オーストリアから帰国してしばらくは多忙な日々を送ったが、二、三週間もすれば溜まっていた仕事も片付いてくる。ようやく一段落したある日、スペインは午後からの休みをもぎ取った。
「なーベルギー、きょうは何をかうんだー?」
久しぶりの休みはロマーノを連れてベルギーと三人で街に買い出しへと出かけることにした。本当はベルギーの用事だったのだが、ロマーノが外に出たがったので散歩ついでにスペインが連れ出したのだ。
「ニシンやで。そろそろあったかくなってきたからなあ。そろそろ恋しなってきたからハーリングにして食べようと思って」
「ハーリング……?」
ぱちりと瞬いたロマーノの大きな瞳が不思議そうな色を宿す。彼女は頷きながら、兄が輸出で多大な富を築くきっかけとなった塩漬けの話をした。貯蔵分はオランダに任せるが、最近になってスペインの市場でもニシンが出回るようになったと聞き、自家製で作りたくなったのだと言う。
ロマーノはそれを聞きながら、ほう、と頷く。どれぐらい理解しているのかはわからないが、大仰に感心しているような反応をするのが可愛らしくて目を細めた。
「日持ちもするし、うちとお兄ちゃんにとっては定番メニューやねん」
「俺たべたことねぇぞ」
グルメなロマーノは早速食いついて、スペインのほうを見上げてきた。
ベルギーはスペインの家に身を寄せているが、文化が違うため食事は別だ。味の好みも違うし、それぞれ自分たちの分は自分で用意できる。しかし、まだ火を使わせるわけにはいかないロマーノはスペインと味覚が似ていることもあって同じものを食べていた。そのためベルギーたちの定番メニューが食卓に上がることはない。ロマーノが口にしているのはスペイン料理と、南イタリアから伝わってきた祖国の料理だ。
期待するような目を向けられて、思わず困ったように眉を下げる。
「うーん……作り方知らんからなあ」
「食べたいんやったらうちが分けたるよ」
「ほんとうか!」
身を乗り出してはしゃぐ姿にベルギーが、もちろん、と頷く。ぜったいだぞ! と何度も念を押す姿に、彼女はくすくすと笑っていた。可愛い弟分を微笑ましく思っているのだろう。
そうこうしていると、あっという間に市場までたどり着いた。市場は街の活気を映し出すように賑わっていた。人々が行き交い、馴染みの店から声がかかる。ベルギーは気になるものを見つけたようだ。ちょっと買ってくるわ、とその場を離れて行った。
「ああ、ほら。迷子になるから抱っこしたる。こっちおいで」
ふらふらと目移りしながら歩くロマーノが危なっかしい。有無を言わさず抱き上げたちいさな体は、すっぽりと腕の中に収まった。文句は出なかった。それどころか当たり前であるかのようにふんぞり返っている。
「まるで親子のようやねぇ」
ふと、それを見ていた店の主人がからかい混じりに言った。過敏な反応を返したのはロマーノだ。
「だれが親子だ! こどもあつかいしてんじゃねぇぞ!」
「扱いも何も実際ロマーノは子どもやんか。スペインに抱っこされながら何をいっちょ前に言うてるん」
「おまえの目はふしあなかよ、カッツォ。スペインにはこの俺がとくべつに抱っこさせてやってんだ!」
ニヨニヨと笑われてからかわれていると思ったのだろう、ロマーノは真っ赤な頬をパンパンに膨らませている。抱っこされている不安定な態勢でもお構い無しで暴れまわるから、スペインが眉間にしわを寄せて、そんなに暴れたら危ないで! と抱え直そうとするが、八百屋の周辺にある店から顔を出した店主たちがロマーノの姿を見つけて次々に集まってくるので、ロマーノの怒りは収まるどころかますますヒートアップしていった。
「特別? ほなおっちゃんらが抱っこさせてって言うたらどうするん?」
「だめに決まってんだろ。ベッラならいいけどよ、あいにくおとこに抱っこされるシュミはねぇんだ。あたり前だろ」
「ははっそらそうやで。俺かてお姉ちゃんに抱っこされたいもん」
「お姉ちゃんやったら抱きたいけどなあ」
「ははは間違いないわ」
「おい、お前ら子どもの前やで」
「だからこどもあつかいするんじゃねぇよ!」
下世話な話の意味もわかってないだろうに、子ども、という言葉に敏感に反応して目を尖らせる。そういうところが子どもっぽいのだと彼は気づいていない。
男のうちのひとりが、ふと思いついたように訊ねた。
「なあなあ、ほんならなんでスペインには抱っこされてるん? うちの祖国はべっぴんさんでも、可愛い女の子でもないやんか」
「どっからどう見てもむっさい男や」
「その通りなんやけど散々な言われようやなあ」
こっちだって好きでむさ苦しくなったわけではない、スペインが眉を下げて苦笑した。スペインにだって今のロマーノのように可愛らしい子ども時代もあったのだ。ーーーとんでもないわんぱくで手に負えないとどつかれてばかりではあったが。
「もーロマーノからも何か言ったってや」
「うるせぇな、なさけねぇ声だすんじゃねぇよ」
「言われてんで、祖国」
「うーん、ロマは手厳しいなあ」
「俺だってスペインがおとこなのはわかっているぞ」
「ほななんでスペインは抱っこしてもええの?」
「こいつは働きものだからな。その働きぶりにめんじて特別にゆるしてやってるんだ、ちくしょーめ」
フン、と鼻を鳴らして腕を組む可愛げのない仕草に大人たちが呆気に取られた顔で目配せし合った。本人だけが得意げにふんぞり返っていて、端から見ているスペインは吹き出しそうになる。
「ははあ、うちの祖国はんは何て光栄なんやろなあ」
「ふふん。そうだぞ! おい、ありがたく思えよ、スペインこのやろ!」
わかりやすく感嘆の声を上げられて本人は嬉しいのだろう。無邪気に頬を上気させ目を輝かせる。そのわかりやすい仕草に周りの大人たちから微笑ましいものを見るような眼差しを向けられているが、知らぬは本人ばかりだ。
