そんなことばっか言うて俺のこと嫌いになったん? と尋ねた時の、右にも左にも行けなくなった子どものように睨みつけてくる眼差しが堪らなく好き。心で思っていることとは正反対の言葉ばかりを紡ぐ唇をキュッと噛み締めて、これ以上は決して余計なことを言わないようにと黙り込む、その涙ぐましい努力が愛おしくて仕方がない。
あるいは大人になってからはすっかり見る機会が減ってしまったが、トマトのように顔を真っ赤に熟れさせ膨らませた頬などあどけなくて可愛いし、一緒にいるにも関わらず放っておかれた時のシャツのボタンを弄る手持ち無沙汰な仕草だっていじらしい。もちろん悪戯が成功しスペインの困った顔を面白がって、ケラケラ無邪気に笑う小悪魔のようなところも好きだ。生意気なことを言って踏ん反り返る態度は彼のスタンダードであり、それを疎ましく思ったことなどない。それに彼は本当に時折だけれど、ふとした瞬間に優しい笑みを見せてくれることがあって、そういう時はいつもそのまま時を止めて閉じ込めてしまいたくなるほど心を奪われる。
つまり、ロマーノは何をしていたって可愛い。怒っていても笑っていても、泣いてる時でさえ可愛くて、目に入れても痛くないほどだった。
常々、可愛いかわいいと思っているし実際に口にもしているが、彼の弟であるイタリア相手ではそうはいかない。イタリアが泣いていれば早く笑ってほしいと手を尽くすし、怒っている時に至ってはなるべく近寄らないようにするだろう。彼とて生きているのだからいつもそういうわけにはいかないのだろうが、結局のところスペインが好きなのは、ニコニコと笑っていてスペインにいちゃーんと懐いてくる「愛らしい北イタリア」なのだ。どんなに可愛がっていたって、いつでも可愛い、愛おしいとは言いきれないところがあった。
それがロマーノにだけ向けられる好きと他との違いなのだろう。
幼い頃から守ってきた保護するべき子どもへ向けるべき愛情、家族の親愛、即物的な欲求や名前を失った執着のすべて、混沌とした感情を明確に何と呼ぶかは知らないが、今のところ彼とは恋人という形で収まっているのでスペインが思い悩む必要はない。要は恋だった。他にもっと適切な言い方があるのならばそれでも良いが、そういった関係性や名前は(ロマーノにとってはどうであれ)スペインには些細なことなので、それ以上深く考える必要はない。
ロマーノであればどんな彼だって好きだけれど、中でも特に何もわからなくなっている時の彼が一等愛しい。理性を飛ばし、意識すら朦朧としている瞬間、無意識にスペインへと手を伸ばし求めてくる姿が好きなのだ。それは必ずしもセックスでなくても良いのだが、爛れた愛情でもって追い詰めた彼は確実にスペインの望むようにおちてきてくれるから、わざとかそうではないかは別にして、いつも少しだけ意地悪をしてしまう。ロマーノに主導権を取られること自体はむしろ大歓迎なのだけれど、最後には陥落しスペインの望むかたちで落ちる姿が見たいから、結局いつも焦らしたり回数を重ねたりして困らせてしまうのだ。髪を振り乱して喘ぎながら伸ばされる指先や、涙で濡れて重くなったまぶたを必死で開いて見つめてくる琥珀色の瞳、掠れた喘ぎ声の合間に呼ばれる名前。まるでイタリア・ロマーノのすべてがスペインのためだけにあるようで、そうしてそんな勘違いが恋人という甘ったるい大義名分の下で許されている。そういう時はいつも眩暈がするような強烈な独占欲と浅ましさで満たされ、頭蓋骨の裏側、脳の表面がジンと痺れた。酩酊している時と同じその心地よさにどっぷりと浸っていれば、体の芯に何かが根を張るのを感じる。
もしかしたらそういう感情は、誰かが聞けば健全ではないと言うのかもしれない。もう他では物足りなく感じてしまう鮮烈な高揚感は、強すぎてあまり良くない類のものなのだろう。だが、それを深く追いかけることもしないし、その感情の出どころを探る気もなかったし、スペイン流に言葉にすれば何でも「ロマーノかわいい」で括られているので、何となくそういうものだろうと流せてしまっている。それで今までは誰にも咎めなかったし、スペイン自身も迷うこともなかった。
さて、そうやって人間にしてみれば気が遠くなるような長い時間、ただひとりへ愛情と妄執を注いできたスペインだったが、ここのところ少しばかり面白くないことが起きている。
