ワンタイム

 髭にクリスマスだからと無理やり連れて来られた、奴の知り合いの店だという小洒落たガーデンカフェ。店内は漆喰の壁にアッシュの床、テーブルと椅子はチーク材、とナチュラルカントリー調のハイセンスなインテリアでまとめられているいかにもって感じの雰囲気だ。実際週末にはガーデンパーティーなんかが開かれていて、結婚式の二次会によく使われているらしい。
 どうやらこのパーティーのために貸し切ったらしく他に客はいなかった。ビュッフェ形式でカウンターの前には様々な料理が並べられていて、吹き抜けのホールではアーサーとフランシスが好き勝手に騒ぎ、まだ開始一時間も経っていないというのにすっかり出来上がっている。周囲にはそれを見て囃し立てる者、騒ぎに加わろうとする者、我関せずといった風で遠巻きに見ている者と様々いて混沌としていた。一階の奥は天井まで一面のガラス張りで、そこからテラスへと続いているのだが、この季節にも関わらず外で騒ぐ者たちがいて近所迷惑も何もあったもんじゃなかった。いくら店のオーナーが知り合いだって言ったって遠慮ってもんはねぇのかよ、って思ったが、店長らしき男が騒ぎの中心近くで手を叩いて笑っているのが見えたので、これは間違いなく類友ってやつだな。

 巻き込まれたくなかった俺は早々にロフト部分へと逃げ込んだ。馬鹿弟が何か言っていたが、そんなもの聞く耳もなく、ひとりになりたくて人けを避けて逃げてきたのだ。
 ウェイターから奪い取ったワイングラスを傾け、二人がけのふかふかのソファへと沈み込んだ。ぼんやりこの世のショギョウムジョウってやつに思いを巡らせる。本当は来たくなどなかったパーティーだ。嫌ならこっそり帰れば良いのに、こうやって店の奥へと逃げ込んでずるずる居座るのは俺らしくもない。
 クリスマスだからって一体何だって言うんだ。家で厳かに祈っていりゃあ良いのに、こんな馬鹿騒ぎに付き合わされて最悪だ。本当はそんなつもりじゃなかったのに。ひとりで泣いて過ごすはずだった。それなのに何でこんなところにいるんだろう。
 もう誰にも心を乱される余裕なんてない。失恋したばっかりなんだ。どうかそっとしておいてほしい。一体何だって、こんなところにいるんだろう。
 なんでこんなことしているんだ?

「なあなあ、ロヴィーノ聞いとる?」
「聞いてる聞いてる」
「俺がお前のことこのまま連れ去ってしまいたいって言ったことも?」
「はあ?! な、ななな何言ってんだ!」
「あは、これは今から言おうと思ってたんやった」

 目の前の男が悪戯っぽく笑って、なあなあ、と迫ってくるのを腕を突っ張り距離を取ろうとする。それでも力の差があるから、あっさり近付けられた顔に頬が熱を持つのがわかって余計に恥ずかしくなった。いくら俺がこいつのことを好きだってバレてるからって、あんまりだだ漏れなのも気まずいだろ。
 俺がこんな目に遭っているというのに、ここまで俺を引っ張り出したフランシスは俺のことをすっかり忘れて下で騒いでんだ。

「ロヴィーノ、顔真っ赤や。可愛えなあ」

 言ってぎゅっと抱きしめられる。どくんと跳ねた心臓が伝わっちまったんじゃないかと焦る。
 目の前には俺を口説こうとしているらしいアントーニョ。俺の片思いの相手で、今日泣いて過ごす予定だったのはひとえにこいつに失恋したからだ。したはずだったのに。なぜか先ほどからしきりに二人きりになりたいだの俺を可愛いだのと言っている。
 一体なんだこれ、誰か説明しろ。
 
 
 
