スペインと一般人(近所に住む女の子)の会話。西ロマ。
「あれー? 今日はクリスマスやのにひとりでどうしたん?」
家の前の塀に座っていたら不愉快な声が聞こえてきたので振りかえると、ぜったいセットなんかしてないボサボサくせっ毛がニヤニヤ笑って立っていた。いつもはうんと見上げなきゃいけないこげ茶の頭が、あたしよりずーっと下のほうにあるのは気分が良かったけど、からかう気満々のにやけた顔がムカってきたのでシカトしてやる。
フン! ってそっぽ向いてひざを立てたら、「女の子がそんなんしたらあかんよ」ってまるでパパみたいなことを言い出した。
「なあなあ、無視せんでや。近所の人に会ったらあいさつせな」
近所って言ったって、このあたりは何もないイナカだし、彼とあたしの家のあいだには畑があるからけっこう離れている。特にスペインの家はこのあたりではとび抜けて離れたところにあって、むかしお城があったっていう丘の上から見おろしたら、ひとつだけポツンとのけ者にされているみたいに見えるの。きっといじめられているのね。スペインはなんたって空気がよめないし意地悪ばっかり言ってくるもの。
「なによ。今日はおとなは忙しいんでしょ? こんなところフラフラしてていいわけ?」
「親分が忙しいんはもう終わったで」
「あーだめ、だめだめ! その親分っていうのやめたほうがいいわ」
「親分はみんなの親分やからなあ、それは無理! そんかわりお前も親分の大事な子分やで。ちょっと生意気やけどな!」
こっちの話を聞く気はないみたい。ニカッと歯を見せてわらうスペインは、とってもスペイン人らしいスペイン人。ややこしいけどね。
何もなくても楽しそうで、勝手に人に話しかけてくるし、調子は良いし、ひどい時なんて踊りだしたりする。あたしは三歳まで外国に住んでいたからそういうことしないけれど、あたしのパパはスペイン人だから時々スペインと同じことを言うの。神様を大事にしなさいとか、いつでも笑うようにしなさいとか。前はそういうのにいちいち怒っていたけど、あたしももう子どもじゃないから、そういうのはやめたの。でも、やっぱりスペインのことはあんまり好きじゃない。
「親分とか子分とか、そういうのかっこ悪い。もっとおしゃれなのがいいわ」
「めっちゃかっこええやん。アリババみたいやろ?」
「ロマーノだって嫌がってたじゃない」
「あいつは照れてるだけや。昔っからそうやったけど、ほんまは嬉しいねんで」
「スペインってロマーノの友だちなのに、あんまりロマーノのことをわかってないのね」
「友だちちゃうよ。俺はあいつの親分! 小さいときから面倒見てたし、誰よりロマーノのことよう知ってるんやで」
あたしから見るとぜんっぜんわかってないわ。いったい何を見ているのかしら。
「あいつも今でこそしゅっとしとるけど、昔はおねしょするわ生意気やわやんちゃやわで、めーっちゃ手を焼いたんやで。そういう意味ではお前とちょっと似とるなあ」
「ろ、ロマーノはそんなことしないもん! おしゃれだしカッコいいし、おねしょなんかするわけないじゃない」
「ははは、まだまだお子さまやなあ。そんな君にはロマーノのもっとおもろい話あんねんけど」
「やだ、やめてやめて! スペインのばか、ばかばか、だいっきらい!」
耳をふさいで大声を出すけど、このあたりに住んでいるおとなたちはみんな教会に行ってて誰も出てきてはくれない。それどころか、スペインとあたしが騒いでいるぐらいじゃあ、いつものことってまともに取り合ってもらえないんだけど。
ロマーノはたまにスペインの家にやって来るイタリア人で、今はローマっていうところに住んでいるの。なんでイタリア人のロマーノをスペインが面倒を見ていたのか、どうして今は一緒に住んでいないのかは知らないわ。そういうことはあまり聞いちゃいけないから。あたしだって、どうしてママがいないのか聞かれたら答えたくないもの。
