個室にて

 買い物に行くのに手ぶらはダメだとか、かと言って会議用に持ってきた大きなカバンをそのまま持ち歩くのはもっとダメだとか、なかなか面倒なことを言いだしたロマーノを何とか丸め込んで財布だけ持って会議場を出る。さすがの俺も内職セットを持ち歩いてトーキョーを歩き回るのはちょっと疲れるし、彼の言うようなオシャレなサブバッグなんか持ってへんもん。
 ガイドも地図もないのに真っすぐ歩くロマーノに初めはどこ行くん? って聞いていたんやけど、うん、ああって返事になってない相づちしか返ってこないのでつまらなくなって渋々黙ってついて行ったら、この極東の島国が誇る衣料品ブランドの路面店へとたどり着いた。全面ガラス張り、白地に赤のロゴマーク、一見すると敷居高そうやけど周りにある他の店ほどの高級感があるわけでもない。ただし、俺でも知っているような超有名店だ。
「ロマーノようわかるなあ。まるで来たことあるみたいやん」
 方向音痴ではないことは知っていたが、そこまで地理に強かったのかと素直に感心する。
「来たことあるからな」
「え、いつ?!」
「この店ができた時……だったかな」
「ふうん」
 そう言えば、さっき日本にもそんなこと言っとったなあと思い返しながら店へと入る。ロマーノはけっこう日本と仲がええからなあ。向こうもロマーノのことを気に入ってんのか、俺の知らんとこで二人が家を行き来したり、会ったり、顔を見せたりしているみたい。けどなあ。服屋のオープンのためだけにわざわざこんな遠くまで来るか? そんな話は聞いた記憶があらへん。でも、言ったのに俺が聞いてなかったんやって怒られたら嫌やし黙っておく。
 店の入り口はちょっと広かったけど中は等間隔に棚が並んでいて、ちょうど二人で歩いたらいっぱいになるぐらいのスペースだった。俺のよれよれスーツでも入りにくいってほどのオシャレさはない。まあ、どこに行くにしてもロマーノと一緒やったらあんま気にせず入るけど、でも、一回だけイタリアのめっちゃ高いブランド店にはめっちゃ気まずくて入られへんかったから、それに比べたら日本ってええとこやんね。日本に着いたばっかん時にフランスがどうしてもって言うからギンザに行ったけど、俺とそんな変わらんようなスーツのおっちゃんがたっかいブランド店に入って行くのを見たで。
 入り口には学生風の若い男が店員に何か相談を持ちかけていて、ああでもないこうでもないという会話を繰り広げているところやった。いかにも優柔不断そうな男で、店員がすすめるものに対してもどれもええんか悪いんかようわからん、あいまいな反応ばかりを返している。こりゃ長そうやなあって思った。それがこの店に入ってから見かけた唯一の客と店員だ。もう夕方近いとは言え平日の昼間。客足はほどほどといったところなんやろう。
「はあ、聞いたことはあるけどすごいなあ、めっちゃ服あるわ」
「服屋なんだから当たり前だろ」
「せやけど、すごいで。山積み! しかも安い!」
「お前のとこにもこんな感じの店あんだろ」
「どうなんやろ、俺あんまこういうとこ行ったことないしなあ」
「いつもどこで買ってんだよ。寝間着にしているあれとか……ああ、あれは売り物じゃねぇか」
「寝間着ってなんやねん、パジャマって言ってや。それにあれは通販で買ったやつや」
「あんなもんにわざわざ金払ったのかよ。あの袖はどう考えてもおかしいだろ。設計が間違っている」
 ロマーノはありえねぇって言いながら顔をしかめている。小さい頃なんか俺の言うことにあっさり騙されてくれとったのになあ、この袖がなくなると寝ている間に悪魔に手を持っていかれるんやって言ったらほんまに信じてたみたいで、ロマーノもしばらくは俺と同じパジャマで寝てくれたんやで。今ではこんなこと言うてるけど。
「はあ、ほんまにガンコやなあ……って、おお、このシャツめっちゃええやん!」
 陳列棚の間を歩きながら、ふと目に入ったきれいに折り畳まれているTシャツを手に取った。何の気なしに取ったものだけど黄色地に真っ赤なトマトがあしらわれているデザインで、しかも値段もお手頃だ。これが良いんじゃないかって広げて見せるが、ロマーノの少し薄くて形の良い眉が思いきり跳ねた。あ、これは嫌そう。
「……却下」
「えーなんで。俺こういうの似合うと思うで?」
「お前に任せてきて今だろ」
 だからだめだ、そう言ってまともに取り合おうともせずに真剣な顔で棚に並べられたシャツとズボンを選びはじめた。
 見て、このそっけなさ。ロマーノの買い物の時もこんなんやで。俺がめっちゃかっこええから着てやって言った時と同じ反応。そう言えば基本的にロマーノは俺がすすめた服は着てくれへん。子どもの時ぐらいちゃうかな、素直に聞き入れてくれたのって。あん時はけっこう喜んでくれとったけど……、ああでも、最初の頃はかたくなにオーストリアから持ってきたイタちゃんとお揃いみたいな、ふりっふりのエプロンドレスにズボン履いとって、俺がちゃんとしたやつ用意したるでって言っても聞かへんかったなあ。もしかすると、ロマーノなりの親への反抗みたいなものかもしれない。
 俺のために選んでくれてるってわかっているけど、でも俺が買うもんやのに意見を取り入れてくれへんのはいただけない。それじゃあ、俺がひとりで選ぶのと同じやん。そう頬を膨らませて抗議してみたら、「そんな顔してもだめだ」って渋い顔をして返された。やからそんな顔ってどんなんや!
