その後、暫くアントーニョには会わなかった。ロヴィーノの仕事が立て込み忙しくなったし、何より先週まではずっと晴れの日が続いていたから、コインランドリーに行く必要もない。洗濯物を片付けるため以外に、あの店へと近付く理由はないのだから。
アントーニョが近所に住んでいることは間違いないのだろうが、不思議と街中ですれ違うことすらなかった。季節は初夏へと代わり、該当に立ち並ぶ木々に芽吹いたみどりが燃え始めていた。
あの夜のアントーニョは何もかもがいつもと違って見えた。落ち込んでいるせいかトーンを落とした声が耳に心地良く、疲れた顔が彼の生まれ持った造形とあいまって妙な色気を感じた。熱っぽくロヴィーノを見詰めてくるから胸の鼓動が高鳴った。余裕のない荒っぽい仕草でロヴィーノを扱い、息を詰めて快感を耐える熱い吐息を耳に吹き込んでくる。忙しなく追い立てるようにキスをしてくる唇に、ロヴィーノの全てを暴き立てようとする容赦のないみどりの瞳、手荒に引きずり出された性感、その全てが経験のしたことのないものだった。
あの時のアントーニョは間違いなくロヴィーノに興奮していたが、日頃の彼とは違う野生的で雄々しい姿にロヴィーノだって欲情していた。
(ヴォアアアア!! なに考えてんだ!)
かっと頭に血が上るのを感じてデスクに突っ伏し頭を抱える。そんなことばかり考えているから余計に会いづらくなるのだ。すっかり忘れてしまった、男と扱き合ったことぐらいいつまでも引っ張ってんじゃねぇよって顔でいたいのに、こうして仕事中でも気を抜くと思い出しては悶えているからいけない。
パソコンの画面には先ほどから進んでないメールの文面。始めはロヴィーノのミスによる忙しさだったものが、そのまま繁忙期へと突入し、立ち止まっている暇もなく目まぐるしく日々が過ぎていった。もう磨り減っていく心など気にしていられない。次から次へと舞い込んでくる仕事を右から左へ消化していくようにこなしていく。
はっきりとしない季節の変わり目のように、ロヴィーノの心もどこにあるのかわからなかった。共通の友人たちから風の噂で彼女は留学先で順調にステップアップしていっているのだと聞いたが、別れた当初のように心掻き乱されることはなくなっていた。そのくせ、集中力の途切れた隙間に、あるいはぼんやりとしている瞬間に、アントーニョとのことがちらついてロヴィーノの心を掻き乱す。
「最近、また雨が多いな」
上司の言葉に顔を上げた。春先には厳しかった彼も最近では、ロヴィーノがちゃんと己のミスを始末したことについて認めてくれている、らしい。決して本人から直接聞いたわけではないが、同僚にはそんなことを言っているようだ。
「今日も雨、明日も雨、明後日も雨だろうなあ」
彼の情報源は今でも新聞だ。ボスの席に座って大きな新聞紙を広げながら歌うように言う。イギリス人の彼は雨が降っているほうが機嫌が良い。
そう言えば、最近また家のことがおざなりになっていたと思い出して、今日あたり洗濯物を片付けようと決めた。
夏を目の前にしたこの季節の雨は生ぬるく、降る度に気温を暖めていく。しとしとと静かに降り注ぐ雨が、昼間太陽が温めたコンクリートに打ち付けられ、その熱を空中に誘い出していた。
夜中のコインランドリーには先客が一人だけいた。
「あーロヴィーノ! 久しぶりやんなあ!」
一番会いたくない男だ。店の一番奥にある長椅子に腰掛け、雑誌を読んでいたアントーニョが、誌面から顔を上げて大声を上げた。最後に会った時のこの世の終わりのような姿は一体、何だったのだろうか。今は憑き物でも落ちたように晴れやかである。カラッと笑うその笑顔は普段以上に明るくて、いっそ奇妙なぐらいだ。
