痴話喧嘩。下ネタ注意
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スペインは飯の作り甲斐がない男だ。あいつ自身も料理ができるし味オンチってわけじゃないけど、何を出したって美味い美味いと、心があるのかないのかよくわかんねぇ言い方で大げさに褒めちぎってくる。それがどことなく嘘くさいと感じるのは俺だけなんだろうか。いつもの、あいつお得意のリップサービスみたいであまり張り合いがないんだ。ちょっと火を通し過ぎたって「俺は肉は硬めのほうが好きやで!」と言い、塩を振り過ぎて味が濃くなった時でも「こういう味付けが好きやねん!」と笑う。じゃあ、お前いつものやつは好きじゃねぇのかよって言うとそうでもないらしく、つまりは何でも良いのだろう。むしろこだわりがないんじゃないか。
「ヴェ、でもスペイン兄ちゃん、うちに来た時なんか兄ちゃんの作ったご飯全部食べちゃうじゃん。俺もっと食べたいって思ってたのに、気が付いたらなくなってて足りないことけっこうあるもん」
確かにあいつは食べっぷりだけはピカイチだ。皿ごと食ってしまうんじゃねぇかって勢いで平らげていくから、油断をすると俺の分まで食い尽くされちまう。いつぞや、日本にアニメ映画を見せてもらったことがあるが、あれに出てくる空賊のおっさん達とスペインは少し似ているかもしれない。口いっぱい頬張りながら手には次の獲物を手にしていて、次々と俺が作ったもんが消えていく。いっそ気持ち良いぐらいの食べっぷりがちょっと楽しくて作り過ぎることもしばしばあった。
と言うか。俺の家にスペインが来た時は作り過ぎるぐらいでも全然足りないんだ。ヴェネチアーノもああ見えて食への執着は凄まじいから、もしスペインのせいで食いっぱぐれるなんてことがあったら後あとが面倒だ。食い物の恨みは何よりもおそろしい。今までで死ぬほど怒られたのは、俺がバカみたいに忙しい時期に仕事をサボってリビアで遊んでいた時なんだけど、それよりももっと怖いことになるだろう。
ある意味で国の本能に忠実なんだろうけど、これだけ長く一緒にいるのにスペインはイタリア料理をあまり知らない。近いんだし、似ているし、俺はけっこうあいつが作ってくれたヤツ取り入れているんだから、もうちょっとぐらい歩み寄ってきても良いものなのに作ってもらったためしがない。まあ、あいつがイタリア語を喋っているのも聞いたことなんて数えるほどしかないし、そういう関係性だって言われればそうなんだけど。俺はあいつの家の連中と話す時はスペイン語なのに何だか少し不公平だ。
そんなだからか、俺がスペインに飯を作るといつもどれかひとつは「これって何て言うん? 初めてみたわあ。ロマんとこのご飯?」となるわけだ。前述の通りに美味い美味いと言いながら、食いっぷりだけは見事に。そうして食わせてやったヤツを他で召し上がっている様子はなく、しかし、お気に召してはいるようで、次に作ってやったら「久しぶりやわあ、前にロマーノに作ってもらって以来やね! 親分、これ好きやからもっとご飯作ったってやあ」と言って喜ぶ。気に入ったんならお前が作るなり、俺んちに食いに来るなりしやがれこんちくしょうめ。絶対にそんなことしないんだろうけどな!
