片恋ペイン

「わはースペイン兄ちゃん、今月も拗らせているねー。いっそのことこれを兄ちゃんに見せればよいのに。兄ちゃん、何も気づいていないから」

 あれから暫く経って、日本で行われる会議に参加した時のこと。イタリアとの世間話ついでにスペインの話を切り出すと、ちょうど空港で件の雑誌を買って来たのだと見せられた。わざわざ毎月チェックしているのかと聞けば、毎月ではないよ、日本に来るタイミングがあった時だけ、と返されたが日本と仲の良い彼のことだ。頻繁に行き来しているのだから、それってほとんど毎月じゃないの、と思ったが口には出さずにおいた。
 問題のコーナーを見た第一声が先の言葉である。どことなく呆れているようにも面白がっているようにも見えた。

「それで見せれるなら苦労はしてないでしょ。あいつロマーノの前ではベッタベタにカッコつけて、飄々と振る舞ってんだから」
「そうだねーこんな風に日本の雑誌でまで面白いことになるほど必死な姿なんて、兄ちゃんの前では絶対に見せらんないよね」
「そもそもなあんで日本の女性ファッション誌に、よりにもよってあのスペインが恋愛相談コーナーなんて持ってんだか」

 幾度となく抱いていた疑問を思わず口にすれば、ああそれはね、と訳知り顔を見せられる。

「俺が編集さんにスペイン兄ちゃんを紹介したからだよ」

 さらりと告げられた真実に思わず目を見開いた。まさかそことそこが繋がっててこれがああで? 確かに日本が紹介したにしては違和感のある人選だと思っていたのだ。

「はあ? イタリアが? なんでまた」
「んーと、最初は俺のとこにきていたんだよ! 日本が『こういうことならイタリア君が適任と思われます』って紹介してくれて」
「なんで?! それなら俺のほうが適任でしょうが」
「知らないよーあっでも雑誌が若い女の子向けだからって言われたよ」
「なんでなんで! お兄さんならイタリアよりもアダルティーに大人の男の魅力で恋愛相談に乗れるのにぃ」

 それが不要だったのではと思わなくもないが、イタリア自身、実際のところを日本から聞いたわけではない。ははは、と適当に笑って流しておく。

「まあそれで最初の二、三回は俺がやってたんだけど、編集さんに『真面目に相談に乗ってください!』って怒られてー」

 フランスは神妙な顔で頷いた。その展開は説明されずとも想像がつく。女の子の相談そっちのけで、ねえねえ君可愛い? 俺と遊びに行こうよ、美味しいパスタのお店知っているよ、デートしようよ、と誌面上でナンパするイタリアの姿が。
 ちなみにイタリアがコーナーを持っていた頃は相談者の写真があれば掲載率百パーセントと言われていたことも付け加えておこう。フランスの想像通りだったわけだ。

「それで相談者の女の子をナンパしない本命に一途なラテラーノを紹介してって言われたんだ」
「なるほどな、話が見えてきた。スペインならロマーノ一筋数百年、筋金入りの一途だし、あいつも一応スペイン人なわけだし……国だけど」
「そう! 編集さんも条件ぴったりって喜んでくれたよー!」

 結局、コーナーが当初の目的から脱線していることに変わりはないが、それで良かったのだろうか。フランスの脳裏には、当たれば何でも良いんですよ! と力説する日本の姿が過ぎった。

「ところでこれってロマーノは知っているの?」
「兄ちゃん? んー知らないと思うけど……兄ちゃんの性格的に雑誌上でこんな恥ずかしいこと言われてたって知ったら照れて怒鳴り込んできそうだし」
「それもそうか」

 スペインが何も言われていないということは、何も知らないと見て間違いなさそうだ。

「ロマーノもあれでスペインとは別方向に鈍いって言うか、純粋って言うか……天然なところあるからなあ」

 言われない限り気づかなさそうである。そういうところが可愛いと云うのは、盲目的に彼を溺愛しているスペインの言葉だが、見ている側としてはとてももどかしい。
 さっさと自覚してくっついてくれれば良いのに。
 もう何度思ったか知れない。それなのに、あと一歩のところですれ違って上手くいかないのがフランスの悪友とその元子分なのだ。

「本当にねースペイン兄ちゃんもさ、さっさと押し倒しちゃえば良いんだよ。意外と甲斐性ないんだから」
「ははは……いや、まあ、あいつなりにロマーノを傷つけないよう考えているんだろうさ」
「肝心なところで的外れなんだよね。いつもの強引さで兄ちゃんの身も心もぎゅっと奪っちゃえば良いのに!」