 はっきり言ってアントーニョには一目惚れだった。俺の馬鹿でどうしようもなくて、ちょっとだけ可愛い弟が「アントーニョ兄ちゃんだよーギルベルトの友達なんだって」とにこにこ笑って紹介してきた時から、これはまずいなって思っていた。そんな予感を冷静に感じながらもすでに俺の顔は大変なことになっていたし、真っ赤に熟れた頬を空気の読めない馬鹿弟とアントーニョの二人がかりで風邪か病気かと心配されたぐらい、その時から態度には出まくっていた。
 大体にして俺がアントーニョのことを好きなんてことは周知の事実ってやつで、共通の知人でそのことを知らない人間などいない。俺はこいつと会う度に「お前のことが好きだこのやろー!」ってばかりに顔を真っ赤にして普段の悪態三割減なんだから、周りから見れば格好の冷やしのネタだったし、いくらアントーニョが人より鈍感で有名だって言ってもさすがに気付いていないわけがなかった(実際俺のこと好きなん? って聞かれたし。聞くなよ、このやろー)。
 アントーニョは可愛い彼女がいるような異性愛者で、俺と知り合った時はちょうど前に付き合っていた人と別れたところだったらしいけど、まあとにかく男を好きになったことのない、いわゆるノンケの望みのない相手だった。それなのにわかりやすいぐらい態度に出てる俺に対しても、他の連中に対する態度から変えずにごく普通に接してくれていた。

 俺が好きになるのはいつも可愛い彼女がいるような望みのない男ばかりだ。それもまた周囲じゃ有名な話で、フランシスあたりは軽薄な感じで「ロヴィーノ可愛いのにもったいない。お兄さんにしときなよ」などと言ってくるぐらいには、いつも叶わない片思いをしていた。俺だって好きでそんな恋をしているわけじゃないが、俺に好かれていることを知って嫌がる奴もいたし、気にしないって言ってくれていたのに結局気まずくなって友達としてもだめになったことだってある。痛い目は散々見てきたけど、そんなかんたんに気持ちを切り替えられるのなら誰も苦労なんかしないし、恋煩いで死ぬような愚か者もいなくなるだろう。この世界の恋愛に関する不幸も半分ぐらいにはなるさ。
 アントーニョのことはすげぇ優しくて良い奴だなって思っていたし、実際そうだと思う。周囲にどんなに冷やかされても、「ロヴィーノが困ってるやん!」と微妙に的外れなことで怒っているような奴だ。というかその俺が原因で冷やかされてるわけなんだけど……。そんな男と普通に食事したり買い物したり家に遊びに行ったりするような友人関係を築いて、どうやって諦めろって言うんだ。
 叶うことは絶対になくたって、気持ちを知られていても良好な関係を築いているってのは存外気楽なもんで、しかも俺がどんなに態度で表しても決定的な言葉……ふられるってことがなかったもんだから、ずるずる一年間も片思いを続けてきた。それがけっこう幸せだったりもして、別に叶わなくたって今が楽しいし、ずっとこのままで良いんじゃねぇのって思っていた。アントーニョが何も言わないことに胡座をかいてたのかもしれない。

 変わったのはここ最近のことだ。急にアントーニョがよそよそしくなった。連絡も途絶えがちになったし、会っても目も合わさず、俺の話に青ざめたり赤くなったりと体調も気分も悪そうにしていた。電話をしても上の空で、あんなにスキンシップが激しかったのにちょっと肘がぶつかっただけで大げさに避けるようになった。
 恋愛対象外の俺の好意に気付いていても普通に接してくれていたアントーニョがそんな態度を取るようになったのは、何がきっかけだったかはわからない。素直じゃなくて口の悪い俺のことだ。アントーニョの前ではだいぶマシだけれど、弟みたいには振る舞えない。可愛げのない態度でアントーニョに愛想を尽かされたのだと答えを出すのに、さほど時間はかからなかった。
 だからパーティーには来たくなかった。今日は一日めそめそ泣いて、楽しかったこの一年ほどの思い出を振り返ろうと思っていたのだ。アントーニョが来る可能性の高いこの場に好き好んで出向きたくないと思うのだって当然だろ。
 何も髭が主催じゃ気が乗らないとか、そういう理由だけで渋ってたわけじゃない。俺だって好きな奴から避けられてショックを受けるぐらいの繊細さはある。