「スペイン、言われているで。良かったなあ」
大人たちのひとりが肘で突いてくる。その瞳の奥に揶揄の色が見て取れた。苦笑いを浮かべてロマーノを抱える腕を少し上げる。目線が上がった小さな子どもを下から覗き込むように見上げて笑いかける。
「せやなあ、ほんま嬉しいわ。ロマーノのこと抱っこさせてくれておおきに」
「おう!」
ロマーノが嬉しそうに笑った。その計算の一切ない天真爛漫さに相好を崩す。子どもというのは何と素晴らしいのだろう。キラキラとしていて、未来が輝いているようだ。
「賑やかやなあ。あっちまで声聞こえとったで」
「ベルギー! 買いものはおわったのか?」
「おかげさんでええもん買えたわ」
弾かれたように振り向いたロマーノの視線の先には、案の定、コロコロと笑いかけるベルギーの姿があった。スペインの両手にすっぽり収まったまま彼女の戦績を訊ねる。そのうち興奮してきたロマーノが身を乗り出そうとするのを、危ないで、と窘めて抱え直すスペインの甲斐甲斐しさに周囲は目を細めて笑った。
「ほんま祖国は南イタリアのことをよう可愛がってはるわ」
「せやなあ。小さな弟分を可愛がる良き兄のようやで」
彼らには自分たちの祖国が幼い弟分を可愛がっているようにしか見えないのだろう。実際、スペインは周囲が呆れるほどベタベタにロマーノを甘やかしているし、人の目から見ても好ましい態度だ。ベルギーも頷いて、ほんまやねぇ、と笑う。
「ううん俺はロマの兄とはちゃうねんけどな」
「ああ、せやったな。親分やもんな」
ははは、と笑い声が響き渡った。
市場に出かけたついでに、夕食のための食材をいくらか買って帰った。どの店に立ち寄っても皆、小さなロマーノに目を細めて可愛がってくれる。おまけだと言って何やかんやとつけてくれるので、家計は大助かりだ。
夕食を作るのはスペインの仕事だった。
「早くロマーノが成長して、こういう家事もやってくれるようになったらええのになあ」
そんな途方もないことを夢に描きながらキッチンに立つ。
ロマーノは今が食べ盛りと言うこともあってか、スペインが作ったものをパクパクと食べて、おかわりまでする。だからたったふたり分の食事と侮ってはいけない。キッチンを忙しなく動き回って、小さな子どもと自分の食事量とは思えないほど、たくさんこしらえなければならないのだ。
食べた分だけロマーノも早く大きくなれば良い。そうして他愛ない話を肴に酒を飲み交わすようになってくれれば良いのだが。
「……まあでも、火を使わせんのはまだ早いよなあ」
食べることに強い関心があるから料理の見込みはあると思うが、問題はロマーノの不器用さである。今朝も掃除を手伝ってもらったら花瓶を倒して机を水浸しにしてくれた。それにまだ調理台に全然背が届いていない。
「まあ焦らんと、チュロスにシナモンまぶしてコロコロしながらゆっくり覚えてってくれたらええねん」
幼い子分に対して、親が子どもを庇護するような穏やかな愛情がないわけではない。あの子が何かひとつできるようになる度に世界中に自慢して回りたくなるし、すぐそばにいるからこそロマーノの良さはよく見えてくる。
誰よりも自慢の子分、可愛い愛し子。あの不器用さすらもいじらしくて、応援してやりたくなるのだ。
むしろ、たいていのことが儘ならないからこそ、懸命に何かをしようとするあの健気さが際立つのかもしれない。毎日一緒に過ごしていれば嫌でも思い知らされるロマーノのひたむきさ。ひねくれていて可愛げがないくせに、今この一瞬を精いっぱいに生きる生命の力強さをスペインは好ましく思っていた。
「ごちそうさまだぞ、このやろー」
「お粗末さんでした」
いつも通りの夕食を終えて、ロマーノが腹をさすりながらぼやく。
「ちくしょーまた食いすぎちまったじゃねぇか」
「ははは、そら良かったわ」
「よくねぇよ! ベッラにモテなくなったらスペインのせいだからな」
「それは大丈夫やで! ロマはイケメンやからモテモテやん。こないだも近所の黒いべっぴんさんを口説いとったやんか」
「あ! あれは……って、テメーみてたのかよ! ヒキョーだぞ!」
「ああ、でもあれはフられたんやったっけ? シャーってめっちゃ威嚇されてたもんなあ」
「あん時はたまたまねこヤローの機嫌がわるかったんだよ! 見ていたなら声をかけろよちくしょー」
「いやーあんまりにも熱心に黒猫ちゃんに構っとったから声かけにくかったんや」
恨みがましそうな視線を寄越すロマーノに片目を瞑って寝る支度をするよう促した。
「さあさ、食器片すから寝る用意しておいでー」
ロマーノはまだ何か言いたげだったが、結局素直に頷いて、そそくさと自分の部屋へと引っ込んだ。綺麗好きな彼は寝る用意をするのに二時間ぐらいかかるので、その間にスペインは自分のやるべきことを終わらせていく。まずは食器を洗い、台所を片付けるところからだ。
すべての片付けを終えた後、就寝までのごく僅かな間がスペインの自分だけの時間だった。昼間は何だかんだと忙しいが、夜にもなればよほどのことがない限り仕事で呼びつけられることもない。最近はフランスと講和条約を結んで束の間の平和が訪れていた。
とは言え、スペインがやらなければならない仕事は多岐に渡っている。内政の改革に外交、要職者の認可から公共工事や軍の統率に関わるものまで様々だ。しかし実際にスペインの発言が何かに影響を与えるかというと、実はそうでもない。国を運営するのは人間である。その化身たる国たちが動かせるものではないのだ。つまりスペインがやっていることは作業的なものばかりで、特に書類については内容をまとめてチェックし、問題ないかを見るだけだった。それでも国力とスペイン自身の力が直接影響しているのだから疎かにはできなかった。こうやって上がってきた書類に自ら目を通すことで、自分の内部で何が起こっているのかを把握しておくことも国には重要な任務だ。
