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今夜手紙を書きます

2011.12.23

親愛なる君へ
 アロー、お兄さんの可愛いやんちゃ坊主は今頃どうしているかな。今年の冬も寒さが厳しくなるみたいだけど、そっちじゃそろそろ灰色のコートで真っ暗な冬到来ってところだろう。パリでは今のところいつも通りの12月って感じかな。そう、もう12月だぜ。この頃は時間が経つのが早く感じるね。
 前に出した手紙からずいぶんと間が空いたのは、お前の大好きなパソコンとEメールのせいだろうね。便箋や切手は変わらず売られているのに、俺の引き出しの中には使わないまま溜まっていく一方で、誰かからの手紙を受け取ることもめっきり少なくなっちまった。確かにたいていの用事はメールのほうが便利だけど、それじゃあちょっと寂しいじゃない? だから何週間も返事を待っていた頃のことを思い出して手紙を書いてみたんだよね。もう今から返事が楽しみだ。と言っても、これの返事に電話を寄越してくる姿が容易に想像つくけど。
 さて、シャンゼリゼ通りの並木道は例年通り紅葉しているし、プレタポルテもつつがなく終わったので、そろそろクリスマスの用意を始めようかと思っているところ。今年はモナコが食べたいってうるさいから、栗のブッシュドノエルを作るつもりだ。久しぶりに七面鳥を焼くのも良いかな。アメリカでもパーティーがあるかもしれないけど、26日の夜に俺の家でちょっとしたホームパーティーを開こうかなと思ってる。まあ、これが届く頃には全部終わった後だろうけどね。招待状は先に送ったし電話もするだろうから、お前もきっとパリに来てくれると信じているぜ。料理はもちろんフランス料理。今年のボジョレーヌーボーはなかなか良い出来だし、きっと素敵な夜になるだろう。ああ、ワインは飲めないんだっけ。まあでも、もっとヨーロッパにおいで。イギリスと顔を合わせるのは気まずいかもしれないけど、俺は歓迎するよ。
 ワインと言えば、こないだの収穫祭の時にサンテミリオンへ行ったんだ。遠くアジアからの客人をもてなすためにね。お前はサンテミリオンには来たことなかったか? 小さい街で、17世紀ぐらいからあまり変わってないんだけど、ゆったりとした時間が流れる穏やかなところだ。教会が一番高いところに建っていて、そこを中心に家が広がっている。教会の前にある広場から川のほうを見下ろすとなかなか圧巻だぜ。延々と広がるぶどう畑。一回来てみてほしいけど、まあ、来ないんだろうなあ。
 実は昔、まだ汽車が通ってた頃に一回だけ日本を連れてったことがあったけど、今でもその時のことは鮮明に覚えてる。あの頃は白黒のフィルムで写真を撮ってたっけかな。今度は高画質のデジタルデータで残すんだって張り切ってたよ。詳しい時期はいつだったかなあ、あの後日本とはすぐに連絡を取らなくなったから、同盟直前だろう。最後になるかもしれないと思って誘ったんだ。
 昔も、こないだもそうだったんだけど、ボルドー駅から30分ぐらいぶどう畑の中を歩いて街まで行った。あの辺りって本当に何もないんだ、ぶどうしかない。すごく静かで、このまま二人きりになってしまったんじゃないかと思った。馬鹿みたいって? お前もあの道を歩いたらわかるよ。意外かもしれないけど、俺たちは二人でいる時はあまり喋らないんだ。いや、ずっと無言ってほどでもないけど、少なくともお前とイギリスほどはうるさくないな。もうそんな、必死になって語り合わなきゃならないような仲でもないからね。その時も黙って歩いてた。あぜ道、少し冷たくなった秋の風、柔らかい太陽の光、遠くに抜けていく子どもの声。な、良いだろう?
 お前はよく何でも新しく変えてしまうことが良いと思っている節があるけど、サンテミリオンは300年以上、ずっとあのままでさ。まあ、新しく建物を建てる時も景観を損ねないようにっていう決まりがあるから、本当はちょっとずつ変わっているんだけど、それがあまり目立たない。だからかなあ。日本も「全然、変わっていませんね」って、消えてしまいそうなあのいつもの笑顔で笑って言ってた。年寄りくさいかもしれないけど、ああいう、ずっと変わらずそこにあるものがあって良いもんだ。
 少ししみったれた話になっちまったな。そんな老国の昔話。最後まで読んでくれてありがとう。クリスマスパーティーを楽しみにしているよ。
フランスより愛をこめて

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