あいつが知っているイタリア料理は俺が作ったもんばかりだ。何となく、スペインがこっちに遊びに来た時、馬鹿弟ではなく俺が飯を作るって流れになっているから、あいつの話を信じるならば、よそでも食ってないそうなのであいつは俺の味しか知らないのだろう。ピッツァもパスタもフォカッチャも。一応、北のほうの飯も作るけど、弟に言わせりゃやっぱり味が俺っぽいらしいから、本当にあいつが口にするイタリアのものは俺のものばかり。
「やっぱイタリアンはロマーノが作ったやつが一番うまいわ! 親分、もうよそで米も魚もよう食われへん」
それはリゾットとアクアパッツァだこのやろう! いい加減、名前ぐらい覚えろよ。だいたい、スペイン。てめー俺の作ったやつしか知らないのに一番ってどういうことだよ。一番二番ってのは他と比べる対象を知っているやつが使う言葉だぞ。
美味い美味いと手放しで褒めるスペインの前に鍋ごと出して腕を組み鼻を鳴らす。お前は俺の味しか知らねぇんだよ、このやろうめ。
そんな全くもっていつも通りの、少なくともここ十年ほど変わっていないやり取りをなぞっていたら、スペインの隣で自分のものが取られないよう腕で囲って皿を守っているヴェネチアーノが「兄ちゃん、嬉しそうな顔してるー」と言ってニコニコと笑っていた。
ロマーノはキスをするとき、まず俺の耳にふれる。そのきっかけはいつも読めない。こちらがしてほしいと言ってしてくれたためしはまずないが、今は手が離せないようなときばかり、わずかな熱をちらつかせ潤んだ瞳を向けてくるのだ。素直な言葉を発さない口が閉じられ沈黙が降ると、その瞳の雄弁さは顕著になった。もう何十年、何百年と一緒にいるのだから、ああ今がキスをしてほしいときなんだということはわかっていた。
琥珀色の、ねこのような黄色がちな瞳がすっと細められる。細いくせに不器用な指先が俺の耳たぶを覆った。何度もふれたことのあるその指先の温度が、思っていたよりも高く感じることに驚く。大きくまばたきを三回、くりかえす。ロマーノの真剣な表情がふっと緩められた。形を確かめるように耳の輪郭を上下に撫でていく指が、そっと耳うらをかすめていく。
たとえ他の誰にされたとしても何とも感じないだろう。その仕草にいちいち、かっこええなあなんて思って、その事実にドキドキするのは相手がロマーノだから。彼をからかっても良かったのだが(俺は食事の支度をしていた。急にどうしたん、と聞くぐらいはそう変なことではないだろう)、何となく彼の空気に呑まれてやって瞳を閉じる。視界がなくなると余計に彼の視線を意識してしまって真顔ではいられない。しばし沈黙。何十秒か、あるいは一瞬だったかもしれない。頭のなかが真っ白になっていく。そうして徐々にロマーノの吐息が俺の頬へと近づいてくる。それをただ待つときが一番逃げ出してしまいたかった。とにかく照れくさくて恥ずかしくて、でも珍しい彼からのアクションに期待もしている。呼吸の音さえ聞こえてきそうなのに、心臓の音が全身に響きわたるようで外の音が耳に入ってこない。
何度ふれても、いや、むしろ。何度もふれてきたからこそ、いつもロマーノとするその日はじめてのキスは緊張する。知っているから今さら初めてのときとそう変わらない鼓動の高鳴りを知られることが恥ずかしい。だから出会いがしらに挨拶がてらすませてしまうのが常なのだが、今日は料理中に来られてしまったものだから後まわしになってしまった。
ゆっくりと近づいてくる熱に茹だって沸騰してしまいそうだ。こんな青くさい気持ちをどうやって止めれば良いのかもわからない。まして、止めたいと思っているのかも。
そうして、くちびるが今まさにふれ合う、その刹那。ロマーノは近づいてくる動きを止めた。互いの温度が感じられるせいで、まるでふれ合っているようだった。そこで一度、瞳をひらくと焦点も合わないような至近距離で彼の瞳が揺れる。そういうところツメが甘いなあ、なんて、思ってしまうから俺はダメなんだろうか。
見つめ合ったままロマーノの髪を梳いて耳をさぐる。サラサラと指通りの良い髪が指先からこぼれ落ちていく。上質な糸のような毛先がひどく冷たく感じられた。たどり着いた耳の輪郭にふれる。今度はロマーノの方がこわばった。この指先は、彼が思うよりも熱かったのだろう。
はじめてロマーノのキスが俺の行動をなぞっているのだと気づいたのはいつだっただろうか。それすら思い出せないほどの遠い日から、二人はキスをしている。
その事実にどうしようもない眩暈のようなものを感じて、俺の救いようのなさを思い知る。でも今さら、ロマーノに関してはずっとダメなんだ。
再び瞳をとじると、今度は俺から顔を引き寄せた。