大小様々な国がひしめき合う欧州では、情勢の移り変わりが目まぐるしい。少しでも気を抜けば、あっという間に蹴落とされてしまうだろう。スペインはひとときも気が抜けないのだ。
空いた時間はそういった仕事に必要なことを学ぶのに使うことにした。真面目だ。しかしスペインはいつだって勤勉というわけでもなかった。今はたまたまそういうターン。そうじゃないターンももちろん存在する。
最新鋭のガレオン船の性能や他国との貿易収支、国内の情勢について書かれた資料を読みながら昼間に読んだ書類への理解を進めていく。
「んんーっ! つっかれたー!」
首の張りを感じて勢い良く椅子の背もたれにもたれかかりながら、思いきり伸びてみた。身体の凝り固まった箇所が伸びて気持ちが良い。
スペインの体重を受けた木の板がギシギシと軋む。構わずに身体を前後に揺さぶっていると、コンコン、と扉をノックする音がした。どうぞ、声をかけると、ガチャリ、ドアノブが回る。背いっぱい背伸びをしたロマーノが扉から顔を出した。
「おい、スペイン」
次いでロマーノのふてくされたような声。
「ああ、ロマーノ。入っておいで」
手招きすると、ロマーノはとてとてと室内を横断して近づいてくる。両腕を広げて待ち構えたスペインにロマーノは一瞬眉をひそめて不満そうな顔をしてみせたが、背を向けて逃げるような真似はしなかった。だから構わず小さな体を抱え上げる。
「ああ、ロマーノやあ」
膝の上に乗せてぎゅうっと抱きしめた。背中に回した腕に力を込める。細くてまろやかな肩に顔を埋めて思いきり息を吸い込めば、ロマーノからは甘くてやわらかいミルクのような匂いがした。子どもの匂いだ。スペインはその匂いが好きだった。
「ぐえっ……くるしいぞ、ちくしょー……」
ぎゅうぎゅうと抱きしめていたせいで力を入れすぎたらしい。彼からの抗議を受けて、そうっと腕の力を緩める。
「ああ、ごめんごめん。ちょっと力入れすぎてもうたわ」
「俺をつぶす気か!」
「ごめんなあ! どこも潰れてへんか?」
「フン!」
広げた手のひらで彼の丸い後頭部を支えて、さらさらと指通りの良い髪にふれた。そのまま手慰みに髪の束を指に巻きつけてくるくると弄る。
下から瞳を覗き込む。ロマーノはぶすっと頬を膨らませてむくれてみせるが、頬がほんのり赤くなっているし眉が下がっているせいで全然こわくも何ともない。それに、もしも本当に嫌がっているのならば、ロマーノは頭突きをしてでもスペインの腕から抜け出すだろう。だから大人しく抱っこされているということは悪い気がしていない証なのだ。
「もう寝る用意は済んだん?」
「おう、ちゃんとベルギーたちにもおやすみのあいさつしてきたぞ」
目元を紅潮させて得意げに言う。えらいなあ、と目を細めて髪を撫でてやれば、堪えきれないとばかりに肩を震わせて唇を緩ませた。そのどこか俗っぽい表情が、元のロマーノの美しい顔立ちと相まってやたら愛らしく見える。
(ほんまに……美人やなあ)
スペインは飽きもせずにロマーノの顔ばかり見ていた。夜の気配が色濃い自室で見ると、いつもと違った思いも沸き起こった。それに彼は何度見つめても、ほうっと息をつきたくなるほど美しい。
「スペイン?」
まじまじと見つめすぎたせいか、ロマーノが不思議そうに首を傾げた。そのキョトンとした顔も整いすぎていて、スペインの視線を奪った。
首をゆるく横に振って頷いた。
「何でもあらへんよ。……ロマーノは先にベッド入っとってくれる? これ片付けたら俺も寝るわあ」
机に広げた便せんにちらりと視線をやったロマーノは、わかった、とだけ返してきた。そのまま椅子から飛び降りようとするから、そっと抱きしめていた腕を外す。あたたかな体温が遠ざかっていくのに、少しだけさみしくなった。
ベッドへと駆け寄って行く幼い南イタリアを見送って、スペインは再び机に向き直った。書きかけの手紙にはいつもリップサービスと呼ばれている相手を気づかう文言を入れて、さくっと締めくくった。
ぼすん
後ろのほうで、ロマーノがベッドに勢い良くダイブする音が聞こえる。ふかふかなシーツとロマーノが脳裏にちらついた。早く自分もそれに包まれたいと気が逸り、いそいそとインクを片付ける。
書類や本を適当にまとめて机の端に寄せた。明日の朝、ちゃんと本の本棚に返しておけば良いだろう。そう勝手に結論づけて腰を上げる。
「今日の分はおーわり! ロマーノー俺もベッドに入れてやー!」
そのまま勢い良くベッドに飛び込む。「ちぎゃ!」ロマーノの悲鳴が上がった。
「てめぇ、いきなり抱きついてくるんじゃねぇよ! あぶねぇだろ!」
抗議の声を聞きながら、枕に肘を突いて寝転がっていたロマーノの体を抱き寄せる。小さな体はコロコロと転がり、あっさりとスペインの腕の中に収まった。
「せやかてロマといちゃいちゃしたいんやもん」
「い、いいい、いちゃいちゃはしねぇよ、バカヤロウ!」
「はいはい、そんなプリプリせんとってな」
言いながら身体を横に向けて寝転がり、左腕を頭の下に敷く。右手でロマーノの身体を抱きしめて二の腕を撫でさすりながら、もぞもぞと身体を動かしてちょうど良い場所を探った。ロマーノを抱きながら心地良く寝られる場所。ややあってそれを見つけると、ようやくスペインはひと心地つく。
ふとロマーノが大事そうに何かを抱えていることに気がついた。
「何見てたん?」
肩越しに覗き込もうとすれば、彼は嫌そうな顔をしてスペインの視線から逃れようと体を捩る。
「にっき。きょうの分まだかきおわってねぇから続きをかいてたんだ」
「えっ毎日書いてるん?」
「そうだぞ。だからじゃますんなよ」
筆不精なスペインとは大違いだ。こんなに小さいのに誰に言われるでもなく日記を書いているなんて(いやもしかするとスペイン以外の誰かから言いつけられているのかもしれないが)、スペインには考えられないことだった。
