家に泊めてもらうのは良いが、その前にコンビニに寄りたいとロヴィーノは言った。外はまだまだ明るいし、さっさと眠ってしまいたかったが、どうせこの近所である。急ぐ必要もない。
てっきり、お泊り会みたいだと喜ぶかと思ったのに、当ては外れてアントーニョはなぜかそれに大げさに反応し「女の子じゃないんやし、な、何言ってるん?!」と声を張り上げた。その明らかに動揺した彼の態度に意味がわからないと首を傾げたが、素っ気なく「あん?」と返したロヴィーノに怯んだのか、目元を赤らめて黙り込んだ。
何か様子がおかしいとは思ったが特に気にも留めずにコインランドリーの三軒隣りにある個人経営のコンビニへと足を踏み入れる。やる気のない学生バイトの声が響いた。陳列棚を縫って歩き真っ直ぐに生活用品を取り扱っている棚まで行く。女性用の化粧品や出張用なのか下着や靴下を並べている棚の二段目に歯ブラシセットが、更にその下にカミソリが置いてあった。
「なんだよ、変な顔して」
「い、いや、べつに?」
ロヴィーノの後ろにぴったりと張り付くようにくっ付いて回るアントーニョが、にやついているのか困惑しているのか、心なしか赤く染まった頬をぴくりと痙攣させて難しい顔をしている。その視線の先は化粧品のコーナーの一番下へと向かっていた。そのあたりは、男性であるロヴィーノにとっては些か気まずい、けれど女性にとってはなくてはならない商品が置いてあることが多いので、普段はほとんど見ないようにしている。
テレビのコマーシャルで見たような気のせいのような、曖昧な記憶の片隅に眠っている箱が並ぶ中に視線を走らせ、アントーニョが何を見ているのかを探る。
「だっせー、中学生かよ」
「なっ、べっつに、俺、何も言ってへんやん!」
「これ見てたんだろ?」
指差した先にはコンパクトな四角い箱がニ、三種類並んでいる。女性を意識して買いやすいようにしているのか、パッケージはシンプルだったり可愛らしかったり、とにかく一目ではそれとわからないようになっている。こんな自宅近くのコンビニを利用したことはないが、ロヴィーノだって買ったことがある商品だ。
「買ってやろうか?」
「へっ?!」
「欲しいんだろ? どれだ、薄いやつか」
にっとからかうロヴィーノに、みるみる顔を赤くして今にも音を立てて湧き上がりそうだ。瞬間湯沸かし器だなと、過った言葉が面白くて一層笑った。
「そんなんとちゃうもん!」
恥ずかしくなったのかアントーニョが両手を広げて無実を訴えた。違うんだ、そんなつもりじゃない、とまるでロヴィーノの機嫌を取るように必死だ。しつこく肘で突ついてやれば恨みがましく睨み付けてくるので、そのようすが面白くてロヴィーノはくつくつと喉を鳴らして、また笑った。
アントーニョの住んでいる家は意外にも小ざっぱりとした一軒家だった。一人暮らしなのかと聞けば親から継いだのだと返される。その分、駅からは少し距離があって不便なのだと言うが、白を基調としたシンプルな外観やデザイン性の高いインテリアはセンスが良く、日頃の彼からは想像のできないものだった。
「もっとボロっちい家かと思った」
「どういう意味ー? まあ、家具とかは知り合いのデザイナーが見繕ってくれたんやけど」
「通りで、お前にしてはセンスが良いと思った」
だが、内装のセンスはもちろんのこと、綺麗に片付けられていることも意外だった。物が少なく整然とした室内は彼のイメージには合っていない。
「まあでも、それ揃える時大変やってんで。家具って意外と高いねんな! 値札見てびっくりしたわー桁二つぐらい違たから。そんなんにお金使うぐらいやったら飲みに行ったほうがええやんって思ってんけど、フランシスからはこんな良い物が千円、二千円で買えると思ってるのかってめっちゃ怒られて」
聞いてもいないのにペラペラと喋っているのを適当に聞き流し、ふうんと相槌を打った。整然としているのではなく、持っている物がそもそも少ないのかと納得しながら、リビングに鎮座するモスグリーンのソファに腰掛けた。それは、ふかふかしているかと思いきや意外な弾力でロヴィーノをしっかりと抱き留める。ずるずると沈み込むこともなく体の線にフィットした。これは良い素材だ。