 ロマーノは、本当にはいはいって言いながら俺の言葉を軽く聞き流して、何枚かシャツを出してきては首を軽くかしげている。その仕草は確かにかわええけど、でも無視せんといて! 一緒におるのにぜんっぜん面白くない。こういうのって一緒に選ぶもんなんちゃうん? こう恋人らしく、なんだよそれって笑い合いながら……。
 びっくりすることにロマーノはそのまま俺に何の相談もなく、「こういうの好きか?」と聞いてくれることすらなく、五分ぐらい考えて棚の中から白いシャツとカーキ色のカーゴパンツを手に取った。それが無造作なように見えたから、ほんまにちゃんと選んでくれてるんか心配になる。やって、何ならサイズすら聞いてくれてへんで。
 そうして、俺にはよくわからない基準で選び取った服をぐいぐいと俺に押しつけて、
「これ、あっちに試着室があるから」
 と店の奥を指さした。
「えーサイズは」
「知っている」
 え、なんでなんで?! 聞いたら、
「いつも一緒にいるんだからそれぐらいわかるだろ!」
 って返された。そういうもんなんか。俺は何回もロマーノのことギュってしているけど、全然わからへん……前に誕生日プレゼントを買おうと思って店員さんにこれぐらいって腕回して聞いてみたけど、それだけじゃ何とも言えないって断られたのになあ。それともロマーノぐらいのオシャレさんになったらわかるんかなあ。今度、フランスに聞いてみよう。
「うーん、そんなに俺の選ぶやつあかんかな」
「あかんな」
 即座に返された言葉に勢い良く顔を上げて仰ぎ見れば、ロマーノが少しだけたじろいだ。あ、その顔も可愛い。
「な、なんだよ」
「ロマがあかんって言うの面白いなあ! なあなあ、もっと言ってやーあ、でもせっかくやしなんでやねんとか言ってほしいわ。ちょっと待って携帯で録音するわ!」
「うっせー良いから早く着てきやがれこのやろー!」
 言いながら試着室のほうを指さして、フンと鼻を鳴らした。
 これは俺が着るまで話聞いてくれへんのやろなあ。これ以上、抵抗するのは諦める。渋々、そちらへ足を向ければレジとは反対側の店の一番奥、狭い通路に個室が三つ並んでいた。当たり前やけど中に他の客の気配はない。通路自体が半分カーテンで隠れていて、陰になったところに人がひとり立つような小さなカウンターが置いてあった。木の板の上にジーパンやシャツが絶妙なバランスで積み上げられていて、まるでジェンガのようやった。器用やんなあ。たぶん、混んでいる時は店員がここに立って客を誘導するんやろう。
 近くまで行って店員を探すが、どうやら本当に入り口にいたあの店員しかいないみたいで見つからない。ざっと見渡す限りそれらしい人物どころか、そもそも人もおらへん。
「勝手に入ってええの?」
「みたいだな」
 ロマーノが顎をしゃくって見せた。見上げると、ご自由にどうぞ、の張り紙。長年、イギリスやアメリカから教えてもらっていてるわりに、いまだに日本語以外は大のニガテで英語にはキャントスピーグイングリッシュで返す律儀な日本やけど、ここはさすが自慢の衣料店。日本語のほかに英語とたぶん中国語が並んでいる。はあ、あの外国語に弱い日本がねぇ、と感心しとったら、ロマーノが肩を揺らして早くしろ、と催促してくる。そんな急かさんでも。
 試着室は白塗りの薄いベニヤ板の戸を開いて入るようになっている。思ったよりはしっかりしていて、変な音もせず軽々開いた。個室と個室の間は戸よりも厚い板で仕切られとって天井は俺が入っても余裕はみ出ぇへんぐらい、足下は十五センチぐらいしか空いてへん。そう言えば入る時に男女を分けるところがなかったから、それでちゃんとしているんかもしれんね。
 けれど、日本人のサイズなのか中はとにかく狭かった。しかも、扉を閉めてしまえば天井とのすき間と足元から入る光しかなく、明るい店内と違って薄暗く感じた。こんなんじゃあ、せっかくの服も色とかようわからんし意味ないんちゃうかなあって思いながらスーツのシャツを脱ぐ。まあ、でもそれが店側の戦略やねんな。暗いところで見たほうが何でもよう見える。俺も下心をもってロマーノを誘う時は、いつも照明が切れかけの薄暗い店とか、人通りの少ない路地裏とか、そういうとこ選ぶんやから、その効果はようく知っているもんだ。
 渡された服へ袖を通し正面の大きな鏡と向き合う。指紋ひとつない磨かれた鏡は汚したくなってくるぐらいきれいで、実際に端っこのところに手のひらを広げて跡をつけた。
 鏡に映った頭のてっぺんから足の先まで、じっと見つめてみる。ロマーノがわざわざ選んでくれた服やけど……、うーん、俺にはようわからん。普段、着ている服とそう変わらないようにも見えるし、やっぱちょっと違うような気もする。でもシャツもズボンもどこにでもあるような普通な感じで、特にこれと言って感想は思いつかんかった。あえて言うなら、ロマーノが普段着ている服よりは、生地が分厚くてしっかりしとる気もする。ロマーノけっこうペラペラの服が好きやから、恋人としては風邪ひかへんのか、肌が透けてしまわへんのかが心配で気が気じゃない。
 両腕を上げたり後ろを向いて振り返ったりしてポーズをとってみるが、こんな日本にまで買う意味はようわからんかった。もしかして、こういうのって着る人の問題なんやろうか。俺が着たら何着ても一緒みたいな、それやったらちょっと申し訳ないなあ。
「ロマーノ、着たでー」
 期待するほどのもんではないと思うけど。おずおずと外で待ってくれているだろう彼に声をかけたら、良いから早く出て来いとロマーノの声。いつもはのんびり屋さんのくせに、今日はどうにもせっかちだ。もう一度、着ているのは俺やからなと念を押して戸を開ける。いくら俺でも目の前で落胆されるんは不本意だ。
「……」
「ロマーノ?」
