その理不尽さを愛と呼べ

 猫も走ると言いまして——。だからクリスマスパーティーには来れないのだと日本は言った。スペインがどんなに美味しいご飯を用意してると言ってもその楽しさを伝えても、頑として首を縦には振ってくれなかった。いつもならば拗ねた表情を作れば根負けして、たいていのことを了承してくれるのに、無理なものは無理だと突っぱねられてしまってはしょぼしょぼと肩を落とすしかない。
 相手がよく知る者ならば、もっと強引に誘っただろう。それこそ諾と言うまで食い下がったのだが、日本とはまだ親しいとは言い難い関係で、最近でこそ互いの家を行き来するような良好な関係を築きつつあるものの、それはどうやっても埋まらない物理的な距離があるからこそ争いや互いの嫌なところが見えていないからだというのも理解している。つまり、さすがのスペインでもこれ以上しつこく誘うわけにはいかないと諦めるしかなかったのだった。
「ほんま日本鉄壁やわー……一回もクリスマス一緒に過ごせたことない」
 ぼそり、とぼやく。楽しそうにクリスマスを祝う周囲の雰囲気にそぐわない浮かない態度を隠しもしないで、はああ、と深く息を吐き出した。酔った連中が羽目を外して馬鹿騒ぎをしているが、スペインの頭の中は日本のことでいっぱいだ。ここに彼がいればもっと楽しくなっただろうに、そうではない現実が重くのしかかる。
「なんか言ったか?」
「いやな、日本がクリスマスパーティー来てくれへんのやあ。好きなご飯いっぱい作ったのに。ロマにも無理に無理を言って! 頼み込んでイタちゃんまで誘ってもらったんに……あかんかった。しかも、イタちゃん呼んだらドイツも来ることなってもうたから、ロマーノにめっちゃ奢らされたし」
 全然上手くいかない、と言いかけて、ひくりと頬が歪んだ。
 そろりそろりと顔を上げて、ギギギと音が鳴りそうなぐらい凍り固まった首を動かし横にいる男を振り仰ぐ。にやにやと面白いものを見付けた悪戯っ子(タチの悪い悪戯っ子や! まず子供みたいな可愛えもんとちゃうからな!)の笑顔で赤い目を光らせているプロイセンの姿があった。
 パーティーだというのにらしくもなく無言で過ごしていたお喋りなラテラーノが、やっと口を開いたと思えば、パーティーの欠席者に対する愚痴とものろけともつかないセリフ。良い暇つぶしを与えてしまったことは、スペイン自身がよくわかっていた。
「ふうん? 23日に急に電話かけてきてパーティー来たいんやったら来てもええでーっつってたのは、日本が来るはずだった欠員分か……お前らカトリックだろ、家族で過ごさなくて良いのかよ」
 何かを企んでいる品の悪い笑み。値踏みするようにじろじろ観察してくる視線は、きっとスペインの弱味を握ろうと画策しているせいだ。しかしなぜだろう、このイライラする感じ。お前が言うから来てやったんだ、ありがたく思え、とでも言いたげな大きな態度でふんぞり返っている。スペインが大嫌いな紳士様と通じる何かを感じる。
「プーちゃんと違て俺には友達いっぱいおるんですー。日本が来られへんって言ったところで、他に呼ぶ人はいっぱいおるし。ドイツが今年も一人で過ごすことになるだろうから兄さんも誘ってやってくれないか、って言うから声かけただけやで」
 ご丁寧に眉間にシワを寄せた真面目な顔を作って低い声を出し、ドイツの物真似をしながら言うスペインに、今度はプロイセンが「え……」と言葉を失った。心なしかショックを受けているようだ。いつもの食えないケセセと笑う顔のまま、後ろからガーンという効果音が聞こえてくる、ような気がする。
「え、な、え? つーか、人をクリスマスもぼっちで過ごしてる可哀想なやつみたいに言うんじゃねぇ!」
「俺とちゃうやん! 怒るんやったらドイツに怒ってや。それに実際、前々日に誘って来ている時点でぼっちやったんやんか」
 残念ながらここには、そんな無神経なこと言ってはいけないと嗜めてくれるもう一人の悪友も、スペインの暴言を一言で黙らせてくれる元子分もいない。誰か客観的にその様子を見られる者がいれば、それを言っちゃあおしまいだろうと思っただろうが、何せ当事者しかいないものだから、プロイセンは押し黙るしかなかった。
「ヴェスト……」
