ソウ スローリィ

 ここのところロマーノは、ずっと仕事が立て込んでいるらしく忙しいようだ。会うことはおろか、メールの返事もないし電話にも出ない。それが寂しいからと言って、しつこく縋るのも俺らしくないし重いと思われて嫌われでもしたら最悪なわけで、物分りの良い大人の顔で我慢しているのだけれど、それでも連絡ぐらいはくれてもいいんじゃないと恨みがましく思ったりもする。まあそんなことを考えてたって、伝えることも叶わないのだけれど(何せ連絡がとれないのだから)。
 そんな悶々とした日々を送っていたある日、突然「明日行く」とだけ書かれた、非常に彼らしくもそっけないメールが届いた。二ヶ月も放ったらかされて、やっと取れた連絡がそれで、こちらの都合も要件もあったもんじゃない内容にすぐさま電話をかけるもやっぱり出なくて、「迎えに行くから飛行機の便教えて」とメールを送っておいたが、夜の間には終ぞ返事が返ってこなかった。

「何なん何なんもう! 俺の都合は?!」

 俺がもし出かけていたら? 国外で何日も仕事をしていることだってある。どうしても外せない用事があるかもしれない。そんなことを微塵も思わずこんなメールだけ寄越して返事も聞かないロマーノに、いっそ留守にしてやろうかと意地の悪いことが思い浮かんだが、でも実際にはそんなことはしない。きっと一日中、本当に来るかどうかもわからない相手を待ち続けてしまうのだ。そんな自分が滑稽で可哀想すぎて惨めだった。

 ロマーノからの返事を待っている間に寝てしまっていたらしく、気が付けば朝になっていた。携帯を持ったままの手が動かしにくくなっている。待受画面は相変わらず何の連絡もなかったことを示していて、恨みがましくロマーノの名前を呟いた。声に出して呼んでしまえばもう駄目で、会いたいなと気付く。だって、そうだ、俺はずっとロマーノに会いたかった。
 こういう時、もう昔のようには一緒に暮らしていないことをひどく実感する。ずっと俺のものだったロマーノはこんなにも遠くて、連絡をくれないことを怒ることもできないし、かと言って忙しいと言われた手前、会いに行くこともままならない。昔は、待ってくれているのはロマーノのほうだったのに。
 しかし感傷に浸っていても仕方ないから、なるべく早い時間に買い物をすませるべく、適当に身支度を整えて外へ出た。もしも本当にロマーノが来るなら家でゆっくりしたい。長く会えてない分を思いっきりいちゃついて過ごしたいし、誰にも邪魔されず話したいことがたくさんある。手加減なしで感情のままに求めるのもいいだろう。
 いつものマーケットに入ると夕飯と明日の朝食、つまみの食材と酒と軽く暇つぶしになりそうな雑誌を見繕って買い物かごに入れた。ずしっと重くなってきたかごに、不意に近所のおばちゃん、もといご婦人が、一人で暮らす息子が実家に帰ってくると旦那さんが呆れるぐらいあれこれと買い込んで好きな物を作り過ぎてしまう、と言っていたのを思い出す。

「まあ、似たようなもんか……」

 買い物かごの中身は、どれもこれもロマーノが喜びそうな物ばかりで、ただの買い物ですら彼を中心に動いている自分を思い知らされて嫌になる。だって、たまにしか会えないのだから機嫌良く笑っていて欲しいのだ。そういう自分の下心が、そのままかごの重さだった。
 家に帰る頃には、もう遅い朝食とも言えないような時間になっていて、昼食を兼ねた食事を適当に摂った。食べ終えてから家のことを片付けていると、シエスタをするには中途半端な時間になったことに気付く。
 さて、どうしようか。寝ている間に連絡があるかもしれないし、と悩んでいる時に家のベルが鳴った。
 携帯を見れば着信も新着メールも0のままで、果たして本当にロマーノが来るのか不安になってくる。

「はあ、ほんまにあいつは……。はいはーい、今行きますよって」

 恨み言を言っている間にもベルは早くしろと急かすものだから、玄関へ向かった。厄介な用事でなければ良いのだが、例えば雨が降ってるから洗濯物を取り込みなさいという親切な人の伝言とか。