 ロマーノは試着室の戸の前に立っていて、ずっとそこで待っていてくれたみたいやった。自分が選んだ服を着ている俺を一瞥し、ぐっと押し黙って何やら考え込んでいる。
 いや、まあ確かにロマーノがニコニコ笑顔で、スペインかっこいいぞちくしょう、なあんて、言ってくれるなんてことはまさか思っていなかったよ。そらあまあ、言ってほしいけど。それにしたってもう少し何かあっても良さそうなもんなのに、ほとんど瞬きもせずにじっと睨みつけてくるから俺も居心地悪くなって、うーん、と唸って間をもたせようとする。何か言おうと口を開きかけたら、人差し指を鼻と唇の前で立てて、し、っと歯の隙間から鋭く息を吐き出したような音でたしなめられた。なんや、それ。
 どんだけ見たって俺は俺やから、そんなかんたんにはかっこ良くなったりせえへんのやけど、何が気に入らないのか眉間にしわを寄せて真剣な顔をしているロマーノに声をかけるのもためらわれる。どんな顔したら良いのかわからんくて、口元をもぞもぞ動かしてみたり、直視しないように目をそらしてみたりしたんやけど、ロマーノの強い視線が突き刺さるみたいや。
 しばらくはそうしてじっとしていた。自然と背筋が伸びて姿勢が良くなる。早く飽きてくれへんかなあ。そう思っていたら、おい、と低い声。
「ん?」
「お前……、ちょっと真面目な顔してみろ」
「え、まじめ?」
「してみろ」
「は、はい」
 ロマーノの剣幕のほうがすごくて困ってまうなあ。どうしたもんかと思って顔を上げた。目の前にいるロマーノとバッチリ目が合う。
 きれいな飴色の瞳は猫みたいにキラキラとかがやいている。中心が一番、みどり味が強くて黒目の縁はちょっとだけ俺の目の色と似ている。明るい室内ではみどり色だし、ちょっと暗いところで見たらイタちゃんの瞳と同じアンバーのようにも見えるロマーノの、表情豊かなあざやかな瞳が大好きだった。外側にいくにつれて茶色が混じりだして目尻のほうはほとんど黄色をしているように見えた。気の強いその目を観察していると、ふっとロマーノがたじろぎだす。それにどうしたのかって思って小首を傾げたら、急にうろたえたようにウロウロと目が泳ぎはじめた。
「ロマーノ?」
 警戒心の強いその目が、かんたんに見せてくる弱みに俺は弱い。前に彼がこういう表情を見せた時はベッドの中だった。あん時は素直やったなあ、何でも言うこと聞いてくれてロマーノ可愛くって熱くて積極的やって……。思い出すともっとそういう顔が見たくなって、チカチカと眼の底が痛くなった。それがあんまり鮮烈なもんだから思わず目を細める。忘れている時は全然平気なのに、なんで一回思い出したら発散するまで我慢できんようになるんやろう。なるべく目をそらして忘れようとしていた感情がフツフツとわき起こってくる。
 変なことを考えてたのが顔に出たのか。
「お前何かヘンなこと考えてんじゃねぇだろな」
 ロマーノがふいっと顔を背けてしまった。こういう時の彼は勘が鋭い。俺が行動する前、いや何も言う前から何をしようとしているのか察知してしまう。なんでやろう、もしかして顔に出てるんかなあ。
 ただ、そうやって過剰な反応をされると、ご期待にお応えしていつもより頑張っちゃいます! ってなってしまうから不思議だ。まだ全然ガマンできる感じやったのに、その小さな欲望はムクムクと育っていって見過ごせないものになっていく。
 つまり、俺は今けっこうロマーノにムラっとしている。がっついているみたいでカッコ悪いけど、一度思い出したらもうあかんな。
「ううん、何でもないで。ね、ロマーノ、ちゃんと似合っているか見てよ」
 その言葉に面白いぐらい反応して、顔を真っ赤にしながらもこちらを見上げてくるのが可愛くて仕方ない。もっといじめたくなって見つめ続けていたら、顔だけはこちらを向けているのに視線は完全にあさっての方向へと向いてしまった。
「なあ、似合ってる?」
「おう……お、俺が選んだんだぞこのやろー合わないわけねぇだろうが」
「せやなあ、でも親分に合ってるんかなあって」
 こういう時はそんなかんたんに目をそらしたらあかんよって前も教えたのに、どうにも彼はこういう状況がニガテらしい。強がっているのに目も合わせられないなんて、一体どこの初心な乙女やって思うけどそれがロマーノの通常運行なのでどうしようもない。でもなあ、相手が俺やからええけど他の奴やったらどうするん。フランスとか。まあ、ロマーノが他の男と二人きりになるわけないのが救いやわ。
「なあ、似合っている?」
 わざといつもよりちょっとだけ低い声で尋ねてみたらロマーノの肩がビクリ、と跳ねた。先ほど会議室で見た怯えた態度と同じ大げさな反応。
「なあなあ、どう思う?」
「ま、まあまあだ!」
「ええ、まあまあって何なん」
「まあまあっつったら、そこそこってことだ!」
 腕を組んで虚勢を張るその姿がくすぐったい。耳から首から真っ赤っかで、さわったらさぞかし熱いんだろうなって思った。前にふれた時のことを思い出して、実際に確かめたくなってくる。それを阻む無粋なものは俺たちの間には何もない――ひとつあるとすれば、ここが営業中の店内ってことだ。
 ほんまやったら、彼を外に連れ出してこのまま熱い夜を過ごすところやけど、悲しいかな、今はただの休憩時間でこのままバックレるわけにはいかない。何もかんも投げ出してロマーノと二人きりになりたいけれど、なかなかかんたんには叶わないところが煩わしくって燃えるところでもある。そういうモーテルにロマーノを連れ込んでもええんやけど俺は自分のことをそんなに信用してへんので、時間内できっちり終わってちゃんと帰れる気がしない。
 店内をぐるりと見渡す。相変わらず人の気配はない。店の経営状況を他人ごとながら心配しつつ、試着室から身を乗り出す。店の入り口のほうを見ようとするが、たくさんの棚に阻まれて外までは見えない。ただ、視界の中に人の影すらなかった。
