没になった話。
肌に纏わりつくような熱帯夜。蒸し風呂状態の寝室には、申し訳程度に稼働している冷房の作動音とシーツの擦れる音だけが響いている。じっとしていても体力が奪われていくような暑さに、ロマーノはうんざりと眉をひそめた。
「どうかしたん?」
久しぶりに聞いた渇いた声にひどく緩慢な動きで顔を上げれば、スペインも些か虚ろな顔をしていた。いつもはくりくりとよく動く彼の瞳も半分ほどはまぶたの下に隠れていて、普段よりも鮮やかなみどり色の底に金色の輝きが見て取れた。どこか熱に浮かされているかのような眼差しで、じとっとロマーノのことを見つめてくる。ひどく興奮しているようにも見えた。
「なんでもねぇよ。この暑さにやられてるだけだ」
はあ、と気だるげに息をつくと吐き出した息も熱くて、室内の温度がさらに上がったような錯覚すら覚える。
「ああ、確かに暑いなあ」
「夜になってもこの暑さなんて信じらんねぇ……」
「一応クーラーつけてるんやけどなあ」
「全然きいてねぇぞ」
ついに壊れたのか、冷房で冷やされる以上にこの部屋が暑いのか。
真夏であることを差し引いても、この寝室は特に暑い。ロマーノの両脇に手をついて身体を囲い込む男の体温が高いせいなのかもしれないが、一枚だけ羽織ったシャツの中も後から後から汗が吹き出てきて止まらなかった。水分を吸ったシャツがぴったりと素肌に張り付くほどだ。
そうだ、汗だ。今も額からこめかみに伝い落ちていく汗の粒が気持ち悪い。しっかり乾かしたはずの髪も、どことなく湿っぽい気がして嫌になる。
「ちくしょー汗くせぇし……こんなことならシャワーなんか後回しにすれば良かったぜ」
額から頬を伝って顎のあたりまで落ちていった汗を、右肩に押し付けて拭おうとする。手を上げるのも面倒で横着したのだが、その乱雑な仕草に苦笑したスペインが拭いきれなかった汗を指先で丁寧に払った。さらにロマーノの濡れた前髪を掻き分けて、その丸い額を露わにする。直接、外気にふれたのが良かったのか、それだけで幾分か暑さが和らいだ気がした。
ちゅ、と額に唇を寄せられて吸い付かれた。汗くさいだろ、なんて文句を言うのも面倒だ。
「んーせやったらもっと涼しいとこでする? 一階やったら風も通るし、ここよりはマシやと思うで」
リビングとか、そう言いかけたスペインを睨み上げる。
「まさかお前、窓開けたままヤるつもりか?」
「えーでもどうせ人通りないし、ご近所さんも距離あるから聞こえへんって」
何とも奔放なことを言い出したスペインに渋い顔をした。どうせ彼はロマーノが嫌になったと言い出さないことを確信しているのだ。実際その通りで、こんなにも文句を言っているが今さら何もせずに寝ようなんて微塵も思っていない。だったらスペインのいう通りに従っておけば良いのだろう。けれど天邪鬼が顔を出して、スペインの思い通りになってたまるかと意地を張る。
「ここでやめるなんてなしなしやで」
わざとらしく唇を尖らせて子どもじみた表情を作るつくって見せる。ロマーノは自分に覆いかぶさる男の首に腕を回し、ぐいっと力を込めて身体を引き寄せた。シーツに寝そべるロマーノの背が少し浮いて、スペインが少し腰を屈める。より密着したせいで腹と胸のあたりに熱気がこもり、余計に暑さが増した気がした。至近距離まで近づいた形の良い耳たぶに唇を寄せる。吐き出した吐息は熱くて湿っぽい。
「今から下に降りるなんて面倒くせぇんだよ」
至近距離から上目づかいで覗き込む。少年じみたやんちゃさの残る眼差しの中に、ロマーノへの欲情がありありと滲み出ている。スペインは常になく険しい表情をしている。まるでにやけてしまいそうなのを我慢しているかのような不格好さで。それを鼻で笑ってロマーノは囁く。
「お前の手も熱いしさ。俺もう暑くてどうにかなっちまいそうなんだ。早く何とかしてくれよ」