しかし、主人の帰宅を喜ぶ飼い犬のように喜色満面のアントーニョとは打って変わって、ロヴィーノの心は憂鬱だった。このまま、くるりと体を反転させて駆け出し店の外へと逃げてしまいたい。
けれど、今ここで逃げ出せばロヴィーノがアントーニョのことを意識していることになる。こいつはこんなにいつも通りなのに、自分ばかりが気にしているなんて、それはそれで癪ではないか。そう思って一瞬、立ち止まったせいで、走り出すタイミングを逃してしまった。
「最近会わんから俺から逃げたんかと思った」
からかうように笑うアントーニョの姿に、動悸が早まったのを自覚する。顔が熱い、頭が熱い。図星だからだ。
「ここしかねぇんだよ」
沸騰しそうな熱を逃すためにシャツをパタパタはためかせ、なるべく素っ気なさを装ってぶっきらぼうに言ったが、顔は真っ赤になっているのだろう。全く様にならない。
「せやんなあ、元気しとった?」
「忙しい」
ふうん、と気のない相槌を打っていたアントーニョが、「あ、俺あと十分ぐらいで終わるで」と言った。
「ロヴィーノは雨の時だけここに来んの?」
「そりゃそうだろ、晴れてたら家でやるし」
「俺、洗濯機ないからなあ」
「毎日来てんのか?」
「ううん、まとめてやるん」
家に洗濯機があるロヴィーノだって、一週間分をまとめてやることが多い。男の一人暮らしなんてそんなものだ。アントーニョが一人暮らしかどうかは知らないが、ただ、それを聞いてそのわりによく会うなと思った。ロヴィーノは雨が降っていて、かつ仕事から早く帰った日か週末ぐらいしか来ていないのに、こんな気まぐれに洗濯物を片付けに来てるような男と、ほぼ毎回のように顔を合わせている気がする。
「え、ここ使わんの?」
「なんでこんなに空いてるのにお前が終わるの待たなきゃなんねぇんだ」
「いつものとこがええんかなって思って」
別に場所にこだわっているわけではない。奥にいたほうが他の客と顔を合わす必要が少なくなるだけで、今こうしてアントーニョと会話を交わさなきゃならなくなっている時点で、本来のロヴィーノの意図は果たされていないのだ。
引き止めようとする声を無視して、入り口近くの洗濯機に持って来た洗濯物をまとめて放り込みスタートボタンを押した。そうして、これまた入り口近くの長椅子に腰を落ち着かせる。本当ならば待っている間、ゆっくり雑誌を読むのはロヴィーノの好きな時間だった。けれど、マガジンラックは店の奥側にあり、アントーニョの近くまで寄って行かなければならない。離れたところに座ったロヴィーノに、なぜかアントーニョが不満そうな声を上げた。だが、これだけ広い店内でわざわざ隣に座るような関係でもない。何よりアントーニョは男だから、ロヴィーノにとっては並んで座ると言う選択肢のない相手だ。それが本来の距離感だった。
「なあなあ、この雑誌なあ、前読んどったやろ?」
なのに、せっかく離れたというのに相変わらずの空気の読めなさでロヴィーノの側へと近寄って来る。あからさまに嫌そうな顔を作ってやるが、気付いているのかいないのか、勝手にロヴィーノの隣に腰を下ろした。
「あん?」
「取っといたんやでー」
見れば確かにロヴィーノがいつも読んでいるインテリア雑誌だったが、他の客がいないのに取り置きする必要などないだろう。胡乱げなロヴィーノの瞳に堪えている様子はない。
暫く我が物顔でロヴィーノの隣に座るアントーニョを睨み付けたが、それで彼を動かせることはないようで微動だにしなかった。どうも、自分には眼力もなければ念力もないらしい。そこをどけよ、と凄んで見せても、低い声で嫌だと一言だけ返してくる。
はあ、と大きくため息を吐いた。普通、あんなことがあってロヴィーノがここまで嫌がっていたら何か察して近寄って来ないだろう。会って数回、互いに何も知らないような相手で、しかも相手は男で、それで擬似的なセックスのようなことまでしてしまったのに、彼にとっては些細なことだったのだろうか。