しかし、言われてみればロマーノは幼いわりに語彙が豊富で、話す内容も筋道が通っている。自分の感情を表現するのが下手だからよく顔を真っ赤にしてぷくぅと頬を膨らませてはいるが、言いたいことを伝えようとはしてくれているし、スペイン以外の者たちとはちゃんと意思の疎通が図れているようだ。
それにロマーノは意外とマメなところがあるのだ。既にラブレターの練習に余念がなく、やけに大人しいなと思ったら一日中机に向かっていた、なんてこともあった。スペインとしてはその集中力と情熱を勉強にも向けてもらいたいところだが、勉強となった途端、堅苦しくて難しいものだと決めつけているのか全く向き合う気もないようなので、なかなかそれは叶わない。
「ロマーノが日記つけてるなんて全然知らんかったわー」
「いつもはふろにはいる前にかいているんだ。きょうはベルギーがいそがしいから先にはいれって言われて……」
「ああ、なるほど。そう言やベルギー、キッチンでニシン漬けとったなあ」
以前はロマーノも自分の部屋で寝ていたから、その時に身に着いた習慣なのだろう。今日はスペインが手紙を書いている間に書いてしまおうとでも思ったのか。
「えーえーすごいやん。なあなあ親分にも見せてや」
「嫌にきまってんだろ。自分の日記をよまれてうれしいやつがいるのかよ」
「プロイセンは見せてくれたけどなあ」
「おまえ、ほんきであんなやつと付き合ってんのか……? ばかがうつってもしんねぇぞ」
「ははは……」
随分とませたことを言われて思わず苦笑した。ロマーノは呆れたように眉根を寄せて渋い顔をしている。しかし、この程度のつれない態度にいちいちめげていてはキリがないので、構わず話を続ける。
「ほな今日は何のこと書くん? それぐらい教えてくれてもええやろ」
「ちっしょうがねぇな。いいか、よくきけ。きょうは街で俺のことガキあつかいしてきた失礼なやつらのことをかいてやるんだぞ!」
ふん、と鼻を鳴らすあたり相当ご立腹のようである。
「ああ、あのおっちゃんらも悪気はないんやけどなあ」
「だからって失礼にもほどがあるだろ! まるで俺がスペインに世話されているみたいな言いかたしやがって!」
「それは……実際そうやろ」
誰がどう見ても、まさしくロマーノはスペインに保護され世話をされている立場である。しかし、ぽこぽこと頭を沸騰させて怒っているロマーノにはそれがどうしても許せないようだ。
怒りに任せて悪態をついていたロマーノがスペインを振り仰いだ。その勢いがつきすぎてロマーノを抱きしめて密着していたスペインは思わず仰け反る。
「じっさいも何も、俺はおまえのこどもじゃねぇだろ!」
キッと眦を尖らせて睨みつけてくる彼の琥珀の瞳が、感情的になっているせいで普段よりも色濃く見える。澄んだ瞳の中にスペインが映り込んだ。
ロマーノの眼は猫のようだ。綺麗なガラスの球体に金色の虹彩が散りばめられていて、光の加減でグリーンにもアンバーにも見える。いつも怒ったり泣いたり忙しく、くるくるとよく動く目だ。いつも十分に潤っていて透明度の高い湖のように、目の前にいる相手を映し出す。
「俺がガキだって言うなら、おまえなんでいっしょ寝たいって言ったんだよ」
挑発的に寄越してくる生意気な眼差しが、スペインの腕の中にすっぽりと収まる幼いロマーノとは裏腹に大人びて見えて思わず生唾を呑み込んだ。艶やかなまつ毛がツンとつり上がった目尻を強調し、下からスペインを覗き込むように見上げてくる瞳が色っぽく見えた。
ロマーノの言う通り、自分の部屋で寝起きしていたロマーノに一緒に寝ようと言ったのはスペインだ。朝、目が覚めた時に隣にいてくれたら嬉しい、そう囁いてお願いをした。それからふたりは同じベッドで寝ている。
「それは……」
「ガキのほうが手を出しやすくてちょうどいいからか?」
「ちゃうよ! そんなわけないやん。ロマーノが好きやからそばにおってほしいだけやねん」
「だったらさっきのことばを訂正しやがれ」
「せやな、ごめんなあ。ロマーノは子どもとちゃうな」
そう、ロマーノはスペインの恋人だ。可愛い子分、守らなければならない幼い南イタリア。それと同時にスペインの胸をかき乱し、理性を混乱させる愛しい存在でもある。
「ロマーノ、愛してんで」
紡いだ愛の言葉は声が掠れて、ひどく余裕のない響きになった。情けないぐらいに動揺しているが、それでようやく満足したのかロマーノは鼻を鳴らした。今度からは気をつけろよ、と、ツンと澄ました顔でそっぽを向きながら。
いかにも気の強そうで、いかにも生意気な少年。そんな趣味はなかったはずなんやけどなあ、なんて、内心で誰にでもなく言い訳しながら目の前にある細い首筋に容易く煽られた。まだ未発達で子どもの細い首が、無防備に晒されている。
「ロマ……」
抱きしめていた腕に力を込めるとうなじに吸い付く。ロマーノの身体がぴくりと強張った。ちゅう、と音を立てて唇を離す。やわらくて薄い子どもの肌に赤い跡が残り、真っ白のシーツと少し日焼けた肌のコントラストに目まいがした。そのまま誘われるかのようにつけたばかりの跡に舌を這わせる。舌先を尖らせてチロチロと舐めれば、んん、と艶めいた声が上がった。ロマーノがしなやかな少年の身体を持て余すようにくねらせて、スペイン、と呼んでくる。この子どもはまだ男が煽られる仕草や言動というものを知らない。でなければこんな甘ったるい声で、待って、などと言わないし、スペインのシャツの裾を弱々しく握りしめるような真似もしないだろう。
スペインは自分の息が上がり始めていることを感じていた。
「やめろって……ちょ、もうくすぐった……ッ、んぅ!」
「ロマは敏感さんやなあ」
「あッ、ちがァ……っ! おまえがっ、ン、へんなさわり方するから……!」
