「兄ちゃんたちって意外とドライだよね」
ヴェネチアーノが何の脈絡もなく唐突に言ってきた。玄関先でのことだ。俺達は昨夜家に泊めてやったスペインが、朝からフランスで会談があるとかで慌ただしく出て行くのを見送った。さあてリビングに戻るかと踵を返そうとした時、馬鹿弟が馬鹿なツラ下げてため息をついたのだ。
「あん?」
「スペイン兄ちゃんと兄ちゃんって付き合っているんでしょ? それなのにお見送りもあんなそっけなくて、スペイン兄ちゃんに何か言われないの?」
馬鹿弟に見送りの仕方を非難されるとは思いもよらず、思わず眉をひそめる。
「普通だろ。何で俺がスペインにとやかく言われなきゃいけねぇんだよ」
「だってスペイン兄ちゃんって自分で情熱の国って言っているし、俺から見てもスキンシップ大好きじゃん! なのに兄ちゃんの態度は冷たすぎるよぅ」
「……何で俺ばっか批判されてんだ」
別に俺とスペインの挨拶が特別そっけないかと言うとそうでもない。ハグして両頬を擦り付ける、ごく普通のものだ。さっきはスペインの野郎がなかなか起きてこなくて遅刻寸前だったからバタバタしていたが、それでもちゃんとハグはした。それを馬鹿弟に文句言われる筋合いはないはずだ。
「フン、今朝は急いでいたからそういう風に見えたんだろ」
「でもスペイン兄ちゃんってば昨夜突然ウチに来て、今朝もう出て行ったんだよ? せっかく会えたのに八時間ぐらいしかいなかったじゃん。もっと名残惜しいとかないの?」
「……ねぇよ。どうせすぐ会えるだろ。昔みたいな情勢でもねぇし、今は飛行機があるんだ」
「ほら! やっぱり兄ちゃんドライだー!」
ぎゃあぎゃあとうるさいヴェネチアーノの言葉を聞きながらリビングに戻った。こいつの話を聞いていると頭が痛くなってくる。だいたい俺がドライだとして、それがお前に何の関係があるんだよ、ちくしょーめ。
「そんなつれない態度ばっかり取っていたらスペイン兄ちゃんかわいそうだよ」
「スペインが今さらベタベタしたくねぇんだろ」
俺達の付き合いは長い。俺がちんちくりんのガキの頃から一緒に暮らしていたし、お互い結構な黒歴史を知り尽くしている。それを恋人になったからって今さら付き合い方を変えるのは、なかなか難しい話だ。
それにヴェネチアーノは勘違いをしているが、ドライなのはスペインのほうである。あいつは街中で手を繋ごうとしたらヒラリと躱すし、ふたりきりの時にそれとなくロマンティックな雰囲気を作ろうとしても、せっかくのムードをぶち壊しにしていきやがる。恋人らしい演出も、浮かれたようなデートも、どんなに俺が頑張ったところで叶った試しがない。
昔から言っているが、スペインはひどい奴だ。いつもニコニコしているし人当たりが和らいからごまかされているけれど、薄情だし俺の話なんか聞いてもいねぇ。俺のほうがツンケンしているから、逆だと思われがちだけどな。
「ヴェー……それだと兄ちゃんがスペイン兄ちゃんといちゃつきたいみたいに聞えるよ」
「…………」
馬鹿弟にしては鋭い指摘だ。思わず黙り込む。
「そうだったらスペイン兄ちゃんひどい! あんないかにも恋人は愛し抜く情熱のラテンみたいな顔して!」
「顔は関係ねぇだろ」
何だかんだでイタリアも愛にはうるさいラテン国家だ。恋人への愛情表現が乏しいなんて冷たいと、馬鹿弟がぽこぽこと沸騰している。