 そうだ、確かに楽しかった頃に戻りたいとは思っていた。思っていたけど、事態はどうも俺が考えていたところから斜め上に進んでいったらしい。

「俺とおるん退屈? さっきからロヴィーノ、つまんなそうな顔してる……」
「い、いや、ちょっと疲れてるだけっつうか……」
「ほなら、ちょっと外行く? ここ昼間はガーデンパーティーとかするんやって、きっと洒落た庭があるんちゃうかな」

 酔っ払いすぎておかしくなったのだろうか。アントーニョが俺の手を握っている。まだここに来てから二杯ぐらいしか飲んでないんだけど幻覚かな。
 ちらりと時計に目をやる。モダンなデザインのシンプルな文字盤も洒落ている。見にくいが、針は思った通りほとんど進んでいない。

「行かねぇよ! テラスで騒いでる連中いんだろ、余計疲れるっ」
「ちゃうちゃう。そっちじゃなくて、裏側。ついでにエスケープしたいなあ、なんて」
「まっまだ来たばっかだろ……!」
「ええやん、みんなフランシスとアーサーのことに夢中で俺らのことなんか誰も気にしてへんって」

「せやから二人きりで抜け出そう」と耳打ちされて、懲りもせずに赤面する俺も俺だ。うっかり絆されそうになるのを勢い良く頭を振って火照った熱を冷まそうとした。

「そういう問題じゃ……」
「ロヴィーノと二人だけになりたい」

 真剣な顔で言われてたじろいだ。

「え、あ、う……」
「なあ、あかん?」

 ふっと笑った顔もいつもの笑顔じゃなくてやたら真剣なものだから、俺もどうして良いかわからなくて焦ってしまう。話し方も普段と違うワントーン低めの声、ゆったり言い聞かせるみたいな口調だから、どうにもアントーニョじゃないみたいで落ち着かない(のに、なんかかっこ良く見えるから困っている)。
 言葉に詰まって上目で睨み付けるけど、真っ赤な顔じゃちっとも格好がつかなくて「かわええ」なんて囁かれて恥ずかしさに負けた。俯いた俺の視界の端にアントーニョの真新しい茶色の革靴が入る。

「せっかく久しぶりに会うたんやからロヴィーノの可愛い顔見せてや」

 覗き込もうとしてくるから、必死で顔を背けて視線から逃げようとする。アントーニョはいつも人が笑っている時にこうやって覗き込んでくるし、たぶん癖みたいなもんなんだろうけど、普段ですらどうにかなりそうなぐらい恥ずかしくて嬉しいのに、今はとにかく居た堪れなかった。ロヴィーノ、と甘さを含んだ低い声で呼ばれる度に背筋がぞわぞわとして落ち着かない。
 いやいや。大体、最近ずっとよそよそしかったのはアントーニョのほうだ。やっぱり気持ち悪いって気付いたんだって思って俺は諦めようって思ってたのに、なんだ。今この距離はなんだ。つうか、なんでそんな迫ってくるみたいな、それは一体なんなんだ。

「そ、そんなの、お前が連絡してこなかったからだろ」
「はは、まあそうやな」

 噛み付くとアントーニョが笑いながらソファに座り直した。あっさり離された手が湿っていて、汗をかいていることに気が付き自分がみっともなく感じる。それでもやっと離れてくれたことに尋常じゃないぐらいほっとして深く息を吐き出した。俺も座り直すふりをして、さりげなくアントーニョから距離を取る。
 さて、どうやって自然にこの席を立とうか。できればさっさと帰りたいところだ。このままじゃ心臓がもたない。
 ソファの隅っこで縮こまってああでもないこうでもないと唸る俺に対し、アントーニョは平然とした顔でナッツを口に放り込みながら一階を見下ろしている。