「せっかくロマーノが選んでくれたやつやし、このまま着て帰ろうかな」
「まだ……か、会議が残ってんだろ」
「どうせ今日は話し合いにならへんよ」
 ずっと俺の視線から逃げるように顔を背け続けていたロマーノが、キッとこちらを見上げてくる。
「ホテル帰ったって寝るだけじゃねぇのかよ」
 わざわざ着替えて何か用事あんのか、と挑戦的に見返すロマーノの勝ち気な言葉。ああ、なるほど。そうくるのか。
「せやで」
 明らかに強がっている言葉にあっさり頷いてみせたらまたロマーノの肩が強ばった。なんでそんな怯えるんやろうなあ。
 ああ、でもこれは。こわい、ではないんか。
 くるんと巻いたくせっ毛が力なくふにゃっと揺れている。顔は真っ赤で目は潤んでいて、一押しすればあっさり落ちてきてくれそうだ。と言うか、こういう時の彼は俺から言われるのを待ってるんやと思う。
 どうしたもんかなあ。困ったって言いながら、しないという選択肢はない。今さら何もなしで帰れるほどクールにはできてへんねんなあ。
「ほんまはロマーノとおりたいけど、ひとりで寝るだけやねん。せやったらお前が選んでくれた服着てたいやん」
 言いながら後ろへ後ずさろうとするロマーノの右腕をつかみ、試着室の中へと引っ張り込んだ。通路の一番奥、本来ひとりで入るように作られているためか狭くて、無理やり彼を押し込んだらけっこういっぱいいっぱいで、ちょっと暴れられたら押さえ込むのは難しそうや。
「な、なにす……ッ!」
 後ろから抱きすくめるとロマーノの喉がひゅっと鳴る。薄暗い個室の中ではロマーノのチョコレート色の髪も普段より濃い色に見えた。
 これはロマーノの可愛いところで危なっかしいところでもあるんやけど、どんな状況でも俺がちょっと抱きしめただけで一瞬だけ見せた抵抗はあっさりなくなっていく。反対に抱きすくめたからだは緊張で強ばっていて、俺の呼吸に合わせてどんどん熱くなっているようだった。
 条件反射、なんやと思う。よう言うやん、犬にエサあげる前にボタン押す習慣にしとったら、エサがなくてもボタン押しただけで犬がよだれ垂らすようになるって。それと同じで俺がギュってしてチュっとしたら、それだけでふにゃふにゃと力が抜けてしまうみたい。可愛いけどあかんねん。そういうの。何でも許されている気になって、もっと過激なことをしてみたくなる。
 抱きかかえる手のひらを、ゆっくり、そういうつもりで動かしてみたけどロマーノからの抵抗はなかった。それを良いことに調子に乗って、首筋に軽く歯を立てる。薄い皮膚なんてすぐに食い破って中を流れる熱い血脈にたどり着きそうだ。力は込めずにただ前歯の先を肌の上へと滑らせる。たちまちロマーノの体は強ばってカチコチに固まってしまった。構わず舌を押し付け舐め上げると、ふっと吐息がもれた。
「……おい、ン スペイン」
 ひそめられた声が甘く聞こえた。ぴったりと鼻を付けた後ろ髪の襟足からユニセックスの香水が香って、いけないことをしているような堪らない気持ちにさせられる。実際、いけないことしてるんやけど。それに煽られるまま、大丈夫、おまえがじっとしていればすぐに済むで、とささやいて彼のシャツのボタンに指をかけた。こういうのってクサいかな。でも心配無用、ロマーノは怒りもしなければ抵抗もない。俺の名前を呼んだきり、ただ息をつめるだけだ。
 服を脱がせる間もうなじに舌を這わせて、柔らかくて薄い皮膚の感触を楽しむ。そう言えば最近はすっかりご無沙汰やったなあって変な感慨に浸りながら吸い付くと、ロマーノが喉の奥をひゅっと鳴らした。
 下から二つと上から二つボタンを外しシャツの中に手のひらを差し込む。可愛らしいへそをひと撫でし、脇腹へと指を這わせていく。特に彼は骨まわりが弱いので腰骨の出っ張りをわざと擽るようになぞると、もじもじと身をくねらせる。ふふっと込み上げてくる笑みを殺しもしないで、胸元からやや強引に差し入れた手で鎖骨を撫でた。
「……ッぅ、あ……!」
 その度にびくつくのが可愛くって、もっとそばに寄ろうと膝を割り間に足を差し込んで体を密着させる。ぴったり引っついた腰が熱くて仕方なかったけれど、手のひらで撫で回しているロマーノの体温も上がったようなのであんまり細かいことは気にしない。
「ふっ……ぅ なァ、……おいっ」
「んー?」
 ロマーノの声がギリギリまでひそめられ、苦しそうにひっくり返る。それがもう、エロい。男の声だしロマーノの声は特別に高いわけではないけど、上擦って余裕ないみたいなのがかわええ。
 はあ、ほんまかわええなあと今までに何度思ったかも忘れたようなことを思いながら背骨にキスをする。
「こ、ここはダメだ、って……」
 不自然に跳ねる声の調子から、ロマーノもまた興奮しているんやってわかった。ちょっとだけやから、と何度もささやいて、うなじにも耳にもキスをする。全然ちょっとで終わるつもりなんかないんやけど、一度はじめてしまえばロマーノをその気にさせるのなんてかんたんだ。最悪言いくるめてヤってしまおうと、その場しのぎで適当にはぐらかす。
「大丈夫だから」
「ぜんぜん、だいじょっぶじゃ……お前、さっきから、あ、あたってる」
「うん、大丈夫」
「……ぅ ァっ」
 根拠もなくそう嘯けば、ロマーノは言葉をつまらせ何も言わなくなる。
 ボタンをもうひとつ外してシャツのあわせに手を差し込み胸もとをはだけさせる。状況が状況なので完全には脱がせないが、開かれたシャツがサラリと手の甲へ当たっていやらしい。鎖骨を人差し指の腹で擽り、てのひらを広げた。産毛を撫で上げるようにやわやわと手を滑らせていく。ロマーノは擽ったがりだ。それは紙一重で敏感さんってことで、どこにふれてももどかしげに身をよじり、面白いぐらいに反応してくれる。まるで俺のセックスが上手くなったみたい。