 意外と過激な発言だが、それがイタリアの恋愛観なのだろうか。気になるが、フランスには確かめる術はない。

「そう言えば、あいつ日本のこと気にしていたよ」

 なぜかフランスが居た堪れなくなって、さり気なく話題を変える。イタリアにとっても思いがけない名前だったのか、日本? と小首を傾げた。

「ロマーノと仲良いんだろ? 自分の知らないところでロマーノと仲良くしているって拗ねてたよ」
「ヴェー……確かに兄ちゃんにしては珍しく仲良くしているけど、でも日本とはそういうのじゃないよ?」
「もちろん、それはスペインだって承知だろ。ただ切羽詰まっている時は普段なら気にならないようなことにまで過敏になってしまうものなのさ。特に恋愛に関してはね」

 ウィンクをしながら仰々しく手振りをつけて説明すれば、イタリアが、ふーん、そういうものかなあ、と納得のいかなさそうな顔をしてみせた。それは一体何を不安になることがあるのか心底理解できないと言わんばかりの表情で、フランスは確信する。
 やっぱりあれはスペインの被害妄想だ。
 そうとわかれば話は早い。深刻に考えるだけ無駄だと早々に放棄して、そういうもんさ、と頷いた。

「恋愛なんてもんはさ。なんせ相手に参っちゃって、世界が見えなくなっている状態異常みたいなもんだからねぇ」

 ○

 一方、その頃、被害妄想を疑われているスペインはほとんど寝るためにあるとしか思えない簡素なビジネスホテルの一室で内職に追われていた。バラの造花づくりは会議中にやるとして、会議で使う資料がまだ完成していないのだ。ドイツに聞かれれば、どうして事前にやってこないのかと呆れられながら怒鳴られるだろうが、事前は事前で会議に出して良い内容と駄目な内容を選別するのに忙しかったのである。

「こんなん絶対終われへんー!! もう嫌やあ!」

 上司からメールで送られてきたドキュメントを見て嘆く。直前になって決定事項が二転三転するために、スペインの作業も増えるのだ。

「国同士の話し合いなんて上司たちの会議と同じことやるだけやのに、なんでこんなにやること多いん?!」

 他の国たちは上司がつくった資料をそのまま流用したり、一緒に作業することで効率化を図っているのだが、『効率』という言葉と本気で向き合ったことのないスペインには縁のない話だった。
 不意に持ち込んだノートパソコンの隣に置いた携帯電話が視界に入る。待受を確認するが……、特に何の通知もなかった。
 しかし一度気になると仕事に集中できなくなるのが現代社会のインターネットというものだ。ついパソコンから携帯電話のほうへと手が伸びる。するすると操作してSNSを開くと、珍しくロマーノのアカウントが新着に上がっていた。

「……また日本と遊んでいるんや」

 ふたりのツーショット写真付きで、東京観光を案内してもらったのだと書いてあった。

(今さら案内してもらわんでも何度も来ているやろ。特に最近は月イチで会っているやん)

 写真のロマーノは普段他国に見せる刺々しい顔とは打って変わって、柔らかな目をしていた。その隣にいる日本に感化されたかのような穏やかな表情は彼を少し大人びて見せている。
 それが何だか面白くなくて、もやもやとしたものが込み上げてきた。ここのところ、こういうことが多い気がする。ロマーノがたまにSNSを更新すると日本の話だから、余計にそう感じるのかもしれない。
 SNSに限らず、連絡を取る度に日本の話をしてくるのもスペインのささやかな嫉妬心を刺激した。最初はスペイン以外の国と距離を置きたがるロマーノに友達ができたことを嬉しく思っていたのに、今では日本に取られたみたいで嫌な気持ちになるのだ。

(……こんなんただのヤキモチやんな)

 はあっとため息をついて緩く首を振った。
 ロマーノと日本がそういう関係でないことはわかっている。彼らに限ってスペインが嫉妬するようなことはないのだが、それでも理屈で納得できるようなものではない。かと言ってロマーノにも日本にも、スペインがそんな葛藤を抱えているような器の小さい男だと思われたくなくて、稀少な自尊心から気にしていないふりをしてしまうのだ。
 例えば、こういったSNSの記事にわざわざコメントをして、ロマーノに友達ができて嬉しいわあ、だなんて親分ぶったメッセージを残すところがスペインの複雑な気持ちをいまいちロマーノに伝えられない原因だろう。

