ラブアライク

ハーブティーを気取って、午後の紅茶。
シフォンケーキを崩しながら、差し込む柔らかな光に髪を染められる。穏やかに過ぎていく時間を、さっきの映画にうっとりする君と。
そんな、あまりに自分に似合わんシチュエーションでも、張り切って予約したのは2週間前やった。質の良い重厚なカーテンがテラスへ続く大きな窓から入り込む温厚な風に揺らされる。ふかふかのソファーは特等席で、雑誌によれば女の子が間違いなく喜ぶ成功率120%のデートコース!ってことで、迎えてくれた店のお姉さんは、男二人組みという店にしては異様な客の取り合わせに驚いてはって、しかしさすがプロ。成功率120%。それすら一瞬しか見せずに、その後はずっと上等な接客をしてくれて、おかげでさっきから彼も笑顔が絶えない。
昨夜から殆ど寝れないぐらいに楽しみにしていた二人きりの、映画デート。長い付き合いになるというのに、いつまで経っても進展しないし、一々アクションを起こすことに怯えている。今日も約束しているのは午後までで、ディナーに誘えるかどうかもわからない。俺ここんとこ、ずっとディナーのことばっか気にしてるん。遠いところからわざわざ来てもらうんやし、何とかスマートかつ下心ない感じで「家泊まってきや」って言いたいんだけど、たぶん、ちょっとだけのあわよくば、があって、そりゃまあ切り出せないわな。

こんなの、少なくとも大人の恋ではない。取り柄と言えば強引さと、衝動に任せた勢いと情熱なのに、彼の前ではひどく緊張して、何とか失態を犯さないよう、そればっかや。
そんなことをぐるぐる悩んでる俺とは違い、いや、まあ認めてしまおう。下心いっぱいの俺とは違い、日本はさっき一緒に見た映画の感想を、静かな声音で述べながら、しかし常よりは些か興奮しているようで、高揚したバター色の頬を桜みたいに控えめに染めてうっとり語る。

「そんなに良かった?」
「はい!仲間のために命を賭けるのは男の美学です!」

あの俳優は硬派で渋いことで名が通っていて、そんな可愛らしくティーカップを傾けたりはしないやろなあ。

なんて。
言えない俺はミントを口に入れる。
彼は見かけの可愛らしさに騙されるけど、男の美学とか、硬派とか、愛のために生きる強き者たちの熱いバトル、みたいな、そういうのが好きやった。俺もドーン!バーン!ががが!みたいな、アクションとかわかりやすいやつ好きやし、ラブロマンスなんか見に行ったら途中で寝てしまう失態を、絶対やりたくないけどやってしまいそう。けど、これはデートに程遠いのも仕方ないんかもしれん。
これをデートだと思っているのもこちらだけで、彼は全くそんな気さえないやろう。その信頼に凭れて家に連れ込んでやろうと思わなくもないが、そういうのも何か違う。悪く思われたくないし、愛を勝ち取りたいし、さっきの映画じゃないけど、正々堂々闘って選ばれたい。
長期戦は元より覚悟の上で、酷く臆病になっているけれど、若い子みたいな押しも瑞々しい魅力がなくとも、そんな力任せに抱き寄せるような年でもない。
扉が開いて爽やな風が抜けた。

「いらっしゃいませ」

遠いウェイトレスの声を聞きながら、囁くようにお喋りは続く。
端から見たら少し気持ちの悪い光景やろうか。とろんとした目で微笑む君と、男二人きりでスイーツを囲むティータイム。

なんて。似合わないんだろうか。
喧嘩仲間のイギリス人が見たら盛大にからかわれそうだけれど、そんな周りの目を気にするような柄でもない。そんなことを気にしていたら、この店に予約してまで来なかっただろう。たぶん、それはお互いに。

「映画みたいな恋がしたいとかって、たまに思います」

なのに追い討ちをかけるように呟くから、本当はわざとなんじゃないかって期待してしまう。似合わないですよね、と、どこまでも奥ゆかしく笑うから、君の言う事はたいてい叶えたいと思ってるんやけど、今回だけは難しい。
だって俺じゃないやん、そういうのは。
大通りで劇的に出会って、求め合うように恋に落ちるのも、世界を敵に回しても、ってのも、やっぱり似合わない。君の好きそうな、ウキウキとするゲームみたいなデートも思いつかないし、俺には偏屈な絵描きの男の知り合いもいない。よく見知ったフランス人の友人なら、きっと難無くこなすだろうロマンティック溢れる筋書きも、自分がやったら上手くいかないんだ。今ここで、甘い言葉で誘うことも出来ないのだから。
何より、この街はパリにはほど遠い。
それでも。
相変わらず夢見がちな目と出合って、悪い気がしない俺がいるから。

「ありがとうございました」

ああ、君の憧れるさっき見たストーリーなら、もっと大人な関係で、こんな柔らかくはなかったやろうな。それでも君が笑っていて、こんな穏やかでいれるなら、君の思い通りにはいかなくても、それでもいいんやないの?
だから、お前はだめなんだよ空気読めはげ!って声が聞こえそうだけど、まあ、そういうのも堪忍したって。大きな真っ赤のバラの花束よりも、食べられるトマトのほうがいいって思ってしまうんだ。

「ほんなら、俺と始めませんか?」

水の入ったグラスを持ち上げて君の目を見る。
グラスの中では君は歪んでて、黒い髪が柔らかい日差しの色へと輝いた。

どう考えても、チープな映画のようだと思った。

PAGE TOP

close