服の裾から手を潜り込ませて素肌をまさぐる。殻を剥いたばかりのゆでたまごのようにしっとりとしていて、弾力のある肌が手のひらに吸い付くようだ。その肌質を存分に楽しみながら身体を入れ替えて、ロマーノの上に覆いかぶさる。すっぽりと腕の中に収まる小さな身体に言いようのない複雑な気持ちが込み上げてきて、スペインは、ほうっとため息をついて眉根を寄せた。
「んン……ぅ、な、に……?」
「いやあ、何かもう……あかんかも」
「んあ? なにが……?」
不安そうに揺らされた瞳がスペインへと向けられる。ゆらゆらと光が揺らめいて、映し出されたスペインがぐにゃりと歪んだ。
「ロマ……ッ、ふ」
「ンん……ぅッ」
小さな唇を丸ごと食べてしまうかのように自らの唇を重ねた。首を傾げて角度をつけ、深く吸い合わせた唇の隙間から時折、ロマーノの甘い吐息が零れ落ちる。鼻で上手く呼吸ができないらしい。スペインのシャツに縋り付いてくる細い指が震える。嵐のように奪って、何もかもを自分のものにしてしまいたい衝動がスペインを苛んだ。必死で息継ぎをするロマーノの小さな口が開く。そうっと舌を差し入れると息苦しそうにあえぐ。構わず歯列を舐めていく。子どもの歯だ。
ロマーノが身を捩った。構わず舌を捕らえて表面をこすり合わせると組み敷いた体が戦慄く。口内を荒らすごとに震える腰が頼りないぐらいに細くて、しかし折れないように優しく抱きしめればロマーノの小さな手がスペインの胸元に縋り付いてくるから止められない。態勢的に受け口になるロマーノへと唾液が流れ込む。苦しそうに喘いでは何とか飲み込もうとする声を聞いていたくて、わざと音を立てて吸い付いては口の中を探っていった。
「はっ、あ……も、しつこ……ぃ!」
何度も首を横に振るロマーノの唇に追い縋っていたら怒られた。名残惜しくて首を傾げ顔を覗き込めば、彼は肩でぜいぜいと息を吐き、目を潤ませている。
「いきがっ、できね、だろ!」
「うん、愛してんで」
「な、にいって……あッ、んぅ……!」
上がる抗議の声は無視して、抱きしめていた手を体に這わせていく。腰骨を撫で脇腹をくすぐると、敏感なロマーノは肩をびくりと跳ねさせてシーツの上をよじ登ろうとする。何度もこうやって体にふれてきたと言うのに、ロマーノは未だもどかしさを与えて期待を煽るような愛撫に馴染めていないらしい。無意識のうちに逃げを打つ体を抱き寄せてシーツの上に縫い止めた。
手の動きは止めずに鼻先を首筋にくっつけて舌を這わせる。そのまま舐めあげていくと、くすぐったいのかロマーノは首を竦めて背を丸めた。
「んんぅ……す、ぺいん、ぅ」
大好きなお菓子を前にしてまだ食べてはいけないと止められている時のような声。視線だけをロマーノの顔に向ければ、目いっぱい涙を溜めて首を傾げている。その頬も目元も真っ赤に染まっていて、長いまつ毛は濡れている。ぽってりとした赤い唇がしきりに開いては閉じられ、その度に甘ったるい子どもの声が漏れた。さっきまであの唇を貪っていたのだ。それなのにまたキスがしたくなって、こくりと喉を鳴らす。
「ロマ、可愛え。俺の天使、ええ子やから俺に愛されとってな」
「は、んぅ……スペイ、すぺいぃ、ンぅ」
耳元で囁いて宥める。できる限り優しい声音で取り繕ったつもりだったが、興奮が滲んだのだろう。話している最中に目の前の愛し子をさらに追い詰めるような低く掠れた声が出た。ぴくり、腕の中の体が強張る。
ロマーノの踵がシーツの上を何度も往復していく。ざりざり、ざりざり、シーツの衣擦れとロマーノの甘い声、互いの湿った吐息。抱きしめた体は子ども体温のせいか、熱くて心地良い。うっとりと陶酔しながら再び肌に吸い付いていく。
「ひぅ、ふぁ あ、ン……ぅ」
堪えてようとした吐息がつい漏れてしまうかのような控えめな嬌声がだんだんと色づいていく。不思議と背徳感はなかった。そうでなければ昼間あれほど可愛がり親子のようだと評された子どもに手を出したりはしない。スペインは別に倒錯的な趣味でロマーノに興奮を覚えているわけではないのだ。そもそも趣味や性癖で手を出せる相手でもない。
するすると体中に這わせていた手のひらを、片方は脚の間、もう片方は胸元へと持っていく。まだ幼児の名残を残すロマーノの肢体は肉感的で、特に腿はむっちりとしている。そのやわらかさを楽しむように揉み込んで内側に手を挟むと、びくりと跳ねたつま先がシーツを蹴った。同時に胸元を撫でていた手で中心を揉み上げて、手のひらで突起を押し潰す。
「あっ、っはあ……あ、ぅ ンん」
淡く色づいたそこをくにくにと弄んで、指の腹で撫でたり擦ったりを繰り返す。ぷにぷにとした耳たぶを唇で挟んで熱い吐息を吹きかければ、その度にロマーノの身体が跳ねた。
まだ幼いはずの性感帯は、それでも少しスペインが弄っただけで顕著な反応を示す。芯を持ち、尖り始めた突起に気を良くして摘み上げれば、ロマーノは涙を流して感じ入った。
「きもちい?」
「ん、あ……ッ、い……! ン、すぺい、いぃ……ッ」
快楽の逃し方がわからないのだろう。真っ白なシーツに皺が寄る。ロマーノの指にぎゅうっと力がこもったからだ。そんな仕草にすら視覚的に刺激されて呼吸が荒くなった。
ロマーノの身体を暴くスペインの手が、徐々に大胆なものへと変わっていく。性感を引き出すために際どい触れ方をしていた手のひらは、もどかしい動きでゆるゆると撫でていたことも忘れて自分がロマーノの素肌を楽しむために動いている。
耳元に寄せていた唇は耳たぶを食んでリンパ、頬、顎と滑り落ち、首筋にしゃぶりつく。ちゅう、と強く吸うと、痛い、と抗議が上がった。それがわりと本気の嫌がり方だったのでそれ以上は諦めて、肩から鎖骨を通って胸元へと下りていく。しなやかな少年の肌は弾力があって瑞々しい。軽く吸い付いただけでもすぐに赤く染まって痕が残った。しかしこの痕は消えるのも早いのだ。消えない痕をつけるには、ロマーノはまだ幼すぎた。