 鎖骨の骨の形を確かめ、肩へ、下におろして脇、肋骨となぞる。ロマーノ、骨まわりが弱いやろ。それで、ビクビクと体を跳ねさせ忙しなく息を吸いたり吐いたりして声を押し殺そうとしている。いや、ガマンしているっちゅうか、俺に対してごまかそうとしているというか。別に喘いでなんかいませんと主張しているようにも見える。かわええなあと思いながら指先をそろーっと胸のほうへと移動させていく。ロマーノの喉が鳴るのを聞いた。
 不意にふれた乳首はすでに立ち上がり、尖りはじめていた。さわってさわってって俺を誘惑しているようにも見え、わざとそれを避けて周りだけを撫で回してみる。他のところより薄く色づいた輪っかの部分を中心に向かってくるくる撫でて、親指と人差し指でいじめる。不定期でびく、びく、と体が強張り肩が跳ねるんで、どうしたらもっとそれを引き出せるのか躍起になる。当たり前かもしれんけど、会議室で怯えてびくついているよりも、こういう時に見せる反応のほうがずっとずっと良い。
 しばらくロマーノのことは放ったらかしで、撫で回していたらロマーノの喉が猫みたいに鳴った。いろんな言葉を飲み込んで耐えている時の仕草だ。
 あーかわええなあ、ほんま、めっちゃかわええ。俺にもっとボキャブラリーがあったなら、ロマーノにも自分がどんだけ可愛いんか教えてあげられるのに。伝えきれなくて残念すぎる。でも、足りない分は質より量で勝負、何百年も伝えてきたかわええを、今この瞬間だって何度も何度も、繰り返しささやいてやる。
「ロマ……ロマーノ、かわいい、めっちゃかわええ……ロマーノ、好き」
「ンぅ な、に言って……ァ」
「俺のロマーノ……、はぁ、かわええ、ずっとこうしてたい」
「ァっ……んぅ、はっ、ぁ、あン!」
「あかんよ、あんま大きな声出したら、見つかってまうで……」
 ささやく度に感度が良くなり、途方もなく感じていることを俺に見せつけてくるロマーノは可愛いけれど、あんまり声が響いてもいけないので、そっと忠告をする。静かにと、ほとんど空気を震わせることなく吐息に混じった小さな響きが、狭い試着室の中だけで反芻している。ロマーノからは不服そうにうなり声が小さく聞こえたが、文句は出てこなかった。
 幼い頃したナイショ話みたいに密やかに、でもそれよりはもっと調子を低めて。吐息が耳たぶにかかるのが擽ったいのか、ロマーノが身をよじる。そのせいで、腰に押し付けていた腹とか、それよりもっと下の熱く燃えているいろいろが離れてしまったので、頼むから逃げないでとお願いをする。お願いするのは俺やけど、行動するのも俺だ。離れようとする体を引き寄せ、背中にのしかかるようにして抱きしめた。再びぴったりと密着した体からロマーノの匂いがいっぱいする。さっきよりも強くなったせいで酔ったみたいに頭の中がクラクラした。もっと欲しくて、もっと探ってみる。胸とか腹とか腰とか。
 首筋に顔を埋めて思いきり息を吸い込めば、香水に混じったロマーノの匂いが強くなっていた。どんなものよりも甘ったるい匂い。煽られて興奮して堪らない。
 白状すると俺はロマーノの匂いにすら勃ってしまうんで、今もぞくぞくと背筋を這い上がる血流がちんこに集まっていくのを感じている。昔はよくこの匂いの正体を探ろうとロマーノに聞いた。あわよくば手に入れて一人寝の時に慰めるのに使おうと思ってたのだけれど、本人は「わかんねぇ」の一点張りで結局はわからないまま。イタリア特有の匂いなんじゃないかって説が有力らしいねんけど、それやったら俺はもっとイタリア人そのものに興奮しても良さそうやない? やから、これはただ俺を誘惑するためにロマーノが分泌している悪い何かなんかもしれへん。そんなこと言ったら、バーカって怒られるんやろうなあ。
 何よりロマーノの両腕の上から覆いかぶさる態勢に興奮した。ぴったり引っ付いてロマーノが動きづらそうにもじもじと体をくねらせている。それでこめかみに熱が集まり視界が真っ白に染まりそうだった。なんでかはようわからんけど。俺、この姿勢好きかも。
 鼻をひくひくさせて手を肌に這わせ、時折、息を詰める声を聞きながら存分にロマーノを堪能していたら、不意に「もうやだ」と音を上げられる。ロマーノ、と呼びかけても、「いやだ、やだ」と駄々をこねるみたいに首を横に振られた。うーん、ここではちょっとやめられへんねんけど。
「もうちょっとだけやから……」
 ね、おねがい、と甘えてみせれば、うぅと弱ったようにうなられる。押せば流されてくれそうなので、俺ができる限り一番甘ったるい声で念を押す。狭い個室の空気の濃度が増したような気がした。むせ返りそうな空気に酔ったまま、胸もとを探る手はそのままに、腰に回していた手をそろりと下げた。斜め後ろからロマーノの顔をうかがい見るが、いっぱいいっぱいなようで目をギュッとつむって何かに耐えている。ちゃうよ、怒られたらちゃんとやめるつもり。すんなって言われたらちゃんと謝って、辛いけど今日はやめる。でも言いくるめられてくれる内は、もうちょい期待したってええやん。
 自分でもこんな慎重やったっけってぐらい、そろーっと尻を撫でてみる。肌触りの良いスーツのスラックス越しにロマーノの体温が感じられた。
「ふぅ……ンっ ぁ……」
 ロマーノからは大きな反応はなかった。そのまま、円を描くようにゆっくり手のひらを広げ丸い尻の形を確かめる。まだ何も言われない。ちょっと大胆に掴んでみた。ひぃっとロマーノが息を呑む。何かを言われる前に放置しとった乳首を摘まんだ。またロマーノの体温が上がった気がする。
 少し強めに尻を揉みながら、尖った乳首を突ついたり押し潰したり。何度も繰り返すとぷっくり膨らんだそこが芯をもって硬くなる。これを爪で弾くとロマーノは声を押し殺して首を横に振るんだ。知り尽くしたその反応が堪らなくて、しつこく爪で引っ掻いた。