まあでも、スペインは薄情だけど気持ちはわからなくもないんだ。昔からの付き合いで、ましてやあいつにとって俺はガキの頃から世話してきた子どもみたいな存在。今さらいかにも恋人みたいな関係性に切り替えろって言われても照れや気まずさがあるんだろう。
「でもスペイン兄ちゃんは手を出しているじゃん! 恋人みたいなムードにはなれなくてセックスはできるなんて矛盾しているよ!」
「……お前も結構言うよな…………」
「え、まさかまだ手を出されてないの?」
そりゃあ、お互い成人した男の体を持っている恋人同士。ヤることはヤっているけどよ。でもそれとこれとは違うっていうか、最中は盛り上がっているからノリでできるところもあるし……と、そこまで考えてノリで掘られているのはアリなのかって疑問も出てくる。今でこそ慣れてきたから良いが、最初の頃はすげー痛かったし恥ずかしい格好はさせられるしで、我に返ったら何やっているんだろうと思うことばかりだった。
…………。
「この話はもうやめようぜ……」
俺のダメージばかりデカい気がする。
「イタリアの恋人なら照れとか恥ずかしいとか、そんなことにこだわってちゃダメダメ! スペイン兄ちゃんにちゃんと抗議しなきゃ!」
「……いや良いんだよ、俺たちはこれで」
「兄ちゃん!」
ヴェネチアーノが珍しく目を三角に尖らせて憤慨している。自分のことでもないのに、そうやっておせっかいなことを言ってくるところがおかしくて、吹き出してしまいそうになった。笑ったら怒るんだろうな。他人事のように考えながら、本当に良いんだって、と繰り返した。
「それにスペインは薄情な野郎だけど、俺に対して情熱がないわけじゃねぇんだ」
「そりゃあそうなんだろうけど。あれだけ南イタリアにこだわっていたわけだし、でも……」
「こういうのは当人同士にしかわかんねぇこともあるんだって」
不服そうな顔を見せているが、これ以上、何も言ってくれるなと視線を合わせる。俺よりも爺ちゃんの色に近いアンバーの瞳が一瞬見開かれた。丸くてアーチを描く目がゆらゆらと揺らぐ。心配してくれているのはありがたい。でも、スペインとの関係は馬鹿弟がそんな風に気を揉むようなことでもない。
「ま、お前が思っているよりかは俺達はちゃんと恋人だぜ」
「ヴェー……」
「ところでコーヒーいるか?」
「……兄ちゃんが淹れてくれるの?」
「仕方ねぇな」
「俺、カプチーノが飲みたいであります!」
元気の良い返事を聞いて、ふっと笑う。俺はカプチーノを淹れにキッチンへと向かった。
※
その日の夜。時計の針は日付が変わるところだった。ヴェネチアーノは寝支度を整えて、自室のベッドに入ろうとした。兄は先に眠っている。彼は意外と早寝早起きで、朝が早いのだ。今朝もなかなか起きてこないスペインを、朝から仕事だって言っていただろ、と起こそうとしていた。……思うに、ロマーノはスペインに対して健気すぎる。それが端から見ているとスペイン本人にはあまり伝わっていないように見えて、複雑な気持ちになるのだ。
ヴェネチアーノはそれを、兄がそっけない態度を取ってばかりいるせいだと思っていた。照れ屋のロマーノはきっと恥ずかしがって、恋人らしい雰囲気になっても自らぶち壊しているのだろうと。しかし実際はその逆なのだと言う。
(兄ちゃんはああ言っていたけど、やっぱり……もどかしいよー!)
