盲目に隷従する

 いくらスペインが不感症一歩手前とは言え、セックスの時に全く達しないようではロマーノが不安を募らせるのも当然だった。

やっぱり自分じゃだめなのか、可愛くないからなのか女がいいのか。

 そんな不安は卑屈なロマーノにとっては毎度のことだ。その度にスペインは揺るがない愛を語って諭し、彼が安心するまで抱きしめてうやむやにしてきたのだけれど、その日はどうしてもロマーノが納得してくれなかった。百年単位の付き合いでありながら常に不安を感じ続けていたのだから限界だったのだろう。ただひどく憔悴し疲れきった顔で一言、もうだめかもしれない、と呟いていた。
 慌てたのはスペインでそれは違うと説得を試みたのだが、今回こそは決意の固いロマーノが宥められてくれないことに気付きいよいよ青褪めた。こうなっては体裁もプライドもかなぐり捨てて、まだ愛があるのなら別れないでくれ、お前がいないと生きていけないと、泣いて縋り付くしかない。情けなく追いすがる元宗主国の姿に思うところがあったのか、ロマーノもその日は何とか思い止まってくれた。
 しかし少し距離を置きたいと切り出され、いよいよごまかせないことを悟る。そうして悩みに悩んで、改まって話があると打ち明けたのは今から数ヶ月前のことだった。

「俺もおかしいなーって思ってんねんけど、ロマに罵られたいなって願望? 欲望? ちょっとひどくされたいっていうか、なんやったら縛られたりぶたれたりしてもいいっていうか……。元々触られてもあんま感じへんし、一人でヤる時もな、妄想しないとイかれへんねん。い、いや、ちゃうで!? 今までの普通のエッチも充分満足やったよ! それにロマが性のはけ口ってわけともちゃうねん! ……いや確かにちょっとは想像したけど、その、ロマーノに罵られているとこ……。でもそれは愛があってこそで、誰でもええわけちゃうで!」

 一人で勝手に説明と言いわけと変態宣言を展開していれば、一体どんな宣告が待っているのだろうと緊張していた分だけ脱力したロマーノが呆れきったように、それだけか? と言った。もじもじしだしたスペインを見詰める眼が半分ぐらい閉じていたのも無理からぬ話だろう。

「つまり、てめーは不感症で遅漏でイきにくい上にマゾだから普通のセックスじゃ満足できないってだけかよ」
「満足はしとる!」
「うっせぇ、全然イかねぇじゃねーか!」
「うぅ、ロマはちょっと早いから、あんま長引かせるのも悪いなあって思ってやね……」

 ちくしょー黙れと怒鳴りつつも自分に原因があったけではないことに安心したロマーノが、一体スペインの性的嗜好がどういったものなのかへの興味半分、自分でできることなら多少は叶えてやっても良いという健気さ半分の複雑な気持ちでもって、どういうのが好きなんだよ、と聞いたことから、それは始まった。
 以来、全くSMには興味がなかったロマーノが、セックスの時に少しずつサディストを演じるようになった。
 元々行儀の良い性質ではなかったし、昔から生意気なことを言ってきた成果だろうか。最中に罵ることについては抵抗がなかったらしい。それ以外にも冷たく突き放したり乱暴に爪を立てたりしてほしいと頼めば、言われるままに要求に応えてくれる。自慰をしている姿を見ていてくれと望めば、ぎこちないながらも感想を述べてもくれる。
 本当にこれで良いのか不安そうにスペインをうかがいながらも、間違っていないことを確信すると優越感を滲ませ頬を紅潮させる姿が可愛らしい。ああ愛されているなあと実感できて、それだけでスペインは恍惚とした愉悦を得るのだ。
 最近は慣れてきたのもあってか、ロマーノから自発的に行為を仕掛けてくることすらあった。

「こういうのが好きなのかよ」

 わざと軽蔑したように鼻で笑って、かたちの良い真っすぐな足先を伸ばしてくる。そうしてスペインの股間を緩く蹴り上げてはちらちらと反応を気にしているところもいじらしくて、体内の熱がじわじわと上がっていくのを感じた。
 勃ち上がり始めた性器を軽く踏みつられる。圧迫した痛みに身を固くして唸り声を上げるが、踏まれてなおロマーノの足の下で芯を硬くしている。それに気付いたロマーノがニヤリと笑いながら、更に力を加えてくるものだから堪らなかった。

「はっ、ヘンタイ」

 心底蔑むように声をかけられ、脊椎をぞくぞくと這い上がった寒気と紙一重の興奮が湧き上がる。先端から滲んだ体液を器用に指で塗り広げられ、ぬるぬると粘っこい透明な液は足で弄られてますます溢れ出している。
 その様子を見て気持ち良いと判じたであろうロマーノが、育ち始めた性器を足の指に挟んで荒っぽく扱きだした。