 体の力が抜けたのかロマーノが頭を俺の肩に預け、もたれかかってくる。ずり落ちないよう尻を掴んでいた手を腹に回して体を支えた。ほんまに気持ちええねんなあ。もっと良くなってええねんで。
 試着室の温度が上がる毎にお互い遠慮もなくなってきて、ロマーノの腰に押し付けていたもんを容赦無く擦り付けるようになる。窮屈なスラックス越しに感じる刺激に、もっと直接的な快感がほしくなってくる。
 たぶん、お互いに引くに引けない状況や。けれど、このままするのはどうなんか。ロマーノ連れ込んでからどれぐらい時間経っているんやろう。俺としては最後まで一択なんやけど、さすがにトイレにでも行ったほうがええんかなあ。
 考えながらも手は先へ先へと進んでいて、ロマーノのスラックスの中へと侵入していく。指先をそろえて中に突っ込んだけどさすがに動かしにくくて、上からベルトを外した。カチャカチャ、金具が擦れる音がやけに大きく響いて聞こえてドキドキする。
 パンツの中に手を差し入れると、中は熱でこもっていた。下着ごとスラックスをずり下ろし、ロマーノのペニスを掴む。先端はすっかり湿っていて彼もこの状況をけっこう楽しんでいるようだ。
 そのまま手を上下に動かしながら自分のズボンも下ろした。売り物の服やから汚したらあかんなって思って足から引き抜き、足の指先で試着室の奥へと移動させる。ついでにシャツも捲っておいた。
 そろーっとロマーノのお尻に手を回す。スラックス越しにふれていた形の良い丘を、少しいやらしく揉んでみる。普段なら絶対に嫌がるくせにロマーノは一度だけ身じろぎしただけで文句を言ってはこなかった。
 自分のペニスを足の間に擦り付けて、ロマーノを扱く動きと合わせて腰を振った。俺の先端から溢れている透明な液体が入り口を汚していく。それが見たくて尻たぶを掴み左右に開いてみる。
「……ッ、ぅ せ、せめて……ゴム、つけろ」
「えー、持ってへん」
 言いながら腰を押し付けて揺さぶった。ここで今さらやめろと言われても困る。さっきやったらガマンできたけど。
「おれ、ンっ、の、サイフ……ッ!」
「……持ち歩いてるん?」
「…………」
 返事はなかった。どういうことやって聞いてみたい気もするが答えるまで待っていられる状況でもないし、大人しくさっきずり下げたズボンの後ろポケットを探り二つ折りのサイフを取り出す。開いて見ればカード入れの見えにくいとこにそれはあった。
 あーほんまやん。ロマーノ、こういうの持ち歩いてるんやあ。
 微妙にショックなんは、たぶん好きな子には純情でいてほしいみたいなそういうやつ。ロマーノが世間一般で言われている純情ではないことも、すっかり大人になったたただの男だってこともよう知っているんやけど。
「……」
 胸の中のモヤモヤは見ないふりでコンドームを着ける。萎えるなあ、こういうの。今度ロマーノとデートするまでに早く着けられるよう練習しておこう。
 ゴム独特の感触。もちろん勝手に濡れたりなんてしないから唾液を塗りつける。興奮しすぎて唇は乾燥していたけど、舌を指先で抑えたらあとからあとから唾液が溢れ出てきた。すぐに乾いてしまいそうだったのでロマーノの入り口や周りにも塗りたくっておく。
 準備ができたものを入り口に押し当てたら、ロマーノの肩が緊張で強張るのがわかった。ほとんど指でも鳴らしていないし、この体の固さを思えばすんなりコトを運ばせてくれるとは思えない。時間をかければ余計に入れられなくなるとわかっていたんで、ロマーノには声もかけずに不意打ちで腰を進めた。
「ぅあッ……っ!」
 ロマーノの喉が引きつるように鳴ったのはわかっていたけれど、構わずほとんど無理やりのようにねじ込んだ。内壁が俺の侵入を拒むように押し返してくるが、その摩擦が痛いぐらいの刺激を生んで頭の中がグラグラする。
 ああ、やばい。気持ちいい、熱い、気持ちいい。
 気を抜けば搾り取られてしまいそうなほど、ロマーノの中は熱くて強く俺のことを締め付けてくる。呼吸が瞬間、止まって汗がぶわっと噴き出した。指先がピリピリと痺れだしたのがわかって、踏み止まるべく腹筋に力を入れて息を吐き出す。このままムリヤリにヤってしまいたい衝動を抑えて、一番奥まで入れたところで動きを止めた。ロマーノは声も出ないほど辛いのか、うめき声ひとつ上げない。
「……だいじょうぶ?」
 うんとも違うとも言わなかった。本当は痛いのが嫌いやのに、その健気に耐える姿に堪らない気持ちになって背後から体を抱き寄せる。それで余計、深いところに入り込んでしもたんやろう。ロマーノが苦しそうに小さくあえいだ。ああ、そう言えばまだ今日はキスもしてへん。親指でロマーノの口もとを探り唇を撫でると、柔らかなそれにふれる。少し湿ったこれに吸い付いて吸われて、舌で荒らして。ロマーノとのキスはいつもめちゃくちゃ気持ち良くて、ついちょっとのつもりが長くなってしまう。しつこく追いかけていたらロマーノが息を乱して苦しそうにうめく。ああ、そんなことを思い出していたら、キスがしたくて堪らなくなって、中にねじ込んだペニスがドクドクと脈打つのがわかった。振動が伝わったのかロマーノの肩が跳ねる。それでまた入り口が引き絞られて、思わずうめき声をもらした。
 このままじゃあ、はじめる前に終わってしまいそう。状況的に長引かせられへんのはわかってたけど、そんなんじゃきっと物足りなくて余計にもっと欲しくなるだろう。
 必死で奥歯を食い縛ってロマーノの腰を掴み小刻みに揺らしてみる。まだ、馴染んでいないのか首を横に小さく振られた。それでも諦め悪く頑張っていたら、後ろに回してきた腕を突っ張られる。やめろってことなんやろう。うぅ、やっぱ準備って大事やんなあ。
 鳥肌が立っているロマーノの肌を撫でて、宥めてみる。声は出せない分、なるべく優しく、ごめんなあって労わって探り続けた。
