片恋ペイン

 翌日の会議は散々だった。書類はどうにか間に合わせたものの、やっつけで作り上げたものだっただけに間違いや矛盾が多くあり、しまいには発表の途中でドイツに叱られる始末。スペインとしても、自分だって夜遅くまで頑張ったのだから多少の齟齬は大目に見てほしいと思うのだが、そもそもその中身自体が問題ありとみなされたのだから堪らない。結局、政府が打ち出した経済政策も効果的とは言えないし様々な問題が露呈しただけだ、と次回までの課題が増えるだけだった。
 これだから会議は嫌なのだ。別にスペインが多少頑張ったぐらいでどうにかなるものでもないし、時代の流れというものもある。今は上手くいかない時期なだけだと思うのだが、今や共同体として身を寄せ合っている欧州各国からしてみればスペインにあれこれ注文をつけたくなるのだろう。
 疲労感に襲われてふらりと席に戻る。早く帰ってロマーノと家でダラダラしたい。ああ、でも暫くは発表は回ってこないはずだ。次はフランス、イギリス、そしてアメリカと話が長引き一悶着起こしそうな面子が続く。下手をすればそのまま収拾がつかなくなり解散ということもあり得た。
 手持ち無沙汰に机に肘をついて、ふと、視線を感じて顔を上げた。

「―――」

 ロマーノがパッと顔を背けるのが視界の端で捉えられる。隣にはイタリア、逆隣りに日本という席順でドイツはイタリアの隣りに座っていた。
 スペインの視線がぐるりとそちらのほうへと向く頃には、周りの者たちが急に俯いたロマーノのことを気づかわしげに見やっているところだった。二言、三言、何やら声をかけられていたが、頑なにロマーノは口を開かずただむすっと口をへの字に曲げて黙り込んでいる。埒が明かないと踏んだのか、まずは日本がスペインのほうを見た。当然目が合う。どうしたものかと思ってとりあえず愛想笑いを浮かべて手を振るとイタリアも顔を上げた。日本とイタリアが目配せをして、またロマーノに何か告げている。声が聞こえないのがもどかしいが、おそらく内容はスペインのことなのだろうと想像できた。その証拠にふたりはしきりにスペインへと視線を送ってくる。
 不思議なもので、いつもならロマーノの隣りに自分がいないこと、何の話をしているのかわからないこと、自分も混じりたいことなどなどで複雑な気持ちが込み上げてくるところなのだが、その内容が自分のことだろうとわかるとそう悪い気はしない。しかも心なしかロマーノの頬が赤くなっている気がする。
 それが、何だか。

(俺のこと意識しているみたいちゃう?)

 それにロマーノはスペインが顔を上げる直前までこちらを見ていたのではないだろうか。それがスペインにバレそうになったから、慌てて顔を背けた。不自然なまでの動きで。

(いつも俺のことなんかお構いなしでグースカ寝ているか、書類で紙ひこうき作っているかやもんな。珍しい)

 この後、一緒に家に行くからだろうか。だからスペインのことを気にしていたのか。そうだったら良いのに、そう思う。

(俺もロマーノと飛行機乗って家に帰るの、むっちゃ楽しみにしてんで!)

 そう念じながらニコニコとロマーノを見つめる。すると下から見上げるようにこちらを窺おうとしたロマーノが大げさに肩を跳ねさせて、今度は遠目でもはっきりとわかるほど顔を真っ赤にすると机に突っ伏してしまった。

(かっかんわええ!!)

 それが自分に関する反応だと思えば、なおさらだ。さっきまで会議のことで鬱屈とした気持ちになっていたのも吹き飛ぶほどスペインは浮かれていた。

 ところが、その後もロマーノとは度々目が合った。正面から真っすぐに絡み合うことはないものの、チラチラとスペインのほうを見ているのか、スペインがふと顔を上げるといつもロマーノが慌てて顔を背ける姿を捉えることができた。

(何やろう?)

 普段からロマーノはあまり素直ではない。言いたいことがあってもなかなか口にできず、チラチラと視線を寄越してきて何かを期待するような目を向けてくる。たいていは何かを褒めてほしかったり、悪戯を仕掛けてくる時だったりするのだけれど。

(うーん、でも今は会議中やしなあ)

 あるとすれば、真面目に仕事を頑張っていることを褒めてほしいということだろうか。
 それならば簡単な話だ。元々会議が終わったらよく頑張ったと撫でくり回すつもりだった。それを自分で思っていたよりもより激しく表現すれば良いのかもしれない。

(あー想像したら早く抱きしたなってきた……!)

 真正面からぎゅっと抱いて髪をぐりぐりと撫でてやりたい。ついでにあの成人しても相変わらず柔らかくてもちもちとしたほっぺにふれて、えらいえらい、と言って、ロマーノの話もじっくりと聞いてやりたいのだ。
 ちらりと発表者のほうを見やると案の定。フランスとイギリスが互いの胸ぐらを掴み合っているところだった。ギャンギャンと口汚い罵り合いも繰り広げられていたが、ほとんどの出席者がそちらのことなど気にしていない。そのうちドイツが怒鳴りつけて会議自体がうやむやになり、何となく解散するのだろう。わかりきった流れだ。

(めっちゃ楽しそうや。早よ会議終わらんかなあ!)