「俺はこのソファ、好きだけど」
ロヴィーノは良いと思ったのにアントーニョはこの買い物が気に入らなかったのかと思って、見知らぬフランシスとやらを擁護してやる。確かにこういったインテリアは値が張るのかもしれないが、それに見合ってロヴィーノの気を引いているのに。
しかし、ロヴィーノのその言葉にアントーニョが勢い良く顔を上げて目を見開いた。
「ど、どうかしたか?」
「ううん、うん……せやね、俺もその、ソファええと思っとるよ」
目尻を人差し指で掻きながら明々後日の方向を見ている。今日の彼は普段以上に忙しい。落ち着きのない彼を見ていると、退屈をしている暇もなくて、いつも呆れたり馬鹿だなと笑ったりと、ロヴィーノだって忙しいのだが、けれど、そんな心とは反対に体は傾いていく。初めて来た家でくつろぎ過ぎている。
「ロヴィーノ、眠い?」
「さっきから言ってんだろ」
「寝る?」
首を横に振った。左右にぶれる景色がだんだん狭まってきているのはわかったが、頑固に瞼を開けようと格闘する。
「寝てええよ」
今、そんなことを言われたら甘えてしまいそうだ。睡眠欲が正常な判断力を奪っていって、アントーニョの言われるままに頷いてしまいそう。
「寝ない」
「はいはい、ブランケット持って来たるな」
まだ起きている、とロヴィーノは思っているが、アントーニョはしょうがない、とでも言うように優しい声を出して遠ざかって行った。帰ってきたらブランケットなんかいらないと言ってやろうと思ったのに、気が付いたら夢を見ていた。
背中が痛くて目が覚めた。自分でも驚くほど、ぱっちりと瞼が開いた。肌触りの良いブランケットが肩まで掛けられていて、室内の生ぬるい空気を扇風機が回している。一瞬、何が起こっているのかがわからなくて、慌てて身を起こしたが、辺りを見渡すと知らない景色で、そう言えばアントーニョの家に来ていたのだと思い出した。
部屋は薄暗くなっていた。大きな窓から入る光は少しだけ橙味を帯びてはいたが、ほとんど青白く、夕方と呼ぶにも遅い時間だと悟った。家の中には自分以外の人の気配がして、油を引いたフライパンが火にかけられている匂いがした。香ばしくて美味しそうな匂いだ。ガーリックでも炒めているのだろうか。ジュウジュウと音がして食欲を刺激する。
「あ、起きたん?」
部屋を出ると廊下は電気が点いていた。匂いの発信源を探って歩くとキッチンの前に差し掛かったところでアントーニョから声をかけられる。
「よう寝とったから、今日はいらんかと思ったわあ」
「……」
「食欲ある?」
ぼんやりとしたまま頷いて、腹を探ったらグウ、と空腹を主張してきた。ただ眠るのも体力を使う。昼ご飯も食べていないから、なおさらだ。
「ちょっと待っとってなあ」
「……てつだう」
「ん? ありがたいけど、……とりあえず顔洗っておいで」
泊めてもらう身でありながら、着いて早々、眠りこけてしまったことが恥ずかしくなって申し出たのだが、アントーニョはそんなロヴィーノの顔をまじまじと見て、寝癖も直してこいと笑った。ぼうとしたロヴィーノが珍しかったらしい。かわええなあ、とニコニコ笑っている。
言われた通りに洗面台へ向かって顔を洗い、ついでにうがいをして、髪を整えた。鏡を見て、ぎゃっと声を上げてしまった程度にボサボサになっていて、慌てて手櫛で整えた。あちこちがぴょんぴょんと跳ねているせいで、くるん、と伸びた癖毛が可愛らしく見える。
ただ顔を洗って髪を直すだけと思っていたのに、これが存外に手間取ったので、キッチンへと戻った時にはアントーニョは、最後の料理を運び出していた。手伝うと言った手前、何もせずに済ませるのは気まずくて何かないかと聞いたら、うーん、と逡巡したアントーニョがグラスとフォークを渡してきた。子供のお手伝いとはわけが違うと言いたかったが、ばっちり昼寝をしていたロヴィーノに、そんな文句を言う権利はないのだろう。