「ねえ、ほんとうにスペインはロマーノのこと育てたの? 逆じゃなくって?」
「逆って、俺がロマーノに育てられたってこと?! なんでやねん!」
「だってスペインってば、あんまりしっかりしてないんだもの」
「ほんっま、おませさんやなあ。こう見えてもけっこうやる時はやるんやで」
そんなこと自分で言いだす人のほうが信用できないわ。疑いの気持ちが表情に出ていたのか、スペインが眉をひそめて、うーとうなりだす。
「かわいないなあ。そんなことばっか言うとったら、サンタさん来ぉへんで?」
「こ、子どもあつかいしないでよ!」
「子ども扱いって、子どもやん!」
「ばかなこと言わないで。サンタなんて絵本のなかのお話よ。スペインってばおとなのくせにそんなこと信じているの?」
「ほんま疑い深いんやねぇ。サンタさんはほんまにおるで」
スペインは自信満々のムカつく笑顔で、音が鳴りそうなぐらいバッチリとウインクをして見せた。それに内心ベロを出していたら、急に声を上げて笑いだす。
「な、なによ。さっきから気持ちわるいわね」
「ほんまやって。俺の家に来るもん、サンタクロース」
「スペインの家に? サンタが何の用なの?」
「プレゼントくれるに決まってるやん!」
「おとなのくせにサンタからプレゼントもらう気なの?」
それはあつかましいって言うのよ。って叱ってみせたら、へ理屈みたいに「大人やからほんまの子どもより欲ばりなんやで」って言いかえす。確かにおとなは欲ばりだけど、さすがに子どもを差し置いて自分がプレゼントをもらおうとしているおとなは初めて見た!
「もらってどうするのよ。おもちゃで遊ぶの? おかしを食べるの?」
「そんなんじゃ足りへんなあ」
「まさかおかねをもらう気?!」
「ははは、そうやなあ。借金チャラにしてくれるんやったら嬉しいけど、そんなサンタクロースはロマンティックちゃうからな!」
ある意味、とってもスペインらしいわよ。ロマンティックなほうが似合わないわ。
「頭かたいんやから。サンタクロースごともらったら、毎日プレゼントやん?」
「……それはずるいわ。ルール違反よ」
スペインのみどり色の瞳はキラキラとかがやいて、ここではないどこか遠くを見ていた。イタズラを考えている時の男の子とおんなじ顔なのに、もうイタズラは成功してひと通り楽しんだ後みたいでもある。おとなのくせに近所にいる誰よりも子どもみたい。
「ほんとうにスペインのところには来るの? ……その、サンタクロースが」
「来るで、とびっきりのプレゼント持って、な」
「じゃあ、あたしも見たい! 会わせてよ」
「んー?」
自分からもったいつけて言いだしたくせに、なぜか会わせてって言ってもそれにははっきり答えない。そういうシャンとしない男はもてないのよ! でも、どんなに頼んでもスペインはうんって言ってくれなくて、けっきょく、おとなたちが教会が帰って来ちゃってスペインとはそのまま別れたわ。やっぱり意地悪ばっかりするのね。
でもね、その日の夜、あたし見たの。パパが酔っ払った後、こっそり家を出て見に行ったんだから、スペインのサンタクロースを。
あたしの家より広いスペインの家には真っ赤な服を着たサンタなんかじゃなく、いつものおしゃれなスーツを着たロマーノがいて、スペインはクリスマスの日の朝、プレゼントを開けようとしている子どもみたいに笑っていた。一瞬だけ、ロマーノが来ていたら教えてよ! って怒りそうになったけど、ふたりがあんまり幸せそうにしていたから、まるでそれがキャンドルのほのおをみたいに大事にしなきゃいけないものに見えて、だから、あたしは何も言わないでこっそり家に帰ったの。この話はみんなにはひみつよ。