キスマークの上から舌を這わせると、ロマーノが身体をくねらせて甘い吐息を漏らす。もぞもぞと腿をすり合わせる仕草が尿意を堪らえようとしている時と似ている気がして、なぜだか異様に興奮した。そんなことを露とも知らないロマーノは与えられる感覚をどうにか受け止めようと必死で、まるでシーツの上を泳いでいるみたいだ。
スペインの悪しき唇がロマーノの幼いながらも半分固くなった胸先にたどり着いた時、彼の身体が弾かれたように飛び跳ねた。
「ん、あァあ! あ、はっ、ンゃ……あ」
口に含んで舌先を尖らせちろちろと舐めれば、過ぎるほどに反応が返ってくる。唇で挟んで、たまに甘噛し、舐めて唾液を擦り付け、押し潰すように舌を押し付ける。それだけでロマーノの腰が浮いた。面白いぐらいに感じてくれるので、もう片方の乳首は指で苛めつつ刺激を増やしていく。緩急をつけて愛撫を続ければ、あっという間にロマーノの全身から力が抜けていった。
「んぅ、ぁ……ッ、はっ」
「えっろいなあ。めっちゃぷにぷにしてんで」
元々、ロマーノの胸先は新鮮な果実のように張りがある。その感触を気に入っていたスペインは、ロマーノに思い知らせるように指と舌で責め立てつつ言葉でも伝えた。ロマーノがぎゅうっと目をつむって、ふるふると首を横に振っている。羞恥が過ぎたのだろう、彼は顔どころか胸元まで真っ赤に染めた。
「いわな、で……ぁっ、ん」
いやいやと首を横に振る子どもに苦笑して、胸元から口を離す。それでも荒げた呼吸はすぐには収まらず、ロマーノの肩も胸も忙しなく上下している。まるい頬を両手で掬い上げるように包み込み、下からそうっと覗き込む。目いっぱい溜めた涙が今にも零れ落ちそうで、目元にそっとキスをした。驚いたロマーノがぱちくりと目を開く。その拍子にぽろりと涙が零れ落ちた。
「ロマーノ……愛しているよ」
身を乗り出して顔を近づけ、視界がぼやける寸前の至近距離で囁く。ほとんど吐息だけの低い声だ。子どもに聞かせる類のものではない。ロマーノの眉根がきゅうっと寄った。構わずに言葉を続けると、彼の前髪が揺れる。スペインの吐息がかかるせいだ。
「ロマも言うて……」
「や……っ、あ」
情欲が滲んだか、ひどく甘ったるく響く。縋るように細い身体を抱きしめると、ロマーノが小さく身体を震わせた。
「なあ、ロマーノ。ロマは俺のこと愛してくれへんの」
「うぅ、しゅぺい……」
「言うて」
「…………あ、あいしているぞ、ちくしょ……んぅ」
衝動的に口付ける。翻弄されっぱなしのロマーノは驚くほど大人しくて、どうにか突然の口づけにも応えようと一生懸命だ。
愛しているだなんて、彼には過ぎた言葉だ。その意味をどこまでわかっているのかも怪しい。けれど全くの無知ではない。スペインと同じではないだけで、確かにロマーノも愛しているのだろう。
今はそれでも舞い上がりそうなほど嬉しい。
唇を食み、首を傾げて角度を変える。ロマーノも息継ぎのタイミングでスペインとは逆側に首を倒した。より深く合わさる唇から熱い吐息が漏れる。はあ、とどちらからともなく溢れたため息が悩ましくて、ひどくドキドキした。
「ん……ふ、ァ……ん、ぅ」
頃合いを見計らって手のひらを肉付きの薄い身体のラインに沿って下ろしていく。脇腹、背中から腰、そうして尻へ。もう片方の手は膝から腿、脚の付け根へと。ロマーノはどこもかしこもスペインからしてみれば性感帯と言えるぐらい敏感だったが、特に肉のやわらかい内腿や二の腕、脇腹が感じやすいようだ。全身をくまなく暴いていく最中で、子どもの健康的な肌が眩しく映った。
「あっ……! す、スペイン!」
慌てたロマーノがキスを振りほどいて声を上げた。離れていく唇は唾液に濡れて赤みを増している。名残惜しかったが、すぐに切り替えて今度は兆し始めた幼い性器へと向き直った。何をされるのか察したのだろう。彼には経験のあることだ。教えたのは他でもない、スペインだった。
生意気にも勃ち上がりかけたそれに舌を突き出してべろりと舐める。それには制止をかけようとしたロマーノもさすがに生理的な反応を見せて、びくんびくんと全身で跳ね上がって悦んだ。跳ねる身体を上から押さえ込んで、口を大きく開いて性器を口に含む。
「っは、あ……んン、あァ」
唇を窄めて力を入れ、ゆるゆると前後に顔を動かしただけであっという間にロマーノは泣きじゃくった。子ども同然のその姿とは裏腹に、行為に反応する身体は艶かしくシーツの上を逃げ打つ。それがあまりに可愛らしいので、じゅるじゅると音を立てながら吸い上げる。口内の空気を逃し肉芯に舌をぺっとりと引っ付ける。根本から先端まで丹念に扱き上げれば、ロマーノがうわごとのようにスペイン、スペイン、と繰り返す。まるでそれしか知らないみたいだ。スペインは恍惚として目を細めた。
「ンぁっ、あ ふっ!」
ひっきりなしに高い声が上がる。通常ならばとうに絶頂を迎えている頃だろう、しかしまだ射精のできない身体はどれだけ扱いても簡単に上り詰めることはなくて、引き伸ばされた快感の中をのたうち回っている。腰を捻り身を捩り、シーツを引っ掴んでは引きずり回そうと暴れて、どうにか脚をバタつかせる姿にスペインの海綿体が麻痺していく。どれだけロマーノが激しく暴れ倒しても、スペインが上から体重をかけるだけで易々と押さえ込んでしまえるのだが。その圧倒的な力の差にも瞼の裏が燃えるような激情を覚えた。
「ひぅ、あっ ン、すぺッ、はぅ……ぁ、あっあ、スペイ、ン……ッ!」
ロマーノの下肢はスペインの唾液と、彼自身のさらりとした先走りとでしとどに濡れている。わざと唾液を擦り付けて、どんどんと送り出しているから重力に従って後ろ側にまで流れ落ちていた。シーツに染みができている。
