと。悪戯に擽られた時のような鳥肌が立った。

「うっ……はぁ、はぁ」
「……もっと色気ある感じで喘いでや」
「誰がっ……、んぅ」

 聞いたことのない低い声で囁かれて、顔を背ける。いつものスペインじゃないみたいな顔を見ていられなかった。俺は抵抗はやめたというのに、手首は相変わらず強い力で押さえつけられていて、その理不尽さに背筋が粟立つ。

「うっ……っ、んっ……っ」

 それに引きずられるみたいに、スペインが肩を撫でる手を行ったり来たりさせるだけで、腰が何度も跳ねてしまった。ちりちりと燻るみたいに気持ち良くて信じられない。鎖骨や二の腕をさすったり、悪戯に動かされていく手が肩に触れると、もどかしいようなもっと触って欲しいような快感が感じられて、一体自分はどうしてしまったのだろう。
 そう言えば。
 前にやった時は、今まで触られても擽ったいだけだった胸が、なぜか撫でられるだけで感じるようになってしまって、しかもそれをスペインに気付かれて、何度もしつこく触られたのだった。触られすぎて充血したみたいに赤くなった乳首を、愛撫したり舌で舐めあげたり、かと思えば痛いぐらいの力でつまみ上げられて、痛みで鋭敏になったところへ更に擽るように撫でられる。もうやめてくれと何度も懇願したのに、うーんとか、うんとか、全く聞く気のない返事で繰り返されて、最終的には訳がわかんなくなって、卑猥なことをいっぱい叫んでいたような気がする(というか、スペインの前で自分で抜いてしまったのだ。そのせいで、その後も言葉責めという屈辱のセックスをするはめになった)。
 今回も、そんな目に遭ったら俺は終わる。何せ手が使えないのだ。意地悪されることは想像に難くなかったから、肩のことがバレないよう、他のところでも同じような反応を返してみる。

「ふふ、まあ、喘がんくても、えろいんやけどね」

 いつもより反応ええね、とか、ほんまは強引にされるん好きなん?とか、そういうことをわざと言ってくる。普段からこいつは恥ずかしいことをわざわざ言ってくるが俺はいつも嫌がっている。今回も否定したくて振り返れば、興奮して溶けきった瞳とかち合った。
 当たり前に男の顔をしたスペインがいた。獰猛で、いつもの印象より少し若い。普段の温和な表情とは180度違う、眉根をきつく寄せた険しい表情で不穏な笑みを浮かべている。そんな顔で俺のことを熱心に観察していた。

「お前っ、ほんと、趣味わりーな」
「褒め言葉やで」

 空気を変えるための軽口は、肩を撫でられたせいで思わず嬌声が上がってしまい続けられなくなった。口をきゅっと閉じて、スペインの手から意識をそらす努力をした。肩なんて、いつもは何とも思わないのに、今日はやけに感じてしまう。こんな変なところで感じるだなんて聞いたことがない。けれど触れるか触れないかの、羽のようなささやかな接触にいちいち刺激された。自分はどれだけやらしくなってしまうのだろう。
 気を逸らすために頭を横向けて頬をシーツに押し付ける。

「なあ、肩気持ちええのん?」

 違うと言って頭を振った。髪がぱさぱさとシーツを叩く。ふうん、と言ったスペインが納得してくれたのか首や顎へと手を移動させていく。もどかしいような強い快感が遠ざかって名残惜しいような気もしたが、少しほっとして力を抜いた。鎖骨をなぞった指先が細かく踊っていくのを、じっとやり過ごす。それも束の間、また意図をもった掌が肩を撫でた。