「……っ、あ」
「なあ、足でイかせてやろうか?」

 スペインの前髪を鷲掴んだロマーノに顔を覗き込まれる。強気な態度に出ているくせに、視線が絡み合ったことに一瞬だけほっとした表情を見せてくるから、ギャップがひどくて頭がくらくらする。これでは苛められているのか、攻めているのかわからなくなってくる。
 つま先で先走りの液体を溢れさせている鈴口をぐりぐりと刺激されて物理的な快感を得た。どくどくと脈打つ竿に、ロマーノがくすくす笑う。こんな状況にも関わらず無邪気な子どもみたいな仕草にそそられる。ごくり、喉が鳴った。

「常識人ぶってとんだ性癖だなあ、おい、親分」

 頑なにロマーノにだけは知られないようにと隠し続けてきた性癖なのに、今はこうも罵られ乱暴に扱われていることを喜んでいる。結局はそうなのだ。あのロマーノにされているという、その事実が背徳感を煽ってきて興奮させられる。
 不意にロマーノが先走りの液が絡まった足の指を鼻先に突き付けてきた。

「舐めろ」

 スペインの額を手のひらで押さえ付け、耳元で甘く囁いてくる。

「っ……ロマ」
「俺のこと好きならできるだろ?」

 にやりと、と笑うロマーノの顔が凶悪なまでに綺麗で、一瞬も目を逸らせなかった。視線はそのままで、そろりと足に顔を近付けていく。
 ぴちゃぴちゃと音を立てて足の指を舐め上げると、つんとした匂いと苦い味が口の中に広がった。自分の体液なんて不快なだけなのに、ロマーノの命令で舐めさせられているのだと思うとどうしようもなく喜ばしいものに思えてうっとりと目を細めた。
 ロマーノの足なら何度か舐めたことがある。自分から乞うたこともあったし、今日みたいに命令されたこともあった。ほとんど保護者同然に庇護してきた子ども相手に何てことを、と思う反面、どうしようもない興奮を感じるのも事実だった。
 もっと愛を試すような言葉を投げかけて、服従を誓わせて欲しい。跪いて、彼をかしずき、いつだってロマーノにだけ傾倒していたい。

「……っ、ぅ」

 ちろちろと舌先を動かせば、敏感なロマーノが声を押し殺してため息をついた。感じているのだろうか、顔を赤くして何かに耐えるように歯を食い縛っている。
 指を舐めながらロマーノの性器を口に含むことを考えると、まざまざとリアルな想像が思い浮かんだ。唇でカリを引っ掛けるようにぐりぐりと刺激して、鈴口を舌先で突ついて舐めて、時々強く吸い上げて。
 現実に聞こえる時折零れる感じ入った喘ぎ声と混ざって、焦らされているような気持ちになる。

「てめぇ、誰が、触っていいっつった……っ」

 息も絶え絶えながら睨み付けられて、はっと手を離した。無意識にすべすべとした肌に手を伸ばしていたらしい。主導権を握っているのは彼で、許しが出なければ愛撫もままならない。それが、性癖をカミングアウトしてからのセックスの時のルールだった。
 彼が良いと言うまで触ってはいけない、自分にすらロマーノの気が向くまで触れられない。
 先程、足で弄られたきり中途半端に放置されている性器が、どくどくと脈打っているのを感じる。もうあと少しの刺激で射精してしまいそうな程、追い詰められた状態で放っておかれて、むしろ脳が焼き切れそうな快楽を感じる。

「足を綺麗にしてからだ、ばか」

 その声が妙に甘く響いて期待が膨らんだ。気持ちが急くままに、舌を伸ばして舐めていた足の指を口に含み、唇を窄めてやわやわと食んで愛撫する。
 逆境に置かれる程、それでもなお彼に従えることこそが、スペインにとっての快感だった。
 切り揃えられた爪の形を確かめるように舌で撫でて、指の腹に吸い付いた。ちゅっと音を立てる度に、ロマーノの足がびくびくと跳ねて、時々、深く口の中に突き入れられる。

「はっ……ぁ」

 次第にロマーノが目を潤ませて睨み付けてくる。わざとフェラチオを想起させるようなスペインの行動に舌打ちを打って、苛々した仕草で乱暴に手のひらで顔を覆った。
 その仕草に、ゾクゾクした。

「てめぇ……、いい度胸じゃねぇか……」

 低い声で呟いたロマーノが強引にスペインの口内から足を引きずり出す。そのまま、スペインの腕をベッドに縫い止め動くな、と言い付けた。
 理性も自我も投げ打って盲目的にロマーノに隷従したい。考えることを放棄して、じっと次の命令を待つ。