アントーニョが作った料理はどれも美味しそうだった。いかにも男の手料理といった体で、大皿に盛られた炒め物や揚げ物がほとんどだったが、どれも彩りが良く、見た目にも良かった。
「あ、せや! ビール飲む?」
「ビール嫌いだ」
「えー……せなんやあ」
「お前好きなのか?」
あからさまに落胆するアントーニョに訊ねると
「いや特別好きってほどじゃないで付き合いで飲む程度」
と慌てたような否定が返ってくる。たかが飲み物の嗜好で何を焦っているんだと思うが、ゴソゴソとキッチンに篭って奥から取り出してきた瓶のほうに興味が引かれた。
「俺が好きなんはこっち!」
「なんだそれ?」
透明な瓶に透明な液体。底に五センチほど、ごろごろと果物が浸かっている。ブルーベリーやパイン、いちごと梨の実。外から見ただけでも種々様々な果肉があることがわかった。
「俺の家ではメジャーな酒なんやで。サングリア」
ああ、そう言えば彼はスペイン系だったっけと思い出して、差し出された瓶を受け取った。話は聞いていたが、ロヴィーノが飲むのは専らワインかジンと決まっていうので、外国の酒はあまり口にしたことがない。
「初めて見た」
「赤もあるで! どっちがお好み?」
「赤」
「グラスについだるわ、ちょお座って待ってて」
言われなくてもそうすると瓶を返してソファに沈み込む。子供のように深く座り込んだロヴィーノに目元を皺を深くして、一度キッチンへと戻ると別の瓶を持ち出して、リビングと続き間になっているダイニングの食器棚からグラスを二つ取り出してきた。
ソファの前にあるローテーブルにそれを並べ、ロヴィーノの目の前で瓶の中身を掻き混ぜ注いでいく。
「嫌いな果物ある?」
「何でも美味しく頂く」
そか、と笑いの含んだ声で頷いてマドラーを器用に使って沈んでいる果物を掻き出した。
「どうぞ」
ウイスキーグラスに注がれた見た目は赤ワインそのもののそれ。よく見ると深いワインレッドの液体の底には果物が沈んでいた。
そっと手に取り香りを嗅ぐ。甘いぶどうの香りに混じって爽やかな匂いがする。グラスにそっと口付けると最初に果物の甘さが舌に転がり、次いで発泡しているのか口の中で少し弾けるような感覚があって、最後に赤ワインの渋みが広がった。葡萄の皮の程良い苦味が良く出ている。
「……美味い、かも」
飲みやすい口当たりと後からじわじわ赤ワインの風味が広がってくるのが気に入って、更に口を付けた。
「後味がいいな」
ちら、と見るとへらっとアントーニョが笑う。
「俺も、俺も渋味があるほうがええから自分で漬けてんねん」
「え、これお前が作ってんのか?」
「せやでーもっと口当たり良いのもあるけど俺はこれぐらいのが好き」
「ふうん」
ロヴィーノの眼鏡にかなって安心したのかアントーニョもソファに腰掛けた。二人掛けにしては広いとは言え同じソファに並んで座る。普段なら嫌がったのかもしれないが、この時のロヴィーノはそんなアントーニョに行動に特に気を留めなかった。ソファの正面にテレビがあったからかもしれない。主電源を入れてアントーニョが適当にチャンネルを回している。
ちびちびとサングリアに口を付けてあっという間に飲み干してしまう。飲みやすいせいか、いつもよりペースが早くなっているなとは気付いていたが、普段から酒に強くあまり酔って失敗した経験のないロヴィーノは、あまり気にせず注がれるままに次々とグラスを空けていった。
そう言えば、アントーニョとゆっくり話をするのは初めてだった。いつもはコインランドリーで乾燥機にかけている数十分ほどしか一緒にいないし、空間を共にしたところでロヴィーノは雑誌を読んでいることが多かったから、彼の好きな酒のこともロヴィーノは知らない。大きなテレビから流れる古い映画をBGMに他愛のない話に花を咲かせた。
「この映画、好きやねん」