両想いで今も恋人として良好な関係を気づいている彼らに言うことではないのだろうが、ついおせっかいを焼きたくなるのだ。せっかく愛し合うふたりがそばにいるのに、ドライな付き合いでいるなんてヴェネチアーノにはとてもさみしいことのように思えた。
(まあでもあんまり口出したら兄ちゃんも嫌だろうしなあ……うーん)
人の付き合い方にとやかく言うのも野暮な気がする。しかし、けれど、だって……誰に言うでもないのに、そうは言えど放っておけないと頭を抱えた。
その時だった。ヴェネチアーノの携帯が鳴る。何だろうと画面を見やれば、思いがけない相手だった。
「あれ、スペイン兄ちゃんからだ」
珍しい。彼は筆不精で、仕事の用件ですらなかなか連絡を寄越してこないのだ。ロマーノとすらあまりメールのやり取りをしている様子はなく、どちらかと言えば電話を好んでいるようだった。
こんな時間に連絡が来るということは、仕事のことだろうか。最近の彼はハードスケジュールをこなしていて、今朝見送った時も少し疲れた顔をしていたのに遅くまで大変である。とりあえず緊急の用事なら返したほうが良いだろうと思い、ヴェネチアーノは画面に視線をやった。スペインからのメールはとても長かった。
ーーーロマーノはもう寝ているやろか。俺は昨日いきなり押しかけたのに優しく出迎えてくれたお前の顔が忘れられなくて、疲れているはずなのになかなか寝付けません。今日はずっとフランスに上の空やとからかわれてしまいました。なんでかって? 昨夜のお前の肌の熱さがまだこの手に残ってて、仕事どころじゃなかった。ロマーノは昨日会ったばかりだと呆れるかもしれへんけど、俺にはあれじゃ全然足りへんのや。……今すぐイタリアまで行ってお前を連れ去ってしまいたい。まだイタリアが統一する前の頃のように、いつでもそばにいたい。それで朝も昼も夜も、ずっと抱きしめて愛を囁き、キスを、愛撫をお前にーーー
「ヴェエエエエ!!!」
思わず携帯電話の電源を切ってしまった。内容が理解できなくて結構読んでしまったが、それでも画面の右端に表示されていたスクロールバーはまだまだ先があることを示していた。
「んあ? ……なんにょ……ばかおとうと、いま何時ら……?」
「ヴェ?! あ、に、兄ちゃん、ごめん! 起こしちゃった?!」
「んー……」
不明瞭な返事。ロマーノは夢と現を行き来している。ヴェネチアーノはじっとベッドを見つめた。心臓がバクバクと鳴っていて、妙な汗が吹き出てくる。
やがてロマーノは本格的に寝入ったのか、穏やかな寝息が聞こえてきた。それに詰めていた息を吐き出して、ずるずるとその場に座り込んだ。見てはいけないものを見てしまったような、そんな気がする。
おそるおそる、携帯電話の電源を入れ直す。画面が点灯し、ロック画面に飛ばされた。解除してメールを再び開く。何かの間違いではないかと思ったが、残念ながら差出人はスペインで内容は熱烈なロマーノへのラブレターだった。おそらく間違えてヴェネチアーノに送信してしまったのだろう。
「これが……深夜のラブレター……」
ヴェネチアーノは自分も愛の国だと自負していたし、ラブレターはマメに書くほうだ。しかし、この内容をあのスペインが書いたのだと思うと気恥ずかしさで悶そうだった。よく知る身内と知人の恋愛事情を垣間見てしまった、そんな気まずさがある。
「……酔っぱらって書いたのかなあ」
さっきフランスのSNSにスペインと飲んでいると投稿があった。気心の知れた腐れ縁同士、過ぎた量を飲んだことは想像に難くない。その酔った勢いでどういうわけだかラブレターを書いて、誤送信したのだろうとは思う。
しかし、そうだとしても昼間のあの話は何だったのだろう。さっきまでやきもきしていた自分が馬鹿みたいだ。
「当人同士にしかわらないことって……こういうことなの?」
スペインが酔うと感情的になるとは聞いていたが、感情的過ぎる。普段からちょうど良い量の愛情表現をしていたら、もっとバランスが取れるだろうに……むしろ酔ってこういうことをするほうが恥ずかしい気もするが、それはヴェネチアーノが他人だからそう感じるのかもしれない。