「えーと……、アサクサに行ったんか。こないだも寺行ってへんかった?」

 そう思いつつコメント欄を開くと、既にアメリカがレスをつけていた。

『Hey! ロマーノ、君日本にいるなら今度の会議にも参加するんだろ? それにしても君たちは本当に仲が良いね! この間も京都の寺巡りに行っていたじゃないかDDD』

 いろいろな意味でスペインが穏やかな気持ちでいられなくなるコメントだ。

「……ちゅーか、アメリカもロマーノの投稿にコメントしすぎちゃう?」

 冷静に考えればロマーノはアメリカの家に居候していたこともあったし、アメリカ自身、日本とも仲が良いのでおかしな話ではない。しかし不穏な葛藤で勝手にぐるぐる回っているスペインには、これもまた面白くない話なのだ。

「お前はイギリスにコメントしぃや! あいつやったら泣いて喜ぶやろ!」

 イライラした気持ちのまま携帯電話を閉じる。これは精神衛生上良くないものだ。見ないほうが良いと深呼吸して気持ちを切り替えようとする。
 その勢いのまま立ち上がって部屋をぐるりと一周すると、再び椅子に腰かけた。そうして考えるよりも先に手が伸びて、無意識のうちに携帯電話を開いた。
 そうするとロマーノのアカウントを見てしまうわけで。

「あーあかん! 負のスパイラルやあ!」

 頭をぐしゃぐしゃと掻きながら椅子の背もたれにもたれかかる。勢いがつきすぎて椅子の脚がガタガタと床を擦ったが、そのまま思いきり体を仰け反らせて揺りかごを揺らすようにゆらゆらと体を揺すった。
 らしくもないことをしている自覚はあった。
 そもそも見込みのない恋心に身を焦がし続けているということ自体が、あまりに自分らしくない。進展のない恋愛、一向に伝わる気配のない自分の気持ちとロマーノの相変わらずのつれない態度。もう諦めてしまえと自分ですらそう思う。それなのに諦めきれなくて、かと言って玉砕覚悟で告白する勇気もなくて、結局それがらしくもなく煮えきらない堂々巡りの片想いを続けている原因だ。
 口にする前から駄目だった時のことを考えて、臆病になって何もできずにいるなんて、それが何より自分らしくない。

(……まあでも、じゃあどういう恋愛やったら俺らしいんかなんてわからへんけど)

 あまりにロマーノへの片想いが身に馴染みすぎていた。今さら別の誰かを好きになることも、他の恋愛をしている自分も上手く想像ができないのだ。ロマーノを好きでいることに疲れきった時などに考えてはみるものの、いつも輪郭がぼやけた恋に恋する少女が思い描くような曖昧で抽象的なイメージしか思い浮かばない。
 それがいけないのかもしれない。良いイメージを持てないからロマーノにも上手くアプローチできず、気持ちも伝わらないのかもしれない。
 ロマーノは長い間、子どもの姿のままゆっくりとしか成長しなかった。その間、彼とどうこうなる気はなかったし、そうこうしているうちに家族のような関係性をすっかり築き上げてしまっている。どこからどう切り崩せば良いのかもわからず途方に暮れ、窺うようなアプローチは控えめすぎて空回り。しかし何度も失敗を繰り返せばさすがのスペインも投げやりな気持ちが顔を出して、どうせ今回も伝わらないだろうな、と始めから諦めているところがある。

「あかん、負のスパイラルや!」

 自分の現状も思考回路も悪いほうへ悪いほうへと引きずられていく。このままではいけない。慌てて首を横に振って勢い良く立ち上がった。
 良くないことを考えてしまう時は体を動かすに限る。このまま書類と向き合っていても集中できないことは目に見えているのだし、携帯電話とホテルのルームキーを掴むと着ていたジーパンの後ろポケットに突っ込み部屋の外へと飛び出した。
 
 
 
 これだけのビジネスホテルだ。きっと近くに公園があるに違いない。グラウンドの周りを何周か走れば良い運動になるだろう。そう思って外に出たのだが、歩けど歩けど周囲にあるのはビルばかりで一向に緑のあるエリアに着けない。いや、正確には緑自体はあるにはあるのだが、どれもこれもビルの屋上庭園だったり街路樹だったりで、スペインが思うような思いきり体を動かせそうな広い施設が見当たらなかった。困りきって、いっそコンクリートの道路を全力疾走でもしてみようかと思ったところで、ポケットに入れていた携帯電話が震えだした。