「フランシスとアーサー、まだやっとるで」
「あ、ああ、飽きねぇな」

 指をさされたほうを見やる。アントーニョの肩越しに見えたのは、二人が酒瓶を持って何やら喚いている姿だった。そろそろ飲み比べを始める頃だろうか。そうしてあと一時間もすれば、潰れた二人が仲良く店の端に転がってるってわけだ。
 予定調和だな。それまでには絶対に店を出ようと一瞬気を逸らしていたら、次の瞬間。まるでそれが当然と言わんばかりに自然とアントーニョの腕が俺の肩へと回された。

「ぅっ……!」
「あいつらほんま仲ええなあ、俺なら眉毛と喧嘩するために近付くなんてまっぴらごめんやわ」

 緊張して硬直する。アントーニョは視線を部屋の中央へと向けてぼやいているが、俺としてはそんなことなんかどうでも良くて、ただ回された腕の熱が気になって仕方がない。
 いや、だから、なんで? これはなんなんだ。
 元もと仲の良い友人ではあったし、アントーニョは俺より人との距離感がずっとずっと近いから、今までにも例えば人が食ってるものを横からかぶりついてくるような真似をしてくることもしょっちゅうだったけど、でもけどだって。一応は気を遣ってくれていたのか、必要以上のハグや手を繋ぐみたいなスキンシップはさすがになかったはずだ。なのにどうして。高鳴る胸が痛い。浮かれそうになるのを必死で押さえ込んで、緩みそうになる顔を引き締める。
 混乱している俺を置いてけぼりに、さらに力強く肩を引き寄せられた。体が傾く。

「えっ! あ、わっ!!」
「そういや、こないだソファ買ったって言っとったやん?」

 耳元で低い声を出されてドキドキした。髪にかかる吐息が気になって気になって、目の前が真っ白だ。
 ほとんどスペインの胸の中に収まるみたいになって、それが抱きすくめられているみたいで。心臓の音が聞こえるぐらいぴったりと引っ付いたところから、シャツ越しに体温を感じる。けれど、ごうごうと唸るぐらい血が騒いでうるさくて、スペインの鼓動が聞こえてくることはなかった。

「あ、う、うん」
「どんなん買うたん?」
「あ、かくて……ビロードの」
「今日見に行ってもええ?」
「は?」

 勢い良く顔を上げると思っていたより近くまで顔が迫っていて悲鳴を上げそうになる。その距離で再び固まった俺を眩しそうに目を細めて見つめてくる、みどりの目。
 心臓が全力疾走している時のように張り詰めていて、少しでも気を抜いたらどくどくと騒ぎ出すのだろう。

「今日この後見たい」
「え、な、なんで?」
「見たいから」

 俺がしどろもどろになるせいか何なのか、アントーニョの返事が語尾に被さるぐらいの勢いで返ってきて気圧される。端的な返答は俺がなんでなんでを繰り返しても、きっと核心など答える気なんてないのだろう。
 笑っているみたいに口端をやわらげたアントーニョの、みどりの瞳があまりに真摯で、視線に熱があればその温度に焼かれそうだ。目を合わせていられなくなって顔を背けた。

「……」
「なあ、ロヴィ」

 びっくりするぐらい甘い声だった。宥めるみたいに優しいようで、ほとんど吐息に消えそうなぐらい低く沈み込む。肌のすぐ下を走る神経がざわざわ騒ぎ始めてじっとしていられずに、身を捩って違和感から逃げようとした。

「……む、り」
「なんで?」
「なんででも」

 やっと絞り出した声が震えているのが自分でもわかった。馬鹿みたいに肩を竦めて瞼を固く瞑る俺の前髪をアントーニョの硬い指先が掻き上げる。額を人差し指が撫でていくのに緊張して口の中がからからに渇いていく。
 身動きの取れなくなった俺の右手からグラスが奪われ、テーブルにことり、と台がぶつかる音が聞こえる。