きっかけは珍しくロマーノが来ていた世界会議だった。弟に任せていたら俺が悪者になるからな、といつも通りの横暴なセリフつきで次の会議は行くと告げられた時は、終わったら遊びに行こうデートしようと浮かれたものだが、会議室へとたどり着いたスペインが目にしたのはあのイギリスと談笑をしているロマーノの姿だった。二人の仲が良いなどとは聞いたことがなく、むしろロマーノはイギリスに怯えていたし、イギリスもイギリスで自分を怖がるイタリア兄弟とはどう接して良いか持て余していたと思うのだが、その時の会話は弾んでいるように見えたし、いやに親しげだった。後から聞けば南イタリアの観光について話があったようだが、とにかくそんな光景は見ていて面白くない。胃の上あたりがスーッと冷えて、そのわりに喉の奥がチリチリと焼け付く。頭に血が上り癇癪を起こしてしまいそうだったが、怒鳴り声を上げることも億劫で、そもそも何に怒っているのかも自分ではわからずに嫌な感情が燻った。
その時は会議が終わった後、ロマーノ自身にその感情をぶつけ、理不尽な嫉妬に晒されたロマーノにわけわかねぇと言われながら甘やかされるという、ここに第三者がいたらノロケかよとうんざりするような一悶着によって何とか収まったのだが、それからが大変だった。ちょっとしたことで度イライラするようになってしまったのだ。
ロマーノが目の前にいる時はまだ良い。わがままを言って気を引くことも、彼の体を抱きしめて気を紛らわすこともできるから。ロマーノはやや強引に事に及んでもスペインに身を任せてくれるので、そうやって全てを明け渡され、好きにすることを許されているという事実で落ち込んでいた気持ちは浮上する(さすがにそれは単純すぎるし、スペインにだって一応、そうとっても一応、男として親分としての矜持があるのでそれをロマーノには打ち明けたりはしないのだが)。最後には焦点のぶれた瞳にスペインを映し、重そうな腕を上げてしがみついてスペインの名前を呼ぶ、そのスペインのツボを的確に抑えたロマーノの言動で心の霧はすっかり晴れて、いつも通りの朝を迎えられるのだ。
だからそう、問題は、それ以外の時だった。電話やメール、あるいは当人以外の誰かからそれを聞かされた時はどうしようもなくなる。プロイセンが貴重なロマーノの写真をメールで送ってきた時は思わず何をしてるんやと怒鳴り込みに行ったし、フランスから今からロマーノと食事会だと告げられた時などは一晩中やきもきして過ごすはめになった。他意はない、彼らも仕事なのだとわかっていてもどうしても気持ちがおさまらなくて、どうして自分はいつでもロマーノのそばにいられないのだろうと深く思い悩んだことも一度や二度ではない。眠りに就けず、徹夜明けの眼をギラギラと血走らせ、ついでにくっきりと隈を刻み込んで、どうして帰りがこんなに遅いのかと問い詰めにわざわざパリまで飛んだこともある。それに対してフランスは重々しいため息を吐いて、うんざりと言った顔をして、それを言う相手は俺じゃないでしょ、と諦め混じりにぼやいていたが、そんなことロマーノに言えるわけもないだろう。
今さら何を不安がる必要があるのかと問われれば、そもそも何かを不安に思っているのだろうかという疑問が過る。ロマーノのことを信用していないわけでもないし、仮に彼の心が離れてしまって他の誰かに気持ちを移すことがあるとするならば、それは自分へと縛り付けることで阻止できるものではないので周囲の連中を威嚇したところで何の意味もない行動なのだ。それに、ロマーノが自分から離れてしまうかもしれないだとか、気持ちが冷めるんじゃないかとか、そういったことを心配しているとはスペイン自身あまり思えなかった。
(単に心配なだけやったら、もっとわかりやすかったんやけどなあ)
いや、むしろ。離れてしまわないように不安がっているのなら、何かしらの努力に打ち込めば良いだけだ。しかしスペインが抱えているものはそんな健全で愛情に満ちた嫉妬心ではなかった。もっと混沌としていて、その上どうしようもない独占欲なのだ。
どんなロマーノだって可愛く見える。怒っていても笑っていても、泣いている時でさえ。けれど、スペイン以外の誰かに笑いかけるのならば、それは話が違う。そんな単純なことに嫉妬をして自分を抑えられなくなるなんて、スペイン自身どうかしていると思ったが、いつだってそこで立ち止まってそれ以上は考えることも追求することもないので、答えも出ないまま、ただのヤキモチだと単純化されて結論づけられる。そうして懲りもしないで身勝手にイライラして感情をぶつけるし、スペインのその理不尽さをロマーノもまた受け入れてしまう。何の進歩もないまま、途方もない夢を見るのだ。