 ぐす、という音が聞こえたが、悪友の誰かが泣こうが怒ろうが、そんなことはスペインの知ったことではない。彼の関心はいつだって自分の興味のあることにのみ全力で注がれているので、今も日本のことしか頭にないのだ。
 隣であからさまに落ち込んでいるプロイセンのことなど気にも留めず、再び静かになった部屋の隅で頬杖を突き、楽しそうににはしゃぐパーティーの出席者達を眺めながらぼんやり思う。
「はー、ほんまなんでクリスマスあかんのやろ……」
 思いを馳せる相手は遠く、飛行機を乗り継いで十時間以上をかけなければ会うことは叶わない。いや、会いに行くことは簡単だ。国であるスペインにとって飛行機で海を越えることはそんなに大変なことではなかった。ただ、日本に行ったところで会ってはくれない。それが一番の問題だった。

 スペインが日本のことを好きだと気付いたのはここ最近のことだ。二十年も経っていない。
 そもそも、彼とは長く引きこもっていた彼とはあまり付き合いがなく、やっとアメリカに引っ張り出されてきたかと思えばいまいち読めないあの態度。ずっと近寄りがたいと思っていた。フランスあたりはジャポネジャポネと熱を上げていたし、プロイセンなどは滅多にいない自分を慕ってくれる彼に気を許しスペインの目の前で小っ恥ずかしい恋に落ちる瞬間を披露してくれたのだけれど、そんな悪友二人ほどの興味は持てなかった。みんな珍しいもん好きやなあ、なんてことをわりと真剣に思っていた気がする。
 オランダと親しいらしいというのも気に食わない要因だった。スペインのことは拒絶したのに彼とは密にやり取りをしているらしい。なんて、あまりに面白くない。
 そもそも、男か女かもわからない。顔は整っているが国は国民たちの平均的な顔立ちになっていて、わりと皆それなりに整っている。つまり、日本だからと言って容姿のアドバンテージはない。年齢不詳、従順なのかと思いきや時々見せる表情は老獪の翁そのもので、可愛い可愛いと褒め立てるフランスのように手放しで愛でる気になど到底なれない。
(やってなあ……ニンジャ、って恐いんやで)
 牙を剥かれてもどうにでもできるような弱い相手であれば愛でる気にもなる。それこそ元子分様に対してそうであったように猫可愛がりだってするのだが、だって日本は全く非力ではないのだ。気を許して寝首を掻かれたらどうするのだろう。
 スペインにとって日本に夢中になっているフランスのそれは傲慢であったし、プロイセンについては自分に向けられる好意に慣れてなさ過ぎという評価だった。客観的に見ているスペインが彼との距離を特別に詰めることはない。ずっとそう思っていた。

 それが何をどうして好きだと思うに至ったかと言えば、互いの変化、とでも言えば良いのだろうか。国内のことでいっぱいいっぱいだったスペインが久しぶりに国際の場に出て再会した日本は、もう知っている彼ではなかった。
「おや、スペインさん。お久しぶりです。もう体調はよろしいんですか?」
 会議か何かの集まりだったと思う。廊下で声をかけられて振り向けば、そこにいたのは似合わないスーツを着た(しかし、以前見た時よりは確実に様になっている)日本で、数十年ぶりだというのにまるで何もなかったかのような飄々とした態度で話しかけてきた。
 二度に渡って世界中を巻き込んだ大きな戦争の後だった。スペインが最後に見た日本はその最中で、どうにか食われないようにと神経を尖らせ戦いに備える軍事国家で、アメリカに飼い馴らされたと噂で聞いている目の前の彼ではない。
「おー日本ももうええの? いろいろ、大変やったんちゃうん?」
 だから、そんな言葉が出た。スペインだっていろいろあったが、彼もまたただでは済まなかったと聞いている。
 けれど、スペインのそんな言葉に日本はふふ、と笑った。
「一体いつの話ですか」
「やって前に会ったのがそのへんやん」
「それでも、あれから十年単位で過ぎてますからね」
 見逃してしまいそうなぐらい僅かに口許を和らげて柔らかい口調で言う。以前はもっとのったりとした言い方で、こんなふわっと空気に溶け込んでしまいそうな喋り方はしなかった。
「せやなあ」