はあ、とため息をついて、画面に再び視線を落とした。指をするすると動かしてメールを操作する。転送、宛先選択、ロマーノ。送信ボタンを押してヴェネチアーノはがっくりと項垂れた。
「兄ちゃんが幸せそうで良かったよ……」
今はすやすやと眠るロマーノが、ヴェネチアーノから転送されてきたメールに気づき悲鳴を上げるのは、翌朝になってからだった。
俺なー最近キャベツ男子って言われるねん。キャベツってなんやねんな。親分、生粋のスペイン男子やっちゅうねん! どっちかって言うとトマティーナ系男子とか、闘牛系男子やんかあ。あ、とりあえず寝室行く? 今、うちのリビングが散らかっとって人の座れる場所がないねんよ。内職のバラで。とにかく納期がほんまにやばいねん。そうそう、まあどんなにしんどい時でも寝るとこはちゃんと確保するシエスタ系男子でもあるわな。ん? 何? あ、キャベツ男子が違う? あー……あ、そういや何かちゃうかった気がするかもなあ。何やったかな、うしー男子? まあええわ。とにかくな、俺が全然害なさそうに見えるんやって。あ、ごめんなあ、掃除終わってへんからベッドの上にでも上がってて。今ざーっと掃除機かけるわ! 最近はダスキンだったか吸引力が変わらないだったか言うけど、親分ちの掃除機も結構やるねんで。うるさいのが玉に瑕やけど、俺デカい声出すの平気やしー。ほんでなあ、男としての危険性? とにかくそういうやつらしいわ。うん。危ない匂いが全然しない安全パイ系男子やから、油断してホイホイ部屋に行ってまいそうやって言われてん。なあなあ、どう思う? 俺ってそんなへたれに見えるんかなあ。親分かて男やから、好きな子を家に誘って何もせえへんほど聖人でもないんやけどな。え? 想像できへん? なんでやねんな、お前俺のこと何やと思ってんねん。そのうち見せたろか? 親分が男しているところ。へあ? 気持ち悪い? つれへんなあ……あ、ちょい失礼。そっちのハンガー取らせてもらうな。ちょっと屈んでなーよいしょーっと……まあ、とにかくそんな感じで、ロマーノ。お前なんでお前に惚れててどうにかしようとしている男の家にホイホイ上がり込んで、ベッドに寝転んでるねんな。そんな油断しとったら、襲われても文句言われへんで。
「……お前、わかりにくすぎるぞ、ちくしょー……」
いつの間にかベッドに寝転がされてスペインに上からのしかかられていた。あまりの手際の良さに、始めからそういうつもりで家に呼んだのかと彼の手練手管を疑いそうになったが、そんなことを聞くのも野暮というものだろう。
「それとお前の場合、草食系男子でもキャベツ男子でも何でもねぇよ、スペインこのやろーテメーなんかただのドスケベ男子だ、ばーか」
「押し倒されてんのに、ようそんな強気な態度に出られるなあ」
呆れながらも顔を寄せてくる。ここで俺が拒絶したらこいつはどんな顔をするのだろうと思いつつ、すぐそばに迫った瞳が近すぎてぼやけるのを認めて、俺はそっとまぶたを下ろした。
照りつける太陽がまぶしくて、咄嗟に目を細めた。額に浮かんだ汗を拭うが、拭った手の甲もベタついていて、ただ汗を引き伸ばしただけだった。肌を刺すような太陽光は鋭く、皮膚の表面を焦がしていく。ジリジリと焼けていく頭のてっぺんから茹だるようだった。
「おい、スペイン! こっち見てみろよ!」
やけに機嫌の良い声に呼ばれて顔を上げた。視線をやると、青い空を背にしたロマーノが真っ赤に熟れたトマトを掲げて笑っている。
「もう赤なっているん?」
「こいつだけだぞ! 早熟だ」
何が面白いのかケラケラと笑っている。その無邪気な笑顔に胸がざわついた。
「……ロマーノと一緒やな」
軽口のつもりだったのに、暑さで朦朧としていたせいか。声に軽さがなかったせいで、冗談のようには響かなかった。しかしロマーノはそれすらも笑う。
「そうだ、俺は早熟だったからな!」
ニヤリと笑って、自らもいだトマトに唇を寄せる。まるでスペインに見せつけるかのように、上目遣いで視線を寄越してくるから、まともな思考は一層掻き乱されて。ぐらりと視界が揺れた。