「俺がいいって言うまで絶対に動くんじゃねぇぞ、犬でも待てぐらいできんだろ」

 ふん、と鼻を鳴らして見下してくる視線に、また肌が粟立ってザワザワと落ち着かなくなる。頷いて大人しくその態勢でいると、ロマーノがおもむろに自分の指をしゃぶって唾液を絡ませ始める。

「え、ロマっ!」
「黙って見てろよ。絶対に目ぇ逸らすな」

 にやっと笑って濡らした指を後ろへと回した。
 何度も体を重ねたから、それがどうなっているかなんてよく知っている。前回は手を使うなと命じられるまま、しつこく舐めて唾液を送り慣らしたし、その前は口で奉仕をしながら指で解した。固く閉ざされたそこを解すのはスペインの役目だったのに。

「……っ、つぅ」
「む、無理したらあかんで」
「わかって、る……口出し、すんなっぁ、は」

 鋭くあえいで、スペインがいつもするよりは些か強引に指を突き入れていく。
 思わず熱心に見詰めていた眼が乾いていることに気付き、目の奥に鈍い痛みを感じた。しかし、目の前で繰り広げられる卑猥な光景から目が逸らせない。
 ロマーノの長くて綺麗な指がゆっくりと飲み込まれ、掻き混ぜては押し広げるように動かされる。そうして自ら与える刺激に耐えるようロマーノが漏らす吐息の甘さに身悶える。

「はっ……ぁ、んぅ」

 その痴態を見てあからさまに喉を鳴らしたスペインに気付いたのか、ロマーノの視線がちらりと向いた。

「じっと、してろ、よ」
「……これめっちゃ辛い」

 確かにひどく興奮するが、目の前にあって手を出せないのが辛い。しかも、動くなとは言われているが拘束力があるわけではない。

「はっぁ、ん……いいこに、してたらっ……、ごほうびやるよ」

 あくまでサディスティックに振る舞うくせに、腰をスペインの股に擦り付けてあえぎ声を上げ、物欲しげな悩ましい目で挑むように見下ろしてくる。うぅ、と低い声で唸ったスペインを満足そうに観察しながら、二本目の指を挿入していく。

「これ、軽い拷問やな……」

 ぽそり、と呟いたスペインの手がロマーノの足に伸ばされかけて、ぷるぷると耐えている。言動に一致した辛いという表情。

「こういうの、好きだろ?」

 その挑発的な仕草の破壊力といったら。頭がくらくらとした。
 もう、いっそどうとでもしてくれと降参して、荒れた呼吸を整えようとするロマーノの手首を掴んで引き込み、腹筋を使って起き上がると態勢を逆転させた。

「なっ、なんだよ!」
「今の、めっちゃきた!」

 目をキラキラと輝かせたスペインが弾んだ声で告げると、明らかに安心が滲み、先程までの不機嫌な表情を崩しかけた複雑な表情で、そうかよ、と返す。

「その顔反則やわあ」
「そら良かったな」
「うん、せやからロマーノにもやったるな!」

 にかっと笑ったスペインが何を言っているのかわからず一瞬反応が遅れた。いらないって怒鳴るより前に加減のない力で押さえ付けられ、大きな手のひらが目の前を覆う。

「いつも付き合うてもろて悪いし……、俺も頑張るわ!」

「……っぅ! はっ……ぁっ」

 スペインは、ほとんど無理矢理、自身の張り詰めた性器を突っ込んで強引に腰を動かした。激しく揺さぶられるがままにあえぐロマーノの声を聞きながら、強引に抜き差しを繰り返す。

「や、めっ……ぅ、あ!」

 静止の声を聞くどころか力付くで深みを抉れば逃げようとするロマーノの腰を掴んで引き寄せ、彼が一番弱い性感帯を責め立てる。いつもより狭いそこが、ひくひくと引き攣ってスペインを締め付けてくるのが、どうしようもなく気持ち良くて好きなように動きたくなるが、頭を振り乱してひっきりなしに声を上げている姿に、ロマーノも感じているようだと確信して、執拗にそこを苛んだ。

「あああ!」

 性器を潰さんばかりの強さで握り締める。瞬間、体内が轟いて射精を促されそうになる。歯を食い縛ってその衝撃を耐えながら、掴んだ強さのまま手を動かした。
 そう、先程ロマーノに踏まれて思ったのだがーー、強めに扱いたほうが気持ち良いのではないか、と。

「あは、ちゃんと勃っとる」

 ロマーノはそんなはずはないと言いはったが、確かめるように指をふにふにと動かすと先端から体液が絞り出てくる。
 羞恥でいっぱいいっぱいのロマーノに更に追い討ちをかけるみたいに、尿道に爪を立てて表情を作った。先程のロマーノのことを頭に浮かべて挑発するように見下ろすと、びくっと肩を震わせる。