 確かにスペインの近所に住んでいる夫婦の子供が赤ちゃんから成人して大人になり結婚してまた子供を生むぐらいの時間が過ぎている。当時、若夫婦だった二人の見た目はスペインと同じぐらいの年齢だったのに、今ではすっかり落ち着いてしまってバルに行こうと誘うよりも、ちょっと小径を散歩しようと言うことのほうが多くなってしまった。
「……なんか日本、変わったなあ」
 それだけの時が過ぎた。長い時を生きる自分たちの在り方が変わるのは、仕方のないことだ。懐古的なことを言うスペインに日本はすっと目を細める。
「そうですか?」
「うん、前に会った時より……」
 しかし言葉が続かない。
「前に会った時より?」
 この変化を何と表現するのかスペインには手段を持ち合わせていなかった。イギリスやフランスはよく、「お前は内省もしないし感じたことをちゃんと言葉にしないから、いざって時にも表現できないんだ」と言うけれど、これもいわゆるそういうやつなのだろうか。
 けれど、知っている言葉のどれを当てはめても何か違う気がする。
(なんやろ、窮屈、やなあ)
 心臓が軋んだ音を立てて、スペインに早く言葉にしろと警告をしてくる。脳内に尋常じゃない量の、名前も効果もいまいちはっきりしないホルモンが分泌されて、落ち着いて考えられない。
「どうかしましたか?」
「いやあ……何て言ったらええんやろうって思って」
 きょとんとした顔で首を傾げる日本に
「日本の今までと今の違いをな、なんて言うんかなって」
 と続けて、再び思考に没頭してうーんうーんと唸った。あれでもないこれでもない。穏やかになった? 違う。大人しくなった? そういうのじゃない。
「ああ、なるほど。それはよく言われます。丸くなったとか、つまらなくなったとか」
 アメリカの犬だとか。
 何てことのないように自らに対する周囲の評価を並べる日本に、いやあこんなところは全っ然変わってへんでーとスペインは思う。食えないと警戒するべき対象だった東洋の神秘そのままだ。それを言った奴は随分と見る目がない。
「うーん、そういうのとはちゃうけど……、そもそもそのへんは俺的にはあんま変わってへんし」
 そんなことはさして重要ではない。興味に波のあるスペインにとって、そんなことは箸にもかからないほど、どうでも良いことなのだ。
「おや、そうですか?」
「日本って昔からそうやもん。私は無害ですーって顔で無害やったことないわあ。今も何か考えてるんやろ?」
「一体、どういう評価なのか……何も企んでなんかいませんよ」
 ふうん、と気のない相槌を打つスペインに日本が眉を顰めて困った顔をした。恐らく困った顔だ。喜怒哀楽の激しいスペインの周りにいるのは、やっぱり喜怒哀楽の激しい者ばかりだから、どうにもアジアの国たちの感情の変化はわかりにくい。
「あ! 前より考えてることがわかりやすくなったかも!」
 そう言えば、以前は全然気付かなかったのに困っているのだろうと思えたのだから、表情がわかりやすくなった気がする。
「え、それってどうなんですか……?」
「ええことやで! やって俺、日本のこともっと知りたいんやもん」
「は、はあ……」
 そうか、自分は日本のことがもっと知りたいのか。言いながらスペイン自身が納得する。
「あーそっかあ。変わったのは日本だけとちゃうんやねぇ」
 自分の見方も変わったから、余計に違って見えたのだろうか。
 日本のスーツ姿も、以前は子供が初めて着たような格好だったのが、今では普通に着慣れているのと同じで、スペインの一張羅だって以前は格好を付けてずっと良いものを着ていたのに、今ではすっかりよれよれのぐだぐだでも平気になったし(これは何とかしろという意見は多い。だがしかし、身の丈というものは大事だ)、つまりそういうことなのだ。
「スペインさんは相変わらずですよ。昔から変わらず私の予想を上回る方です」
「う、それはなんか嫌やなあ」
 あからさまにショックを受けて眉を下げ落ち込むスペインに、日本は消えてしまいそうなぐらい微かに笑って、そういうところが良いところですよね、と言った。

 見方が変われば日本の感情は意外と顔に出ていることに気がついた。
 嫌そう、面倒そう、怒っているっぽい、嬉しそう、楽しそう、喜んでいるようだ。