精一杯、睨み付けてみたが、やはりアントーニョは怯む様子もなくそのままの姿勢で待っていた。これはロヴィーノが雑誌を受け取らなければ動く気がないのだろう。
仕方がない、と、雑誌を受け取るべくその指先にふれないように慎重に、雑誌へ手を伸ばした。
ところが、ロヴィーノの指先が紙に触れようとした途端に、するりとその手を躱して雑誌を自らの頭の上に上げた。ロヴィーノの手が宙を切りよろめいたところを、素早く手首を掴まれて引かれ、アントーニョに拘束される。
「なっにすんだっ!」
離せ、と暴れようとしたところで、アントーニョが喉を鳴らした。
「お、怒らんといてや! 話が、あんねん……」
「はあ?」
勢い付けて話し始めたくせに、もごもごと喋るせいで最後のほうは音にならず空気へと溶け込んでいく。怪訝に思ったロヴィーノが真っ直ぐに睨み付けていると、ますます視線をうろうろと彷徨わせて挙動不審に拍車をかけていく。
「あ、あんな、えーと」
アントーニョが俯いて居心地悪そうにソワソワしている。頭が下がっていって、今ではつむじが軽々と目に入る。そこで漸くロヴィーノは、アントーニョの顔を覗き込んだ。見たこともないぐらい真っ赤になっていて、額も耳も首まで沸き立っている。
「その……」
ちらりと、こちらを見上げてくる目は不安に満ちていて、そのわりに何か期待をしている。青臭くて甘酸っぱい。見ているこちらにまで、その緊張が伝染してくるようだ。実際、ロヴィーノの顔も熱い。
こういう状況をロヴィーノはよく知っていた。言いたいことなどもう決まりきっているのに、なかなか言葉にする切っ掛けが掴めずにタイミングを図っている、勇気を振り絞ろうとしているがロヴィーノの顔を見ると萎んでしまうから、なるべく視界に入れないようにして、けれどこちらの反応が気になって気になって仕方がない。そういう表情をした相手が次に何を言い出すか。
「お、俺なロヴィーノのこと……」
だから、それ以上のことは聞きたくなくて、ああああ! とわざとらしくも精一杯の大声を上げた。鳴き声叫び声、痛がる声を上げるのは大の得意だ。狭い店内によく響いて、残響に恥ずかしくなって、やり過ぎたと肩を竦めた。
「え、え、なに」
「せ!」
「えっ! セッ?」
「洗濯が終わってるぞ!!」
気が付けばアントーニョは長椅子の上に膝を立て、ロヴィーノにほとんどのし掛かっているような状況だったが、必死かつ無理やりな話題逸らしは一応の効果があったらしい。叫び声に近い白々しい声にアントーニョが肩越しに店の奥へ振り返り、洗濯機が動きを止めているのを見た。
「あ、ああ、ほんまやね」
「は、早く片付けたほうがいいんじゃねぇのか」
「え、あ……うん、せやね」
後になって冷静に考えればそれはおかしな発言だったが、それでアントーニョは納得してくれた。せやね、そうか、と何度も頷いて、ようやくロヴィーノの手首を離し長椅子を降りた。解放された安堵と遠ざかる熱に体中の力が抜け、がくり、と長椅子にへたり込む。
ロヴィーノに背を向け洗濯機の様子を見たアントーニョが、ははは、ほんまや、いつのまに終わってたんやろうねと言った。その声に力はなかったが、ロヴィーノには気にしている余裕がなかった。乾ききっているのに無理やり絞り出したような、らしくもないアントーニョの笑い声を聞きながら、心臓が全力疾走をした後のように急激に鳴り始めたことに気付く。相当、緊張していたらしく手のひらは汗で湿っていた。
「え、えーと、ほな、俺、今日はもう帰るわ」
いつも通りに振る舞うアントーニョが、本当は会った時からずっと上滑りし、空回り続けていることに、その日のロヴィーノが気付くこと最後までなかった。