以前にトマト畑の真ん中で彼を抱いたことがある。まだロマーノが少年の面影を残していた頃のことだ。その日も今日のような炎天下で、彼は無邪気に笑っていた。日に日に成長し手足を伸ばす彼の体は着実に青年のものへと近づいていたが、本人は未だその自覚がないのか、スペインの庇護に安心しきって子どもそのもののいたいけな表情を見せた。それが、堪らなかった。気がつけばまだスペインよりも随分幼い彼の体を抱き寄せて、土の上に押し倒していた。トマトの枝が隠してくれると嘯いて、だから大丈夫だなんて何の根拠もない言葉で言いくるめた。その日のロマーノが真実スペインの言葉を鵜呑みにしたのかはわからない。ただ、それ以来、彼は大人びた表情を見せるようになっていった。
遠い記憶をほじくり返して呆然と突っ立っているだけのスペインと、トマトにかじりつくロマーノ。何も言わずにいると、彼はそのまま赤い球体に歯を立てた。
ロマーノは昔から歯並びが良い。整った骨格に沿うように均等な大きさで揃ったツヤツヤとした白い歯は、彼の小さな口の中に綺麗に収まっている。それはいっそ芸術のようだった。
「……ッ」
薄い皮を突き破った前歯に透明な赤い汁が滴る。白と赤のコントラストが、強いぐらいの太陽の光とあいまってやけに映えた。じゅるり、と音を立ててトマトの汁を啜る音を聞く。むわっとむせ返るような外気に中てられて、気が狂いそうな激情を覚えた。あ、と間の抜けた声を発してしまった。それを聞いたロマーノが妖艶に微笑んでみせる。
おいおいと茂る深い緑、まだ青いトマトの実が生る中でひとつだけ真っ赤に熟れた早熟のトマト、青い空、早々にもがれた実。くらりとして、僅かに後ずさる。
ロマーノの手のひらから手首、腕の内側を伝って肘へとトマトの汁が滴り落ちる。成人した男のもののはずなのに、まだ未熟な彼の筋肉はしなやかで薄い。それはどこかアンバランスさを醸し出していて、目まいがするような色香を醸し出していた。
「ロマーノ……!」
思わず足を踏み出して、気が付いた時にはその体を掻き抱いていた。瞬間、ふわりと香るロマーノの匂い。
「な、なんだよ」
切羽詰まったようなスペインの反応に戸惑ったような反応が返ってくる。構わず腕の力を強めたら、いたい、と抗議の声が上がった。それでも力を緩めることができなくて、ぎゅうぎゅう、と締めつける。次第に彼は諦めたのか、はあ、とため息をついただけで文句を言うことはやめた。
「ロマーノ……?」
「ったく、しょうがねぇやつ……」
「……」
「何考えてんのかしんねぇけど、ここでヤんのはまっぴらだからな。泥まみれになるし、痛ぇし、暑いし。最悪だ」
彼もまたトマト畑で行ったセックスを覚えていたのか、不満げに漏らす。それに責めるような色はなかったが、ひどく呆れているようではあった。
「やって……!」
「やってじゃねぇよ」
「ロマーノが……っ、トマトに攫われるかと思ったんやもん!」
「はあ?」
やがてジトりと目を細めたロマーノに頭突きをされるのだが、スペインだってまさか過去の自分にこうまで苛まれると思っていなかったのだ。
そう、自ら成熟させたトマトに揺さぶられる日々。
「新しいiPhone買うねん」
「ふうん」
「もっと俺に興味持って!」
「ようやくパカパカ携帯も卒業か」
「ロマやってiPhoneにしてから一年も経ってへんやん」
「うっせーこの一年の差はでかいんだ、このやろー」
「親分のは最新やで!」
「5Sか?」
「ちゃうちゃう、5やで」
「……俺のと同じになっちまうぞ」
「ロマーノのは4やろ?」
「違ぇよ、5だよ。去年の秋に買ったんだよ」
「え、じゃあ俺が買うのは6?」
「まだ出てねぇよ!」
「せやんなあ。やからロマーノが4で俺が5やろ?」
「お前には4か5しかねぇのかよ! 5Sがあんだよ!」
「???」
「何だよ、その『ロマーノ何言ってんのやろ、携帯のこと難し過ぎてわかってへんのとちゃうかな』って目はよぉ!!」
「親分、プロイセンに聞いて頑張って覚えるからロマーノに使い方教えたるな」
「うっせぇ! 俺はわかっているみたいな顔がむかつく!」
「兄ちゃん、早く行くよー……って、スペイン兄ちゃんも。どうしたの?」
「あ、イタちゃん! これからメシ行かん?」
「ごめんね、これからドイツ達とご飯なんだあ」
「なんやあ」
「兄ちゃんも」
「……行きたくねぇ」
「もう! まだそんなこと言ってるの? 兄ちゃんのためにiPhoneの使い方教えてくれるんだから、ほら」