「新聞なら間に合ってまっせー……って、え?」

 何の警戒もしないで扉を開けて、しかしどうだろう、そこには鼻の頭を真っ赤にしてむっと唇を引き結んだロマーノがいた。
髪はボサボサ、くるんに変な癖がついていて真ん中であらぬ方向に折れ曲がっている。唇は乾燥していて紫がかった色をしていた。びっくりして何も言えずにいるとロマーノも何も言わないので、思わず数秒間、見詰め合った。

「……」

 次にもし会えることがあったなら、すぐにでも家に引き入れてキスをしようと思ってた。いつも血色の良い赤い唇は当然潤っていて触れると気持ち良い。思う存分、会えなかった分のキスを交わしたら、ぎゅっと抱き締めて彼の匂いを嗅いで、いつもサラサラとしていて艶がある、栗色の後ろ髪に顔を寄せ、桜色に染まった頬を慈しもう、と、本気でそう思ってた。
 ところが、現実に今目の前にいるロマーノは、長年一緒にいても見たことがないぐらいボサボサのぐちゃぐちゃで、全身を見ればシャツは皺だらけだしジャケットは裾がめくれていた。

「あー、久しぶりロマーノ」
「……おう」

 ようやく聞けた声は、いつもの張りがある美しい声ではなく、ガサガサと喉に張り付いているものを絞り出したような、風邪をひいているかのように覇気がなかった。目の下にはくっきりとしたクマができている。

「今日、ってか今週寝てねぇ」

 部屋に通したロマーノは、ソファにどかっと座ってそう言った。胡乱な目付きで窓を睨みつけている姿は、不機嫌というよりも疲労困憊といった体である。
 ハチミツに漬けたレモンを浸したホットミルクを出してやる。

「どないしたん?」
「忙しかったんだよ」

 落ち着いて飲み、なんて言わなくたって、たっぷり時間をかけてマグカップの中身を飲み干したロマーノが、やっと口を開いて説明するにはおおよそ、こんなことだった。

 誕生日以来のハードスケジュールにも関わらず、春の祭りだなんだと何やかんやパーティーに出たり、忙しい公務の合間を縫って国内外の会議にも出席していた弟が、ついに今月の始め体調崩して倒れた。二人で協力してなんとかこなしていた仕事は、倒れた弟の分もロマーノに降りかかった。こんな時に限って問題は起こるもので、次々とトラブルを抱えながらも死に物狂いで寝る間も惜しんで働いて、最後の一週間は身なりに気を遣う余裕もない。何とか弟の体調が戻ったところで、仕事も蹴りもついたため、長期休暇をもぎ取り、その足で俺の家までやって来た、らしい。
 連絡すら寄越さなかった理由に納得するよりも、あのロマーノが外見を繕う余裕もなかったという事実に驚く。事実、目の前にいる彼は、髪を整えることも惜しんでスペインまでやって来たのだ。

「そうやったんか。よう頑張ったなあ。今からシエスタしよ思うててん、一緒に寝る?」

 きっとイタリアにいてはゆっくりできなかったのだろう。それだけ頑張ったのなら思う存分、休暇を満喫させてやりたい。昔は何かとサボり癖があったのに、弟のいない間も一人で頑張るなんて、彼も大人になったものだ。

「飛行機ん中でちょっと寝た」
「そんなん全然足りへんやろ」

 過酷な仕事をこなし、真っ先に頼ってきてくれたことが嬉しくて、ただ優しくしてやりたい気持ちから寝室へと誘う。子どもの頃から変わらない、とびきり甘やかす時の優しい声で髪を撫でて、な?と顔を覗き込めば、少し落ち着いたのかロマーノもほっとしたように力を抜いていく。

「いや、けっこう寝たからいいんだ」
「眠ないん?」
「……」

 ぐっと押し黙ってしまったロマーノに、あれやこれやと話しかけて気をひこうとする。今晩は全部ロマーノの好物だ。先程の話ではまともな食事もとれなかったようなので、思いっきり豪勢なメニューにしてやろうと考えている。

