「貴方の返事は時間がかかりすぎるので、直接聞いたほうが早いでしょう」
人によっては尊大とも取れる物言いでオーストリアが言い放った。つまり、それがスペインたちがウィーンに呼び出された理由らしい。
苦笑しつつ、すまんかったなあ、と口にする。ロマーノがスペインの腕の中で居心地悪そうにするので、そうっと地面に下ろしてやった。するとオーストリアに挨拶もせずスペインの後ろに隠れてしまった。
目の前の貴族然とした男の眉が僅かに上がったが、それを綺麗に無視して先を促す。玄関前で立ち話をするような話題でもないだろう。
「ロマーノはイタちゃんたちと遊んでおいで」
「……わかった」
フランスを始めとしたヨーロッパの諸国と会う時は、スペインの膝の上がロマーノの定位置だ。唯一、オーストリアだけが例外。彼の家に来た時はロマーノの弟のヴェネチアーノもいるし、兄弟水入らずで遊んでいるほうが良いだろう。何せロマーノとオーストリアはあまり仲が良くない。
いや、ロマーノはたいていの男とはあまり仲が良くなかったか。身内以外には懐かないので可愛げがないとがっかりされることが多い。
「まあでも素直に呼び出してくれて良かったわ。オーストリアが来ることになったら、迷子になったお前を探すために一日は潰れるとこやった」
「……今度は馬車で行くから大丈夫なはずですよ」
「せやなあ、御者にはくれぐれも俺の家の目の前まで行くよう言い含めておくんやで」
軽口を叩きながら客間へと案内される。オーストリアは一見堅そうに見えるが、話のわからない男ではない。スペインとは良い友人だ。今は政治上の繋がりも深いが、それがなくたって付き合いが続いていくと確信している。
通された部屋は豪奢で、スペインの屋敷とは違った。スペインは素朴な花や蔦といったモチーフを好んだが、オーストリアはそれよりももっと華美な装飾を上品にあしらいたがる。それでもふたりとも互いの趣味には干渉しないから上手くやっていけるのだろう。
「さて、ほんで何の話やったっけ。こないだの手紙にあったことやんな」
話し合わなければならない事柄はたくさんある。こめかみに指を添えて、頭の痛くなるような議題を切り出した。
夕方にはオーストリアとの会談も終わり、ようやく解放された。今からスペインに帰ろうにもすぐ日が暮れてしまうので、今日は泊まって行くように勧められた。特段、急ぐ用事もないのでその言葉に甘えることにして、オーストリアに着いてから顔を見ていないロマーノを探しに出かけた。
スペインとオーストリアが話をしている間、ロマーノたち兄弟は庭で遊んでいるか、台所でハンガリーの手伝いと称してつまみ食いをしているか、ヴェネチアーノの部屋で昼寝をしていることが多い。今日はどこにいるだろう。今までの彼らの行動パターンを思い浮かべつつ、まずは庭へと足を向けた。
オーストリアの庭は意外にもシンプルだ。花壇は必要最低限にしか用意されていないし、噴水だって引いていない。彼自身があまり興味を持っていないのかもしれない。その分、子どもたちが駆け回って遊ぶのに遠慮はいらなそうだが。ヴェネチアーノがほうきで枯れ葉を掃くのにもちょうど良い規模だろう。
「あれ、ロマーノは?」
「あっスペインにいちゃん!」
ひょっこりと顔を覗かせれば、目的の子どもたちは半分しかいなかった。庭にいたのはヴェネチアーノと、ロマーノの代わりに神聖ローマだ。一番探していた自分の可愛い子分は見通しの良い庭のどこにも見当たらない。
「にいちゃんはぼくのお部屋でおひるねしているの」
「こんな時間まで?」
「うぅん、さっきおこそうとしたけど、にいちゃん、おきなくって……」