「……」
「兄ちゃん!」
「あ、俺も一緒に行ってええ?」
「何で? スペイン兄ちゃん、パカパカ携帯じゃなかったっけ?」
「あ、いや! 今度新しいiPhone買うねん」
「え、そうなんだ」
「こいつ5Sと5の区別がつかねぇから、俺のiPhoneのこと4だっつって聞かねぇんだよ」
「え、兄ちゃんって4だっけ?」
「5だ」
「だよねぇ。去年買ってたもんね」
「えーじゃあやっぱり俺が買うやつは6?」
「だーかーら!」
「ああ、なるほど。えっとね、スペイン兄ちゃんのは5.5だよ!」
「えっ」
「えっ」
「だから、兄ちゃんのが5でスペイン兄ちゃんが今度買うやつが5.5だよ!」
「い、嫌やー! 何か嫌やー!」
「ぶはっ、ざまぁ!!」
「.5って嫌やー!」
「良いじゃねぇか、俺のより新しいぞ」
「そやけど、それやったら6が良かったっちゅうか……!」
「……イタリアの兄はいつになったら支度ができるんだ?」
「ケセセ、スペインがそばにいる間は無理だろ」
オチなどない。
「今お時間ありますか? 良ければ一緒にお茶でもどう?」
ずいっと目の前に突き出された花束は赤色一色。この国においてバラは決して珍しい花ではなかったが、両腕いっぱいの大きなブーケにして持って来られるとさすがに圧巻だった。
「いいえ。あんたと話をする時間なんて持ち合わせていませんだ、このやろー」
しかし差し出された花束を押し返してそっぽを向いた。腕を組んで拒絶の姿勢を取るが、男は簡単には引き下がらなかった。
「良いジェラートを出す店を知っていますよ。エスプレッソもここらでは一番美味いんだ」
「そうですか」
「ね、笑ったら可愛いって言われませんか?」
「あいにく、あんたみたいにヘラヘラ笑って生きているわけじゃないんだ」
「それはもったいない! 周りの男たちは何をしているんだか」
「……」
「少しだけで良いんだ。俺なら必ず笑顔にしてみせますよ」
気障なイタリア語に気障な口説き文句。次は天使が天国から逃げ出して来たとでも続くのだろうか。嘆息しつつ目の前の男を睨め付けて、できる限りそっけない声をつくった。
「人を待っているんです」
だからあっちへ行けと手のひらを翻すが、逆にその手を取って両手に包まれた。まるで大事なものを扱うように握りしめられて、瞳を覗き込まれる。無邪気な少年のように、みどりの瞳をかがやかせていた。
「一時間以上もおまえを待たせる男なんかより、俺のほうがずっと見てました。ね、俺を選んで……?」
囁いてくる低い声に眉をひそめた。一体どの口がそんな言葉を吐くのやら。だから思いきり顔をしかめて毒づいた。
「……待ち合わせ時間からは二時間過ぎていますが?」
「……ロマがここに来たのは一時間前やろ?」
「うっせー、何の茶番だよ。俺はベッラをナンパしてジェラート食って帰るんだよ」
さっさと手を離せ、と乱暴に手を振り払った。意外にあっさり離れたが、すぐに肩に腕を回される。
「そんなつれなくせんといてや」
「先に言うことあるんじゃねぇのか」
「遅れてごめん、ロマーノ。怒らんとって、あとナンパは絶対せんといて」
「どさくさに紛れて無茶ぶり入れてくんじゃねぇよ」
連絡もなしで二時間も遅れてくるこの男に合わせて、約束の時間より遅れて出かける癖がついたことをスペインは知っているのだろうか。ご機嫌取りに花束を買って来るぐらいなら、一秒でも早く駆けつけてくれれば良いのに。
はあ、とため息をつくと、すっと目を細められる。
「ほんまにごめんって」
「もういい」
「遅れたことじゃなくて」
「?」
行き交う人の目を盗むように唇を掠め取られて目を見開く。驚き見上げれば、一瞬スペインが考えるようなそぶりを見せた。
その後に紡がれた言葉に、彼の思惑通りに怒るはめになるのだ。
「俺を待っているおまえが可愛くて、ずっと花屋の前から見とった。一時間も前からベッラにも目もくれず待ってくれとったんやね」

短編など完結している話
リクエストBOXでリクエストしていただいた話
助教授×学生パロ
R-18、ゲームの世界観を借りたエロコメディ
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