「はいはーい」

 上司からの書類を催促する電話だと決め打って相手も確かめずに通話を選ぶ。気の抜けた応答になったのは仕事にうんざりしていた名残りだ。まだ終わっていないと答えれば文句のひとつふたつ飛んでくることが容易に想像できるので、それに嫌気が差しているのもあった。
 だから実際に聞こえてきた声が予想していたものとは違っていて、スペインは大層驚くはめになった。

『あ、スペインか? 俺だ、ちくしょー』
「へあ?」

 間の抜けた声が出た。それにロマーノは怪訝な声で、どうした、と訊ねてくる。

「あ、いや、てっきり上司からの電話やと思っていたから」
『何だよ、テメーまたホテルで仕事していたのか?』
「ううん、まあ」
『はっ随分と働き者だな』

 呆れた声が、本当はそんなことないくせに、と言外に告げている。そんなことはスペイン自身、百も承知で決して勤労、真面目なタイプではないので曖昧に頷いて苦笑を返す。好きでやっていることではない。これ以上追及されても困るので早々に、それで、と話を戻した。

「ロマ、今観光中やろ? どうかしたん?」
『観光?』
「日本とアサクサに行っているんちゃうん?」
『何で知ってんだよ』
「え、あっ、たまたまやで! 携帯見た時に写真が上がっとったから」
『ったく、遊んでねぇでさっさと仕事片付けろよな』

 まさかロマーノに仕事のことで正論を説かれることになるとは。

「ロマやってイタちゃんに仕事押し付けて遊んでるんやんか」
『ちぎっ、べ、別に押し付けてなんかねぇぞ! 俺だってやればできるんだからな! ただあいつが、兄ちゃんここはもう良いから日本とお出かけしておいでよーヴェー、って言うから、仕方なく……!』

 つまり追い出されたのか。困り顔のヴェネチアーノとふてくされるロマーノの姿が思い浮んで自然と頬が緩む。笑い声を上げればロマーノはますます恥ずかしがって癇癪を起こすに違いない。だから喉の奥で笑みを噛み殺し、どうにか音が漏れないように心がけた。
 不意に微笑ましいロマーノの声の向こうから別の声が聞こえてきた。

『ロマーノくん』
『ちぎー! 俺だって、俺だって……! ちくしょー!!』
『分かっていますとも。今回の外出は私に付き合ってくださったんですよね』

 子どもを宥める親を軽く通り越して、もはや孫を甘やかす爺。
 ちらりと過ぎった言葉を呑み込んで受話器の向こうのやり取りを黙って聞く。耳に馴染む低音は落ち着いた声色をしている。それに徐々にロマーノも落ち着きを取り戻したのか、やや拗ねた子どものような口調ではあるが癇癪を収めた。
 さすがやなあ。
 そう思うものの良い気はしない。だっていつもならそれは自分の役目なのに。
 食えないところはあるが基本的には穏やかで和を重んじる性格、見た目も年齢不詳、しかも小柄ときて、ともすれば子どものようにも見える。だから男嫌いのロマーノも懐いているのだろう。男として意識していなくて、甘やかしてくれる存在。元々ロマーノはお年寄りとのんびり会話するのが好きなようだし、日本といるのも落ち着くのかもしれない。
 ……だなんて、自分に必死で言い聞かせている時点で今日も駄目な気がした。今日はそういう日なのだろうか。

「それで何か用やったん?」

 道端で立ち止まっているわけにもいかず、落ち着けそうな場所を求めて適当に歩き回っているが、そろそろホテルから離れてきた。あまり遠くに行くと帰れなくなってしまう。ロマーノからの電話は嬉しいが早めに本題を聞き出そうと会話に割り込んだ。
 ロマーノが、あっ、と我に返った声を上げて気まずそうに、悪ぃ、と口にする。自分から電話をかけておいてスペインをそっちのけで盛り上がっていたのを悪いと思っているのだろう。

『あの、さ。お前って、……明日の会議の後予定あるか?』
「あー……今回はあんま予算なくって。一泊しかホテル取ってへんねん。会議終わったらすぐ飛行機やで」

 どのみちビジネスホテルなのだし、スペインが一泊したぐらいでは財政に影響があると思えないのだが、国に帰れば片付いていない仕事も山積みだ。予算を盾にして早く帰って来いという意味なのかもしれない。何人かの親しい国たちから、終わった後、食事に行かないか誘われていたが全部断った。せっかく遠い日本まで来たのだから、少し滞在していきたいところだがそうもいかない。

