してないけどえろ会話注意
「ああ、そう言えばじじいのとこのマンガ読んだことあるか? こないだ家に遊びに行った時に見せてもらったんだけど……あれ、すげぇな。ファンタジーだっつってたけど、日本人って意外と元気なんだな」
スペインの自宅のソファに腰かけたロマーノが、手元のグラスの中にあるこおりを人差し指でぐるぐる回しながら思い出したようにそう呟いた。そのグラスの中身はスペインが近所のおばちゃん、もといご婦人からもらったサングリアで、夕方から飲み始めて今は外が暗くなっているからけっこうな時間をそうして過ごしている。
決して酒に弱いわけではないはずだが、ロマーノのまぶたはとろんと重たく今にも閉じられてしまいそうで、どうやら彼は相当酔っているようだった。テーブルに突いた肘にほとんど体重をかけて頭を重力に任せるままうな垂れている。
「昔からアジアの連中はすごかったで!」
「ふうん」
「中国とかも、なあ。長く生きてるとすごなってくるんかなあ。子どもみたいな見た目してんのにわからんもんやね」
子どもの頃からよく知っているロマーノとそういった話をすることはほとんどない。普段は何となく気恥ずかしくなってしまって好きな女のタイプですら聞けないのだが、ニヤニヤ笑いながら聞かれてもいないことまで口を滑らせているスペインも、あまり自覚はしていないが随分とアルコールが回っているのだろう。
スペインの言葉を聞いているのかいないのか、半分眠りかけているようなロマーノが、まあでも、と言った。
「一晩に何回もできるってのはうらやましいってか、そうなりたいけどな」
「へ?」
「え?」
ロマーノの言葉にスペインが素っ頓狂な声を出し、それにロマーノが変なことを言ったのかと不安そうに顔を上げる。ソファで隣り合って座っているのを体を捻って向き合い、互いの顔をまじまじと見た。不思議そうに開かれた目をぱちくりと瞬かせて小首を傾げる。
「だって男も女みたいに何回もイけたら良いって思わねぇか?」
言っていることの意味はわかるがその指し示す状況が把握できなくて、スペインは大きく息を吸い込んで吐き出す間、少しばかり考え込んだ。
「え、それはエッチの時に相手の子ぉが付き合ってくれないってこと?」
「はあ?」
「ええ?」
「お前何のこと言ってんだ?」
「え、あれ? エッチの話とちゃうの?」
どうにも会話が噛み合っていないと気付いたスペインが、まあ待ってや待って、と焦って両手を挙げた。決してそんなことを言われたことはないが、何となくセクハラだのキモいだのと罵られそうな気がして、そんなつもりとちゃうくて、と必死で弁解をする。
「いや、流れでてっきりエロの話をしてるんやと思って」
「え、うん。エロの話をしてる」
「せやんなあ、って合ってるん?」
「さっきから何一人で迷走してんだ? 全然わかんねぇぞ」
「俺もロマの言ってることがようわからへん」
「何でだよ。俺は自分でするにしても何しても一度に何回もイけるようになったらいいなって話をしてるだけで」
「……え、イけるやん」
ロマーノの右眉が釣り上がって訝しげな視線を寄越してくる。いかにも疑わしいものを見るかのようなその表情から、スペインの言っていることを信用していないことがありありと伝わった。
「いやいやいや! 俺はロマーノの言ってることのほうが意味わからんからな」
「マンガやAVの話じゃねぇぞ」
「知っとるよ。普通、何回もするもんちゃうん?」
「へぇ大きく出たな……そんな奴実際にいねぇだろ。じじいもあれは嘘だっつってたし」
「嘘ちゃうよ! むしろロマーノは一回しかせぇへんの?」
「……」
「ほんまに? 一人の時も?」
返事はなかったが、ムッと唇を尖らせて拗ねた表情になったのを肯定と受け取って、信じられへんと呟いた。
「覚えたての時に最高何回できるか試すもんちゃうん?」
「い、一回イったらくすぐったくて触りたくねぇんだよ!」
「えーじゃあ連続とかしたことないん?」
スペインの明け透けな質問にいよいよ俯いてしまったロマーノが、一回だけ、と消え入りそうな声で言った。一回だけ試したことがあるけど。その後に言葉は続かなかったが、あまり良い思い出ではないようだ。
「うへえ……まだ若いのに体力なさすぎやなあ」
「うっせーてめぇ俺が確かめられないのをいいことに嘘言ってんじゃねぇのか?」
「言ってへんよ! 昨日やって三回抜いたわ」
「一人で……?」
「うーん、まあ」
「途中でそんな気失せんだろ」
「まあ、そういう時もあるけど……自分でヤる時は気つかわんでええしなあ」
「ふうん? よっぽど好きなネタがあんだな」
ロマーノに思いきり眉を顰められて声が小さくなっていったスペインだったが、吐き捨てるようなセリフにカチンときて売り言葉に買い言葉で言い返した。
「せやねぇ、小ちゃい時から面倒見てる素直で可愛い子分が顔真っ赤にして誘ってくるんがお気に入りやで」
品のない笑みを浮かべて鼻を鳴らすとロマーノが自分の両腕を抱いて嫌がった。
「なんだよそれキモい!」
「それで三回楽しませてもろたわ」
不躾な視線に晒されてジロジロと見られるのが気持ち悪かったのか、心底不愉快そうな顔をした。そんな反応もお構いなしでニヤニヤ笑っていたら、バカにされていると思ったロマーノが悔しそうに顔を歪める。
「うっせー! お前どうせ全部ハッタリだろ」
「嘘ちゃうもん」
「じゃあ、目の前でやってみろよ……」
勝ち気な瞳の眦がキリリと釣り上がっていて、目元が赤く染まっている。わかりやすいその反応が面白くてもっとからかいたくなった。明らかに引っ込みのつかなくなって言った強がりだとはわかっていた。しかし、スペインも相当酒に酔っていてまともな状態ではなかった。
「ほなロマーノにも付き合ってもらうで」
「……上等だこのやろー」
だから、翌日の後悔を次の日の自分たちに託してしまった。それだけの話。