「ロマーノ、けっこうのんびりしとるからなあ。子どもん時とかよう本棚倒したり食器割ったりで大変やったわ。なあ、あれどうやってやってたん? あ、三名様やでーカウンターしか空いてないん? ええよね、ほなそれで。そうそんで、絶対わざとやろって思っとったから俺もけっこうきつめに叱ってたんやけど、これがびっくりすることにわざとちゃうかってん。本人なりに頑張ってやってたみたいで、ある時気づいてんよね。ロマーノ、わんわん泣き出して俺もわかってなかったなあってめっちゃ反省したんやけど、でも今思い返してもやっぱその気もないのに、あんな破壊活動できへんと思うねんなあ。あ、飲み物決まった? お兄さん、こっち! とりあえず今日のおすすめの赤とー、ビール? グラス三つねーよろしゅう! ……はー、まあ今日はお疲れさん。うん、せやねん、ほんまロマーノには敵わんやろ」
この百年ぐらいで何度聞いたかわからないような話をしながら、店に入り、スーツのジャケットを脱ぎ、椅子を引いて腰かけ飲み物の注文をする。その間も、ごそごそとスラックスのポケットに入れていた財布と鍵を取り出して、なくさないようにと握りしめた。
俺には絶対に真似できないスペインの一連の動きを観察しながら、その器用さに感心半分、呆れ半分で話を聞いていたら、視線は俺たちから逸らさず会話も止めないで手の中にあったホテルの鍵をひどく無造作にテーブルの端に置いた。
あまり親しくない国や仕事で新しく配属された部下を紹介する時、必ずスペインは俺の子どもの時の話をする。それがこいつにとってのテッパンってやつなんだろうけど、俺にとってはあまり他人にベラベラ話されたくないような失敗談ばかりなので良い気はしない。けれど、ここでやめろって騒いだら余計にうっとうしいことになるので御法度だ。面白がってからかってくるし、同席している初めての相手も一緒になって盛り上がる可能性が格段に上がる。こういう時は意識を明日の朝飯の献立てにでも飛ばして嵐が通り過ぎるのを待つに限るんだ。
「しかも言い訳がひどくってなあ、何でもリスのせいにしたり……一回ひどかったのはフランスからもらった人形が夜中に歩きだしたーって言ってたなあ! 今思えばくるみ割り人形かって話やん。まあ、それは今もあんまり変わってへんくってこないだも待ち合わせしてんのに女の子ナンパしててなあ」
話に熱が入り、テーブルに身を乗り出す態勢になる。身振り手振りの大きいせいで、持っていた財布が邪魔になったのだろう。今度は鍵を置いたほうとは反対側の、俺のすぐ目の前に放り出した。
しかし、俺も口を挟む隙もないぐらい一気に言いきるスペインの話の内容が引っかかって眉を上げる。
「いや、あれはお前が遅刻してきたからだろ」
「えーでもやからってナンパはないやろーあれ成功したら俺のことどうするつもりやったん?」
「んなもん、一時間も待っても連絡ひとつ寄越さねぇんだ。約束自体なかったんだなって思ったけどな。ったく……言っとくけどお前もたいがいなんだからな」
「あ、いや……それはその」
「こいつの若い時なんてほんっとひどかったんだぜ。子どもの時の俺なんて可愛いもんだろ、文字通り子どもだったんだし。スペインのはシャレになんねぇんだよ。ダブルどころかトレもクワットロもブッキングかまして、おかげでお前がデートしている間に屋敷の玄関で女の子たちが鉢合わせしたこともあったんだぞ」
思い出したらその時の修羅場が鮮明に浮かんできてふつふつと怒りが込み上げてきた。ベルが鳴ったから見に行っただけなのに俺を囲んで(そう、この子どもは誰の子だ騒動にまで発展した)、ベッラたちが言い合っているのは今思い出しても嘆かわしい。あの時の鬼のような形相を思い起こせば、あんな顔をさせるスペインが悪いとしか言いようがなかった。
「あ、あの……ロマーノさん? そろそろ、そのへんで……」
「それでこいつが帰ってきた第一声はほんっとひどかった。「みんな友達やーん、仲良うしようやあ」ってヘラッヘラしてて。……友達で仲良しこよし、それで良いのはお前だけだっつうの!」
ギロリと睨みつければ複雑な表情をしたスペインがごにょごのよと口の中でつぶやきながら、忙しなく店のメニューをカウンターに広げては片付けてを繰り返している。
「あー! そろそろ食べ物頼も! 俺のおすすめはーこれとこれとこれやで!」
わざとらしく大きな動作で指さして視線を動かす。話を逸らしたいんだろう。まあ、これ以上はかわいそうかなと思って(同席の奴は知らないとは言え、一応は恋人同士なのに過去の女性遍歴を持ち出されるのも気まずいだろうし)俺も素直に話を切り上げた。
適当にメニューを選んでいたら、ちょうど店員が酒を持ってきた。ついでに食事を頼んでまずは乾杯。腕を組んでテコでも動かないって態度で示していたら、スペインがボトルを開けてそれぞれのグラスにワインを注いでくれた。