「なあなあ、気持ちええやろ?」

 返事はなく、ロマーノの喉からは嬌声ばかりが繰り出される。それを肯定と解釈して口端を吊り上げ、彼の気持ち良いところだけ何度もいたぶった。
 呼吸困難になるんじゃないかという勢いであえいでいるロマーノの声が次第に涙を帯び始め、ゆるしてゆるして、と縋り付いてくる。

「も、ごめんなさっ……、あ、あ! ゆるしてっ……!」

 前後不覚になったように同じ言葉を繰り返して快感を耐える姿に、ほとんど不快に近いようなびりびりした電流が走る。脳が過ぎた刺激を快感へと変換しきれなくなったらしい。
 深みを抉って性器に直接的な締め付けを感じているのはスペインなのに、まるでロマーノに責め立てられてるような倒錯に陥って、夢うつつに近い状態でロマーノの狭い体内を味わうと、ただ責められるだけよりもっと強い刺激が得られる。ロマーノが首を振って拒絶の言葉を繰り返す度に、彼もまた全てを明け渡してくれているのだと頭が痺れた。

「はっ……、あかん、気持ち良い……っ」
「あっ、ぅあ! んんぅ、もっやぁだ!」

 何度も絞り取る勢いで締め付けてくるのを、ひたすら耐えて見送る。ゆるしを請うてくるロマーノに、むしろゆるしを得たいのはこちらのほうで焦らされている。そうやって自ら作った状況に陶酔し、何に耐えているのかもわからないまま、耐えていること自体に気持ち良くなる。
 掴んでいた性器の根元をぎゅっと握り締めて指を激しく動かした。その刺激についに耐えられなくなったのか、ロマーノが大きく目を見開いて弾けたように泣き喚き始める。

「い、いやだいやいやいや!こわいいやだ、助けて!」
「くっ……!」
「あ、あ、ああっ……っ!!」

 そうして、がくがくと体を痙攣させると勢い良く精液が溢れ出す。体中が強張って先程からの締め付けと比べものにならない程、ひっきりなしに促され、スペインも耐え切れずに達した。

「っ……、あ、あの、ロマ……」

 しばらくは抱き合って荒れた呼吸を落ち着けていたが、体を起こしてロマーノの様子を窺ったスペインは驚いた。
 ロマーノは、ただぼんやりとしたうつろな視線を宙にさまよわせてるだけで、何度も声をかけても返事もしない。目の前で手をかざしても肩を揺すっても、僅かな反応も示さないのが怖くて、まさか壊れてしまったのじゃないかと妙な不安に襲われる。

「ロマ、ロマーノ!」

 肩を抱いてキスを繰り返し、頬を摺り寄せて名前を呼び続ける。間近に瞳を捉えてじっと覗き込んでいると、次第にロマーノの瞳の焦点が合っていく。
 ぱちぱちと瞬きを繰り返して、ぼうっとしていたロマーノだったが、急に現実を認識したのか瞬間湯沸かし器のようにぽこぽこ沸騰していく。

「あっ、これは、ちがっ!! お、お前が勝手に、……俺は違う!」
「よかったあああ! ロマーノおかしくなったんかと思った!」

 ごめんなごめんな、と繰り返して抱き付くスペインに、これは断じてそういう性癖があるわけじゃない、さっきのはちょっと神様がくしゃみをして手元が狂っただけだ、とロマーノは意味のわからない言い訳を繰り返す。お互い全く噛み合っていないのに、ふと言葉が止まった瞬間だけキスをして、またそれぞれ勝手なことを言い合った。

「ほんまにごめんなあ、ロマーノにも気持ち良うなってほしかってん」
「なっ、気持ちいいわけあるか! お、俺はそういう趣味ねぇんだからな!」
「うんうん、気持ち良かったなあ」

 噛み合わないままキスをして、手を握り合って、またキスをして。

「……毎回、は大変やと思うけど、またこういうの、したいわ」

 無邪気に笑うスペインに、どうとも表現しがたい表情でロマーノは押し黙る。そこまで喜んでいるのなら良かったと言いたいが、あんな無茶苦茶にされるのはむしろ怖いぐらいで二度とはごめんだ。
 けれど、スペインがしたいと言うなら拒否しきれないと、ぐるぐる考えて苦虫を噛み潰したみたいに微妙な表情をする。

「……考えといてやるよ」

 サディストのSはサービスのSだからな、と意味のない言い訳を口にする。
 スペインがロマーノに全てを捧げたいと思うように、ロマーノだって年上の恋人を甘やかしていたいのだ。

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