屈服したつもりもない

※暗いのと念のためのR15。

 別にどうなっても良いだなんて、恋に自暴自棄な女の子みたいなことを思っていたわけじゃない。あまりに進展しない関係に焦れてはいたが、だからと言ってこわい思いはしたくないし、実際本気で酷くされるとも思っていなかった。俺がどんな態度を取ったって、いつだって最後に折れてくれるのはスペインのほうだから俺はあいつの甘やかしに少しばかり慣らされすぎていたのかもしれない。おかげで覚悟もないのに悪ぶって相手を煽る悪癖はついぞ治らなかったし、今回もそれと同じ類の、いつもと何ら変わらないワガママのひとつでしかなかった。
 何をしたのかと言えば、スペインに迫った。それだけのことだ。ただ俺に本当の意味での覚悟がなかっただけで。だってまさかスペインがそこらの男と何ら変わらない、ただの恋に溺れる男でしかないだなんて思いもよらなかった。俺はあいつの愛情を、身を焦がすような恋心を、何ひとつ理解できていなかった。あるいはスペインの言う通り、俺が男の理性だとか本気だとかを甘く見ていたのかもしれない。スペインなら大丈夫、もしも途中でこわくなっても、俺が嫌がったらすぐにやめてくれる。そんな半端な気持ちが確かにあった。
 俺にふれてくるスペインの手は強かった。仕草のひとつひとつに余裕がなく、性欲と快楽に呑まれかかって本能を剥き出しにした雄の顔は、まるで知らない男のようだった。それでも俺が逃げなかったのは単に逃げられなかったからに過ぎない。スペインの眼差しがあまりに熱くて、焼ききれそうで、それでいて真剣で必死だったから逃げ出せなかった。ベッドに縫い止められてしまったように、手も足も動かせなかった。そうでなければ間違いなく俺はヘタレを発動して、尻尾を巻いて逃げていただろう。その程度にはスペインはおそろしかったのだ。

「……ロマーノ」

 腹の底から絞り出したような声が、細い喉に擦れて苦しそうに吐き出される。低い呻きはスペインこそが傷だらけでボロボロなんじゃないかと疑うようなものだった。俺はと言えばベッドで横向きに寝そべり、スペインに背を向けて壁を見ていた。事後の寝室と言うのは、こうも気まずいものなのだろうか。

「謝るんじゃねぇぞ」

 ひくり、と、背後で喉が引き攣る気配がした。スペインがらしくもなく言い淀み、言葉を探している。いつもは口から出まかせのように、ポンポンと紡ぎ出される言葉はどれも精細を欠いていて、静まり返った室内には深刻な空気が降り積もっていく。
 ああ、でも。同情だけはしてくれるなよ。俺は別に被害者面をするつもりはないんだから。惚れられていることを知っていて男の理性を試したんだ、俺に非があることぐらいわかっている。それをすっ飛ばして、後から責め立てるようなことを言うつもりもない。だって俺はわかっていた。何をされるか知っていて、それでもまあ、好きだから―――そうじゃなけりゃ男相手に股を開こうなんて思わない。抱きしめられることすらぞっとするのに―――あいつに迫ったんだ。

「ベッドでお前に惚れている相手に謝るのは失礼すぎんだろ」

 いくら空気を読めなくても、それぐらい察しろよ。俺が惨めになるだろう。
 そうとまで言われたら、さすがのスペインも食い下がるような真似はしなかった。ぐぅ、と喉の奥で擦り潰したような音を漏らして大人しく引き下がる。代わりに子どもを甘やかすような甘ったるい声色で、痛ない? と問いかけてきた。

「体、大丈夫か? どっか痛いとことか、気持ち悪い、とか」
「……何ともねぇよ」
「ロマ……」
「痛かったら今頃喚き倒している」
「…………そか」

 感傷的な声だった。スペインは後悔しているのだろうか。
 俺は後悔はしていない。だって俺だってあいつのことはそういうつもりで好きだった。それに別に傷つけられたわけでもない。痛みだってほとんどなかった。あいつは結局俺に甘いから、ヤっている最中も優しさがいっそ残酷に感じたほどで。
 ああ、でも、それでも。やっぱりどうしたって俺はあいつに甘えてしまうから、それがスペインの後悔を誘っているのかもしれない。例えば、今さらスペインのことを警戒しろだなんて無理な話だとか、ガキの頃からずっと親分だと言って憚らず、俺の世話をして可愛がることが生き甲斐みたいな男の何が今さら危険だと言うのだろうだとか。こんなことになった今でもまだ、そんなことを半ば本気で疑問に思っているんだから、俺のそういうところが態度に滲み出ていて、あいつを困らせているのだろうか。

「でも結構無理な体勢を取らせてもうたし、無茶したから、やっぱどっか痛いんちゃう?」
「……俺が痛がっているほうが良いのかよ」
「そういうわけちゃうけど」
「何ともねぇんだから良いじゃねぇか」

 怪我もしていない。どこも痛くもない。倦怠感はあるが、まあそれは、自分で抜いた時だってそうだ。想像していたよりも何も悪くはない。……思ったよりもスペインが悲壮感たっぷりで、期待していたような甘ったるいピロートークもなければ、初々しい恋人同士のようなふれ合いもなかった。何せスペインは射精した後、しばらく無言でこわい顔をしていた。ようやく動き出したかと思ったら、機会的な動作で後始末をして、俺に服を着せるとベッドから降り、その後はもうずっとこの調子だ。申し訳ないとでも思っているんだろう。あれは合意の行為だったはずなのに、まるでそうでなかったとでも言うかのように。
 確かにスペインのことがこわかったのは本当だ。でも拒絶の言葉を口にした覚えはない。俺のほうから手を伸ばしもしたのに……、それとも知らず知らずのうちに怯えた顔でも見せてしまったのだろうか。

「……せやけど俺は、最後にお前をねじ伏せようとした」

 感情のない声が、ついさっきまでの光景を呼び起こす。

「優しくするつもりやったのに、ロマーノを押さえつけることに興奮したんやで」

 だんだん早くなっていく律動。上から俺の手首を押さえつけてくるスペインの手に力がこもる。獣性を露わにした野性的な瞳は血走っていて、荒い呼吸には苛立ちさえ混じっているようだった。

「俺は、お前を……」
「だったら」
「……っ?! ロマ、ノ……?」

 勢い良く寝返りを打ってスペインを見上げる。思ったよりも近い位置にスペインは立っていた。ぼそぼそと喋るから、もっと離れているのかと思っていた。おかげで手を伸ばせば、あいつの両腕を取れた。
 そのまま手を引いて、力の流れに従って倒れ込んできたスペインの体をベッドに転がす。急な動きに背骨が悲鳴を上げたが構わず上体を起こすと、シーツに膝をついてスペインの体に跨った。

「これから俺がお前を押さえつけてやるよ」

 なあ、抱いたほうが加害者だとでも? あるいは抱かれる側は常に被害者で、ただ蹂躙されているだけなのか?

「俺はお前に抱かれるけど、下になったつもりもなければ犯されているとも思ってねぇからな」

 上から見下ろしたスペインの目が見開かれる。何だよ、今さらそれに驚くのかよ。やっぱスペインこのやろーは何もわかってねぇな。

「スペインは俺に入れさせてくださいって乞い願う立場だろ。忘れんなよ」

 そう言って腰を下ろした先、奴のペニスは萎えていたがどくりと脈打ち期待に打ち震えていた。それに溜飲を下げて―――、俺は腰を振った。

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