 スペインが何を考えているかわからないと思っていた茫洋とした表情は、どうやら本当に何も考えていないらしい。気が付いたのは暫く経ってから。なぜか彼は無心になってぼうっとしていることがけっこうあるようで、真面目に会議を聞いているのだと思っていたら上の空なんてこともよくあった。
「日本って、可愛えよなあ」
 ぽつりと零した一言に過剰なまでに反応を返したのはフランスだ。
「……なに、藪から棒に。ずっと興味ないって顔だったじゃない」
「いやあ、なんか見てて飽きへんし、あの八つ橋? あれ面白いわあ」
 気付かないし読む気もないアメリカとのずれたやり取りを見ていると、その見事なすれ違いっぷりが笑える。
「え、お前に八つ橋を理解する高等技術があったの……?」
「……え、どういう意味?」
「いやあ。ちょっとお兄さんびっくり」
 ここに彼と共に暮らした子分達の誰かがいれば、自分にとってどうでも良い時は考える気がないだけで関心を集めるものには尋常じゃない集中を見せるから、と言ってフランスを納得させたのだろうが、今はそんな者はいない。
「最近の俺はけっこう日本通やねんでーこないだもアニメ? あれ教えてもらって見とったし、セーラー服可愛えし、今度なあ和食を作ってもらうねん!」
 可愛すぎて一日中、借りてきたDVDを流していたせいで、ロマーノからは「これがエンドレスエイトか……」とうんざりされたのだけれど。と、言いかけたところで、フランスが「ちょ、ちょっと待って!」と話を止めた。
「和食って……なに?」
「知らんの? 日本のご飯で」
「いやそれは知ってる。お前よりよっぽど詳しく知ってる。そうじゃなくて作ってもらうって」
「ああ、日本の家に行ってなあご飯一緒に食べようなあって」
「何それいつの間に」
 人差し指と中指を顎に当て、怖い顔をしたフランスが低く唸るように声を出した。やや俯いて視線を斜め上に上げるのは、考え事をしている時の彼の仕草だ。
「えー、こないだの会議ん時に日本のこと知りたいからもっと教えてって言ったら誘ってもらった」
「……それって無自覚?」
「なにが?」
「はあ、鈍感もここまできたら才能だよ」
 肩を竦めて俳優のように大げさに首を横に振る。同性から見たら鼻につくのかも知れないが、フランスはこういう気障ったらしい仕草も嫌味なぐらい似合う。けれどそれを言えば「お前は天然たらしだけどな」と、全然たらされてくれない子分様が鼻で笑うぐらい、スペインだってどっこいどっこいな面もあって。
「それを俺に言っちゃうぐらいだもんね。お兄さん、こういう時は手加減しないよ」
 知ってると思うけど。軽薄な言い方のわりに顔がやけに真剣で、それはフランス流に言えば本気の本音を軽々しく言わないウェットに富んだやり取りらしく、スペインにとっては見慣れた宣戦布告だ。しかし、何に対して対抗されているのかがわからない。
「へ、なに? なんやねん、どうかした?」
 戸惑うスペインが無意味に焦っているのに対して、余裕たっぷりのフランスは笑っているのか何なのか曖昧な表情をしている。どんなにどういうことかと訊ねたところで、フランスは決して教えてはくれなかった。
 教えてはくれなかったが、答えはわりとすぐに判明した。約束通り日本に遊びに行ったら既にフランスが日本の家のキッチンに立っていて、二人並んで仲良く料理などしていたのを見て悟った、と言うべきか。
 スペインにしては察しの良い奇跡的なできごとだったのだが、出迎えた日本と後ろからお玉を持って「ミソはどこにあるの?」と言っているフランスと対面した時は、その場に思わず立ち尽くして、日本と会えて嬉しいと言った時の表情のまま凍り付き「お前、ここでなにしてんの?」と、みっともないぐらい呆然として聞くしかなかった。
 この時にようやく自分が日本に惹かれているのだと気が付いたのだった。
 何せ自分の知らない話で盛り上がる二人にいちいちイライラし、日本とフランスの距離の近さに焦燥を抱き、頻繁に会っているらしいフランスが日本の家の勝手をわかっている様子にもまた腹が立つのだから、これは嫉妬なのだろうと認めざるを得なかった(余談だがスペインは嫉妬深い。昔はロマーノが自分以外に懐いているのを見ただけで怒るぐらいには心が狭かったのだが、それをあまり知られていないのは単純にそこまでの執着を見せる対象があまりないからだ)。