あまり爽やかではない笑みを浮かべて、そうっと指を持ち上げた。内腿を羽根でなぞるような触れ方で撫で上げていけば、ロマーノの身体がぴくぴくと震える。そのまま脚の付け根に到達した指を、彼の身体の奥へと潜り込ませた。
「ンぁ……ッ?!」
驚きで目を見開く彼の意識を逸らせるために口淫の緩急を変える。ロマーノのつま先が宙に浮いた。その隙を突いて尻の間を指で撫でる。ロマーノの指先がスペインの髪を引っ張っている。その抵抗にすら愉悦を感じてしまうのは、いざとなれば圧倒的な力で捻じ伏せられると確信しているからか。我ながらあまり趣味が良いとは言えない征服欲に身を委ねて、じゅるり、と口に含んだものを吸い上げた。
「あ、も やっだ……ァ、んぁ! ふぅ、ぁ、あ、あァああ……ッ!」
触れさせていた指先のロマーノの胎内への入り口がわざとらしく収縮する。筋肉が弛緩するタイミングに合わせて、ぐっと指を押し込んだ。
「ーーーッ?!」
目を見開いて息を詰まらせたロマーノの背中が丸まる。思ったよりも抵抗は少なかった。それはもしかしたら彼の腰が立たなくなっているせいかもしれない。先ほどから暴れ倒しているわりに、身体の中心は力が入っていないかのようだったから。
空いている手でロマーノのペニスの根本を支え、口からそれを半分ほど引き出す。手を上下に動かしながら先端を舌で刺激すると、すぐにまた甘ったるい声が漏れ始めた。
「あ……、ン、あっ、あァ、あっあ、っはァ、あ……ッ!」
短く上がる嬌声に耳を澄ませ、驚くほど慎重に指を侵入させていく。ロマーノの中は熱くて、トロトロに蕩けてしまいそうだ。ここに自分を埋めれば一体どれほど気持ち良くなれるのだろう。即物的な快感もそうだし、精神的な充足感という意味でもきっとひどく充たされる。
「……まあ、それは俺には過ぎた幸せなんやろなあ」
こんな時だと言うのに昏い想像が頭を過り、自嘲気味に笑った。いわゆる断罪の日が訪れる時のことを考えてしまったのだ。今さら懺悔をしたところで、芽生えた愛情は消せないと言うのに。
スペインにできることと言えば、せめてロマーノに苦痛を与えないことぐらいだった。
だから侵入させた指には全神経を集中させ、些細な動きにも気を払った。そろりそろりと肉を掻き分け、指を根本まで挿入した時には達成感すらあった。
「ロマ……痛いか? 大丈夫?」
「スペ、すぺい……ンぁ、あっあァあ、だ、じょっぶ……ふあ」
性器への刺激を与え続け感覚を散らしたのが良かったのか、ロマーノの表情はうっとりとしたもので言葉の通り苦痛を感じている様子はなかった。それに安堵しながらゆっくりと指を引き抜く。その間もロマーノは喘ぎ声を上げ続け、やはり痛みはないようだ。
何度か指を引き抜いては奥に差し入れて、内壁をノックするように探っていると不意にロマーノの身体が強張った。
「ぁン、んぅ……ッ?!」
その瞬間、性器の先端から粘り気のない液体がじゅると押し出される。
「ロマ?」
「あ、やぁ……ッ! な、んンぅ……なっにこれ、ぇ……!」
混乱する声を聞きながら、やけに冷静な思考が働いていた。ここか……ロマーノには聞かせられないような硬い声で呟いて、探り当てた箇所に指を擦り付ける。
「ンん……! ひ、ぅ……あっあ、あァん!」
内壁に指を押し付けたり、指先で引っ掻いたりを繰り返していると戸惑っていたロマーノの声に甘さが滲み出した。だらしなく開かれたままの口端から飲み込みきれないのだろう唾液が滴る。ぼんやりとした瞳にはたぶん何も映っていない。スペインが与える刺激からもたらされた強烈な感覚で、その他の五感が反応していないはずだ。
試しに性器から口を離した。それでもロマーノは相変わらず甘い声を上げ続けていて、もう口淫をせずとも後ろを弄くられるだけですっかり感じ入っていることがわかる。
「すご……やっぱ見た目通りの子どもとはちゃうってことなん……? もうこんなに感じるなんて……」
「あ、ァ……っふぁ、あ……んぅ、やっ あッ」
苦しそうな嬌声、表情を見れば蕩けた瞳に快感しか映っていない。ごくり、無理やり喉を動かして生唾を呑み込む。しかしスペインの口の中はカラカラだった。
中を弄る指はそのままに、上体を倒して胸へと吸いついた。ロマーノが体を捩ったが胸先を突き出すような姿勢になっただけで、むしろスペインにとっては都合が良かった。そのままぷっくりと勃ち上がった乳首を口に含む。唇で挟めば、先ほど散々いじったからだろう、ロマーノが切羽詰った声を上げて泣き出した。泣いているのに、きもちいい、きもちいい、と叫ぶので堪ったものじゃない。ロマーノの全てがスペインの興奮を煽り、下肢に熱を集める。
「っは、あかん……ッ! ロマーノ……俺のも一緒に」
すでに育ちきった自身を取り出して、ロマーノの性器にぴったりと引っ付ける。それを一纏めにして左手で握り込めば、彼の目が大きく見開かれた。感覚が変わったのだろう。切羽詰まった泣き声がいよいよ本格的なものになってくる。なのにどういうわけか、この瞬間だけはスペインはロマーノのことを宥めることができないのだ。昼間は少しでも泣けば飛んでいって慰めるのに、セックスをしている時だけはどれだけロマーノが泣いても、むしろもっと泣かせたいと暴力的になってしまう。
「っくぅ、あ……はっ、あ、ァあン ぁ」
性器を握った手を上下させ、ふたり分の性器を扱いていく。獣みたいな唸り声が聞こえて何事かと思った。すぐにそれが自分の声だと気づく。何と余裕のないことか。ロマーノの中をかき回す指に遠慮がなくなってしまう。それでも随分と長い間、中に埋めていたおかげかロマーノが痛がるようなことはなかった。それで思わず性器を扱く手も自分でする時と同じように力をこめてしまう。それではロマーノには辛いのだとはすぐに気がついて、一瞬我に返った。
「ぐ……ッ、ぅ……っは、あ……ロマ」
「っは、ふぅ……ン、すぺ、ン……あっ、あァ」