「んぁっ」
「……気持ちええねんな」

 やけに嬉しそうなスペインの声が低く響いた。

 段々と意識が朦朧としてくる。相変わらず左肩ばかり撫でられ続けている。触られるほどに神経が鋭くなっていくみたいで、誤魔化しのきかないほどに気持ち良い。いってしまうには緩いのに、ただ肌を撫でられているだけにしては強烈な快感が断続的に続く、その事実がこんなにも理性を奪っていくなんて思ってもみなかった。
 いつのまにかボタンは全て外されていて、シャツを完全に開かれ、胸はあらわになっていた。わざと乳首を避けているのか、スペインは乳輪の周りを執拗に舐めていて、触れられてもいない中心が痛いぐらいに立ち上がっているのを感じる。ああ、男でもこんなになるんだな。じんじんとするそれが取れてしまうんじゃないかと不安になるぐらい痒くて痛い。
 しかし、こいつは楽しいんだろうかという疑問がぼんやりと浮かぶ。どれぐらい時間が経ったのかは知らないが、スペインには何もしていない状態だ。柔らかくもない男の胸をひたすら舐める男。言葉だけだと可哀想である。

「はぁっ、んん、うっ、も、やだっ」

 これの終着点が見えなくて暴れようと体を動かす。手首を押さえつけている力は弱まらず、むしろスペインの興奮度合いで強くなっているような気がする。肘から先がもう完全に痺れてしまって、離されてもきっと動かせないだろう。ジーパンがきつい。緩めて欲しい、触って欲しい。何度も懇願したが全く聞き届けられていない。恋人同士で、お互いにセックスをすること自体は合意の上のはずなのに、何一つ俺の自由がなくてままならない。全部こいつの意志一つだと思うと、まるで無理やりされているみたいで目の前が暗くなる。

「も、いいだろっ」
「あかーん、もっとロマがエロくなってくれな」
「やっあ、これ以上、むり!」

 お願い、さわって。いきたい、いきたい。いれて。スペインのでぐちゃぐちゃにして。
 俺が考え得る精一杯のいやらしさで、卑猥にお願いしているつもりなのだが、んーと納得していない返事でまた胸を舐められる。もう何が何だかわからないし、何度この遣り取りを繰り返しただろう。俺は彼の前であられもなく、プライドもかなぐり捨てることに慣れてしまったんじゃないかと思うぐらい、そんなことを言う事も抵抗がなくなってしまった。
 ぐるりと乳輪を舐めた舌が、そろーっと乳首に触れた、気がした。それだけで、自分でも信じられないぐらい大げさな反応を返してしまう。ビクビクと跳ねた腰は太腿が抑えられているせいで変に突き出した形になってすぐソファに落ちた。じっとスペインを見上げれば、にやっと笑ってまた、離れていく。
 ああ、乳首が痒くてじくじくする。もういっそ、ひっかいて欲しい、ぎゅっとつまんで欲しい。もどかしさに自分で何とかしようと手を動かしてみるが、びくともしない。こんな思いをするなら、いっそひどくされたほうがましだった。
 以前に胸をしつこく愛撫された時のことを思い出す。あれはあれで気持良かった。随分と痛くされたが、こんな身も蓋もなく頼んでも聞いてくれないスペイン相手に、自分の体も満足に動かせないとなれば、どうすればいいかわからない。必死で胸を持ち上げようとするも肩を抑えつけられる。追い詰められた俺は支離滅裂な言葉を繰り返して悲鳴を上げた。
 するりと肩を撫でた後、反対側へも伸ばされた。頭を必死で振り乱して一際高い声が上がる。

「あっ、うっ、あああ、お願いだ!もう、や!ひどくして、ああ、お願い、スペインスペイン」

 わけがわからなくなった俺は自分で何を言ってるかもわからなくて、ただひたすら懇願していた。喚くように叫ぶように。涙でぐちゃぐちゃの顔を必死で左右に振って快楽を逃そうとする。

「ええの?」

 何が彼に触れたのかはわからなかったが、ようやく肩を撫でる手を離し、胸を舐めるのをやめた。そしてジーパンに触れられる。ぼやけた視界でスペインを見ると、満足したような昏い笑顔で、優しくせぇへんよ、と言った。何でもいいから早くいきたくて、何度も頷いていると、漸く下半身が開放される。