「ロマ—……、どうかしたん?」
「…………」
「なに? 今日はロマの言う事、何でも聞いたるよ」
「……っ!」

 小首を傾げて顔を覗き込むと、きっと睨みつけてくる大きな瞳が潤んでいる。沸騰寸前まで顔を真っ赤にしたロマーノが、ぶつける勢いで怒鳴った。

「き、キスがまだだぞっ」

 言うなり胸ぐらを掴んで自分に引き寄せると強引に唇を重ねてきた。そんな力任せにしては危ないと思うより先に手が出てロマーノの肩を支えて勢いを殺し、可愛い唇に歯をぶつけて切れさせるような事態は逃れる。正しく合わさった唇は冷たくて、かさかさと乾いた感触がした。
 襟から離したロマーノの手が、そろそろと後ろ頭に回される。

「ぅっ……、んぅ」

 縋り付くような仕草に煽られて、しかし急なキスに追いつかない。戸惑っている間にも舌を絡めようと口内へ侵入してくる。歯列をざらりと辿った熱い舌が頬の内側を撫でた。
 ちょっと、やばいかも。
 目をぎゅっと瞑って素数を数えてみる。1、3……もうわからない。彼の舌の動きのほうが気になって、熱い手のひらが後ろ髪をかき乱していくことのほうが重要すぎて。

「ふぅっ……、んっ」

 大げさに喘ぐように呼吸を詰めたロマーノに煽られるまま、そろそろと腰を抱き寄せた。久しぶりの抱擁に感動すら覚える。そのまま空気をめいっぱい取り込めば、一応シャワーは浴びてきたのだろうか。石鹸の匂いがした。清潔なその匂いの中にロマーノの香りを探そうと何度も鼻を鳴らす。

「はぁ……、ふっ」
「うぅ、んぅ……はっ、スペイ、んんっ」

 一度離れていこうとした唇を啄んで、何度も音を立てて吸い付いた。前髪がちくちくと鼻の頭を刺していて、いつもより髪が伸びているのだろうと気付く。

「ほんま、急にどしたん?」

 気が済むまで貪ってやりたい欲求と、これ以上は我慢できなくなるギリギリの理性の間で、名残惜しく思いながら唇を離した。きっと止まらなくなってしまうから、歯止めが効かなくなる前に踏みとどまる。
 それでも、まだ全然足りなくて、ロマーノの髪を掻き混ぜながら、額に頬に唇を寄せて視線を合わせた。

「……お前が足りないんだよ」

 欲情した琥珀色の瞳は溶けきっていて、いつものようにぶっきらぼうな態度をとってはいるものの、とろんと誘惑してくる。
 その顔がけっこう、きたのだけれど、感情に任せて抱いてしまうにはまだ早い。

「そんなん、俺もやで。ロマーノに会えなくて辛かった」

 真剣に言えば、いつもなら恥ずかしがって怒りそうなものを、ただ「そうか」とだけ言って首の後ろに腕を回された。本当に今日はどうかしている。

「俺のこと、好きって言え」
「あは、いつも言うてるやん。ロマーノのこと好きやで」
「足りねぇって」

 甘えるように擦り寄られると、普段とのギャップに簡単に煽られて余裕はなくなる。そんな自分がみっともないような、そんなプライドはどうでもいいような。天地が引っくり返されたように目の前がくらくらとして、酔ったまま思い浮かんだ言葉を告げる。

「いろんな口説き文句もあるけど、どれもロマーノを好きな気持ちに足りへんねん」
「ん」
「お前に会えへん間、恋に溺れて死ぬかと思った」
「おう」
「濡れた若い木の幹にお前の髪を思い出すし、はちみつと目が合えばお前の瞳が見たくなるねん。何してても、いつでも俺の人生のふとした瞬間にロマーノが住んでて、その度に隣にいないことを思い知らされる」
「もう一声」
「……ロマーノ、笑てるやろ」