そう、どんなロマーノだって可愛い。それがスペインによって動かされているものならば泣いている姿さえ愛おしく、自分とは関係のないところで見せる笑顔は憎らしくて堪らないのだ。
スペインにはあまり会わないほうが良いのではないか。電話のコードに指を絡ませながらロマーノはぼんやりと考えた。
会えば別れ難い。楽しかった会話や笑い声が残響のように離れず、ひとりになることが怖くなる。一緒にいる間が楽しければ楽しいほど、また今度を告げる声が心に陰を落とすのだ。そうなればもうだめで、まだスペインは目の前にいると言うのに胸がどうしようもなく締め付けられて心臓がきゅっと鳴る。それはまるで会う前よりも更に恋しくなっているようだった。
実際に口に出して帰りたくないなどと言ったことはない。そんなことはロマーノのプライドが許さなかったし、何よりも彼に子どもっぽいと思われるなんて耐え難かった。しかし別れ際のロマーノがよほど未練がましい顔をしているのだろう。スペインはいつだって困ったような、それでいて優越感を隠しもしない笑顔を浮かべる。そうして言うのだ。
さみしなるなあ。でも今日は楽しかった。ロマーノがおらんかったら片付け終わらんかったし、面白いテレビも見付けられんかったわ。
せやからまた家に来てな、と次を匂わせるようなことだって平気で口にして、ロマーノのことをダメにする。そんなことを言われてしまえば、まるでまた来ても良いと許されているみたいだ。歯止めが効かなくなる。
だからロマーノは、おう、気が向いたらな、と、そんな強がりのような言葉でもってあっさりその場を立ち去った。
言いくるめられていることなんてわかっている。だってイタリアに帰ってしばらくすると切なさばかりが膨らんで、心にぽっかりと穴が空く。さみしくてかなしくて、すぐスペインに会いたくなるのだ。
また来てなんて言っていたが、それは一体何時になるのか。確実な約束もない。ふたりの気まぐれでしか会えない。元親分と元子分というのは何と宙ぶらりんな関係なのだろう。きっと友人であればもっと気軽に会えた。恋人であったなら会いたいだけで会える。けれどスペインとロマーノは、そのどちらでもない。
互いに忙しいと言うのに、それでも何かと理由をつけてロマーノはスペインの家に行く。弟がドイツを家に呼びやがった、ナンパに失敗したから慰めろ、仕事が忙しいから逃げてきた匿え。ほとんど理由にもなっていないようなこじ付けだったが、逆に言えばそんなものでも理由もなく会うことはできなかった。
最近ではそういう策略なのではないだろうかとすら思っている。会えない間も会いたいと思って、スペインに行く理由を探している間ロマーノの心はスペインのものだ。ロマーノが持っている有限な時間の大部分を、スペインは自分のものにしてしまえる。
そうやって悩みに悩んで行き詰まり、もう全部投げ捨ててしまいたいと自棄になると、決まってスペインからの電話が入る。動揺を押し隠して、どうしたんだよ、とぶっきらぼうに問えば、ロマーノの顔が見たなったから会いに来て、なんて簡単に言ってのけるのだ。ロマーノがずっと言えないで苦しんでいた言葉をいともたやすく口にできる彼に悔しさが込み上げてきて、けれどストレートな物言いに悪い気はしないから、結局のところロマーノは無理にでも都合をつけていそいそと会いに出かけしまう。そうしてまた別れ際にさみしくなるのだけれど。
だったら好きって言ってしまいなよ、と弟は言う。スペイン兄ちゃんも兄ちゃんのこと好きなんだから早く恋人になってしまえば良いのにと、これまたロマーノが百年単位で思い悩んでいたことをどうってことないかのように言ってのける。それができれば苦労はしないと言うのに。
どうして言えないのかと問われれば、それは結局のところ意地なのだろうと思う。これだけ悩んでいて今もスペインのことばかり考えてしまうのに、自分から好きと言ってしまえば負けたような気がする。ロマーノばかりがスペインのことを好きで、そのためにいろいろな努力も相応に払ってきた。そもそもスペインまで行くことはそんなに気軽なものではないのだ。電車やバスを乗り継いで、飛行機に乗って、時間をかけて会いに行く。いつもスペインに囚われている心だってそうだ。告白すると言うことはそうやって費やしたロマーノを全部、スペインのために差し出す行為のようだ。