「ふぅ……っ、ン……」
 苦しそうに喘いでいた声が、だんだんと穏やかなものになっていく。それにホッとして、じりじりとロマーノが感じるところへと近づいていく。
 慎重に中に入り込んでいくと、上のほうに少し硬い膨らみがあることに気がついた。ああ、これかあって思いながらそろーっと先端で突くと、ロマーノが嗚咽を漏らした。カリで引っ掛けて先端で押しつぶすと不意に高い声がが上がる。
「ふっ、ァあ、あ ンぅ!」
「シー! 静かにしたって……」
 慌てて手のひらでロマーノの口を抑えた。普段だったら嬉しい感じている証拠も、今はだだ漏れにしておくわけにはいかない。口もとを覆われて呼吸が苦しいのか、ロマーノの忙しない吐息が漏れる音が狭い個室に響いていたが、それを指摘するのはさすがにかわいそうで黙っとく。たぶん、ロマーノも息苦しくなったせいで体に力が入っているんだろう、その拍子に俺を締め付けるところもきつくなったのが余計に、あれで。ムリを強いているのに気持ち良くなってることが申し訳なくて、ごめんって絞った声で謝った。ロマーノはふるふると震えている。
 無言で行為を再開する。互いに立ったままで、しかも狭い室内だ。動きにくくてしょうがない。小刻みに揺さぶっては、たまに入り口付近まで抜いて根元まで差し込んだ。もっと強く動かしてしまいたいのに、ままならないのがもどかしくてたまに強く突き立ててロマーノを苛める。
「……ぅ、ふ……っ! ぐ、ン……」
 漏れる吐息さえ閉じ込めるように手のひらに力がこもる。ふっふっ、と鼻から抜ける呼吸に苦しさだけではない甘ったるい色が帯びた。
 頭の中が真っ白になっていく。段々、ロマーノの顎が上を向いていって、抱きしめる腕の力を緩められない。
「……ッ、…………ぅ っ!」
 気がつけばほとんど俺の肩に彼の後頭部を押し付ける態勢になっていて、大きくのけ反ったロマーノがムチャな姿勢に苦しそうに顔をしかめていた。柔らかなロマーノの頬に俺の指が食い込んでいて、頬がいびつに歪んでいる。少し力を抜かなきゃって焦りはするのに上手く加減ができず、ロマーノほんまごめんって思いつつ締まる入り口に凶器みたいになっている性欲の塊を突き立て快楽を追いかける。あまり速く動かすことができないから、その分、一回の抜き差しが大きくなって普段よりもロマーノの中にいるのを生々しく感じる。中は信じられないぐらい熱くて、俺のことを引きずり込もうとしているみたいだ。
 ロマーノの耳もとで抑えきれない呼吸が荒れるのを聞かせる。ふれているところに汗が滲んで手が滑りそうだ。抱え直そうと隙間を作ると外気にふれて肌がベタベタになっているのに気が付いた。どんだけ興奮してるんや。けど、その事実にも頭の中が煮立ってどうしようもなくなる。
 肩の上に顎を乗せ下を見る。どこもかしこもやらしくて、さわってほしそうに立ち上がっていた。真っ赤に充血した乳首を気まぐれに肘で掠めると、非難がましい声が喉の奥から聞こえてくる。
 もう気持ち良いということしか考えられなくなって、手加減も忘れてロマーノの体を抱きすくめた。抵抗もなくされるがままになっている彼に、普段は目をそらしている暴力的な独占欲が満たされていく。全身が痺れて頭の芯がじりじりと燃えていた。
 不意に、ガタ、という音がした。すごく良いところだったのに、まさか人が通ったんかと思って心臓が跳ねる。ロマーノの体もビクリと強張って縋るように俺のシャツの袖を握りしめた。
 いったん動きを止め聞き耳を立てる。人の足音のようなものは聞こえないが、息を詰めて様子をうかがっていた。
 ロマーノの呼吸の音が細く震えた。息をつめようとして上手くいかなかったのだろう。それにまた緊張して手のひらが汗ばんだ。心臓の音が速くなって、でも頭の中はやけに冷静やった。冷静というか、空っぽだったと言うのが正しいか。
「……っ!」
 けれど、いつまで経っても人の気配はなく、少し緊張をほどいたその瞬間。埋めていたペニスが信じられない強さでどくどくと締め付けられる。見つかる恐怖のせいだろう。我に返ってロマーノを見れば、全身がカチコチに硬直していた。
 無理やり突っ込んだ時と同じ痛いのか気持ち良いのかよくわからない強さだけど、さっきよりはずっと中に馴染んでいるせいで射精を促されているように感じる。
 おそるおそる、痛いぐらいに興奮している自分のそれをロマーノの中から引きずり出した。抱きしめた体が跳ねたのがわかった。再びゆっくりと中へ押し込む。ロマーノの体がかわいそうなぐらい大げさに震え出した。斜め後ろから見た目尻には次から次へと涙がこぼれ頬を伝っていく。塞いだ口から時折嗚咽のような音が聞こえたけれど、構っていられなくて何度もゆっくり出しては入れて、前立腺を刺激し、小刻みに揺らしては一番奥まで突き立てて再び引き抜く。
 正直に言って、興奮した。ロマーノにはガマンを強いていて苦しい思いをさせてるってわかってたけど、そのせいかいつもよりも感度が良くて何をしても体が跳ねる。身をくねらせようとして、俺が強く抱きしめているせいで身動きがとれないのがもどかしいのか腰を揺さぶって逃れようとする。そんな誘っているみたいな動き、余計にあかんやん。サービスのつもりで前立腺を集中して狙っていたら、ロマーノの爪がガリガリと、口を塞いでいる俺の手の甲を引っかいていった。たぶん、離せってことだろう。
 構わずにしつこく追い立てていたら、ロマーノが呼吸を忘れたみたいに静かになった。
 そうして、ガクガクと震えていたのが止まらなくなって爪先立ちになる。指先もピンと伸ばされ伸び上がると、一瞬だけ体の震えが収まった。かと思うと、再び痙攣のように激しく揺れ始める。それに連動するみたいに中も忙しなく収縮しはじめ、止まらんくなる。渦巻くようなその締め付けに俺も耐えきれなくなって声が漏れそうになった。