 書類を揃えながら終わった後のことを考えて自然と笑顔になる。そんなスペインを斜め後ろに座っていたポルトガルが気味悪そうに見ていたのだが、今は関係なかった。とにかくロマーノのことで頭がいっぱいだったのだ。つくづくゲンキンなものだと思うが、それでもスペインの感情を浮かすのも沈めるのもロマーノの言動ひとつ。そうして今日のところは落ち込む要素がなかった。この後は楽しいことしか残っていない。
 そんなスペインのことを含みのあるアルカイックスマイルを浮かべた日本が見つめていたが、もちろんそんなことにも気が回らなかった。
 
 
 
「スペインさあ、俺に何か言うことあるんじゃないのぉ?」

 ニヤニヤとした笑みを浮かべたフランスが肘で脇腹をつついてくる。その目は三日月型に弧を描いていて、大いにスペインのことをからかってやろうという意思が見て取れた。

「言うこと?」
「しらばっくれるなよ。今まで散々話を聞いてやったでしょ」首を傾げるスペインに、芝居がかった仕草で肩を竦めてみせた。「ロマーノとのことをさ」
「あー……」

 そう言えば、この後飲みに行こうと誘われていたのを断ったのだっけ。飛行機で直帰だと告げた時、最近付き合いが悪いぞー、と言われたような気がする。元々そんな付き合いもなかったのに。

「いや、うん。まだそんなあれやから言うほどのことちゃうかなって思ったんやけど、まあ何か流れでそういうことになって」
「だから何だよ、その流れってのは。詳しく聞かせて!」
「えーいやあ、詳しくって言うか……」

 ロマーノとの電話の内容まで逐一報告しなければいけなかったのだろうか。今までそんなことを聞かれたこともなかったが、そう言えば前に家に遊びに来た時に愚痴を聞いてもらった。あの時は少しばかり気が滅入っていたが、実際そんな悲観的な状況でもないし、それはきちんと伝えるべきなのかもしれない。

「実は昨日ロマーノから電話があって」

 どう説明したものかと思いめぐらせながら口を開くとフランスが、はて、と首を傾げた。

「あれ、あの子確か昨日は日本とアサクサ観光しているって書いてなかったっけ?」
「そうそう。そう言えば、何であのタイミングでかけてきたんやろなあ。そばに日本もおったみたいなんやけど」
「ああ、なるほどね」

 フランスがしたり顔で頷いた。

「あっちにはあっちの事情があるのさ」
「そういうもん?」
「そうそう、まあそこのところはいったん置いておいて。それで、何て電話だったの?」

 一体スペインとロマーノの電話の何が彼をここまで楽しませているのだろう。不思議に思いつつ昨日の会話を思い出しながら内容を纏める。
 纏めるほどの話でもない。こういうことだ。

「会議の後、用事あるんかって聞かれて飛行機で帰るだけやって返したら俺ん家に遊びに来たいんやって。ほんで一緒にパスタ作ることになったから、この後ふたりでスーパーまで買い出しに行くねん」

 興味津々といった様子で話を聞いていたフランスが動きを止めた。

「え、それで?」
「そんだけやで」

 逆に何を期待されていたのだろう。

「いやいや! 会議中に意味ありげな雰囲気で見つめ合っていたじゃん!」
「見つめ合ってなんかないで! 誰の話や!」
「お前とロマーノだよ! ロマーノなんか顔真っ赤になっちゃってキョドってたから、てっきりくっついたのかとばかり」

 そんな都合の良いことが起こっていたのなら、一も二もなくフランスの前で惚気けている。聞きたくないと耳を塞いでも垂れ流し続ける自信があるほどだ。それなのに一体何でそんな話になっているのだろう。

「そんなわけないやん! 期待する要素がないもん!」
「わかんないよー? ロマーノに心境の変化があってお前にアプローチしてきているのかもしんないじゃん」
「そん、な」

 あるわけない。

「夢を見るのはもうええねん。ロマが俺に懐いてくれてんのはそういうんちゃうよ。勝手に俺の都合のええように解釈して浮かれて期待してがっかりするのは飽きるほどやったわ」

 早口で一息に告げると、面白いものでも見るかのように目を細めたフランスが、ふーん、と頷いて自身の顎を親指で撫でた。その仕草こそ意味ありげで含みを持たせている。
 何、と横目で促せば、いやあねえ、と間延びした枕詞を置いて切り出した。

「まるで自分に言い聞かせているみたいだなあ、なんて」

 その言葉には心当たりがある。昨日ちょうど自分でも思ったところだ。ぐうの音も出ず項垂れる。思い通りの反応を引き出せたのかフランスは満足げに頷いて、ふっと相好を崩した。

「らしくないじゃん、そういうの。あ、今に始まったことじゃないか。スペインってばロマーノのことになると途端にしおらしくなって余裕がなくなるから」
「あーもう! あんまからかわんとってや!」
「はっはっは、悩め悩め。お前も人並みに葛藤すりゃあ良いんだよ」

 まあでもさあ、と続く声はスペインをからかうものからガラリと変えて、真剣味を帯びたものになった。

「実際のところ、ありえない話じゃないんだ」
「何があ?」
「ロマーノさ、昨日日本の家に泊まってたんでしょ?」
「そうやろうなあ」
「まあ、日本がわざわざ自分から何かを言うとは思えないけど、あの雑誌が家にあってもおかしくないわけだし」
「雑誌?」
「お前のしょっぱい恋愛相談コーナーが連載されているあの雑誌」

 あー……、気のない声が漏れた。そう言えば、いつも日本から送られてきているのだから、彼自身が雑誌を所持していてもおかしくはない。そもそも彼の国のもので、コンビニでも書店でも、どこででも手に入れられるのだと聞いている。

「ってことはだよ、日本の家に泊まったロマーノが偶然見つける可能性もあるわけじゃん。スペインが誌面上でロマーノへの恋心拗らせすぎて、遠い極東の女性たち最高のエンタメになっているあの恋愛相談を読んだ可能性もね。だってさあ、今日になって急にあの態度だし? 絶対何かあったってお兄さんは思うわけだけど、」

 お前はどう思う?

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