 いよいよ耐え切れなくなったらしいロマーノが吹き出した。いつも彼は俺のことを鈍感と言うけれど、俺はロマーノのほうこそ鈍いんじゃないかと常々思っている。ほんと、ちょお、空気読んでや。
 勢い良く立ち上がると、ほとんど強引に彼の手を引き寝室へ移動して、雪崩れ込むようにベッドへ押し倒した。その間もロマーノは声を上げて笑っているから、むきになって服を脱がせる。

「あーもうボタンが面倒やって、今日はじめて思った」

 軽口を叩いたつもりだったが、顔が上手く繕えてなかったのだろうか。急に真面目な顔になったロマーノが「高いから破るな汚すな」と迫ってきた。この状況で服の心配をする恋人に「やってもどかしいやん」とすねた顔を作れば、「可愛い子ぶんな!」と顔を真っ赤にして怒り始める。今の流れの一体どこが可愛いと思ったのだろうか。今度、時間のある時にでも聞いてみたい。

「あれー? 大きなってるでー」

 シャツとパンツを脱がせ下着の中に手を差し入れると、まだキスしかしてないのにしっかり反応していた。それを握り込んで、わざとからかうように上下に擦った。

「ぅ……っ、てめっ、も、脱げ!」
「えー、脱がしてやあ」

 ロマーノも躍起になって俺の服をむちゃくちゃに肌蹴させてくる。あっという間にシャツのボタンとパンツのベルトを外された。そうされている間、大人しくしているのもシャクなので悪戯に性器への刺激を強くしたら、いちいち手が止まって睨み上げてくるのが可愛い。

「あかん、全然足りへんわ」
「んぅ……、はっ、そうかよ」
「な、もう、我慢できへんよ」

 握り込んでいた手を離し指を後ろに回すと、会っていない間、触れられることもなかったのだろう、彼のそこは固く閉ざされていた。

「なあなあ、もういれたい」
「むちゃ、いうな!」
「ちょっとだけやから、お願い」

 半ば本気混じりに擦り寄ると、「ばっかじゃねーの!」と罵りながらムードもへったくれもなく大声で笑い始めた。こういうところは昔から変わらなくて、子どもっぽいところを可愛いと思うような、もう少し状況を考えて欲しいような微妙なところだ。
 俺も俺で、彼の上機嫌に乗じて脇腹をくすぐったりする。すると、ロマーノは目尻に涙を浮かべて「やめろって! ばか!」と怒鳴りながら転がり回るので、つい面白くなってくすぐり合いが始まる。

「どやー! 降参するか?」
「や、てっめー……っ!」

 仕返しとばかりにロマーノも俺の脇の下に手を差し込んでくるが、あいにくロマーノ程くすぐったがりでもないので、にたにたとしまりのない笑顔で「そんだけ?」と返す程度には平気だ。

「うわああ! まじでっやめろって!」

 ひゅっと喉を慣らして笑い転げるロマーノが息も絶え絶えに白旗を上げた。普段ならここからが勝負なのだが、今はこれ以上やったらヤれるもんもヤれなくなるので、あっさり手を離して深追いはしない。代わりに無防備になった尻の間に指を差し込んだ。

「いっつ……っ!」
「うーん、やっぱ久しぶりやからかなあ」
「てっめ、不意打ちは卑怯だぞ」

 子どもの頃と変わらないセリフに「あの頃はこんなことになるなんて思わんかったよなあ」と感慨に耽るる。

「ぃ……っつ……!」
「こっちはあんま集中せんほうがいいで」

 指先は彼の体内を探ることに集中していたが、ロマーノの意識を痛みから逸らそうと軽口を叩く。昔、こんなことでお前に怒られた、だの、あんな失敗をしたら笑われただの。いつもなら、ロマーノが馬鹿にして笑う話(テッパンやんなあ)をおどけて喋るが、けれどロマーノは笑うどころか眉根をきつく寄せて痛みに耐える表情で