 ロマーノはもう力も入らないのか、立っていることもままならないらしく俺にぐったり寄りかかったまま、呆然と感じ入っている。
 もう、ガマンできへんくて中に収めていたペニスをゆっくり引き抜いていく。はあはあ、と呼吸を繰り返しながら、気が遠くなるほどの時間をかけて抜き出したそれを、再び同じ速度で突き刺していく。いつもは激しさでワケがわからんくなっているから、こんなにはっきりと感じられたことがないけど、信じられへんぐらいロマーノが俺に絡みついてきて、更に奥へと誘い込むかのように轟いている。
 熱い。頭がおかしくなりそう。震えっぱなしのロマーノの体がビクビクと跳ねる。その度に中も締め付けたり轟いたりを繰り返していて、それがまた、すごく気持ち良くて。うわあ、と声が出そうになるのを堪えながら、更に奥へと突き進んでいく。
 ロマーノの呼吸がいよいよ不自然なものになって、たまに止まったりするから心配になる。けど、俺も難しいことを考えている余裕がなくて、目の前にあった肩に噛み付いた。
 視界がブレる。神経が焼き切れるようだ。ああ、もうダメだと思った瞬間。強い射精感に呑まれて逆らうことなく、ロマーノの中で吐き出した。
 
 
 
 
 
「……ロマーノー」
 ひと息ついてロマーノの中から引き抜きゴムの始末をしながら、そう言えばロマーノの出したもんどうなったんやろって気がついた。全然気にしてへんかったので、ヘタしたらスーツを汚してしもたかもしれない。いざとなったらここ服屋やし買い換えられるで! って言えるけど、ロマーノがそれで納得してくれるはずもないし。
「大丈夫やった? 服、汚れてもうたんやったらシャツ買ってくるし……」
 恐る恐る声をかけると、壁に寄りかかっていたロマーノが気だるそうにまぶたを開く。さっきまでそういうことしてたし、仕方ないんやけどその表情がすごく色っぽくて心臓が痛くなる。なんつうかもう、かわええ通り越してどうかしている。頭おかしくなりそう。
 ぐったりしているロマーノにもう一度、大丈夫かと声をかけると、かすれた声が返ってくる。
「あ?」
「いや、ロマーノ出したらやつ……ってあれ?」
 しかし、ロマーノはどこも汚れていなかった。それどころか、何も出してもいなくて。
「え、あれ? 一回もイかへんかった?」
「てめぇのせいだろうが……ったく、こんなトコで最後までヤりやがって」
 気が気じゃなくてそれどころじゃなかったのだとロマーノがブツブツ言っている。えーでもロマも感じてたやん。それに絶対、途中でイったと思ってんけどなあ。ブルブルしてた時のあれは完全に射精する時と一緒やったと首をひねる。
「と、とにかく、怪しまれないように出るぞ。お前先に出て外で見張りやがれ」
「出さんでえの?」
「い、いえらねぇ! さっさとしろ」
「はいはいーっと」
 手早く身だしなみを整えてそーっと試着室の外を見やる。外にはやっぱり誰もいなかった。店内にはゆったりしたBGMが流れていて、試着室にいる間は気づかなかったなあと思いながらロマーノに出てきても大丈夫だと合図を送る。
「なあ、お前ほんとにそれ着て帰るのかよ」
 大丈夫だって言っているのにロマーノは慎重にそろーっと扉を開いて出てきた。辺りを見回し自分の目で誰もいないことを確認してからホッとしたように俺の着ている服を指さす。ああ、せやった。店員さん呼ばんとな。
「そうやなあ。せっかくやから日本製欲しくなってんって言ったらドイツも何も言わんのちゃう?」
「ふうん」
「あーでもロマーノが今夜俺の部屋に来てくれたらなあ、そんなことせんでええねんけどなあ」
「わざとらしい」
「さっきの不発分も満足させたるやん」
「だからそれは別に良いっつってんだろ! それに、ふ、不発ってわけじゃ……」
 語尾がもごもごと消えていくので何て言っているのかがわからへん。
「え? 何って?」
「……何でもねぇよ。それに俺ら会議中は夜会うなって決まってんだろ」
「え、そうなん?! 俺がロマーノ禁止って言うのは知ってたけどロマーノから会いに来るんもダメなん?」
「ああ、お前あんま信用されてねぇんだな。一緒に泊まったら夜更かしして寝坊するとか、馬鹿騒ぎするんじゃないかとか、俺を甘やかして会議休ませるだろうとか何とか、芋やろーが言ってたぞ。おかげで俺までヴェネチアーノに見張られて身動きできねぇし良い迷惑だこのやろー」
「えー! そんなん初耳や……ひどいわあ…………」
 まだ何もしてへんのにイメージだけで禁止するなんてひどすぎる。確かに朝起きた時にロマーノが「会議行きたくない……」って言ったら休ませるかもしれへんけど、その他はそんなつもりないのに。
 がっかりしつつも、いまだに入り口であの若い男の客と話しとった店員をつかまえ、さっさとお会計をすませると店を出る。今度、ドイツに抗議してみよう。これはとんだ差別で偏見や。
 ひとり、何て言ってやろうかと考えていたらロマーノが、おい、と声をかけてきた。
「今日は無理だけど最終日なら、……ホテルとってるし部屋来てもいいぞ」
 振り返るとロマーノが顔を真っ赤にしてそんなことを言っている。あーなんやその顔はかわええな。でも最終日かあ。
「え、最終日、最終日なあ。会議って一週間もあるのにまだまだやんなあ。それに内職持って帰らなあかんし、あ、そう言えば今日けっこう終わったから続き送ってもらわんとなあ」
「……この鈍感やろーが、ちくしょうめ! てめぇはずっとバラでもカーネーションでも何でも作ってやがれ」
 かと思えば次の瞬間にはなぜか怒ってて、会議がはじまるまでに宥めるのが大変やった。

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