ロヴィーノやアントーニョが生まれるずっと前にイタリアで撮影された映画だ。ロヴィーノもそれに同意をしながら画面を見る。古びた白黒のフイルムには時折、ノイズが走る。車の動きは全く滑らかではなく、コマ落ちでもしそうだった。最近のコンピューターグラフィックスを駆使された色鮮やかな演出も良いが、こういった堅実な画面構成で淡々とエピソードを紡いでいって一つのストーリーを作る映画のほうが好きだった。
「俺は古い映画のほうが好きなんだ」
アルコールが回って滑らかに口から言葉が落ちた。アントーニョが弾かれるようにロヴィーノを見る。
「俺も!」
「は?」
「俺も昔の映画好きやねん!」
「へぇ」
「なんや、ロヴィーノとは趣味が合うなあ」
まるで好きな女の子を口説いているような台詞だったが、もう、それも良いのかもしれないとも思った。あれ程、いろいろ勘繰って一人で悶えて悩んでいたのに、こうして力を抜いて彼と一緒にいるのは居心地が良い。
暫く互いの好きなものの話をしているとアントーニョが勧めたい映画があるのだと言った。デッキのリモコンを探してゴソゴソし始めた。片付いているように見えてもやはり大雑把な性格をしているのか、リモコンがどこにあるかもわからないらしい。一緒になって視線を巡らせていると、ロヴィーノの座っているすぐ横にあるチェストの上にそれはあった。
「おい、これだろ」
取ってやろうと手を伸ばす。
「わああ、ロヴィ天才! 実は俺の家マスター?」
「なんだよそれ」
呆れるロヴィーノになぜかアントーニョが覆いかぶさってくる。
「わっ、てっめ」
彼もリモコンを取ろうとしたらしかったが、酔いのせいか縺れてロヴィーノの上に倒れ込んだ。ソファに押し倒すような形で上に乗っているアントーニョが事態を把握するのに一瞬、間が空いた。
「え、えーと」
間近に迫った顔を見た。笑ったり焦ったり赤くなったりと忙しく、いつも子供のような顔ばかりを見せるアントーニョだが、基本的に顔は整っていると、ロヴィーノは思った。色の濃いまつ毛は密度は粗かったが、一本一本が太く濃く、彼の彫りの深い目元を彩った。戸惑っている時に左右に揺れる瞳が好きだ。
「……」
何かを言いたそうにしているのに、結局何も音にはならずアントーニョの口の中へと消えていく。もごもごと動かされる唇をじっと見詰める。ロヴィーノが見れば見るほど、アントーニョは狼狽していく。
暫くそうしていたが、先に動いたのはロヴィーノのほうだった。躊躇し、何もしてこないアントーニョにキスをした。ふれ合ったのは一瞬で音もなく離れたので、当のロヴィーノにすらそれが本当に起こったことだかわからなくなった。目の前にいるアントーニョは何度も瞬きを繰り返している。
だから、二回目は長い時間、重ね合わせていた。ふれ合った唇の温度もわからないぐらいに緊張していて、一番最初に、コインランドリーでした時の勢いが嘘のように、互いに探るよう、恐る恐る重ね続けていた。
そっと頭を傾けて角度を変える。同時に唇を少しだけ開いて、ただ重ねているだけだったそれに吸い付いた。ちゅっとわざとらしいぐらい幼稚な音になったが、懲りずに何度も繰り返せば、だんだんと湿り気を帯びていく。
いつの間に手を握られていた。熱い手のひらの温度が心地良く、ざわざわと心を掻き乱す。
薄く瞼を開けるとアントーニョも目を開けていた。前もそうだったなと思って、それで少しおかしくなって笑ったら、なぜかむきになったように睨まれた。口が自由であればお前もマナー違反だと言い返していたところだが、仮に今、唇が塞がっていなかったとしても、この雰囲気でそれを言うほど無神経でも何も知らないわけでもなかった。
すっとアントーニョが鼻で大きく息を吸ったかと思うと、ロヴィーノの手を強く引いて自分の肩へ乗せ、覆いかぶさる様に肩を抱き込んできた。
「はっ、……ぁ」
強く抱きしめる腕に力を込めてくるので、唇が少しずれ、その拍子に声が漏れる。甘ったるくアントーニョに媚びるような声だ。それが合図になったのか、開いていた口の中へと舌がねじ込まれた。ぬるりと侵入してきた熱いそれが、ロヴィーノの口内を荒々しく探っていく。