「二人って仲良いんやねぇ」
「だろー、羨ましい?」
「うーん」
「ちょ、ちょっとフランスさん! ちか、近いですから!」
「えーいつもこれぐらいじゃない?」
 顔を近付けてくるフランスに頬を赤くして距離を取ろうと胸に手を置いて突っ張っている。なるほどなあ。
「フランスー日本嫌がってんちゃう?」
「そんなことないって」
「離れてほしそうやん」
「そ、そうです! ちょっと、離れてください!」
「えー」
 同時にフランスもスペインと同じ意味で日本のことが好きなのだと知った。確かに熱を上げているとは思っていたが、あまり気に掛けていなかったために、そういう意味だとは思っていなかった。

 フランスは要注意。プロイセンはもっと注意。

 プロイセンに間しては完全にとばっちりも良いところだったが、ああ見えて彼もなかなかに小賢しい真似を使ってくるので、油断などしてはいけない。
 彼らは友人だ。だからこそ、その手強さをよく知っている。あの二人を決して過小評価などしない。これは大変そうな相手だと唸る。

「しっかし」
 遠くで酔ったイギリスが暴れている。それに対していちいちアメリがうんざりと言った体で文句を言うから、煽られたイギリスが服を脱ごうとして、それをなぜかイタリアが宥めている。オーストリアとハンガリーは近付きたくないのか遠巻きに眺めているだけで、ドイツはビールジョッキを握ったまま、さっきから動いていない。彼は息をしているのだろうか。
「スペインは一体いつからロマーノちゃん以外のペットを飼う気になったんだ?」
「は?」
「日本」
「あー……」
 ペット、なあ。
「そういうんとはちゃうんよ」
「ほほう」
 ケセセと意地の悪い笑い声。目を眇めて左頬だけを持ち上げた歪んだ笑みはよく計算されたものだ。その挑発に乗ったら怪我をするので、相当酔っていて何もかもがどうでもいいか! と思った時ぐらいしかスペインはまともに取り合わないことにしている。そうなった時はこの楽しいパーティーも一瞬にして阿鼻叫喚だが、何せ今のところスペインが摂取したアルコールはサングリアをグラスに一杯だけなので、そんな何もかも投げ出せるほど自暴自棄ではなかった。
「じゃあ、どういうんだよ? 日本のことが可愛いんだろ」
「よう知ってんなあ」
「フランスが言ってた」
 それは酒に酔わせて聞き出したんだろうか。二人が共同戦線を張るとは思えない。なぜなら、ここもまた互いのことをそこまで信用していないからだ。実力ではなく、つまり三人が三人とも、機会があれば出し抜いてやろうと思っている。
「フランスなあ」
 彼が今日、パーティーに欠席と返事を寄越した時にはいろいろ勘繰って「絶対何もないんやろうなあ」と聞いたが、ないったらないと言い張るのでそれ以上問い詰めなかった。日本が来るなら絶対に来てくれるな。来ないなら抜け駆けして日本と会っていないかを見張りたいから目の前にいろ。それがスペインの言い分で、そのためにプロイセンもパーティーに呼んだのだ。
「で? 実際のところどうなんだよ」
「うーん。なんちゅーか、順番が逆? 俺がおらんと生きてけそうにないから可愛いんと、可愛いから俺しかおらんくなったらええのにって言うんは意味が全然ちゃうんやで」
 けろりと言ってのけたスペインにプロイセンが固まる。定番のクリスマスキャロルが流れている。付けっぱなしのラジオからは一日中、同じような曲が聞こえていて、ああクリスマスだなあと思った。
「え、それってどうなんだ」
「事実やろ」
 いやあ、まあそうなんだけど。プロイセンが救いようのないものを見るような目でスペインを見た。そんな反応をされるとは思っていなかったので(何なら共感を得られると思っていたぐらいだ)、はてと小首を傾げる。
「なんて言うか、まあ。前から思ってたけどお前って重いよなあ」
 まあ、それは事実だと、楽しげなクリスマスパーティーの喧騒を背景にスペインは再びワイングラスに手を伸ばした。

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