「ロヴィーノ」

 俺が意地を張って撤回できなくなった時にいつも聞かされた、聞き分けのない子どもをあやす声。何もなくなった両手を取られ、温かい手のひらに大事なもののように包まれた。

「なっ、ちょ、ちょっと、てっめ、手! 手が、手!」

 いっぱいいっぱいになった俺がぐるぐると支離滅裂なことを口走ってる間も手の甲をさすられて鳥肌が立った。寒気と紙一重のそれは、でも不愉快な類のものではない。
 ふれ合った指の先に心臓ができたみたいに激しく脈打っている。汗も滲んでいる。気持ち悪いかもしれないと気づいたら今すぐ離したくなって手を引っ込めようとしたけど、むしろぎゅっと握り込まれて状況は更に悪化した。
 呼吸がちゃんとできているかもわからない。果たして目を開けているのか閉じているのか。自分の体なのにどうなっているのか感覚がなくなって、代わりに全神経がアントーニョとふれ合っているところへと集中している。

「なんかお前、普段と違う」
「普段の俺とちゃうかったら嫌?」
「嫌……っていうか」
「ていうか?」
「……」
「ロヴィーノ……」

 逃げ場を奪って問い詰めるみたいな聞き方をしてくるのがこわい。なんでそんなこと答えなきゃいけないんだって怒鳴るところなのに、ちっとも頭が回らなくて困る。何とかしなきゃってそればかり考えて、茹だってまともな言葉も思いつかない脳を必死で働かせた。

「も、お前……こわい」

 みっともないぐらい声が掠れて、泣いてるみたいで恥ずかしい。例え泣いていたとしてももう頬の触覚など失われていて、あんなに熱かったのにそれさえ頭に伝えてくるのを忘れてしまっている。
 顔を隠したくて掴まれたまま腕を顔の前に持ち上げたら、すぐに手首を強く握られ手を引かれた。

「え、あ、ちょ……! まって」
「……」
「アントーニョ!」

 勢い良く立ち上がると、俺のことを振り向きもせずに早足で階段を降りて行く。大股で歩くから躓きそうになるのを何とか態勢を立て直し転ばないようについて行くが、これでは引きずられているも同然だ。
 フランシスとアーサーの騒ぎに集中していた他の客たちも、俺の焦った声にただならぬ雰囲気を感じ取ったのか何事かと騒ぎ始めた。

「お、おいおい、アントーニョ。お前どこ行く気だよ!」

 一人でビールを呷っていたギルベルトが血相を変えて飛んできた。

「ギルちゃん、フランシスに俺とロヴィーノは早退って言っといて」
「早退って……」
「大事な用があんねん」

 ギルベルトが俺を見たので首を横に振って、知らねぇと伝える。その間も歩みを緩めないアントーニョに呆れたのか、深いため息を吐いた。

「おいおい、いくらなんでも暴走してんじゃねぇぞ」
「暴走ちゃうよー!」

 急に立ち止まったアントーニョがやっと俺とギルベルトを振り返った。そのアントーニョの顔と言ったら、さっきまで余裕綽々の態度だったくせに俺と張り合えるぐらい真っ赤にして、眉は情けなくハの字に下がっている。むっと突き出した唇が拗ねてるみたいで、到底二十代も半ばに差し掛かった大人の男の表情ではなかった。

「俺は愛の告白は二人きりの雰囲気良い時にって決めてんの!」
「そんなガラかよ!」
「放っといてや! 今すぐ言わな死んでまう!」

 シチュエーションにこだわる男のすることじゃねぇだろう、と、至極まっとうなことを言ったのはギルベルトだけで、俺はそれを聞いて完全に事態が把握できずに固まったし、完全に置いてけぼりの周囲は現実逃避するかのように視線を逸らしてこちらを見ていなかった。

「っちゅうわけで、俺とロヴィーノは早退で。あと明日も連絡つかんからよろしゅう」

 片手を上げるとまどろっこしくなったのか硬直して動かない俺を肩に担ぎ上げて「ほな!」と言って駆け出した。アントーニョにぶら下がって呆然とする俺が最後に見たのは、やけに冷静なギルベルトの同情交じりでどっか楽しげな、これまたあんまり見たことのない普通の笑顔だった。

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