「こんな濡れとる」
「んっ、も、お願い」

 心得たようにスペインが下着をおろすと、尻を揉まれた。それだけで嬌声が上がるはしたない自分をおかしいとすら思う余裕もなく、早くと急かした。濡れた指が入ってきて探られる。抵抗もなく受け入れていく自分の体は一体どうなってしまうんだろう。頭が真っ白になって、早く何とかして欲しくて、良いところは避けて慣らすように触られるのを息を詰めて耐えた。
 スペインがまじまじと見てきているのは気づいていたが、そんなことを構っていられなくて眉間に力を入れてぐっと堪え続ける。いつの間にか指が増やされているようだったが、決定的な快感には足りない動きと質量で、気がどんどんと遠くなっていく。意地悪な指に何かを言う気力もなくて、ぼんやりと薄れた意識でその状況を受け入れていると、急に指が引き抜かれ、腰を抱かれた。

「も、俺も我慢の限界」

 なにが、とうわごとみたいに呟いたが、それを認識するより前にスペインが入り口に宛てがわれた。その熱さに、期待で気が逸って腰を揺らすと、短く息を切ったスペインが、ゆっくりと入ってくる。待ち望んでいたからか、普段以上にその形がまざまざとわかって、背筋が震えた。ただ入ってくるその感覚だけで、頭のてっぺんから指先まで痺れが走って、信じられないぐらい気持ち良かった。

 そこから先は殆ど覚えていない。意味のない声を上げていただけのような気がする。自制なんて全くきかなくて、なりふり構わずスペインに縋りつこうとした。何度も胸を触ってくれとか、そんなようなことを頼んでいた気がする。……俺が変態になったわけじゃねぇよ。スペインのせいだ。
 その頃にはスペインもあっさり言う事を聞いてくれて、触って欲しいと言えば頼んだように触ってくれた。引っ掻いてとか、摘まんでとか。容赦なくしてくるから痛くて泣いてしまって、そうしたら、泣かんといてやーもっと苛めたくなるとか言いながら、それでも痛さのせいか焦らされせいか、熱くてじんじんする突起を優しく撫でてくれた。
 しかし、最後の最後まで手首を離してくれなくて、興奮しすぎて手加減できなくなったのか、体重を思いっきりかけてきたので終わったあとに見ると完全に痣になっていた。こんなん、本気のSMじゃねーか!しかもやけにしつこくて、もうだめむり、って言ってんのにいきそうなのを焦らしてまで、あいつの遅漏に付き合わされたんで、俺は後半は意識がとんでいた。記憶にある限りでもずっと半狂乱で、支離滅裂に獣じみた喘ぎ方をしていたので、全然普通じゃなかったのだと思うけど。一応、奴が言うには最後までちゃんと意識はあって嬌声を上げていたらしいが。

「さいってーだ!もう二度とやらねー、てめースペイン、しばらく俺にさわんじゃねぇ!」

 なので最後どうやって終わったのかは知らないが、気がついたら朝になっていた。泣きすぎて頭が痛かったが、まずスペインを怒鳴らなきゃいけないと思って叩き起こす。

「ええー!!ロマやって楽しんでたやん」
「楽しんでねー!お前、俺が嫌っつってんのに全然やめねぇし」
「だって気持良かったやろ」

 けろっとした顔で、全く悪いことなんかしてませんって態度。そりゃあ、確かにどうだったかって聞かれたら気持良かったけど、でもそんな、あんな俺の気持ちをおきざりにしたセックスなんか許して良いものか。答えはノーだ!

「うっせー!俺がいいって言うまで触るの禁止だ!」

 スペインが本気で驚いた様子で非難の声を上げたが、そんなもの知ったことか。俺はふん、と鼻を鳴らして、トマトパスタを要求してやった。

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