逃げ出したのはロヴィーノだったくせに、アントーニョとの関係が宙ぶらりんのせいで、心はぶよぶよに腐っていった。腐って伸びきって、だめになりかけているようだった。
(そもそも、あいつがあんな顔するからだ……)
懲りずに何度だって赤くなる顔を手で仰いだ。目の前では乾燥機がぐるぐるとロヴィーノの洗濯物を回している。
定時を回っても空がまだ薄ら明るく、家に帰る間も生ぬるい風が浮ついた夜の気配を纏った季節。六月にもなれば、もう夏だと呼んでも良いのだろう。
今日の昼間も、やってしまった。仕事中の出来事を反芻して頭を抱えた。パソコンのアプリケーションが応答待ちになって操作できなくなったその一瞬の間に、ふとアントーニョのことを思い出してしまったのだ。衝動的に抱き合った時のあの熱っぽい瞳も、その前に落ち込んでいた理由や、あの後に会った時の真っ赤に熟れた顔も、勝手に理由を想像させては、ロヴィーノの心を恥ずかしさでいっぱいにする。他のことが何も手に付かず頭を抱えて身悶えるが、一度そうなってはもうだめで、上司から何かあったのかとかけられた声にもまともな返答を返せない。これではだめだと、頭を冷やしてくると言って無理やりオフィスから出たのだった。
(……何か退屈、だな)
赤くなったり照れたり恥ずかしくなったり赤くなったり、悶えたり。忙しいけれど、心が退屈だった。目の前では乾燥機が機械ごと遠心力で揺れている。
何度も反芻したアントーニョの言動に答えを出したいけれど、そうするにはまだ何かが足りないようで、ロヴィーノは一歩踏み出すことを躊躇っている。何度も同じところに辿り着く答えに退屈をしていた。
もう時計は八時を過ぎているというのに、空は薄ら明るい。確実に夏へと向かっていることを匂わせるような暑い夜だ。店内に設置されている自販機で買ったまずい缶コーヒーに口を付ける。コーヒーにはたっぷりミルクを入れるほうが好きなのに、今は苦いブラックが気分だった。
ひと月ぶりにアントーニョと会ったのは、珍しいことに土曜の午前中だった。そう言えば、彼とは朝に顔を合わせたことがなかった。
「あ、……ろ、ロヴィーノ」
「あー……久しぶりだな」
店に入って来てロヴィーノの姿を見た瞬間、あからさまに肩をびくつかせて視線を逸らす。ロヴィーノに会いたくなかった。そんな態度だ。
「な、なんか、今日混んでるんやな」
「休みの日のこの時間はこんなもんだろ」
「え、そ、そうなん?」
何やら当てが外れたらしく、はー、と大きく息を吐き出してしょげている。時間をずらせば会わなくて済むんじゃないかと考えていたのではないだろうか。思い付いた仮定がもっともらしくて、きっとそうなんだろうと断定し、勝手にイライラと舌打ちを打った。
「な、なに?」
「隣、空いてんぜ」
「え、ああ、うん」
頷きながらキョロキョロと店内を見回しているが、一番混む時間帯である。他に空いているところはない。それに気が付いたのか、ソワソワしながら失礼しまーす、と弱々しい声をかけてアントーニョがロヴィーノの使っている乾燥機の隣に洗濯物を放り込んだ。いくら、シケたコインランドリーだと言ったって、住宅地の真ん中にあってそこしかないような店だ。休日に来て一人占めなどできるわけがないから、長椅子はどれもいっぱいいっぱいで、当然、アントーニョはロヴィーノの隣に座るしかなかった。それすらも躊躇いがちに、ロヴィーノの様子を窺うように落ち着きがないので、またロヴィーノの神経を逆撫でする。
なるべくそれを視界に入れないように柱にもたれかかって目を瞑った。ついでに腕を組んで自分を守る。何からかは、わからない。
「ろ、ロヴィーノ、眠いん?」
沈黙に耐えられないのだろうとはわかるが、しかし狼狽するほど気まずいのなら、どうして話しかけてくる。きっと、相手がアントーニョでなければロヴィーノだってそう思えたはずなのに、どうにもこのマイペースなスペイン人の前ではペースが乱され、いつものロヴィーノではなくなってしまう。そうだよ、と素っ気なく返した。