「ぅ、ふ……ん」
どちらのものとも知れない、喉を鳴らす音が室内に響いた。何かに追われているかのように慌ただしく、唇、歯の裏側、舌の付け根、上顎と辿っていって、最後にロヴィーノの舌の表面に擦り付けてきた。ザラザラとしたヒダとヒダが擦れ合って頭の裏側がジクジクと熱で焼けそうになった。
首の後ろに回された手が、うなじを擽る。意図をもって緩やかにふれてくる指先が、焦れったいぐらいの時間をかけて耳の裏へと向かっていく。期待感で下半身に血が集まるのを感じた。ぴったりと引っ付いた胸から動悸が伝わってしまいそうだ。
指のほうに夢中になっていたせいでキスが疎かになっていたのだろう。舌が喉奥まで入り込んでいた。
「ぐっ、ぅ!」
反射的に顔を離そうとしたが、強く抑え込まれて離れるどころか更に深く重ねられる。息苦しさから生理的に涙が浮かんだ。
熱い指が冷えた耳たぶにふれて体が大げさに跳ねた。爪の先でふれるかふれないかの際どいラインでその形をなぞられる。ぶわっと鳥肌が立った。何度も往復され、尋常じゃなくそこに熱が集中していく。もう、どちらの肌が熱いのかもロヴィーノにはわからなくなっていた。
空いているほうの手で二つ、シャツのボタンを外された。耳たぶを弄っていた指が首筋に降り、空いた隙間から強引に入り込んで鎖骨を撫でる。
「んぁ!」
「やっぱ敏感やんなあ。くすぐったがり?」
疑問系のわりに答えは特に求めていないのか、こそばすようにロヴィーノの皮膚を煽っていく。全身の神経が鋭敏になって皮膚へと伸びているようだ。アントーニョに少し擽られただけで大げさに反応する。燻り始めた熱が今か今かと体内で暴れている。
更にボタンは外され肩を剥き出しにされると、無防備に晒された首筋に噛み付かれた。
「ひっ……ぁッ! はっ」
びくっと体が強張った。柔く歯を立てられ薄い皮一枚を隔ててすぐのところを流れる血流が、食い破られるような恐怖にすら快感を感じて、一層、騒がしく脈打った。怖いけど、もっとしてほしい。身を捩ってアントーニョから離れてみせようとするが、一方で自由な手は彼の肩にしがみ付いているだけで何もしない。
噛み付いたり舐めたりを繰り返しながら、アントーニョの口は肩へと移動していった。彼が辿った跡が唾液で濡れているせいで、空気にふれると冷たく感じる。既に意識は朦朧としていて、与えられるままに感じて喘いでいるばかりだ。強く肩口に噛み付かれたが、ピリッとした痛みと同時に強引な求められ方に全身が震える。衝動的にアントーニョの唇へと噛み付いていた。
「……った」
不機嫌そうにアントーニョが呻いた。唐突なロヴィーノの仕返しに対処しきれなかったのだろう。見事に下唇の皮は破れて血が滲んでいた。舌で傷跡を舐め顔を顰めている。しかし、だからと言って怯むでもなく、すぐさまロヴィーノの唇をその分厚い唇で塞ぎ、舌を絡めてきた。鉄の味がした。
「ふっ……ぁ ん」
苦い血の味に興奮したのか、口付けは深く激しいものになっていった。
キスを交わしている間もアントーニョの手のひらはロヴィーノの体をまさぐった。右手が際どい手付きで内腿を撫でていく。知らず知らずの内にもじもじと膝を寄せて身をくねらせたロヴィーノがおかしかったのか、何度も何度も、膝頭を擽り内腿を撫でて足の付け根まで手を滑らせていく。あと少しのところで離れていく手がもどかしくて、アントーニョの広い背中に爪を立てた。
背中に回されていた左手も、前から弱いと自覚していた背骨のあたりを悪戯に撫でては離れていった。その度にピクピクと痙攣しているせいで、ロヴィーノがそれで感じていることも伝わってしまっていたのだが、素知らぬ顔でアントーニョは焦らし続けた。
我慢できなくなったロヴィーノが恨みがましく睨み付ける。案の定、目を開いてロヴィーノのことを見ていたアントーニョのみどりの目と至近距離でぶつかった。その目が弧を描いていて、実に楽しいと言うように笑っている。