「まあ時差もあるし、帰国した次の日は取ってあるんやけどなあ」
『相変わらずスケジュールまで落ち着きがねぇな』
「ほんま国づかいの荒い上司やでー」

 一瞬、ロマーノが黙った。電波が途切れたのかと首を傾げて呼びかけようとしたところで、あのさ、と勢いづいた声が上がる。

『だったらさ!』
「ん? 何なに、どうしたん?」
『あの……だから、その、そっちに遊びに行っても良いか?』
「へあ? 遊びにって……あ、俺ん家に?」
『ああ』
「ええけど……。ロマーノ、日本で遊んで行かへんの?」

 ロマーノから切り出された誘いが思いがけないものだったので、思わず聞き返してしまう。あまりに望みのない片想いに打ちひしがれすぎて、自分の耳が都合良くロマーノの言葉を違うように拾っているのではないかとさえ思った。

『俺は元々、会議の前に思いきり遊ぶつもりで早めに着いてたんだよ』
「あーだからアサクサ行っとったんかあ。んん? と言うことは会議の後はロマーノもすぐ帰るつもりやったん?」
『えっ、あ……ま、まあな! そんなところだ。どうせ、会議の後もしばらくは休んでなよー、って言われているし暇だからな。日本に来てまで仕事仕事のスペインこのやろーをねぎやってやっても良いぞ!』

 いつになく早口でまくし立てるように言われて、そうなんやー、と頷いた。
 しかしこれは願ってもないチャンスなのではないだろうか。スペインの家まで来てくれると言うことは他に邪魔の入らないふたりきり。今日のように日本と一緒に行動していることにヤキモキして、SNSを見てはそわそわ余裕のない男のような真似をする必要もなくなる。
 それにロマーノはいつも気まぐれで、遊びに来る時も突然やって来ることが多かった。それが会議の後、一緒にスペインまで来ると言うのだ。

(なんか、それって―――)

 恋人同士、みたいちゃう?

『いっ、嫌なら良いんだぞ! 俺は暇だから久々にスペインが作ったメシをたかろうと思っていただけだし、別にスペインの家になんか行かなくたって自分でパスタだって作れるんだからな!』

 後ろで、ロマーノくん、と窘めるような声が聞こえたような気もするが、今はそれどころではない。ロマーノの気が変わらないうちに約束を取り付けてしまわなければ。

「や、待って! 俺全然嫌ちゃうよ! うんうん、ええやんか。俺ん家で一緒にパスタ作ろ!」
『なんで俺が……っ! ……って、あー……ま、まあ、お前がどうしてもって言うなら仕方ねぇな。作ってやらなくもねぇ』
「ほな帰りにスーパー寄って帰ろ。はっ! あかんわ! めっちゃワクワクしてきた!」
『ふ、ふん。そうかよ、ニャロメ―』

 何だか同棲しているみたいだ。あまりに自分に都合の良い解釈だが、浮かれてしまうのも仕方ない。
 何なら会議の後、一緒の飛行機に乗って帰るというのも新鮮だ。いつも移動はひとりのことが多いし、ロマーノはそもそも会議に出て来ないので。
 そうと決まれば詳しい話は後で。今は日本もいるのだろうし、あまり会話を長引かせても悪いだろう。

「ほな後で帰りの飛行機の便送るな―。明日ロマも会議に来るんやろ?」
『ああ』
「じゃあ、また明日」
『おう、明日寝坊すんじゃねぇぞ』
「ロマーノこそ居眠りしたらあかんで」

 細かいことは会議場で決めるとして、大まかな段取りだけ告げる。ロマーノは言葉少なに了承を返してきた。名残り惜しく思いつつ通話を切る。
 プツッと音声が途切れる。無音。耳から携帯電話を離して、はあ、と息を吐き出した。途端に街の雑音が耳に入ってくる。大通りを車が行き交う音、あちこちから流れ出るBGM、街頭モニターのかしましい声。この忙しなさを聞くと東京に来た気がする。随分と遠いところだ。初めてこの国に訪れた時には想像のできなかった喧騒と雑多な街だ。それも含めて遠いところまで来た。

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