「も、いいぞ」

 と言い出した。

「痛いくないか?」
「いいから、さっさといれろ」

 そうして首に回された腕に引き寄せられて、またキス。軽くふれただけで戯れに逃げていくのを追いかけると、ちゅっと音を立てて吸い付かれた。
 可愛い恋人の戯れに乗っかって、何度もふれては離れるキスを繰り返しながら、ゆっくり上に覆い被さって行為を進めていく。どう考えてもまだ早いと気遣うつもりはあるのだけれど、すました顔で慣らしてやる余裕がない。
 入り口に宛てがった自分の性器が入り込む度、息継ぎを装って苦痛の声を上げるロマーノを宥めながら、たっぷり時間をかけてようやっと半分収める。ほとんど拒絶するみたいに轟く中が熱くて狭い。目眩がしそうな気持ち良さに大きく深呼吸をして自分の感情を散らそうとすると、その振動が伝わるのか息を詰まらせたロマーノが体を震えさせた。いったんギリギリまで引き抜き浅いところで揺すってやる。

「ごめん、痛い?」

 顔を覗き込んで、引き攣った声で唸るロマーノを労わるように髪を梳いた。子どもの頃からの癖なのか、彼は頭を撫でると安心したように力を抜いてくれる。顔をしかめたままのロマーノが、ふるふると首を振って柔らかな髪が手の中で踊る。

「すぐ、良うなる、よって」

 はっ、と短く息が切れた。きつく目を瞑って何かを堪えるように息を詰めていたロマーノが、薄目を開けてはあと息を吐く。

「うっ、ん、やっぱ、ちょっと待って……っ」

 健気に痛みをやり過ごそうと眉を顰める様子に、じわじわと胸に暖かいものが込み上げてくる。感極まって熱い手のひらを重ねてぎゅっと握り締めると、力なく揉むように握り返してくれた。
 荒い呼吸を整えようと深呼吸を繰り返している様子を見つめ、タイミングを測って少しずつ腰を進めるが、その度に掠れた声が上がった。
 それでもなんとか全て収まったところで動きを止めて、体を折り曲げて胸をくっつけ抱きしめる。熱い肌越しに忙しない心臓の音が伝わって、どくどくと押し上げてくるロマーノの心臓が、大丈夫かと不安になる程激しく脈打っている。
 じっと動かずにその音を聞いていると、じわじわと込み上げてきた、いとしいがいっぱいになって、自分でも嫌になる程、正直にロマーノの中で育っていった。

「あっ……!」

 内壁を伝ってロマーノも気付いたのか、入り口が大きな収縮を繰り返し、その振動が締め付けられているみたいで、また血管がどくどくと脈打った。
 ああ、繋がってるんだ。
 長い手足が自分に組み敷かれている。ほんのりと赤く染まった肌に手を滑らせると短い喘ぎ声が上がり、律儀に締め付けてくるのが可愛い。何度も愛してると囁き合って、何度もキスをした。握りしめた手はいつの間にか解かれ、首の後へと回される。それに引き寄せられるように、ロマーノの頭の後ろを手のひらで抑えて逃げられないように抱え込んだ。

「んぅ、はあ……、ふぅ」

 鼻から抜けていくような甘い吐息に誘われて、舌をねじ込んだ。口内を探り合う度に繋がっているところが反応し合って、ぐずぐずに溶け合っていく。
 ロマーノの足が腰に回された。舌先でロマーノの口内を探り、ざらざらとした表面をじっくり味わっていると、もっともっと欲しくなって喉奥へと伸ばした。舌の奥を押さえつけ溢れてきた唾液と自分の口内の唾液を混ぜる。

「うっん、ぅっ……!!げほっげほっ」

 むせたらしいロマーノが唐突に涙目にして咳き込んだ。体に力が入ったせいで、急に強く締め付けられて即物的な快感に浸される。瞬間、かっと頭に血が上って目の前が真っ白になった。

「ロマっ、ロマーノ……っ」

 衝動的に腰を引こうとしたが、ロマーノが足に力が込めてきた。ぐっと絡みつかれれば、ほとんど動かせずに少し揺すった程度の緩い動きにしかならなくて、もどかしさにはっとして思わず顔を上げる。中が熱くて絡みつくように轟いていて、じわじわと広がる熱で頭が焼き切れそうだ。

「待てって……!」
「……ロマーノ、ああ、ごめんな。大丈夫か?」

 ひどくするつもりはなかったが、優しくしてやれるような余裕もない。取り繕ってられないせいで、きっと欲望をむき出しにしたような表情をしているんだろう。一瞬、怯んだような表情をしたロマーノが息を呑んで、だいじょうぶだけど、とぶっきらぼうに言った。