「寝れてないん? クマできてんで」
「あー、まあ」
「なんで?」
「はあ?」
子供のなんでなんでじゃないのだから、それにロヴィーノにだって寝不足になる理由などいくらでもあるだろう。例えば、仕事が忙しかったとか。例えば、悩み事で頭がいっぱいで夢に落ちることすらままならなかったとか。
「悩み事? 俺で良ければ力になるで!」
お前のせいだよ、と喉元まで出かかって言葉にするのも億劫で呑み込む。
「ならなくていい」
「えー、相談したってやあ」
甘えるようなその声に、一体どれだけの意図が含まれているのか、ロヴィーノには全く知る由も無い。子供みたいな男だから意図もせずにそんなことを言うのだろうとも思うし、一方で、これでも、こんなんでも一応、法律的にも学術的にも立派に成人した大人の男ではあるから、そうやって相談に乗る体を装ってロヴィーノを絆してやろうという意図があるのかもしれない。ロヴィーノだって気になっている女性が寝れてないなどと言ってきたら、喜んで話を聞こうと相談役を買って出る。
(ねぇな)
さっきの様子を見る限り、先日のロヴィーノの態度にアントーニョも気まずさを感じているようだ。もしかしたら、もう忘れてしまいたいと過去の思い出にすらなっているかもしれない。そもそも、この男にそんな器用なことができるのだろうか。いや、できまい。
「なんでなんで?」
無視して眠っているふりをしようとしたが、しつこく食い下がってくるので、鬱陶しくなって怒鳴りつける。ちょっとは大人しくしろ、と怒ると、ほな教えてやーと反省の色のない返事。彼のそういうところが、恐らくロヴィーノが素直になれない原因なのだ。毒気を抜かれるような屈託のなさで、馴れ馴れしく近寄ってくるこの男相手に、素直に自分の感情を認めると負けた気がする。
「うっせえなあ、家の鍵を会社に忘れて帰れねぇんだよ」
「え! ほな、昨日はどうしたん?」
「ネカフェで寝た」
「よう寝れたなあ。俺、どこででも寝れるって言われてるけど、さすがにあれは無理やったわあ」
「だから、あんまり寝れてねぇんだよ」
「せやんなあ! 人の気配めっちゃするのに静かなのがあかんな。図書館みたいで騒ぎたくなってくる」
発言の内容通りに子供っぽく唇を尖らせたアントーニョに呆れたが、いちいち真剣に取り合うのも面倒で適当に相槌を打っておいた。
「でも、電車動いてる間に取りに行けばええのに」
「セキュリティかかってるから休日は前もって許可とらねぇと開かないんだよ」
「はあ、立派な会社やね」
全く、無駄に大手のような真似をするのでロヴィーノも困っている。
「せやったら、なあなあ、俺の家に泊まってきや!」
「……はあ?」
素晴らしい思い付きのようにアントーニョが両手を合わせ、決まりだとはしゃぎ出す。ロヴィーノが戸惑っているのもお構いなしで、家は近いしソファベッドがあるから大丈夫だと勝手に話を進めていく。
「お、俺は良い」
「なんで? 今更、遠慮はいらへんよ」
一体、何の今更だと焦るロヴィーノを尻目に、酒もあるし料理もいっぱい用意するとはしゃいでいる。
「ここで寝るから良い」
「えー、他のお客さんの迷惑になるやん」
「……」
しかし、ロヴィーノの沈黙をどう受け取ったのか、アントーニョが最後の最後に逃げ道を作ってくれた。そういうところがずるくて、嫌いだ。絆されてしまう。
「な、なんもせぇへんし。俺がロヴィーノに来てほしいねん」
捨てられた子犬みたいな顔をして懇願してくるこの男を、無下にできる人間がいるのなら会って話を聞いてみたい。かくして、ロヴィーノはアントーニョの家に行くこととなったのだった。