飯の間は俺の話は出なかった。最初の一件で懲りたらしい。今度からは俺の子どもの時の話をしだしたら、スペインの黒歴史をぶちまけてやろう。あいつにネタを掴まれているのと同じように、俺だってスペインのあまり他人には言いたくないだろう過去をいっぱい知っている。そういうところ、長い付き合いで良かったって思う。
たらふく食べて、程よくアルコールも入れて、二時間ぐらいそうしていただろうか。明日もあるし、そろそろ帰ろうと言う話になった。今からホテルに戻ればちょっとゆっくりできそうだ。俺の部屋の鍵はスペインが持ちたがっていたから、一緒について来る気かも知れない。
お会計、と言う単語が出た時、スペインがあからさまにしまった、と言う顔をした。まるで漫画や映画みたいに彫りの深い目をまん丸にして、唇を曲げる。何も言っていないのにスペインの「やってもうた!」と言う言葉が聞こえてくるようだ。
腰を椅子から少し浮かしてスラックスのポケットを探る。手でポンポンと叩いたが、小気味の良い音が鳴るだけだ。体を捻って後ろポケットも見るが目当てのものが見つからないのだろう。正面に向き直って、あるはずもないのにシャツの前見頃を無作為に叩いていく。
次にキョロキョロと辺りを見渡しだしたので、ああ、ジャケットを持ってこさせようとしているなって思った。
「財布なら俺の目の前にお前が置いた明日の仕事の資料の下」
「え!」
そんなに慌てなくても良いのにものすごい勢いでホチキスで止められた資料に飛びつく。ガサガサと派手な音を立てながらも紙の下を探り当てた。
「あったー! ああ、良かったわあ! どっかに置き忘れてきたかと思った、はあ、心臓縮まるかと思ったわあ」
「そうかよ」
実際あの驚きようなら少しぐらい縮んでいたかもしれない。それぐらいスペインの表情は間抜けていた。
「いや、待って! 財布がここにあるってことは……あれ? 確か一緒にポケットに入れといたのに」
全員、横に並んで座っているわけで、そんな大きな声で話さなくたって聞こえている。うるさい、と顔を顰めていたら、俺の目の前の皿からグラスから持ち上げて、ない、ないと騒ぎ出した。
おかしいと言いながらカウンターの下にまで潜り込んできたので、そっちじゃねぇよって口出ししてやる。
「ホテルの鍵ならそっちのメニューの下」
「え! ……ほんまやー! あったわ、すごいなあロマーノ! なんで親分が鍵探してるってわかったん?」
「俺様はすごいからな」
ふん、と鼻を鳴らして椅子を立つ。何てことはない、あれだけ無造作に置いたら後で忘れるだろうなってわかっていただけのことなんだけど、まるで念力みたいやーとスペインがやたら感動しているので、茶々は入れずにおいてやる。
「それじゃあ、ここの支払いよろしく」
「それは別の話やろ! ちょ、ロマーノ!」
情けない声を上げて追いかけるスペインが椅子に足を引っかけたのか、先ほどよりも更に派手な音を立てて何かが床に転がる気配があったが、俺は振り向くことなく真っすぐに店の出口へと向かった。
「ロマーノ、来週暇やんな。うち来る?」
「暇じゃねぇよ」
「予定ないんやろ?」
「予定なくても俺は暇じゃない」
「はいはい、うち来るんやね。親分、ちょっと出かける用事があるから外で待ち合わせせぇへん?」
「飯おごりな」
「えー300円までやったらええけど」
「けっ、しけてんな。そんなんで何が食えるんだこのやろー」
「あ、そう言えば前にロマーノがええなって言ってた店なくなってもうてん」
「まじかよ」
「代わりにバルができたから一緒に行く? なあ、行く?」
「……行かないって選択肢はねぇんだろ」
「せやな! 見た感じ良さそうな気がすんねん」
「まあ、お前のそういう勘は信じてるぜ」
「は、って何やねん、は、って」
「お前全体を信用してるわけじゃねぇからな」
「んもう、相変わらずなんやから。とにかく来週はバル行ってデートやな!」
「うぜぇ」
「駅前のスタバで待ち合わせなあ」
「スタバ? あのへんにんなもん、あったっけ?」
「最近できてん! あれ、ロマーノ前来た時になかったっけ?」
「記憶にねぇ……ドトールがあった気がしたんだけど」
「んー? とにかくスタバできてん!」
「ふうん、まあ良いや。じゃあスタバで」
「3時ぐらいになると思うわ!」
「はいはい、4時な」
「ほなね! 遅れんといてやー!」
当日、4時半にスペインへと着いたロマーノは30分ほどかけて駅の周辺でスタバを探したのだが疲れ果て、ちょっと休憩のつもりで入ったドトールで気が付けば6時前になっていたので慌ててスペインへ電話をかけたら、ようやく連絡のとれたスペインから先にバルに行ってると言われ、おぼろげな記憶を頼りに店を探し当てるもスタバを見つけることは終ぞできないのであった。

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