それでも要領の悪いロマーノの心も良いように振り回されているだけではないらしい。何らかのタイミングが重なって会えない時間が長くなると、案外それはそれで平気になってくるのだ。スペインのいない生活に順応して日々を過ごしている間の凪いだ心は何物にも変え難く幸せだ。あれ程会いたい会いたいと願っていたはずなのに、弟やたまに家に来るプロイセンから間接的に元気にやってると聞けば十分で、ひと時穏やかな心を手に入れる。
つまり今も心に巣食う切なさや恋しさは、あと数ヶ月、息を潜めて耐えればどうってことのない感情に変わるだろう。それは何度か経験したことのあるものだ。ロマーノはボタンを押そうとしていた電話から手を離し、そうっと距離を取った。
けれど。もしも今スペインから電話があれば、きっとロマーノは断らない。会えば楽しくて、一緒にいる間はあっという間に過ぎる。そうしてまた別れ際に恋しくなって、そんなロマーノをスペインは眩しそうに見つめる。そういう何も変わらない関係を、もう何十年も続けている。
何かきっかけでもあれば、と思うけれど、そのきっかけなんてロマーノ自身にしかないものだ。意地を張ってもったいぶっている間にも、スペインへと費やした掛け金は膨れ上がっていて目の前に高く積み上げられている。それはロマーノが胸の内をスペインに告げようが告げまいが初めから全てスペインのものだった。
朝から始まった会議は十分と経たぬ内に最初の主題から逸れて、いつもの面子がケンカを始め、大したことも決まらぬまま休憩を取ることになった。ドイツはイギリスとアメリカを引っ張って外へと出て行ってしまったが、会議室に残る者たちは、小さなグループに分かれて談笑したり会議の資料を整えたりお茶をしたりと、それぞれ思い思いの過ごし方をしている。
ざわつく会議室の真ん中で、スペインが買い物をしている時に出会った子どものことを面白おかしく話をしている。大げさに声を潜めたり早口でテンポ良くしたりと緩急をつけたその話は、フランスからは回りくどい茶々を、プロイセンにはそれはないと突っ込みを入れられながらも進んでいって、いよいよ佳境に入ろうとしているところだ。スペインが大真面目な声を作って言った。
「ほんで迷子のアンナが言い出したん。『あたしお兄ちゃんのおよめさんになってもあげるわ。あたしがいなくっちゃお兄ちゃん何もできないんだから!』って……、それはそれは人通りの多い市場でも響き渡るほどの大声で!」
恐らく幼女の真似をしているのだろう。スペインの低い裏声が気持ち悪くてくすぐったい。
「おう、良かったじゃねぇか。お前、幼い子大好きだろ」
「どんな偏見やねん!」
「あながち間違いじゃないでしょ。それで?婚約したの?」
「ありえへんわー」
コメディアンのようによく喋る三人は、少しの間も嫌がって早口で会話をする。競い合うように我も我もと発言するので他の人間には口が挟めない。
「ちゃうねん。その子がそんなん言うた端からあんなに探しとった親が見つかりよって」
「へえ」
「迷子を保護した優しい俺は一転、ウイルスか害虫か」
「ケセセ、幼児性愛者は危険だからな!」
ロマーノは思わず吹き出しそうになって、頬に力を込めて仏頂面を作った。迷子を保護し、甲斐甲斐しくもおませで生意気な小さなレディの面倒を見ていたにも関わらず、あっさり見つかった保護者に誤解されて通報されそうになっているスペインの、情けなく下がった眉が目の前に浮かぶようだ。
「あはは、兄ちゃん達面白いよね—」
「イタリア、失礼だぞ」
「だってー」
「あのお三方の掛け合いは漫才を見ているようで、ついつい聞いてしまいますね」
少し離れたところにいた弟とドイツと日本がニコニコ笑いながら喋っている。それにつられるように、くすくすと外野からの笑い声が聞こえてきた。
「イタリアちゃーん、俺様もっと面白い話もってるぜー!」
「プロイセン、無茶するな。お前が張り切って喋るときは怪我する。ここはお兄さんに任せなさい」
イタリア達の発言を受けた三人ははしゃいだように盛り上がって話を広げた。
その気配を聞きながら、無関心を装うロマーノは熱心に爪の形を見つめ続けていた。誰にも存在すら気付かれないようにと呼吸すら潜める。不自然に歪んだ頬を何とか会議が始まる前に戻さなくてはならないからだ。
(俺は簡単には笑わないんだ)
笑ってはいけないと何度も言い聞かせて、むすっとした表情を作る。
「なあ、ロマーノはさっきのどうやった?面白かった?」
しかし、急に目の前に影が落ちたかと思うと、顔を覗き込まれて頭が真っ白になった。ぽかんと見上げた先のその緑の瞳が、ほとんど見たことのないような真剣さでロマーノの顔を探るように見ている。
(不意打ちは、卑怯だ!)