余裕ぶったその態度が気に食わなかった。手を降ろしてきて彼の服を脱がそうとする。しかし、思っていた以上に力が抜けていて、思うようにボタンを外すとことすらままならなかった。
暫くシャツと格闘していたロヴィーノだったが、どうにもならないと判断して、次に自分のベルトに手を掛けた。柔らかい皮とベロアでできているそれは着脱が楽なので、会社に行く日に付けていることが多い。案の定、すんなりと留め具が動いた。カチャカチャと音を立てて外すと、下着ごとスラックスを脱ぎ捨てた。アントーニョが力任せに抱き付いてくるので足は上手く抜けなかったが、いきり立った性器は狭い服から解放された。
「それでどうすんの?」
「ふっ、あぁ んぅ、あ!」
からかうように声をかけてくるのを笑って、右手でそれを支えた。しっかりと立ち上がった性器を確かめるように撫でて、やんわりと握る。アントーニョに見せ付けるようにそれを擦って、わざとらしく大きな嬌声を上げた。大胆に何度も手を大きくスライドさせ、先端から滲み出ている液を全体に広げていく。待ち望んでいた愛撫に、自然と手の動きは早くなっていく。快楽を追い始めたロヴィーノを見ていたアントーニョが、唾を飲み込んだのか、生々しく喉を鳴らした。
荒くなっていく呼吸に酸素が不足して、必死で口を開いて空気を求めた。唾液を飲み込んでいる暇すらなくて、意味のない音ばかりを漏らす。
「ぁ、あッ! ぅ、くっ!」
しかし、そこへアントーニョが指を突っ込んできて口の中を掻き回してきた。舌を強く抑えられてえづきそうになる。瞳を潤ませて睨み付けると、本当にそう思っているのか、ごめんなあ、とアントーニョが言った。息苦しさに力なく呻くロヴィーノに、アントーニョが苦く笑って、余裕ないなあ、と困ったように呟いた。その意図を聞く間もなく、ロヴィーノの右手ごとその性器を強く握り込んでくる。
「うっ ん!」
ビリビリと痺れのような快感が背筋を駆けていった。息を詰めてその衝撃に耐えているのに、構わず素早く擦り上げられて思考が真っ白になる。全身が痙攣しジリジリと追い立てられていく。
「ロヴィ、好き」
アントーニョが耳元で囁いた。好き、好き、好き。そんな声も出せるんだ、と見当違いのことを考えた。低くて甘い、ロヴィーノをぐずぐずに溶かすような声だ。
「たぶん、最初からずっと好き」
視界がぶれて何もみえなくなっていく。吐き出すその瞬間がもう目の前にきているのを感じながら、ロヴィーノはわけもわからず首を振った。それが頷いたのだか、ただ快楽に耐えるものだったのか、ロヴィーノ自身には記憶がない。
けれど、最後にアントーニョが嬉しそうに笑ったから、きっと意図は伝わったのだろう。そこで一度、意識が途切れた。
体が浮くのを感じて意識を取り戻した。目をパチパチと瞬かせたロヴィーノに、まだそんなに時間経ってへんよ、五分ぐらい、と教えてくれる。どうやら適当に脱ぎ捨てた服を片付けてくれたらしい。綺麗にソファに収まっていた。
「わり……」
「ええよーこの後、ヤらせてくれたら」
ニヤニヤと笑うその顔が憎らしくて愛おしい。意地悪して、えー、と不満の声を上げたら途端に嫌なん?! と不安がる。ずっとこうだったら可愛いのに。
「……あー、まあ、うん」
けれど、また迷子の子供みたいな目で縋るように見てくるから、そうそう意地悪を保ってられなくて。嫌じゃない。そう、小さな小さな声で呟くと、余計に真剣味を帯びて本気の色になった。
堪らなくなってアントーニョに抱き付いた。顔を見られるよりは見られないぐらい近くで引っ付いていれば良い。ぐりぐりと頭を押し付けるロヴィーノに、ふふふ、とアントーニョが笑い出す。
「あんな、このソファ、俺が選んだやつやねん」
嬉しそうに囁いて、けれども込み上げる笑みを噛み殺しきれずにロヴィーノをぎゅうぎゅうと抱き締めて、ロヴィーノが好きだと言ったモスグリーンのソファを指差す。そうか、と頷くロヴィーノに幸せだと笑った。