「大丈夫だけど、もっとちゃんと、したい……はっ、すぐいっちまいそうだ」

 なんて、健気な理由だろう。血がうるさくて耳鳴りがする。心臓が皮膚を突き破りそう。言葉を失った俺をへらっと笑ったロマーノが

「へんなかお」

 と言って抱き寄せてきた。彼の上に乗っかって体重をかけないよう、顔の横に肘を突いて支える。自分が今どんな顔をしているかなんてわからない。こめかみに心臓があるみたいに脈打っていて、だからこんなに頭が熱いのだろうか。頭がおかしくなりそうな一歩手前、自分の熱ですら目玉に沁みて生理的に涙が滲んできた。

「な、もうあかんって」
「まだ、だめ」
「お願いやから、もう、ほんま余裕ないねん」
「だーめ」

 子どもみたいに無邪気な言い方をするくせに、わざとだろうか。強弱をつけて収縮を繰り返し締め付けてくる。まるで、射精を促されているみたいな気になって、切羽詰まった欲求が湧いてくるのをやり過ごせそうにない。

「ちょお、それ、あかん……」

 腕から肩から震え始めて限界を訴えているのに、ロマーノはくすくすと笑うばかりだ。じりじりと腰を揺らしてみるけれど、足で抑えられているせいかロマーノも一緒に動いてしまって思うような摩擦が起きずもどかしい。力づくで引っくり返して好きに動かすこともできるが、それではあまりに格好もつかない。(もう十分、情けないんやけど)

「もう、ちょっと」

 一体、どんな顔でそんな残酷なことを言うのだろうとロマーノを見上げれば、うっとりと目を閉じていた。それを見てしまうと強引なこともできないんだから彼はずるい。
 しばらく待てば解放されると信じて、半分、夢うつつでロマーノの「よし」を待つ。意識を朦朧とさせていないと、我慢なんて到底できそうになかった。早く早くと心臓は急いて、けれど我慢している内に、耐えることすら気持ち良くなってくるから不思議だ。じわっと先走りの液が滲んだ気がした。
 緩く断続的に続く快感に終わりが見えず、堕落に脳を浸した。思考は確実に鈍化していて、その分をロマーノと繋がっている一端だけに集中している。鋭くなった神経がいちいちロマーノの体内を拾ってくるのが堪らない。

「お前だけが、寂しかったと思うなよ」

 だから、唐突に聞こえた言葉が上手く理解できなくても仕方のないことだった。

「え?」
「……俺だって、スペインに会いたかったんだぞこのやろう!」

 子どもの癇癪みたいに喚くと胸元にぐりぐりと頭を押し付けてくる。けれど、顔を上げて、されるがままにぽかんと固まった俺を見て、してやったりの笑顔。
 やられた。

「ロマーノ、ずるい。不意打ちとか卑怯や!」
「お前もさっきしただろ」
「俺のは意味ある不意打ちやもん! 今のはずるい」
「なんだよ、それ」

 我ながら色気のかけらもない言い合いを始めて、またくすぐり合いにでも発展しそうな雰囲気の中、ロマーノの耳もとで囁く。

「なあ、もうええ?」

 早く全部ちょうだい、と懇願すれば、健気に忠義を尽くした甲斐があったのだろう。ようやくご主人様の「よし」がもらえた。

「ただし! 明日から遊び倒すからちゃんと俺が動けるように加減しろ」
「善処します」

 まあ、あんまり期待せんとって。ロマーノの長期休暇を知ってしまっている今、なかなかそれは無理な頼みなんだから。でもそんなことはロマーノもお見通しだろう。
 ムードなんか作らなくてもセックスができるような関係になって、それでもまだスローに求め合えるような余裕はない。今までもこれからも、きっとずっと、そんな恋をしている。

「スローセックスって燃えるっていうし、なあ」

 不穏なつぶやきは、憐れむような諦めの表情で受け入れられた。ので、今日は一仕事頑張ろうと思います。

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