ヴェネチアーノが申し訳なさそうな顔を見せるので、イタちゃんのことを責めたわけちゃうで、と否定する。別にロマーノのことも責めるつもりはない。ただ夜ちゃんと寝れるのかが心配なだけだ。
「ずっと歩き通しやったから疲れてもうたんやな。やっぱり馬車を出せば良かったなあ」
上司から甘やかし過ぎはいけないとどやされて、そしてロマーノ自身が馬車でじっとしていられないために歩いてきたのだが、きっとあの小さな体には相当堪えたはずだ。大人しくさせるのは骨が折れるが、あまり無茶をさせるべきではなかったな、と反省する。
「スペインにいちゃんちは、ここからとてもとおいですか?」
「めっちゃ遠いで。何日もかかるねん。せやからもしイタちゃんが来てくれることがあったら、ちゃんと馬車で来るんやで」
二重の意味で馬車で来てほしい。
「うん! こんどオーストリアさんがスペインにいちゃんちにつれてってくれるって。そのときは馬車でいくね!」
「そうなんや。そら楽しみにしてるわ」
たくさんおもてなしせんとなあ、微笑んで、そろそろ晩ご飯の時間だから家の中に入るように促した。オーストリアの食卓事情は知らないが、スペインたちが来た時は全員一緒に夕食を摂ることになっていた。ヴェネチアーノがぱあっと顔を輝かせて立ち上がろうとする。しかし勢いがつきすぎたのか、子どもはそのまま後ろに倒れ込んでしまった。
「イタリア!」
「あぶない!」
ぐらりと傾いだ小さな体に慌てて手を伸ばすが、一拍間に合わず、草の上にころんと仰向けになった。
どこも子どもというのは転びやすい。頭に対して首が細く、手足が小さすぎるのだ。よく見慣れた光景にスペインは苦笑しつつ起こしてやろうとした。
大丈夫香、と声を発したのは同時だったが、先にヴェネチアーノの下へと駆け寄ったのは神聖ローマだった。
「イタリア、大丈夫か?!」
「……ヴェー、こけちゃった」
「怪我は? どこか擦りむいていないか?」
「うん、だいじょうぶ。どこもいたくないよ」
「そっか……」
目の前で繰り広げられるやり取りに、伸ばしかけた腕を引っ込める。
神聖ローマは小さな足を投げ出して尻もちをついたヴェネチアーノのスカートの裾を急いで直してやりつつ、背中を支えて体を起こそうとしている。普段は少しぶっきらぼうなところのある少年だった。ロマーノよりも融通が利かなくて、真面目な男の子といった印象だ。彼がヴェネチアーノに向ける眼差しはやわらかく、純粋な心配を映しだしている。
夕暮れの橙色の陽射しがあたりを照らし出していた。ヴェネチアーノははにかんだように微笑んで、神聖ローマに礼を告げた。それに我に返ったのか、少年は頬を赤く染めて視線をさまよわせる。ヴェネチアーノがこてんと小首を傾げた。
「神聖ローマ? どうしたの、おかおが赤くなっている」
「ゆ、夕陽のせいだ!」
「え、そう? ……あ、でもほんとだ。お空がまっ赤だね」
「イタリアも! イタリアも真っ赤だ」
「ほんとうに? じゃあぼくたち、おんなじ色をしているんだね」
微笑ましい子どもたちの会話になぜか胸を掴まれるような気がして、スペインはそれ以上、その場にいられなかった。
「ねぇ、みてみて! 神聖ローマ。あの空のはしっこ、きれいな色だよ。ゆうやけと夜のあいだの色。あのお空のしたにいたら、神聖ローマはどんなふうに見えるんだろう」
「そ、そうだな。どんな風だろう」
「でもきっと、どんな色でもきれいなんだろうね」
背中から狼狽する少年の声が聞える。それを振り切って、今度こそロマーノが寝ているというヴェネチアーノの部屋へと足を向けた。
ヴェネチアーノの部屋に着くと、ロマーノはちょうど起きようとしていたところだったらしい。スペインが扉を開く音で、目をこすりながらもぞもぞと上半身を起こした。その拍子にかけられていた毛布がするりと床に落ちていく。