まさかこんなに側まで来ているとは思っていなかったために気を抜いていた。かあっと血が顔へと集まっていく
「な、なんのことだよ」
「さっきの俺の話」
「俺に喋ってたのか?」
「いや……、ちゃうけど」
じゃあ、知らねぇよと顔を背ける。スペインはロマーノのそのそっけない態度に不満そうな声を上げ、じゃあもっかい話すから聞いて?となおも食い下がる。
「やけにこだわるじゃねぇか、でももう時間だろ」
「せやけど、やってロマーノ、この後でって言っても会議終わったらすぐ帰るんやろ」
前もそうやった、と不機嫌そうな顔をする。そう言えば、前回も同じようなことがあったっけ、と考えるがどうしたって思い出せない。
スペインは、いつも自信のある話をした後にロマーノが笑っているかをいちいち確認してくる。ロマーノはあまり声を上げて笑うことがないから、きっと物珍しさがあるのだろう。
「メールでも送ってきやがれ」
「それじゃ意味ない!」
わっと大声を上げる。眉を吊り上げ、眉間に皺を寄せて唇を突き出したスペインが、まるで子どもが癇癪を起こしたような表情で顔を近づけてくる。
その距離にロマーノは目の前がくらくらとして、やめろ、と弱々しい抵抗をしながら、それでも猫のように両手を突っ張って接近を拒絶する。必死で冷静さを取り戻そうと、浮かれそうになる思考に釘を刺した。
(こいつは笑った顔が好きだから、確認したいだけ。だから、こんなのに意味はなくて、誰にでもしてることで)
淡くて愚かな期待を断つ為にいつも繰り返している言葉を心の中で唱える。ロマーノが滅多に笑わないから、こうしてスペインは構ってくるのだ。だからロマーノは簡単に笑ってはいけない。
「じゃあ、晩ご飯一緒に食べよ? 美味しいパエージャの店知ってんねん。そこで話聞いて」
「いつものとこだろ」
「めっちゃ美味いの知っとるやろ?」
確かにあそこは美味い。酒も美味いし、店主の人柄も良い。常連客は皆陽気で、狭くて古く汚い店内だが、ロマーノもなかなか気に入ってる。もう二十年前から度々、スペインと通っている店だ。
「でも何度も行ったじゃねぇか。何も今日じゃなくても」
「今日がええの! 絶対今日いこ」
「……そんなに俺と一緒に行きたいのかよ」
声を低くしたロマーノに、え、とスペインが動揺をする。ぽんと音を立てそうなほど一気に顔を赤くしたスペインに、あーこれが噂のトマトみたいやんなー状態なのかと変に納得した。熟れて中身が飛び出しそうなトマトみたいだ。
(あんな赤色になるわけねーだろと思っていたけど)
何と言うか、雰囲気がトマトっぽい。
「すげー自信作なんだな。その話」
熱心にそんなに市場の迷子を保護した話を聞かせたいのかとロマーノは思わず吹き出して、それを聞かせたがるスペインこそ面白いと笑う。くすくすと小さいなものだった笑い声がだんだんと大きくなって、どんだけ必死なんだよ、と言った時には目尻に涙が滲むほどだった。
けらけらと笑い出したロマーノを、しかしやっと見れた笑顔だというのに穏やかじゃない表情でむすっと見ていたスペインが、そんなに笑わんでも、と言った。それがますます子どもっぽいと笑うロマーノに、スペインは顔を手で引き寄せて近付ける。
「ロマーノのあほ!」
「はあ!?」
突然、幼稚な悪口を繰り出してきたスペインの言動に、ロマーノはついていけない。両手で頬を挟まれ無理やり上を向かされた態勢でロマーノも条件反射のように言い返す。
「あほって言うな!なんだよ急に」
「鈍感」
「お前が言うか?」
イライラした気持ちのままに目を細めてスペインを睨み上げる。ほんま、わかってへんなあと呟いたスペインに、耐え切れなくなったロマーノは頭突きをお見舞いするべく体に力を入れるのだった。

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助教授×学生パロ
R-18、ゲームの世界観を借りたエロコメディ
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