何とか奥歯を食い縛り踏みとどまる。少し手の動きを緩めて、力も緩急をつけながら扱けばロマーノは愛らしくスペインの名を呼んでくれた。
握ったものの根元から先端までを丹念に擦り上げていく。それはスペインには少し物足りないぐらいだったが、ロマーノの吐息を意識すれば脳髄を快感に浸したような悦楽が全身を巡り、思ったよりも限界が近いことを思い知らされた。ロマーノの瞳からは透明な雫がボロボロと溢れ落ちてくる。足をピンと伸ばしきってぴくぴくと震わせているのがじらしくて、もう限界が近いのだと察した。
胎内に埋めている指がきゅうきゅうと締め付けられる。先ほどから奥へと誘うように内壁が蠢いていて理性が吹っ飛びそうだった。
必死で自我を押しとどめて、そのままゆったりとした動きを繰り返しつつ親指の詰め先で先端の割れ目を刺激した。自分には少し強めに爪を立て、ロマーノは軽く先端を押し潰すと互いの性器からこぽりと一際大量の先走りが溢れ出てくる。スペインのどろりとした液体とは違って、ロマーノのそれはとてもさらりとしたものだったが、そのぬめりを指に取って性器に擦り付けていけば滑りやすくなって気持ち良い。
ロマーノが息を詰めて体を強張らせた。指が締め付けられる。それがスペイン自身を締め付けられているかのように錯覚し、視界がチカチカと明滅する。
「〜〜〜ッ!!」
「……っくぅ…………!」
ぶるぶると震える身体。限界が近いのだろう。扱き上げる手を気持ち早めた。数回、上下に手を動かすとロマーノが緩やかに透明な液体を吐き出す。先走りとほとんど変わらないさらさらとした液体だ。遅れてスペインも自身を解放させる。ツンと鼻につく匂いがして、白濁とした液体がロマーノの下肢を汚しているのが視界に入った。
「…………っは、あ……はあ、はあ」
肩で息をしながらふやけてしまった指を引き抜く。ロマーノが身震いをして名残惜しそうに弛緩するのでまた求めてしまいそうになった。しかし彼の目はとろんとしていて、まぶたは今にも閉じそうだ。腹の底から熱が込み上げてきて吐き気がした。ぐるぐるととぐろを巻く凶暴な欲が思考を塗り潰す前に意識を逸らす。
そのままほとんど意識のないロマーノの唇へとキスを落とした。それを合図に彼の瞳は完全にまぶたの裏に隠れてしまった。
どんなにロマーノを恋人だと言ったって。
穏やかな寝顔を見せるロマーノに、何度思ったことだろう。妙に冴え冴えとしていて眠れないスペインは、ベッドに寝そべりながらぼんやりとロマーノの寝顔を見つめていた。
まるい頭の下、首の後に左腕を敷いて右手で腹を撫でる。先ほどまでの狂った熱に浮かされたような撫で方とは違う、慈しみのこもったものだ。ロマーノは健やかな寝息を立てていた。穏やかな寝顔から、きっとやさしい夢を見ているのだろう。
どんなにロマーノ自身がスペインの恋人だと言い張ったところで、自分とロマーノはこんなにも違っていた。シーツに包まって目を瞑れば三秒で寝れるロマーノと違い、スペインは子どもの頃と比べてもずっと寝付きが悪い。眠りも浅く、朝方に何度も意識が覚醒してしまう。そのくせ寝起きは悪くて、早朝からぱっちり目覚めるロマーノに叩き起こされなければ、午前中と呼べる時間帯に起きるのはまず不可能だ。
昼間の市場で言われた言葉を思い出す。すると容易に腹の底にわだかまりが沈殿していくような気がした。親子のようーーーそう、周りから見れば自分とロマーノはそういう風に見えるのだろう。当たり前だ。スペインは十代後半ぐらい、一方でロマーノの外見はまだまだ幼い子どものものだ。精神年齢だって見た目と比例していて、長く生きてきた分、人間の子どもよりも大人びてはいるが言動も見た目相応。そんなロマーノと接している時のスペインはどれほど彼を愛おしいと思っていても、それは親が子を思うようなものだと思われてしまう。
別に周りからどう思われようが、スペインには知ったことではない。この関係が不適切なものだと偉い人に否定されたって、懺悔をする気は毛頭ないのだから。だけど時々、どうしようもなくロマーノとの歩幅は全然違うのだと思い知ることがあって、その瞬間にスペインは自分が立っているのか座っているのかもわからないような目まいに襲われる。
それは例えば、何度抱いてもロマーノがスペインのすべてを受け入れることができない時に感じる儘ならなさによって思い出す。
(一度でええから力任せに抱いてみたいんやって、そんなんは俺の押しつけに過ぎへんねんけど……)
腹を撫でていた手を滑らせて、反対側の腰を抱き寄せる。しかし上手く力を逃して、彼を抱き潰してしまわないよう慎重にしなければならない。それはどんな強い衝動に襲われている時でも、いつだってそうだ。
歩幅を合わせて歩いてやるなど、そんな余裕はなかった。最初から持ち合わせていなかったから、巻き起こる嵐のような情動のままに抱き寄せた。ロマーノは小さな身体にスペインの愛情を持て余しながらも、懸命に受け止めようとしてくれている。それだけで、子どものいじらしさに泣きそうになることもあった。
それでも、どうしても手を出さずにはいられなかった。
(……こんな俺がロマーノに、早く大人になってほしいなんて願って良いはずがない)
もしかすると、抱きしめる必要はないのかもしれない。スペインがロマーノと同じ目線で立っていられたら、こんな関係にはなっていなかった。……いつだったかオーストリアの家で見たヴェネチアーノと神聖ローマのように、微笑ましい初恋を育んでいたのかもしれない。
自分ばかりが先に大人になってしまった。ロマーノだけがいつまでも子どものまま。それが愛し合っているのに、こんなにも大きな差を生む。
「ロマーノ……」
ロマーノのまるいおなかに顔を埋めた。甘くて優しいミルクの匂いがする。スペインの好きな匂いだ。なのになぜだろう。今はとにかく泣きたい気分だった。