「ああ、そんな擦ったらあかんで。赤くなってまうよ」
ふくよかなまるみのある手のひらを優しく握りしめて、そうっと顔を覗き込んだ。ロマーノはまだ夢うつつをさまよっているようで、眼差しもはっきりとしていない。
「んー……すぺいん?」
「シエスタ中に悪いなあ。でもそろそろ晩メシの時間やから、」
そろそろ起きたって、そう続ける前にタイミング良くロマーノの腹が鳴った。
「あ、」
「ふはっ、ロマーノのお腹はほんま時間に正確やな。俺が起こしに来なくても大丈夫そうやったね」
ふふふ、と笑いつつ寝乱れた髪を指で梳いて整えてやる。と言っても、ロマーノのやわらかな髪の毛はサラサラとしていて、ほとんど癖がつかないから少しいじるだけで元通りだ。あとは顔を洗えば食卓に出られるだろう。
「なんでおまえ……って、あー……ここオーストリアんちか」
まだ少し寝ぼけているようなロマーノは話し方ものんびりしていた。いつもと違う様子のスペインに疑問を抱いたらしいが、すぐさま状況を把握して頷いている。自分とふたりで食事を摂るならば身だしなみもさほど必要はないが、今日は友人の家とは言え、よその家であることには違いない。特にオーストリアはだらしないとうるさいのだ。
「庭で遊んでいると思ったらイタちゃんと神聖ローマしかおらんからびっくりしたわ。イタちゃんにロマーノがこの部屋で寝ているって聞いたから迎えに来たんやで」
「ふーん……仲がいいよな」
「ん? ああ、イタちゃんと神聖ローマが?」
「そう、たまに三人であそぶけど、あいつら俺とおまえみたいなんだ」
突拍子もなく告げられた言葉に目を丸くする。ロマーノはたぶん、思いついたことを深く考えもせずに口にしただけだろう。どういう意味なのかと首を傾げても詳しくは語ってくれなかった。
そんなことより早くメシ、そう言って起き上がった小さな子分はスペインの手を引っ張って、ダイニングへと案内させようとする。さっきまで眠っていたとは思えない力強さに、相変わらずの食い意地を感じて思わず苦笑してしまったほどだ。
それからはバタバタと慌ただしくて、ロマーノの言ったことの意味を深く考える暇はなかった。何せロマーノに顔を洗わせて食卓に着くと、堅苦しいディナーを食べながらオーストリアと会談になってしまい、食後はロマーノとヴェネチアーノを先に寝かせてスペインから持ち込んだ書類を片付けなければならなかった。こんな異国の地に来てまでやらなければならない仕事などあるのかと疑問に思うが、少しでもやっておかないと帰国した時に大変なことになる。急ぎの用件を片付けるためと言うよりは、これ以上、書類を溜め込まないための仕事だった。
だからスペインがロマーノのあの言葉の意味を理解したのは、夜半過ぎになってベッドへと潜り込んでからだった。
(ああ……ロマーノが言うてた俺とロマーノみたいって言うのは、恋人みたいってことか)
ヴェネチアーノと神聖ローマが……。
確かにあのふたりはお似合いだった。本当に付き合っているかどうかは別にして、お互いに想い合っていることは確実だ。幼いながらも確かに芽吹いた初恋を大事に育んでいる。彼らは端から見ていても微笑ましいベストカップルだった。先ほど庭で見かけたやり取りも、年相応で微笑ましかった。
ああ、そうだ。きっと、だから見ていられなかったのだろう。
(……実際、俺とロマーノじゃああはいかへんもんなあ)
眉をひそめられることはあれど、釣り合いが取れていると称されることはまずない。いや、そもそも。端から見た時に恋人同士だなんて誰が思うのだろう。
別に人からどう思われても構わない。構わないのだけれど……。